第20話

文字数 1,695文字

       20

 俺たちが身体のケアを終えると、コートの近くに並ぶベンチの一つに座ったコーチが、静かな声で集合を懸けた。男子Cのメンバーの全員が、動き始める。
 俺たちに囲まれたコーチは、冷静な顔付きで周囲を見回した。
「よく同点で折り返した。敵の一点目は仕方がないよ。サンデー・ゴールってやつだ。今のところ、エースの水池にはそこそこ対応できてる。ただ、一番、ノってる時の水池は、あんなもんじゃないぞ。沖原に星芝。後半は、覚悟しとけよ」
 鋭い目のコーチに俺たち二人は、「「はい」」ときっぱりと答えた。
 その後もコーチは、敵の選手や味方のプレーを挙げて後半の指示を出し続けた。
「交代はなし。絶対に勝てるから、集中を切らすな。以上」
「「ありがとうございました」」
 柳沼コーチの話が終わって、校舎の時計に視線を移す。ハーフ・タイムの終了時間が近くなっていた。身体の向きを変えた俺は、コートに戻り始めた。
「ほっししばさん♪」と、後ろから可愛らしい声がした。
 振り返ると、楓ちゃんが立っていた。にーっと目を細めて、楽しそうに笑っている。
「楓ちゃん。久しぶりだね。いやー、なんというか、今日もロリ可愛いね。そんでもってどうしてここに?」
 俺は思ったことを全て口にした。
 すると楓ちゃんは、むぅっと、不満げな表情になった。
「失礼しちゃうな。あたしはもう十二才。立派なレディーよ。口の利き方にはじゅーぶん気をつけるよーに」
 ぴんと人差し指を立てて、楓ちゃんは言った。
「そうだね、ごめん」俺は小さく謝罪した。
「わかればよろしい」と、楓ちゃんは満足げに返事をする。
「それで、来た理由だったね。そんなの決まってるじゃん。星芝さんとお姉ちゃんのユーシ(勇姿)をじっくり見るためだよ。アドバイスもできるかもだしね」
 思いやりの籠もった楓ちゃんの言葉に、「ほんと、ありがとう」と俺は即答した。
「まあでも二人とも良い感じじゃん。あたしからは特に言うことはないよ。行け、星芝さん! お姉ちゃんをモノにしたいんなら、精一杯頑張るんだね!」
 明るく告げた楓ちゃんは、可憐なウインクを決めた。
「当然だよ! まあ見てなって。後半は、いや後半も。楓ちゃんが唸るようなスーパープレーを披露してあげるからさ」
 豪語した俺は、前方に向き直った。
 俺の三歩ほど前では、佐々が身体の後ろで肘を伸ばしながら歩いていた。俺は「佐々」と小さく呼び止めた。
 佐々は、「おう、何?」と、余裕ぶった声色で答えて上半身だけを俺に向けた。
「敵のディフェンス、そろそろお前のスピードに対応してくるよ。あおいちゃん、あーんな可愛らしいお顔をしてるけどさ。クレバーで狡猾な頭脳プレーがウリなんだよ。後半、気を引き締めていかなきゃならねえよ」
 超真剣に忠告した俺だったが、佐々は、「ああん?」って感じの物腰である。
「いやいやいやいや、あり得ないっしょ。だって、川崎あおい。おめー以上の鈍足なんだぜ。高一にして五〇m五秒台のスピード凶の俺に、どうやって対応できるつうんだよ。ブツリテキに不可能だって」
 佐々の語調はアップ・ダウンが激しい。佐々に届く言葉を頭の中で巡らせるが、佐々はさらに続ける。
「なんつったって、俺は天才だからよぉ。三軍なんかにゃ埋もれてらんねえの。二点目はテメエで取って、パリッとスタメン定着。どうよ、カンペキじゃね?」
 自信満々に断言した佐々は立ち止まり、両足を開いて、肩入れストレッチを始めた。
 諦めた俺は佐々を追い越しコートに入っていく。すると佐々の、心配するようにも挑発するようにも取れる声が追い掛けてきた。
「ホッシーこそ、水池未奈は大丈夫なのかよ。他の選手とはケッテーテキに違うけどよ。オーラつうかさぁ。なんか対策は取らねえのか?」
「いんや、今のゾーン・ディフェンスのまま、何とか対処してくよ。他の選手も気は抜けないし、二人使ったりとかはしてらんないっすよ」
 佐々に答えるとともに、自分自身にも言い聞かせた俺は、センター・バックのポジションに向かった。
 未奈ちゃんには、もう何の仕事もさせないよ。十、ゼロの誓いの前半は、おじゃんになっちゃったけどね。
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