第10話 三股疑惑どころか四股疑惑が噂されそう

文字数 3,960文字

 江崎清香(えざき・せいか)。

 僕とあずきのいる二年二組の隣、二年三組の女子だ。僕としてはまだ馴染みが薄い娘だけどショートボブの髪型は似合ってると思う。

 昨日、その江崎さんに二股を誤解された。まあ普段の僕の生活態度がそんなあらぬ疑いを持たせてしまったのだろう。みるくとあずきという双子姉妹の存在が疑惑に信憑性を与えてしまったというのもある。

 そして今日。

 その江崎さんに三股疑惑に巻き込まれてもいいから付き合ってほしいと言われた。

 言われたのだけど……。

 ★★★

 昼休みも午後の授業もホームルームも終えてもう放課後。

 渡部は部活に行き、教室に残る生徒はまばら。僕とあずきを迎えに来たみるくは明治さんを伴っていた。何がどうしてかわからないけれどこの二人、ずいぶん仲が良いな。

 で。

 明治さんもいることなので聞いてみた。

「二人とも昨日から仲が良かったのか?」
「ううん」

 と、みるく。

「昨日の段階ではそんなに、かな。きっかけって言ったらおかしいかもしれないけど、今朝のエレベーターの一件で話をするようになったの」
「みーちゃんてば、まるで自分が悪いみたいに謝ってくるんだもの。本当に悪いのはあんたのはずなのに」

 明治さんが僕を睨みつける。

 本人「きっ」とした顔のつもりなんだろうけど、事故チューをしたせいか可愛くしか見えないな。

 あの柔らかな唇はなかなか。

 ……いや、そんなの思い出していたらダメだ。

 周囲、特に明治さんに気づかれぬよう注意しながら僕は口許を緩める。意識しないようにしているけど、やっぱり意識してしまうな。

 あれは事故だからカウントしないようにしよう。

 あーでももったいないかな?

 ……などと思っていたら、明治さんがさらに目をつり上げた。

「あによ」

 とはいえ、ちょいたれ目な眼鏡っ娘なんだけど。目尻のほくろが何とも色っぽいな。

「あんた、今朝のこと思い出してるでしょ?」
「空はそんなことしないよ」

 あずきが言った。

「自意識過剰じゃないの?」
「けど、こいつ鼻の下伸ばしてるわ」

 こいつ呼ばわりですか。

「空は元々そういう顔だもん」

 いやいやいやいや。

 あずき、それフォローになってないぞ。

「まあ、空のエロ顔は今に始まったことじゃないし」

 あのー、みるくさん。

 僕、エロ顔なんですか?

「ドラマもそういういやらしい目で見ていたんじゃないでしょうね」
「そんなことないよ」
「ま、まあ、さすがに年中そういう顔しているわけじゃないし」

 あずき、その調子で弁護してくれ。

 そしてみるく、なぜそんなに歯切れが悪い?

「どうせアイドルとかもローアングルでのぞきたいとか思っているんじゃないの?」
「空はあたしの身体にしか興味ないからそれはないよ」
「あ、それは違うわよ。空は私に夢中なんだから」

 おい、あずき。

 誤解を招くようなことを言うな。

 みるく、お前もだ。

 いつ僕が夢中になった?

 はぁ、と明治さんがため息をつく。

「よくもまあ、こんな奴に二人とも……こいつただの変態よ」
「「……」」

 ちょい待て。

 みるくもあずきもノーコメントってどういうことだよ。

 何だか微妙な空気を漂わせる中、みるくとあずきが目を合わせて苦笑した。

 ……泣いてもいいかな?

「ほら、二人ともあんたのこと変態だって認めたわよ」
「「へ、変態じゃないよ!」」

 見事なハモりっぷりだけど、お前ら遅いって。

「あんなの事故だから気にしてないけどね。あんたが初めてだなんて認めたくないし」

 と、明治さんが自分の唇を手で隠す。

 少し涙目で。

「ほ、本当に気にしてなんかないんだからね」

 ……えーと。

 つい明治さんとみるくを見比べてしまう。

 類友?

 同一属性?

 なぜか心の中で「ツンデレ」の四文字が浮かんでしまった。

 え?

 もしかしてそうなの?

 いや、だってみるくがいるし。

 キャラかぶるんじゃね?

 明治さんの冷たい視線が僕を射る。

「全く、どうしてこんな奴が。よりにもよってファン……」

 何だかよくわからないけど、怒ってるよね。

 それとも今朝のことかな?

 思い出し笑いならぬ思い出し怒り?

「あの、明治さん」

 おずおずと声をかけた。

「あによ」
「今朝はわざとじゃないから。その……君の初めてがあんなんで申し訳ないとは」
「だ・か・ら、気にしてないから!」
「……」

 すでに声は半泣きですが。

「は、初めてって何ですか?」

 横から質問が飛んだ。

 聞き覚えのある声に嫌な予感しかしないけど、一応その声の主を確認する。

 ショートボブの似合う女子。

 江崎さんだ。

「ううーっ!」

 いきなりあずきが威嚇モードに!

 みるくも目つきが厳しくなったぞ。

 対する江崎さんは表情が強ばっている。

 彼女が相手をしようとしているのはみるくでもあずきでもない。

 明治さんだ。

 明治さんも江崎さんの敵意を感じたのか鋭い視線を向ける。

 こ、この構図は!

 3対1!

 江崎さんピンチ!

 えこひいきとかでなく、単にバランス悪いから弱そうなほうを応援するだけなんだけどね。

「「「「……」」」」

 とはいえ、どうしよう。

 頭の中でコーラス隊が「ケンカは良くないよぉ、誰でもいいから四人を止めてぇ」と歌っている。

 あ、後ろでピアノ伴奏している人、千代子さん(みるくたちの母親)に似てる。

 実は小学生のころ千代子さんのことが好きだったんだよな。

 うん、一吾さん(みるくたちの父親)、ごめんなさい。

 ガキのころの片想いです。

 見逃してください。

 ……て、現実逃避してる場合じゃなかった。

「待て待て待て待て」

 一触即発の四人に僕は言う。

「僕のために争うのはやめてくれ」

 うん。

 聞きようによっては僕って最低野郎だな。

 つーか、三股疑惑どころか四股疑惑が噂されそう。

 口火を切ったのは江崎さんだ。

「あなた誰ですか」
「人に名前をたずねる前に自分の名を名乗るのが礼儀じゃない?」
「……江崎清香です。羽田くんの彼女になりました」
「「はぁ?」」

 双子の声が重なる。

「「そんな嘘つかないで!」」

 明治さんがくすっと笑う。

「だ、そうよ。勘違いさん」

 うわぁ。

 明治さんが悪役に見えてきた。

 とか思っていると明治さんに一睨みされた。

「……誰がシンデレラの継母ですって?」

 ……誰も言ってません。

「私は名乗りましたよ。それで、継母さんは何て言うんですか」
「継母じゃないってば!」

 静かに怒鳴る。

「明治杏子よ。これでいいかしら、自称彼女さん」
「自称は余計です」
「そうなの? でも、認知されなければ自称になると思うけど」
「「そうだそうだ!」」

 と、みるくとあずき。

 もはや明治さんの妹分だな。

 江崎さんが先ほどの質問をぶつける。

「初めてとか言ってましたけど、何が初めてなんですか?」
「そんなのあなたに答える義務は……」
「あのね、空と明治さんが初めてキスをしたの」

 あずきが邪悪な笑みを浮かべている。

 こいつ、江崎さんにわざと教えて潰そうとしてやがるな。

「き、キス?」
「空にとっても明治さんにとっても初めてのキスだよ。それもかなり濃厚な奴。すっごい舌を絡ませて……あたしとお姉ちゃんがいなかったらどうなっていたか」

 こらこらこらこら。

 嘘をつくんじゃない嘘を。

 絶対に舌を絡ませてなんかいないぞ。

「……」

 江崎さんがあんぐりと口を開いて固まってしまった。

 ほら見ろ、これ確実に誤解されてるぞ。

「ちょっと!」

 明治さんがあずきのほうに向く。

「誰があんな奴と濃厚なキスをするもんですか」
「つまり、あなたは羽田くんの……」

 石化を解いた江崎さんが僕に向き直り近づこうとする。

 慌ててあずきが江崎さんの前に割り込んだ。

「何するつもり?」
「べ、別に何もしませんよ。ただ好きな人のそばにいたいだけです」
「空はあたしのだからあなたには渡さない!」

 あ、宣戦布告しやがった。

「あずき、どさくさ紛れに嘘つかないで。空は私を選んでくれたのよ」

 みるく、お前も嘘つくな。

 僕はお前を選んだ憶えなんてないぞ。

「お姉ちゃん、いい加減にあきらめたら?」
「あずきこそ、心変わりした空に執着するのはやめて」
「「うぅーっ!」」

 睨み合う双子。

 みるくが顔を真っ赤にしているのはいつものことだけど、今回はあずきも顔を赤くしている。

 恥ずかしさより怒りの割合が上なんだろう。

 江崎さんをそっちのけでぎゃあぎゃあしだしたのはいただけない。

 明治さんがため息をつく。

 江崎さんは双子姉妹に阻まれなかなか僕に近づけない。

 そんな彼女に明治さんが言った。

「この二人を見なさい。あなたにこれだけ……ううん、これ以上にあいつを愛せる自信があるの? 生半端な覚悟で勝てるほどこの娘たちの愛はやわじゃないわよ」
「うう……」

 数秒。

 対峙する明治さんと江崎さん。

 僕は無闇に口を挟まずなりゆきを見守った。みるくたちの口喧嘩よりこっちのほうが何だか怖い。

 明治さんの柔らかくも威圧的な言いかたのせいもあるのかもしれない。

「……わかりました」

 江崎さんがうなずいた。

「ここは一度退きます。でも、あきらめたわけではありませんよ。あなた……明治さんを含めた四人で羽田くんのハートを奪い合うんですから、どうすればいいかもう一度考えてみるつもりです。私、明治さんにも負けませんからね」
「そう……って、はい?」
「正々堂々戦いましょう、愛ある限り」
「いや、ちょっと、私別にそういうんじゃ……」
「それじゃ、また」
「ねぇ、話を聞いてぇぇぇぇぇぇぇ!」

 立ち去る江崎さんに明治さんが必死に訴えるけど全く通じない。

 あ、そうか。

 誤解されて同様する明治さんを見ながら僕は思った。

 江崎さんは自己完結の女というより思い込みの激しい女なんだ。

 これはおそらく手強いぞ。

 頑張れ明治さん。

 ……あれ?

 何だかいつの間にか明治さんが四股に加えられてないか?
 
 
 
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