第3話 鍛錬

文字数 2,660文字

 翌日、早朝から地下訓練場には、『ランスロット』と少女の姿があった。木刀を用いての剣術の訓練中である。やはりと言うべきだろうか、『ランスロット』の方が幾分優勢ではあった。少女も良く凌いだが、次第に防戦一方となって押されて行った。暫くの打ち合いの末、勢いで倒れ込んだ少女の鼻先に『ランスロット』の木刀が突き付けられた。
「真剣であれば命は無いぞ!」
『ランスロット』は姿勢を正すと、その木刀を木鞘に納めた。その瞬間、起き上がった少女の木刀が『ランスロット』の喉元を押さえ付けた。
「暗殺者は、武術で勝っても意味が無い。……相手を殺してこそだ。今の勝負、真剣であれば命が無いのはお前の方だ!」
そう言って、少女は木刀を『ランスロット』の頸部に押さえ付け始めた。その力は凄まじく、男性の力でも簡単には振り解けなかった。
「降参!降参だ!収めてくれ!」
『ランスロット』がそう言うのを聞くや否や、少女はニヤリと笑って木刀を収めた。訓練初日ではあるが、卓越した少女の暗殺の才能を認めざるを得なかった。殺しをする為に生まれて来た少女、『ランスロット』はそう思った。

 その後、暫くの休憩を挟んだ後に、柔術の訓練となった。柔術と言っても、近接格闘術に近い訓練内容であり、捕獲や護身よりも殺傷を目的としたものである。暗殺者はどんな不利な状況においても、確実に対象を仕留めねばならないからだ。
 訓練は暗室状態で行われ、『ランスロット』は頭に暗視装置を装着して、背後から突然に少女を裸締めにして拘束した。その瞬間に、少女は『ランスロット』の腹部に、力の限りに肘打ちを食らわせた。僅かに『ランスロット』が怯んだ隙を見逃さず、少女は締められている側の腕の方向に身体を捻って正対した。其処から流れる様に、『ランスロット』の右袖と左襟を掴んで大外刈りを仕掛け、そのまま袈裟固めを決めた。またしても、少女の勝利である。
 「何処でこんな技を覚えた?」
訓練を終えた所で、『ランスロット』が頭から暗視装置を外しながら、想定外の少女の格闘術について訊いてみた。
「以前読んだ本で、痴漢の撃退法っていうのに載っていた。」
痴漢の撃退法に、こんな高度な格闘術を要求するのは普通なのか。そして、それを本で読んだだけで、即実践出来る身体能力とはどういったものなのか……。色々と疑問に思う事は多いが、何よりも一番に『ランスロット』にとって不愉快なのが、自身も痴漢の一員と看做された様な気がしてならないという事であった。

 その日の午後からは座学の時間であり、少女にとってはつまらないものであった。各国の政治情勢に関するもので、少女は大欠伸をし始めてしまった。
「……以上だ、理解出来たか?」
「理解出来た。」
先程の少女の様子からして、どう見ても話を聞いている風には見えない。早くこの講義を終わらせたいと、少女が適当に嘘を吐いていると『ランスロット』は思ったのだ。
「本当にお前、解っているのか?」
「お前じゃない、アキラと呼べ!」
組織に来てから、少女が自らの事を話すのは初めてだった。『ランスロット』は驚きを感じると共に、少し嬉しく思っていた。
「此処では本名での呼称は……あぁ、お前には未だ、コードネームが与えられていなかったな。仕方が無い。ではアキラ、お前が本当に理解出来ているかを今からテストする。」
 果たして、テストは満点であった。
「お前……いや、アキラ、どうしてこれが解ったのだ?」
嘗て神童と謳われたこの『ランスロット』でさえ、必死に勉学に勤しんだが、このテストで全問正解とは行かなかった。予め、テストの問題と回答を知っていたか?いや、それは無い。昨日、突発的な出来事で此処に連れて来られたばかりだ。
「どうしてって、全部テキストに書いてあったから。そっちはテキスト八十八頁、こっちはテキスト百三ページ、それから……。」
まさか……と思い、『ランスロット』はアキラの会話を途中で遮った。
「アキラ、テキストはさっき一度見ただけだろう?全部覚えたのか?」
「そうだけど?私、一度目に映ったものは、全て記憶出来るから。」
『ランスロット』は愕然とした。若しかすると、これが超記憶か?話に聞いた事は有ったが、まさか本当に、こんなに身近に存在するとは……。本当に超記憶であれば、暗殺者としてこれ程までに使える才能は無い。『ランスロット』は念の為に確認してみる事にした。
「おい、お前が養父母に引き取られたのはいつだ?」
「二〇XX年四月二十九日の午後二時十六分。未だ春先なのに、とても暑い日だった。」
「では、昨日お前が此処に収容されてから、自室に行くまでに何段の階段を昇った?」
「二十六段。ってか、お前じゃない。アキラだ。」
『ランスロット』は確信した。アキラは超記憶の持ち主であると。

 そして、日が暮れてからは語学の講習である。続けざまの座学では、アキラが文句を言ってストライキを起こすであろうと、今回の講習では少し趣向を凝らしてみた。案の定、開始前からアキラはいつも以上の仏頂面である。
「各国の言語で歌を歌うぞ。発音が怪しいものは不可、音程が間違っているのも不可。良いな!」
『ランスロット』がそう言った瞬間、アキラは此処に来て初めての笑顔を見せた。
「歌、歌って良いのか?」
歌を歌うというだけで、こんなにも無邪気に喜ぶとは、年相応に可愛らしい所も有るものだと『ランスロット』は思った。英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロシア語、中国語等、あらゆる言語での歌を歌わせたが、どれも完璧な出来栄えであった。一度耳にしただけで、歌詞の意味を理解した上で、正確な発音と正しい音程で歌う事が出来るのだ。アキラは、絶対音感まで具えていたのである。

 そうして、鍛錬の日々が続き、あっという間に五年の月日が過ぎた。アキラの類稀なる才能は更に研ぎ澄まされ、愈々暗殺者としての資質を判断される日を迎えた。
「アキラ、時間だ。」
『ランスロット』にそう声を掛けられた女性は、ゆっくりと振り返りながらマントを羽織り、本日の武器をその懐に納めた。その姿は既に少女と呼ぶには相応しく無く、美しい淑女そのものであった。肩まであった栗色の髪は腰を覆い、身長も百七十センチ近くまで伸びている。子供のお守りのつもりであった『ランスロット』も、近頃では以前の様に接する事が出来ず、少し距離を置く様になってしまった程だ。
「あぁ、準備に抜かりは無い。」
敢えてアキラの方を振り返らず、『ランスロット』は先に立って本日の決戦場を目指した。
「では、行こう!」
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