第3話 二股じゃないって言っても友人は信じてくれません

文字数 3,030文字

 結局、内容はもちろん差出人の名前さえ知れぬまま謎の手紙の一見を終えることとなった。

 手紙はみるくに没収されている。

 ちっ、こうなったらどれ程懇願されても「胸を揉んでバストを大きくする」なんてしてやらないからな。

 まだお願いされたことないけど。

 どうせならあずきのほうを……いや、そんなことしたらあずきをさらにその気にさせてしまうだけか。

 危ない危ない。

 僕たちは普通科二年のクラスが並ぶ三階へと階段を上がる。みるくに蹴られたせいか身体にダメージが残っているけどどうにか上りきることができた。

 うん、これならエベレストだって登頂できる。

 できないけど。

 別々のクラスに分かれるときみるくが切なさそうな顔をした。

 僕はいちいち付き合わない。

 僕の片側が空くとあずきがにへらっと笑った。

「これで空を独り占め♪」

 あずきと軽く腕組みしつつ教室に入るとすでに登校していたクラスメイトの数人がこちらに視線を投げてくる。「またか」という顔をする者もいれば露骨に羨ましそうにするものもいる。舌打ちする奴もいるが……おい、お前は彼女持ちだろうが。

 僕の席は窓際の後ろから二番目。あずきの席は僕の隣。これは運命なのか赤い糸のなせる業か。

 ……赤い糸というより赤いワイヤーといったほうがいいかも。

 それとも、赤いピアノ線?

 などとアホなことを考えていると後ろの席の渡部和博(わたべ・かずひろ)が声をかけてきた。

「おはよう、今日も同伴出勤か?」
「おはようさん。羨ましくても欲しがるなよ」
「いらねーって。お前の二股を邪魔する気はねぇっつーの」
「あのなぁ」

 僕は渡部をにらむ。

 身長185センチのこいつは一見すると運動部にでもいそうなくらいがっしりとしているが実際は文化系で映画研究部の所属だ。

 渡部が頭を傾げ、黒いロン毛が揺れた。

「二股じゃないのか?」

 これまで何度も違うと言ってきたのにこいつは信じない。

「二股なんてしてないぞ」
「でも今朝も森永姉妹をはべらせていたんだろ。二股じゃなければどちらが本命なんだ?」

 ぴくん!

 そんな音が聞こえそうだった。

「おはよう、渡部くん」

 あずきが声を弾ませながら言った。

「空の本命はあたしだよ」
「そうなのか?」
「勝手に決めるな」
「なら、森永姉のほうか?」
「「違うっ!」」

 あずきとハモった。

「……森永姉も哀れだな」
「だからといってお前にはやらんぞ」

 渡部が息をついた。

「やっぱ好きなんじゃねーか」
「誰も嫌いだとは言ってない」
「……」

 僕の言葉にあずきが微妙な表情をする。それを無視したのは内緒だ。

 渡部があずきにたずねる。

「前から思ってたんだけど、羽田のどこがいいの?」
「全部」

 きっぱり。

 それも、ものすごくいい笑顔で。

「あたし、空のぜーんぶ好きだよ」
「「……」」

 渡部も僕もこれには言葉を失った。というかこっ恥ずかしくてたまらん。

 こいつは何でこんなに恥ずかしげもなくこんなことを言えるんだ?

「ま、まあ、良かったな、羽田」
「顔を赤らめながら言うな。恥ずいぞ」
「あのね」

 あずきが続けた。

「空が求めてくれたら、あたしはいつでも応じられるんだよ。それくらい空のこと愛してるの」
「あ、うん。森永さんって何かすごいね」
「そう? 普通だと思うけど」

 あずき、普通じゃないぞ。

 僕は無言でつっこむ。

 声にしたら、あずきがどんな反応を示すかわかったものではない。

 コホン。

 わざとらしい咳払いをして渡部が話題を変えた。

「そ、そういえば転校生が来るらしいぞ」
「転校生?」

 十月上旬のこの時期に転校だなんてずいぶん中途半端だな。

 あずきも同じことを思ったらしい。

「新学期からじゃないなんて、何だか中途っぽいね」
「詳しくは知らないけど仕事の都合らしいよ」
「あたしならお父さんに単身赴任してもらうなぁ……」

 1吾さん、あなたの娘は何気に酷いです。

 僕があずきの父親のために心の中で泣いたのは言うまでもない。

「それって羽田と別れたくないから?」

 渡部がいらんことを聞く。

 あずきが大きくうなずいた。

「お父さんより空のほうがいいもん」
「そう……うん、そうだよね」
「そうだよね、じゃねーだろ」

 僕はつっこんだ。

「あずき、もしものときは家族そろって引っ越していいからな。僕に遠慮はいらん」
「引っ越さないよ」
「千代子さん(あずきとみるくの母)までついて行ったら、どうするんだ?」
「そんなの……もう、空ったらあたしに言わせるの?」

 あずきが照れる。

 どこに照れる必要性があるんだ?

「羽田、お前羨ましい奴だな。」
「ん? 何が?」
「いや、わかっててとぼけるのはやめろ」
「渡部くん、空のこういうかわいいところも好きなんだよ」

 あのー、あずきさん。

 そんなに簡単に「好き」とか言われても何も出ませんが。

 ★★★

 渡部の言っていた「転校生」は僕たちのクラスにではなく、みるくのクラスに来た。

 昼休み、いつものように現れたみるくによって知らされたのはあずきが作ってくれた弁当を半分ほど食べ終えたころのことだった。

「どんな人?」

 最初にたずねたのはあずきだ。

 本日五個目のお握りを手にしている。大きさは小さくない。むしろ特大と言える。具は焼き鮭だったりおかかだったり梅干しだったり……サイズはともかくコンビニでも買えそうなラインナップだ。もちろんあずきにこのことは黙っている。

「どんな人って聞かれても……まだ来たばかりでろくにお話もしてないのに答えられるわけないでしょ」
「その子女子なんでしょ? ピーンと来ない?」
「そういうことね……大人しそうだけど何か秘めてるって感じかな」
「秘めてるって、えらく中二っぽい響きだな」
「そういうのとは違うのよ」
「よくわからん」
「まあ、私もうまくは言えないんだけどね」

 みるくがため息をついて一串三個のウズラの玉子串を一本手にする。

 ぱくついた。

「ほれでもね」
「みるく、食べながら喋るな」

 僕が注意すると少し頬を染めてみるくが咀嚼する。僕は全て食べ終えるまで待ってやった。

 口の中を空にして、みるくが言う。

「それでもね、ちょっと不思議というか前にどこかで会ったような気がするの」

 僕は頭に疑問符をつける。

「どこかで会ったって、どこで?」
「それがわかれば苦労しないわ」

 あずきが割りこんだ。

「小学校のクラスメイトとかだとわからないかもね。面影が残っていればいいけど、別人みたいになっちゃってる人もいるし」
「小学生かぁ、みんなどうしてるかな」
「そりゃ、成長してるだろう。してないのはお前の胸くらいだ」
「なっ」

 みるくがうずらのない串を握った。

 おいおい、それで何をするつもりだ。

 軽く悪寒が走る。

 頭の中でとある時代劇(暗殺稼業)の曲が流れた。トランペットの音色は今も昔も変わらない。

 やばい、これだと殺されてしまう。

 脳内アラートが鳴り響いたのでやむなく僕は謝る。
「悪い、つい本当のことを言ってしまった」
「空、それフォローになってない」

 あずきの指摘にさらに焦る。

「……」

 みるくが俯いてしまった。

 これはこれでやばい。

「あの、みるくさん?」
「やっぱり空もおっきいほうがいいのね」

 うん。

 とはとても答えられる雰囲気ではない。

 僕はじいっとみるくを見つめた。

 一呼吸。

 告げた。

「みるくのあるんだかないんだかわからんサイズの胸も僕は好きだぞ」
「……空、」

 みるくが口を開く。

「ん?」
「空を殺して私も死ぬ!」

 物騒なセリフとともにみるくの串攻撃が始まった。
 
 
 
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