第11話 惨殺命令

文字数 4,367文字

 『アーサー』からの命令が下った翌日、組織の暗殺者達は其々が暗殺の任務に赴いていた。教団の関係者だというだけで、無差別に人を殺して行く事に、組織内の誰もが疑問を抱いていた。
 「なぁ、俺達のしている事は正しい事なんだよな?」
暗殺者の一人が、呼び鈴を押して出て来た信者の妻と思しき人物を、消音器を装着した突撃銃で正面から襲撃しながら言った。もう一人の暗殺者が、室内の様子を確認しながら、震える手で突撃銃を構えたつつ呟いた。
「あぁ、正しいさ。そうじゃなきゃ……そう思わなきゃ、もう正気じゃ居られない。」
妻が倒れる物音でも聞き付けたのだろうか、二階から小学生位の子供が降りて来た。頭部を銃撃された子供は、その衝撃で壁に強くぶつかった反動で、反対側の階段の手摺りから転がり落ちた。
 その一時間後に帰宅した信者本人も、玄関を開けるなり射殺された。玄関先には三人分の血溜まりが出来、宛ら真紅の湖の様だった。
「……解って……いたさ。暗殺者なんてまともな稼業じゃない。でも、少なくとも社会の害悪になる奴等を消しているんだと思っていた。……昨日までは!でも……もう嫌だ!もう俺はこんなのは嫌だぁぁぁぁぁ!」
正しいと答えた方の暗殺者が、持っていた突撃銃で自身の頭部を打ち抜いた。最初に問い掛けた方の暗殺者は、一面に彼の返り血を浴びながら、諦観の微笑を浮かべた。
「……狡いや。先に一人で逝くなんて……。」
そして、ゆっくりと自身の口に銃口を咥えたのだった。

 その頃、『モルドレッド』と『トリスタン』は、『アストルフォ』という名の教団の暗殺者を追っていた。軽い身のこなしで二人の攻撃を躱し、巨大な倉庫とコンテナが立ち並ぶ港湾まで逃げ込んでいた。これだけの障害物が多い場所で、この内の何れかの内部に逃げ込まれると不味い。確保しようと慌てて後を追うが、既に対象の気配は跡形も無く、二人は苦虫を噛み潰した様な表情で、辺りをじっと睨み付けていた。
「仕方が無いわね。一つずつ確認と行きましょう!」
『トリスタン』の号令で、二人は二手に分かれて其々が捜索に向かった。辺りは日が沈み掛け、捜索は難航しそうであった。
 暫くは、無人の倉庫の鍵を壊して内部を確認し、また次の倉庫へ……という繰り返しであった。長丁場になると『モルドレッド』が覚悟を決めた時だった。
「ぎゃあああっ!」
『トリスタン』の耳を劈く様な悲鳴が聞こえた。その瞬間、声がした方向へ向かって『モルドレッド』は全速力で駆け出していた。二列隣の五つ先の倉庫だ。『モルドレッド』が目的の倉庫出入口に駆け付けた時、『トリスタン』が大声で叫んだ。
「来ちゃ駄目!恐らく、イオン易動度分光測定式探知器が仕掛けてあるわ。此処に来れば、一瞬で濃硫酸の餌食よ!」
そう言う『トリスタン』の右腕は、既に浴びてしまった濃硫酸で溶かされ始めており、その一部は骨が露出していた。このまま放っておけば、全身が濃硫酸で溶かされ、『トリスタン』の命は奪われてしまうであろう。『モルドレッド』は深く息を吸うと、常人では不可能な速度で駆け出していた。そのまま一気に『トリスタン』が倒れている場所まで向かうと、彼女を抱え上げて倉庫の出入口に向かった。倉庫の出入口付近で対象の『アストルフォ』と思しき人影を見掛けると、『モルドレッド』はその口に咥えていた毒入りの吹き矢を吹いた。対象に吹き矢が命中した時には、既に『モルドレッド』の姿は暗い闇の中へと消えていた。
 常人では考えられない速度で、『モルドレッド』は組織の近くまで走って来ていたが、突如、その速度が落ちた。先程、背面から全身に浴びた濃硫酸の所為で、上肢と下肢、そして背部の肉が溶け始めていたのだ。
「ごめん……。ちゃんと連れて帰りたかったけれど、どうやら此処までみたい。」
そう言う『モルドレッド』の身体は、既に自由が利かなくなっており、そのまま道端に突っ伏してしまった。
「嫌、そんなの嫌……。死なないで。お願いだから、私なんかの為に死なないでよ……。」
その時、泣きじゃくる『トリスタン』の声を掻き消すかの様な爆音が響いた。組織のヘリコプターだ。
「……嘘。助けに来てくれたんだ……。こんなの前代未聞だよ……。」
ヘリコプターの爆音に安心し、『トリスタン』は其処で自らの意識を手放した。

 一週間後、『トリスタン』は目を覚ました。任務の際に浴びた濃硫酸の所為で、右腕の肩下から切断されていた。勿論、それは予測出来ていた事だ。無い筈の右腕がくすぐったかったり、時には痒かったりもする。だが、それよりも気掛かりなのは、『モルドレッド』の容態である。当時の記憶を辿る限り、明らかに『トリスタン』以上の重体であった筈だ。組織の科学班医療チームに、何度問い合わせても治療中とだけ言われ、状況の説明は何も成されなかった。
「治療中って事は死んではいないんでしょう?何故、何も伝えられないの?何故……?」
『トリスタン』は体調が回復して来ると、独り『モルドレッド』の治療室前で、座り込みながら泣いている事が多く有った。その度に、『ランスロット』が迎えに来ては部屋まで送り届けた。その『ランスロット』も、あの一件以来は殆ど眠っていなかった。彼是、三週間になる。

 そんな中、『モルドレッド』の意識が戻ったとの知らせが入り、『ランスロット』は他の何を差し置いても真っ先に駆け付けた。いつもの様に部屋の扉を開けると、其処にはいつもとは少し違う『モルドレッド』の姿が在った。姿見の前に立って此方を振り返った姿は、窓の外から差し込む光が逆光となって、この世のものとも思えぬ程に神々しかった。
「あぁ、無事で良かった……。」
喜びのあまりに駆け寄った際、寝不足の所為かふらついてしまい、転びそうになった『ランスロット』は、思わず『モルドレッド』を押し倒してしまった。近くで見ると、『モルドレッド』は全裸であった。重なる視線と視線に、消し去ろうとした劣情が甦って来る。
「一寸ぉぉぉぉぉ!何やってんのよ、この野獣が!『モルドレッド』が病み上がりなのを良い事に!」
その時、運が良いのか悪いのか、同じく知らせを聞いた『トリスタン』が駆け付けた。寝台の上に置いてあったローブを『モルドレッド』に被せると、有無を言わさず『ランスロット』を部屋から追い出してしまった。
 その後、全ては『トリスタン』の勘違いであった事が解ると、『ランスロット』は再び入室を許可された。『ランスロット』はボソボソと文句を言っていたが、胸に手を当てて良く考えろとの『トリスタン』の言葉に、完全なる潔白では無い事に自己嫌悪に陥っていた。
「その腕……。ごめん、私の所為で……。」
『トリスタン』の肩下から無くなった右腕を見て、『モルドレッド』が唇を噛み締めながら涙ぐんだ。
「何を言っているのよ。貴方が助けてくれたから、この程度で済んでいるの。貴方が居なければ、私、今頃は三途の川の向こう側よ。」
『トリスタン』は『モルドレッド』の頭を左手で抱き抱えると、聖母の様に優しく微笑みながら、耳元でそっと囁いた。
「ありがとう……。貴方が居てくれたから、今、私はこうして生きている。」
『モルドレッド』の瞳から大粒の涙が溢れた。誰かの命を救えたという事実、この事が過去を知らない恐怖を抱える彼女に、一時の免罪符を与えてくれた様に思えた。

 『モルドレッド』が無事であると確認し、『ランスロット』と『トリスタン』は一先ず部屋を後にした。薄暗い廊下を歩く二人の間には、先程の『押し倒し疑惑』の時の様なふざけた雰囲気は無く、無言のまま重い空気を纏っていた。
「どう思う?」
辺りに人の気配が無い事を確認し、『トリスタン』が小声で前を見ながら尋ねた。
「……不自然だな。任務の際に浴びたのが濃硫酸であるならば、全身無傷というのは有り得ない。」
「……だよね。私も、ローブを掛ける時に確認した。……傷一つ、無かったよ。それに……。」
「あぁ。成長している。『モルドレッド』の正確な年齢は解らないが、三週間であの成長は有り得ない。」
先程、姿見の前に立っていた『モルドレッド』自身も感じていた事だ。以前より目線が高くなり、胸も腰も少し大きくなっていた。成長した少女と言うよりも、完全なる成熟した大人の女性の身体であった。
「俺の方で少し調べてみる。それまでは、この事は内密に。」
「解った。呉々も無理はしないで。」
『ランスロット』は目線だけで了解の合図を送ると、其々が無言で廊下を別方向に別れた。

 その日の夜遅く、『ランスロット』は科学班の研究室を訪れていた。この時間には既に人気は無く、残っているのは恐らく一人だけである。
「来ると思っていたわ。」
研究机の椅子で仮眠を取っている様子の彼女が、『ランスロット』よりも先に声を掛けて来た。妖艶な雰囲気を漂わせた美女で、『アーサー』に近い年齢と思われるが、未だにその美しさは衰えていなかった。
「其処のソファに座って。話をしましょう。」
言われるがままに、『ランスロット』は指定されたソファに座り、じっとその美女を睨み付けた。向かいのソファに腰を下ろして脚を組み、美女も不敵な笑みを湛えて睨み返して来る。暫く睨み合った後、美女が口を開いた。
「交換条件よ。貴方は何をくれるの?」
「あんたの望むものだ。」
「私の実験台になって、このメスで切り刻まれてくれる?それとも、その肉体で私を喜ばせてくれる?」
そう言いながら、着ていた白衣を脱ぎ捨てて、美女は向かいのソファに座る『ランスロット』に跨った。お互いに、一瞬たりとも視線を逸らさず睨み合っていた。そうして無言のまま時間は過ぎ、先に痺れを切らしたのは美女の方だった。
「んもう、弄り甲斐の無い子ね!……でも、初めて此処に来た時からしたら、本当に大きくなったわね。」
ソファから立ち上がりながら、美女はそっと『ランスロット』の頭を撫でた。
「私は貴方を、実の息子の様に愛しいと思っている。……だから、念の為に訊くわ。この組織の……『モルドレッド』の真実を知る覚悟は有るの?そして……、貴方の母親と敵対する覚悟も……。」
無言で頷く『ランスロット』に、美女は諦めたかの様に寂しく微笑み、持っていたメスをその腕に突き立てた。そのまま横に刃先を引くと、中からラミネート加工された超小型補助記憶装置を取り出した。
「これが貴方の知りたがった真実よ。目を逸らさず、刮目しなさい。……そして、その上で貴方自身の選択をしなさい。」
超小型補助記憶装置を受け取ると、目線だけで礼を言って『ランスロット』は研究室を後にした。後に一人残された美女、暗殺組織『キャメロット』の科学班班長は独り言の様にポツリと呟いた。
「さて、そろそろ潮時……かしらね。私も準備をしなくちゃいけないわね……。」
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