第15話 親には泊まるって伝えてあります
文字数 3,507文字
江崎さんは素早かった。
彼女は開いたドアを閉められないように自分の足を玄関の内側へと伸ばす。ついでにスポーツバッグもドアを閉めたら挟まる位置に動かした。
あ、この娘絶対に帰る気ないな。
僕は瞬時に判じた。
となるとこれはどうしたものか……。
「ええっと、江崎さん」
僕はとりあえず聞いてみる。
「どうして僕がここにいるってわかったのかな?」
「うちのクラスで一年生のとき羽田くんと同じクラスだった人に片っ端から聞いて回ったんです。そしたら、羽田くんと同じマンションに住んでいる人がいまして……教えてもらいました」
ものすごくいい笑顔で答えてくれたけど、ちょい引くよその行動力。
「そ、そもそも、何でここに来たの?」
「ん? バスト徒歩ですけど」
「いや、そうじゃなくて」
「空は理由を聞いているのよ」
みるくの声が冷たい。
「というか、いきなり来るなんて失礼じゃない?」
「そうですね」
江崎さんがぐいとバッグを押しこんできた。
うん、入ってくる気満々だ。
追い返したいと思うけどどうしたら穏便に帰ってくれるのかその方法が見つからない。というかこんな場所で揉めたりしたらご近所さんに何を言われるかわかったもんじゃないぞ。
やむなく僕は江崎さんを中に導いた。
リビングまで案内し、適当なところにスポーツバッグを置いてもらう。ソファーに江崎さんを座らせると僕はコーヒーの準備をしにキッチンに向かった。
「おかまいなく」
と、江崎さんに言われたけど別に彼女をもてなしたくてしているのではない。
考える余裕がほしかった。
時間をかけるためにインスタントではなくちゃんと淹れることにする。
サーバーにセットしようとしているとみるくがやって来た。
「ねぇ、どうするの?」
「どうするもこうするも、可能であれば帰ってもらうし、無理ならここに泊めるしかないし」
「泊めるの?」
みるくの表情がさらに険しくなる。
僕の心の警備保障のみなさんがそわそわしだした。
「みるくはどうすればいいと思う?」
「一言『帰れ』と言えば済む話じゃない?」
「僕にそれができると思う?」
「……」
即答せず。
みるくがため息をついた。
「私やあずき相手なら言えるのよね」
「あ、それは、えーと」
答えづらいなぁ。
でも、みるくは僕の態度で理解したようだった。
「そうよね、私とあずきって空の中ではそういう位置づけよね」
「あのー、みるくさん?」
面倒くさいことになってきたな。
「空って私への愛が足らないのかな? それとも、私っていつまでも待たされる女? 都合のいい女?」
「……」
何気にこいつさっきちゃんとキスしなかったことを怒ってる?
まあ、意気地なしの僕も悪いんだけど。
一応、謝っておくか。
「その、あれだ、さっきはごめん」
「ごめんって何が?」
やや意地悪くみるくが笑む。
こいつわかってて質問したな。
だが、ここで負けると思うなよ。
「僕も残念だよ。江崎さんが来なければ今夜は寝かせないつもりだったのに」
「なっ」
みるくが赤くなる。
ふっ、具体的に言ってないのにこの反応とは……エロい奴。
つーか、こいつ僕をおかずにしてないだろうな。
「なっなっなっなっなっなっ!」
おおっ、すごい。
みるみる赤さが濃くなっていくぞ。
赤いなんとかのみるくだな。
となると常人の三倍くらいの何かができるのかな?
当社比三倍のキッチン破壊率。
当社比三倍の物体X製造率。
あるいは。
「もう、空ったらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
みるくのパンチが僕の腹に命中する。
「うごぉっ!」
攻撃力が三倍だった。
クリティカルヒット!
僕に……ああ、計算するのめんどくさいから大ダメージってことで。
★★★
僕がみるくに殴られてうずくまっていると江崎さんがキッチンに入ってきた。
「え? どうしたんですか羽田くん?」
彼女は僕に駆け寄るとみるくに向かって睨みつけた。
「私の羽田くんに何するんですか」
「私の?」
みるくのこめかみがぴくりとする。
「おかしなこと言うのね。いつから空はあなたのものになったのかしら?」
「私、羽田くんの彼女ですから」
「はい?」
そんな事実は一切ないのに江崎さんが断言した。
「私、彼女なんですからね」
いやいやいやいや。
どうしてそうなるの?
「あのー江崎さん」
やっとの思いで声を発する。
「僕、いつから君と付き合ってるのかな?」
「何言ってるんですか」
江崎さんが呆れる。
「羽田くん、私のこと拒否しなかったじゃないですか。それって交際OKってことなのかなって思ったんです。それで、私、自問してみたんです。もしかしたら勘違いかなって」
うん。
勘違いです。
勘違い平行棒です。
オリンピックの体操の種目にしたいくらいですね。
「でも、やっぱりこれは勘違いじゃないって思ったんです。だって、羽田くん、はっきり私のこと拒みませんでしたよね? 好きでもない相手から好意を示されて曖昧な態度をとるような羽田くんではないと私は信じています。だから、嫌なら嫌でちゃんと断るはずですし、そうでなければ付き合ってくれるはず。だから私……」
みるくがジトメで僕を見ている。
そんな目をするのはやめてくれ。
つーか、この娘おかしな方向に自己完結してない?
思い込みが激しいにもほどがあるでしょ。
「え、江崎さん」
ここは勇気を出して言わなければなるまい。
僕は江崎さんと向き合うと告げた。
「君のことは何とも思ってないから。好きとかそういうのないから。今日はもう帰ってくれないかな?」
「羽田くん……」
江崎さんが悲しそうに首を振った。
わかってくれたかな?
彼女はまたみるくを睨む。
「わかってます、この娘が怖いからそんなこと言ってるんですよね。大丈夫です、私が羽田くんを守りますから。何も心配いりません」
「「……」」
僕もみるくも何も言葉が出なかった。
ダメだ。
この娘、全くわかってないよ。
それにどうしていきなり押しかけて来るの?
「あと、私、思ったんです。羽田くんって一人暮らしなんですよね? たぶんいろいろと大変なんじゃないですか? 私なら炊事・洗濯・掃除と三拍子そろってこなせる自信があります。そのあたりは母にきっちり仕込まれてますので。必ず羽田くんのお役に立てますよ」
「ぐっ」
みるくが低く呻いた。
家事、とりわけ炊事はみるくの苦手分野だ。ついでに言えば洗濯と掃除だってあまり得意としていない。
……みるく、地味にピンチだぞ。
こうなってくると江崎さんに勝てそうなのはあずきか。
あずきなら家事は完璧だ。
よく知らん奴ならまず間違いなく嫁に欲しがるだろう。
江崎さんが続ける。
「もちろんこうも思ったんです。羽田くんはすでに女の子二人を彼女にしていますし、もう一人の娘とも付き合うんですよね。私も加えれば四股になるわけです。だからといってこのまま他の娘に遅れをとるつもりはありませんよ。特にあの娘……明治さんでしたっけ? 彼女には絶対に負けません」
負けません、て。
明治さん、君の知らないところでライバル(?)ができたよ。
江崎さんがにっこりとした。
「双子さんにも負けませんよ」
えっ、何?
3対1ですか?
いや、でも、この構図でもみるくと明治さんは負けそうな……というか二人があずきの足を引っ張りそうなイメージがあるんだけど。
みるくはもう確実にお荷物だ。
明治さんは……何となくそんなに家事とかできそうな感じじゃないよな。あくまで想像だけど。
可愛さは四人の中でダントツなんだけどなぁ。
それはもう比べるのもおこがましいくらい。
「か」
やや押され気味だったみるくが声を絞り出す。
「家事だけが全てじゃないでしょ」
おっと、みるくの反撃開始か?
「いくら料理が上手でも洗濯や掃除ができても、そんなの彼女でなくてもできることよ。家政婦とかメイドとかハウスキーパーとか」
みるく、それ三つともほぼ同じだから。
こいつ苦し紛れに何か言ってみただけだな。
「そ、それにほら、あなたここに泊まるつもりなんでしょうけどちゃんと親の許可とかとったんでしょうね? 無断外泊とかするような娘は空に嫌われるわよ」
ちなみにみるくとあずきはちゃんと千代子さんからOKをもらっている。
というか半分あの人にけしかけられている感じが……。
何せあの人、僕を森永家の婿にしたいみたいだからなぁ……。
みるくがもう一度言った。
「ちゃんと親の許可はとったの?」
「親には泊まるって伝えてあります」
なぜか江崎さんが勝ち誇ったかのように微笑む。
「もちろん許してもらっていますよ。そのあたりの抜かりはありません」
やばい。
僕は身の危険を感じた。
この娘やばいよ。
彼女は開いたドアを閉められないように自分の足を玄関の内側へと伸ばす。ついでにスポーツバッグもドアを閉めたら挟まる位置に動かした。
あ、この娘絶対に帰る気ないな。
僕は瞬時に判じた。
となるとこれはどうしたものか……。
「ええっと、江崎さん」
僕はとりあえず聞いてみる。
「どうして僕がここにいるってわかったのかな?」
「うちのクラスで一年生のとき羽田くんと同じクラスだった人に片っ端から聞いて回ったんです。そしたら、羽田くんと同じマンションに住んでいる人がいまして……教えてもらいました」
ものすごくいい笑顔で答えてくれたけど、ちょい引くよその行動力。
「そ、そもそも、何でここに来たの?」
「ん? バスト徒歩ですけど」
「いや、そうじゃなくて」
「空は理由を聞いているのよ」
みるくの声が冷たい。
「というか、いきなり来るなんて失礼じゃない?」
「そうですね」
江崎さんがぐいとバッグを押しこんできた。
うん、入ってくる気満々だ。
追い返したいと思うけどどうしたら穏便に帰ってくれるのかその方法が見つからない。というかこんな場所で揉めたりしたらご近所さんに何を言われるかわかったもんじゃないぞ。
やむなく僕は江崎さんを中に導いた。
リビングまで案内し、適当なところにスポーツバッグを置いてもらう。ソファーに江崎さんを座らせると僕はコーヒーの準備をしにキッチンに向かった。
「おかまいなく」
と、江崎さんに言われたけど別に彼女をもてなしたくてしているのではない。
考える余裕がほしかった。
時間をかけるためにインスタントではなくちゃんと淹れることにする。
サーバーにセットしようとしているとみるくがやって来た。
「ねぇ、どうするの?」
「どうするもこうするも、可能であれば帰ってもらうし、無理ならここに泊めるしかないし」
「泊めるの?」
みるくの表情がさらに険しくなる。
僕の心の警備保障のみなさんがそわそわしだした。
「みるくはどうすればいいと思う?」
「一言『帰れ』と言えば済む話じゃない?」
「僕にそれができると思う?」
「……」
即答せず。
みるくがため息をついた。
「私やあずき相手なら言えるのよね」
「あ、それは、えーと」
答えづらいなぁ。
でも、みるくは僕の態度で理解したようだった。
「そうよね、私とあずきって空の中ではそういう位置づけよね」
「あのー、みるくさん?」
面倒くさいことになってきたな。
「空って私への愛が足らないのかな? それとも、私っていつまでも待たされる女? 都合のいい女?」
「……」
何気にこいつさっきちゃんとキスしなかったことを怒ってる?
まあ、意気地なしの僕も悪いんだけど。
一応、謝っておくか。
「その、あれだ、さっきはごめん」
「ごめんって何が?」
やや意地悪くみるくが笑む。
こいつわかってて質問したな。
だが、ここで負けると思うなよ。
「僕も残念だよ。江崎さんが来なければ今夜は寝かせないつもりだったのに」
「なっ」
みるくが赤くなる。
ふっ、具体的に言ってないのにこの反応とは……エロい奴。
つーか、こいつ僕をおかずにしてないだろうな。
「なっなっなっなっなっなっ!」
おおっ、すごい。
みるみる赤さが濃くなっていくぞ。
赤いなんとかのみるくだな。
となると常人の三倍くらいの何かができるのかな?
当社比三倍のキッチン破壊率。
当社比三倍の物体X製造率。
あるいは。
「もう、空ったらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
みるくのパンチが僕の腹に命中する。
「うごぉっ!」
攻撃力が三倍だった。
クリティカルヒット!
僕に……ああ、計算するのめんどくさいから大ダメージってことで。
★★★
僕がみるくに殴られてうずくまっていると江崎さんがキッチンに入ってきた。
「え? どうしたんですか羽田くん?」
彼女は僕に駆け寄るとみるくに向かって睨みつけた。
「私の羽田くんに何するんですか」
「私の?」
みるくのこめかみがぴくりとする。
「おかしなこと言うのね。いつから空はあなたのものになったのかしら?」
「私、羽田くんの彼女ですから」
「はい?」
そんな事実は一切ないのに江崎さんが断言した。
「私、彼女なんですからね」
いやいやいやいや。
どうしてそうなるの?
「あのー江崎さん」
やっとの思いで声を発する。
「僕、いつから君と付き合ってるのかな?」
「何言ってるんですか」
江崎さんが呆れる。
「羽田くん、私のこと拒否しなかったじゃないですか。それって交際OKってことなのかなって思ったんです。それで、私、自問してみたんです。もしかしたら勘違いかなって」
うん。
勘違いです。
勘違い平行棒です。
オリンピックの体操の種目にしたいくらいですね。
「でも、やっぱりこれは勘違いじゃないって思ったんです。だって、羽田くん、はっきり私のこと拒みませんでしたよね? 好きでもない相手から好意を示されて曖昧な態度をとるような羽田くんではないと私は信じています。だから、嫌なら嫌でちゃんと断るはずですし、そうでなければ付き合ってくれるはず。だから私……」
みるくがジトメで僕を見ている。
そんな目をするのはやめてくれ。
つーか、この娘おかしな方向に自己完結してない?
思い込みが激しいにもほどがあるでしょ。
「え、江崎さん」
ここは勇気を出して言わなければなるまい。
僕は江崎さんと向き合うと告げた。
「君のことは何とも思ってないから。好きとかそういうのないから。今日はもう帰ってくれないかな?」
「羽田くん……」
江崎さんが悲しそうに首を振った。
わかってくれたかな?
彼女はまたみるくを睨む。
「わかってます、この娘が怖いからそんなこと言ってるんですよね。大丈夫です、私が羽田くんを守りますから。何も心配いりません」
「「……」」
僕もみるくも何も言葉が出なかった。
ダメだ。
この娘、全くわかってないよ。
それにどうしていきなり押しかけて来るの?
「あと、私、思ったんです。羽田くんって一人暮らしなんですよね? たぶんいろいろと大変なんじゃないですか? 私なら炊事・洗濯・掃除と三拍子そろってこなせる自信があります。そのあたりは母にきっちり仕込まれてますので。必ず羽田くんのお役に立てますよ」
「ぐっ」
みるくが低く呻いた。
家事、とりわけ炊事はみるくの苦手分野だ。ついでに言えば洗濯と掃除だってあまり得意としていない。
……みるく、地味にピンチだぞ。
こうなってくると江崎さんに勝てそうなのはあずきか。
あずきなら家事は完璧だ。
よく知らん奴ならまず間違いなく嫁に欲しがるだろう。
江崎さんが続ける。
「もちろんこうも思ったんです。羽田くんはすでに女の子二人を彼女にしていますし、もう一人の娘とも付き合うんですよね。私も加えれば四股になるわけです。だからといってこのまま他の娘に遅れをとるつもりはありませんよ。特にあの娘……明治さんでしたっけ? 彼女には絶対に負けません」
負けません、て。
明治さん、君の知らないところでライバル(?)ができたよ。
江崎さんがにっこりとした。
「双子さんにも負けませんよ」
えっ、何?
3対1ですか?
いや、でも、この構図でもみるくと明治さんは負けそうな……というか二人があずきの足を引っ張りそうなイメージがあるんだけど。
みるくはもう確実にお荷物だ。
明治さんは……何となくそんなに家事とかできそうな感じじゃないよな。あくまで想像だけど。
可愛さは四人の中でダントツなんだけどなぁ。
それはもう比べるのもおこがましいくらい。
「か」
やや押され気味だったみるくが声を絞り出す。
「家事だけが全てじゃないでしょ」
おっと、みるくの反撃開始か?
「いくら料理が上手でも洗濯や掃除ができても、そんなの彼女でなくてもできることよ。家政婦とかメイドとかハウスキーパーとか」
みるく、それ三つともほぼ同じだから。
こいつ苦し紛れに何か言ってみただけだな。
「そ、それにほら、あなたここに泊まるつもりなんでしょうけどちゃんと親の許可とかとったんでしょうね? 無断外泊とかするような娘は空に嫌われるわよ」
ちなみにみるくとあずきはちゃんと千代子さんからOKをもらっている。
というか半分あの人にけしかけられている感じが……。
何せあの人、僕を森永家の婿にしたいみたいだからなぁ……。
みるくがもう一度言った。
「ちゃんと親の許可はとったの?」
「親には泊まるって伝えてあります」
なぜか江崎さんが勝ち誇ったかのように微笑む。
「もちろん許してもらっていますよ。そのあたりの抜かりはありません」
やばい。
僕は身の危険を感じた。
この娘やばいよ。