第14話

文字数 1,851文字

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 入部してから一週間が経ち、一年生はかなり減った。退部する人ばかりでなく、Dに降格になる人もいた。
 一年生はみんな、チームの雑用がそつなくできるようになり、怒られなくなった。ただ俺は、釜本さんとはボール磨きの件以来、関わりが一切なく、気まずい思いをしていた。
 入部八日目、Cチームは、一年生が入部してから初めての練習試合を行った。
 相手は、普通の公立高校だった。三十五分ハーフを三試合行い、俺は一試合目の、Cのレギュラーが出る試合に、センター・バックで出場した。他に出ていた選手は、沖原、釜本さん、五十嵐さんなどだった。
 どうやら俺は、ある程度、コーチから評価されているようである。
 ただ、B昇格の声は掛からないから、あくまで『ある程度』止まりなんだけどね。もたもたはしてらんないんだけど。
 試合は、四対一で勝利した。スコアだけだと快勝だけど、俺は自分が失点に絡んだ一つのプレーで深く落ち込んでいた。
 後半二十八分、竜神はペナルティアーク付近でボールを保持していた。しかし一つのパスがずれ、こぼれ球が敵フォワードの7番に渡る。
 テクニックはゼロだけど、7番はとにかく快足だった。ボールを取るなり、竜神の中盤の選手をぶっちぎって疾走。ディフェンスは三人残っているが、俺以外の二人は相手をマークしていて対応できない。
 俺は恐怖に駆られつつ、力強くドリブルしてくる7番に全神経を集中する。
 俺の二mほど手前で7番は右に蹴り出した。俺も必死で反応。本気のダッシュで従いていくが、振り切られそうになる。
 俺は反射的に7番の服に手を掛けた。7番はすぐに頭から転倒。審判が高らかに笛を吹いて、敵のペナルティ・キック。
 キッカーの7番は難なく決めて、四対一。格下に一矢報いられてしまった。
 単純なスピード差だけでやられた俺は、自分への憤りで地面を蹴る。技術のない選手にこうも簡単に突破されていては、技術も走力もある選手にはどれだけやられるか想像がつかない。
 それと試合を通して沖原とは、またしても口論になった。今度は、ライン・コントロールについてだった。どうも考えがずれがちである。
 まあ、馴れ合うよりは断然、マシなんだけどね。
 佐々は、三試合目、Cで最弱のチームで出ていた。ポジションはフォワードで、前半のみの出場だった。
 相手のディフェンスでのパス回しを、驚異的な運動量で追い回してたけど、チャンスの場面でもトラップ・ミスをしたりしていた。ただ、直向きさはよく伝わってきてたよ。
 練習試合のちょうど一週間後には、竜神の芝生のグラウンドで行われる、竜神学園、女子のA対男子のBの練習試合を観戦した。
 女子Aは、好プレーは全員で褒めて、ミスは全員で労る、良い意味での仲良しチームだった。点を取った時は互いに駆け寄って、喜びを湛えた顔で抱き合ったりもしていた。
 女子Aはみーんな溌剌としてて、自責点一で落ち込む俺にとっても、マジで眼福だったよ。
 え? お前は、未奈ちゃん一筋じゃなかったのかだって? 完全無欠、まったくもってその通りだよ。だけど俺はさ、美しいものは美しいって、正直に言うんだよ。
 ここから本題、メインディッシュ。左ウイングで出ていた未奈ちゃんは、終始、明るく晴れやか、クリア・クリーンな表情で味方を鼓舞し続けていた。
 ほんと、女神様々って感じだったね。いつかは俺にも、あの笑顔を見せてほしいもんだ。
 スコアは三対三だった。実力の差を考えると、女子チームの大健闘だ。得点こそないものの、未奈ちゃんが全ゴールに絡んでいた。高一にして、強豪校のエース。美貌と合わせて、天は二物を与えちゃったってわけだ。
 四月三日には学校の色々な手続きがあり、母親が来た。俺と会うなり、「あんた。なんか、雰囲気が変わったわねぇ。甲子園から帰ってきた高校球児は雰囲気が変わるって言うけど、まさにそんな感じよね」と、驚いたような感心したような様だった。
 さすがはマイ・マザー。よーく息子を観察しておられる。竜神高校サッカー部にいれば、誰でも変わらざるを得ない。
 去り際の、「あんまり、女の子ばっかり追い掛けてちゃダメよ。私、切実に心配」の台詞は、余計だったけどね。絶対に聞けない願いって奴も、この世には存在するのである。
 ん? かっこいい表現から僕も私も使いたいだって? 「絶対に負けられない戦いがそこにはある」、みたいなノリでいうのがポイントだよ。
 そして、四月七日。竜神中学校・竜神高等学校の入学式が行われた。
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