第5話 入団

文字数 3,061文字

 その日『モルドレッド』は、地下会議室にて長官である『アーサー』の前に跪いていた。黒スーツに黒マント、両手に黒手袋と、暗殺組織『キャメロット』での最上位の正装を纏っていた。
「ではこれより、『モルドレッド』の入団式を執り行う。」
『アーサー』の号令と共に、厳粛な雰囲気の中でパイプオルガンの演奏が始まった。演奏は二十分以上も続き、その曲調は鎮魂歌の様で、『モルドレッド』は少々気が重くなる様だった。
「『モルドレッド』よ、お前が暗殺組織『キャメロット』に正式に入団するに当たり、改めてその心得を伝えておこう。先ず、我々は内閣総理大臣直轄の秘密組織であり、表向きは公安の一組織として活動する。無論、入団時に個人の過去の経歴は全て抹消される。この地下組織内で共同生活を送りながら、随時任務に当たって貰う事になる。主な任務は暗殺であるが、全ての任務において、絶対に失敗は許されない。これまでの人間性を全て棄て去り、組織の人間兵器として、任務遂行を最優先に行動するのだ。尚、任務失敗時や緊急時の救出や援護は、組織からは一切行わない。失敗したと看做した時点で、自害する為の『コード』を送る。退団後も行動確認の監視が付く為、日常生活における完全なる自由は無い。」
壇上の黒いレースのカーテン越しに、『アーサー』は『モルドレッド』を睨み付けた。
「はい、仰せのままに。」
『モルドレッド』は跪いたまま敬礼をすると、黒いレースのカーテンの奥に居る人影を見詰めた。

 その後、『モルドレッド』は側近達に連れられ、『コード』入力の為の暗室に案内された。中央の椅子に座らされ、頭部、胸部、胴部、両手首、及び両足首を紐で固定された。そして、頭にはヘッドフォンを装着させられた。宛ら、死刑執行時の電気椅子の如き様相である。
「では、我々は此方で。『コード』入力は『アーサー』様が直接行われます。我々は内容を知る事を許可されておりません。……では、ご武運を。」
そう言って側近達が下がった後、四方に張り巡らされたスクリーンからは映像が、頭のヘッドフォンからは大音量の音楽が流れ始めた。
「成程……サブリミナルみたいなものか……。」
『モルドレッド』はポツリと呟くと、その椅子にゆったりと背を預けて、大画面での映画鑑賞を楽しむ事にした。

 数時間後、解放された『モルドレッド』は、意識が朦朧としたまま地下の薄暗い廊下を歩いていた。
「殺す……殺す……殺してやる……。」
口から泡を吹きながらそう呟く様は、明らかに異常であった。
「『モルドレッド』、大丈夫か?」
『モルドレッド』が入団式を終えたという知らせを聞き、方々を捜し歩いていた『ランスロット』が、その姿を見付けて駆け寄った。そして即座に、その様子が可笑しい事に気付いた。
「やはり、『コード』の所為か……!」
 『モルドレッド』を抱え上げて彼女の部屋まで運ぶと、『ランスロット』は直ぐに彼女を寝台に寝かせ付けた。そして、泡を吹いていた口周りを綺麗に拭い、祈る様に傍で彼女の頭を撫で続けた。暫くの間は魘されていたが、漸く落ち着いて眠り始めた様だった。魘されていた所為か、『モルドレッド』はびっしょりと汗をかいている。『ランスロット』は彼女の身体を拭いて着替えさせようとしたが、その時、途轍もない劣情が彼を襲った。
「ハイハ~イ!お呼びかしら?こんな時の為に備えていたわよ~。」
突然の陽気な声に振り返ると、『トリスタン』が医療セット一式を抱えて部屋に入って来ていた。
「組織内でのご法度……解っているよね?」
愛らしい容貌には似つかわしくない、暗殺者の目をした『トリスタン』は『ランスロット』に問うた。いや、恫喝したという方が正しいかも知れない。
「ハイハイ、今から姫のお着替えだからね。邪魔なメンズは退散して頂戴っと!」
そう言って、『トリスタン』は『ランスロット』を部屋から追い出した。
 それから、『トリスタン』は『モルドレッド』の身体を手際良く拭いて、あっという間に着替えを済ませてしまった。
「全く男という奴は!私が居なかったら、どんな悍ましい事になっていたか!」
漸く落ち着いた頃、『モルドレッド』が何やら寝言を言い始めた。ボソボソと言うので良くは聞き取れない。『トリスタン』は近くに寄って、彼女の口元に耳を寄せてみた。
「……お……かあ……さ……。」
その言葉を聞いた途端、『トリスタン』はハアッと大きく息を吐いた。
「狡い子ね……。そんなの聞いちゃったら、これからずっと貴方を『推す』しかないじゃない……。」
そう呟く『トリスタン』の目には、涙が薄っすらと浮かび、そしてそのまま『モルドレッド』の傍らで深い眠りに落ちていた。

 「起きろ、クソババァ!」
未だうとうととした微睡みの中に居る『モルドレッド』に、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「へっへ~ん。お主、妬いておるな。昨夜の情事を問い質すとは無粋であるぞ、このクソガキが!」
部屋に様子を見に来た『ランスロット』と、それを挑発する『トリスタン』の掛け合いは暫く続いた。『トリスタン』とは、何故か抱き合って眠っていた様で、懐には未だその温もりが残っていた。
「……煩い。」
『モルドレッド』の不機嫌な低い声に、二人はビクッとして静まり返った。
「ごめんなさい……。」
『ランスロット』と『トリスタン』の謝罪の言葉が絶妙にハモってしまい、『モルドレッド』は二人には申し訳ないが、布団を被ってこっそりと腹を抱えて笑ってしまった。何だかんだ言って、二人は結構気が合うのではないかとも思った。

 『ランスロット』が任務に出掛けてしまったので、『トリスタン』が用意してくれた朝食を、二人だけで囲む事になった。食事をしながら、話題は昨日の入団式の事となった。
「いやいや、それにしても良く耐えたわね。『コード』入力で精神に異常を来して、暗殺者の大半は使い物にならなくなるんだけど。」
「え……?」
『モルドレッド』の額から、一筋の汗が流れた。
「『ランスロット』もね、大変だったんだわ。錯乱して太刀を振り回してさ、何人怪我人が出た事か。でね、私が半殺しにしてあげて、一晩抱っこして一緒に寝てあげたの。その頃は、本当に可愛かったんだよぉ~。」
当時を思い出しながらニヤニヤと笑う『トリスタン』に、『モルドレッド』は恐る恐る訊いてみた。
「使い物にならなくなるって、どういう事だ……?そんなの聞いていないぞ。」
疑う事を知らない無垢な後輩に、『トリスタン』はゆっくりと諭す様に語り掛けた。
「言う訳無いじゃない。そんなに危険な事だって知っていたら、殆どの暗殺者候補が逃げ出すわよ。」
『モルドレッド』は今更ながら、得体の知れないこの組織の存在に、幾つもの疑問を感じ始めていた。
「良い事?生き残りたいなら、誰も信じちゃ駄目。信じて良いのは自分自身だけ。それと、私だけ……ね!」
それならば、『コード』の入力で使い物にならなくなった暗殺者達は、一体どうなるのかを『モルドレッド』は知りたくなった。まさか、元の生活に戻されるとも思えない。
「あの……、使い物にならなくなった奴等はどうなるんだ?」
本当に聞く覚悟が有るのかと問う様な、高圧的な眼差しを向けながら、『トリスタン』はゆっくりと語り始めた。
「……今も、この中に居るわ。この地下組織の最深部の牢獄に、彼等はずっと閉じ込められている。必要な時には駆り出されて、使い捨ての道具として惨殺されて棄てられる。」
その時、『トリスタン』の目に宿っていた光は、組織ナンバー二の暗殺者のものに他ならなかった。
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