第4話 一人には誤解され、もう一人にはからかわれ
文字数 3,194文字
昼休みは続いている。
食べ終えたうずら串を片手にしたみるくとその腕をつかんで抗う僕の二人がぎゃあぎゃあやっているとクラスの女子が声をかけてきた。
「羽田、お客さんだよ」
「「ん?」」
みるくとシンクロしてしまう。
女子が指さす方向、教室のドアのところに見覚えがあるようでないような女子が立っていた。ショートボブの似合う細身の娘だ。ちょっと緊張している様子で何度もブラウスのボタンをいじっている。
「空」
あずきが小声で聞いてきた。
「知り合い?」
「知らん」
「でもあの娘、空に気があるよ」
「「はぁ?」」
シンクロパート2。
「ちょっと、誰よあの女」
「いや、マジで知らねぇ」
「あずきはともかく、他の女はダメだからね」
あずきならいいのか。
「ダメも何も、僕にその気はない」
「そう? だったらさっさと断ってきなさい」
もちろん、みるくの顔は赤い。
怒りが何十パーセントかはわからないが。
てか、これ告白タイムで確定していいのか?
「空、」
待っている女子のところに行こうとした僕をあずきが呼び止める。
「もししつこく食い下がってきたら、遠慮なくあたしが本命だって言っていいからね」
いや、本命じゃないし。
みるくが負けじと主張する。
「本命は私よ。ね、空、」
みるく、お前でもないぞ。
「お姉ちゃん、人のものを盗ろうとするのはやめて」
「あずきこそ、横取りははしたないわよ」
「先に告白されたのはあたしだもん」
「でも心変わりしたの。今朝空に告られたって言ったよね」
「そんなのお耳スルーだもん」
「あんたねぇ」
みるくとあずきの不毛な争いを背に僕はお客さんの元へ。
告白されるのは悪い気がしないものの、実はただの伝言だったりカツアゲだったり、果たし合いの申し出だったりしたら期待した分ダメージがでかい。
知らない(もしくは顔を憶えていない)相手であっても傷つくぞ。
「えっと……羽田ですが」
「あ、三組の江崎(えざき)です。屋上で待っていたんですけど、待ちきれなくて来ちゃいました」
ん?
屋上?
そんな約束なんてした記憶がないので確認する。
「それもしかして誰かと間違えてません?」
「間違えてないです」
江崎さんが少しがっかりしたように息をついた。
「手紙、読んでくれなかったんですか」
「手紙?」
あ。
思い当たる。
僕はまだ騒いでいるみるくとあずきに心の中で毒づいた。
特にみるく。
今夜家に来たら絶対に泣かせてやるっ!
「でもそうですよね」
江崎さんが続ける。
「羽田くんってあんなに可愛い双子と付き合ってるんですものね。私の入り込む余地なんてやっぱりないですよね」
おいおい。
何か一人で納得しちゃってるぞ、この娘。
てか、僕とあの二人が付き合ってる話って広まってるのか。
「いや、別にあいつらと付き合ってるわけじゃ……」
「いいんです。ちゃんとわかってますから」
「……」
いやいやいやいや。
わかってないよ、この娘。
どうしたものかと僕は頭をかく。
まあ、身に覚えがないといえば嘘になる。登下校のこととか普段の学校生活を思えば大体いつも一緒にいるのだから変に誤解されても仕方ないだろう。
というか、つるんでるからって付き合ってるとは限らないだろうに。
ああ、面倒くさい。
「ただ……」
「ただ、何です?」
「その、あまりどうこう言うつもりはないんですけど、二股は良くないと思います」
「……」
僕、そのうち学校中の女子を敵に回しそう……。
あと、二股じゃないから。
★★★
江崎さんの告白(?)は彼女が自己完結して終わった。
正直、こんなことは二度とごめんだと思うがみるくとあずきが僕から離れないうちは避けられない気がする。
双子姉妹に二股かける最低男のレッテルが定着する日も近い……あるいはすでに手遅れか?
そんなことを思いながら午後の授業を受けた。
放課後になり、みるくが現れる。
僕もあずきもみるくも帰宅部だ。帰りは大体一緒で、ホームルームの早く終えたほうが迎えに来ることになっている。
今日はみるくの他にもう一人いた。
みるくのクラスメイトの佐々木のぞみ(ささき・のぞみ)さんだ。
「はーい!」
片手を上げ佐々木さんが挨拶する。
「どうも」
「こんにちは」
僕とあずきも応じた。
佐々木さんは黒髪ショートの美少女だ。うちのクラスにも彼女のファンがいる。背はみるくたちよりも低く、中学生と間違えてもおかしくない外見だ。
文芸部の所属でほぼ毎日部に出ている……と前に聞いたことがある。
「佐々木さん、部活は?」
「もちろん出るわよ」
あずきの質問に佐々木さんが答える。
「そういえば、羽田くん告られたんだって?」
実に興味深げだ。
「しかも、それを即座に断るだなんて、なかなかやるわねぇ」
「え? いったいどこでそんな」
はたと思い至り、みるくを睨む。
「ちょっと」
みるくが顔を赤らめた。
「わ、私じゃないわよ」
「うん、みるくが出所じゃないから」
佐々木さんの言葉にみるくが「ふん」と鼻を鳴らしながら薄い胸を張る。
「私、そんなにべらべら喋らないんだからね」
「じゃあ、誰が」
広めたんだと言いかけてやめる。
考えてみればあの告白(で、いいのか?)って教室の前で行われてたんだっけ……。
「それでね」
佐々木さんが僕の思考を遮る。
「せっかくだから羽田くんの最低男っぷりを聞かせてもらおうかなーって思って」
「……」
可愛い顔してとんでもないこと言うな。
「のぞみん、空は最低男じゃないわよ」
みるくがかばってくれる。
ふむ、そうこなくっちゃな。
「確かに私とあずきの二人に手を出しているけど、全部合意の上だから」
おいおいおいおい。
手なんか出してないぞ。
「いつ僕が手を出した?」
「私に対しては今夜ね。あずきに遅れをとったのは悔しいけど」
みるく。
またゆでだこちゃんになってるぞ。
「いや、まだあずきにも手を出してないし」
「まだってことは、これから……」
言いかけた佐々木さんをあずきが制する。
「あたし、もう空のものだよ」
「あらあらあらあら」
佐々木さんがにやついた。
「どうやら羽田くんの嘘が露呈したみたいね」
「なっなっなっな」
みるくが過敏に反応する。
ああ、面倒くさい。
「いや、嘘なんてついてないし。あずきが勝手に……」
「羽田くん」
と佐々木さん。
「女の子に恥をかかせるのは良くないわ。そんなの、私の好きな羽田くんじゃない」
「「「はぁ?」」」
ついに僕とみるくとあずきの三人でシンクロだ。
「なっなっなっなっなっなっなっな」
みるくが口をわなわなさせ、僕に鋭い視線を向ける。
「むぅっ!」
あずきが僕の腕に絡みつき、その豊かな膨らみを押しつけてくる。
「あ、あのー……今何て」
「あら、聞こえなかった? 私、羽田くんのこと好きよ」
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
本日二回目の告白ですか?
てか、モテ期到来?
「……」
あまりのことにみるくの口が半開きだ。
ぼんやりと白いみるくが口から出てきてるのは……まずい、こいつ昇天しかけてるぞ。
「おい、みるく!」
呼びかける。
「しっかりしろ!」
「……は」
みるくの口の中に白いみるくが引っ込んだ。
「あ、危うく亡くなったおじいちゃんのところに行くところだった」
「あー倫吾(りんご)さんか。マジでやばかったな」
「お姉ちゃん、おじいちゃんに会えたんだ」
いいなあ、とぽつり。
いやいやいやいや。
あずき、ちっとも良くないぞ。
それにまだ会うところまでいってないし。
クスクスと佐々木さんが笑いだした。
え?
あれ?
「本当、三人とも面白いわぁ。からかいがいがあって、大好き」
佐々木さん……?
僕はたずねた。
「えっと、さっきの告白は嘘ですか」
つい口調も丁寧になってしまう。
佐々木さんが大きくうなずいた。
「もちろん! だって私、三股なんて嫌だし」
「……」
僕はジト目で彼女を見つめた。
そもそも二股なんてかけてないっつーの!
食べ終えたうずら串を片手にしたみるくとその腕をつかんで抗う僕の二人がぎゃあぎゃあやっているとクラスの女子が声をかけてきた。
「羽田、お客さんだよ」
「「ん?」」
みるくとシンクロしてしまう。
女子が指さす方向、教室のドアのところに見覚えがあるようでないような女子が立っていた。ショートボブの似合う細身の娘だ。ちょっと緊張している様子で何度もブラウスのボタンをいじっている。
「空」
あずきが小声で聞いてきた。
「知り合い?」
「知らん」
「でもあの娘、空に気があるよ」
「「はぁ?」」
シンクロパート2。
「ちょっと、誰よあの女」
「いや、マジで知らねぇ」
「あずきはともかく、他の女はダメだからね」
あずきならいいのか。
「ダメも何も、僕にその気はない」
「そう? だったらさっさと断ってきなさい」
もちろん、みるくの顔は赤い。
怒りが何十パーセントかはわからないが。
てか、これ告白タイムで確定していいのか?
「空、」
待っている女子のところに行こうとした僕をあずきが呼び止める。
「もししつこく食い下がってきたら、遠慮なくあたしが本命だって言っていいからね」
いや、本命じゃないし。
みるくが負けじと主張する。
「本命は私よ。ね、空、」
みるく、お前でもないぞ。
「お姉ちゃん、人のものを盗ろうとするのはやめて」
「あずきこそ、横取りははしたないわよ」
「先に告白されたのはあたしだもん」
「でも心変わりしたの。今朝空に告られたって言ったよね」
「そんなのお耳スルーだもん」
「あんたねぇ」
みるくとあずきの不毛な争いを背に僕はお客さんの元へ。
告白されるのは悪い気がしないものの、実はただの伝言だったりカツアゲだったり、果たし合いの申し出だったりしたら期待した分ダメージがでかい。
知らない(もしくは顔を憶えていない)相手であっても傷つくぞ。
「えっと……羽田ですが」
「あ、三組の江崎(えざき)です。屋上で待っていたんですけど、待ちきれなくて来ちゃいました」
ん?
屋上?
そんな約束なんてした記憶がないので確認する。
「それもしかして誰かと間違えてません?」
「間違えてないです」
江崎さんが少しがっかりしたように息をついた。
「手紙、読んでくれなかったんですか」
「手紙?」
あ。
思い当たる。
僕はまだ騒いでいるみるくとあずきに心の中で毒づいた。
特にみるく。
今夜家に来たら絶対に泣かせてやるっ!
「でもそうですよね」
江崎さんが続ける。
「羽田くんってあんなに可愛い双子と付き合ってるんですものね。私の入り込む余地なんてやっぱりないですよね」
おいおい。
何か一人で納得しちゃってるぞ、この娘。
てか、僕とあの二人が付き合ってる話って広まってるのか。
「いや、別にあいつらと付き合ってるわけじゃ……」
「いいんです。ちゃんとわかってますから」
「……」
いやいやいやいや。
わかってないよ、この娘。
どうしたものかと僕は頭をかく。
まあ、身に覚えがないといえば嘘になる。登下校のこととか普段の学校生活を思えば大体いつも一緒にいるのだから変に誤解されても仕方ないだろう。
というか、つるんでるからって付き合ってるとは限らないだろうに。
ああ、面倒くさい。
「ただ……」
「ただ、何です?」
「その、あまりどうこう言うつもりはないんですけど、二股は良くないと思います」
「……」
僕、そのうち学校中の女子を敵に回しそう……。
あと、二股じゃないから。
★★★
江崎さんの告白(?)は彼女が自己完結して終わった。
正直、こんなことは二度とごめんだと思うがみるくとあずきが僕から離れないうちは避けられない気がする。
双子姉妹に二股かける最低男のレッテルが定着する日も近い……あるいはすでに手遅れか?
そんなことを思いながら午後の授業を受けた。
放課後になり、みるくが現れる。
僕もあずきもみるくも帰宅部だ。帰りは大体一緒で、ホームルームの早く終えたほうが迎えに来ることになっている。
今日はみるくの他にもう一人いた。
みるくのクラスメイトの佐々木のぞみ(ささき・のぞみ)さんだ。
「はーい!」
片手を上げ佐々木さんが挨拶する。
「どうも」
「こんにちは」
僕とあずきも応じた。
佐々木さんは黒髪ショートの美少女だ。うちのクラスにも彼女のファンがいる。背はみるくたちよりも低く、中学生と間違えてもおかしくない外見だ。
文芸部の所属でほぼ毎日部に出ている……と前に聞いたことがある。
「佐々木さん、部活は?」
「もちろん出るわよ」
あずきの質問に佐々木さんが答える。
「そういえば、羽田くん告られたんだって?」
実に興味深げだ。
「しかも、それを即座に断るだなんて、なかなかやるわねぇ」
「え? いったいどこでそんな」
はたと思い至り、みるくを睨む。
「ちょっと」
みるくが顔を赤らめた。
「わ、私じゃないわよ」
「うん、みるくが出所じゃないから」
佐々木さんの言葉にみるくが「ふん」と鼻を鳴らしながら薄い胸を張る。
「私、そんなにべらべら喋らないんだからね」
「じゃあ、誰が」
広めたんだと言いかけてやめる。
考えてみればあの告白(で、いいのか?)って教室の前で行われてたんだっけ……。
「それでね」
佐々木さんが僕の思考を遮る。
「せっかくだから羽田くんの最低男っぷりを聞かせてもらおうかなーって思って」
「……」
可愛い顔してとんでもないこと言うな。
「のぞみん、空は最低男じゃないわよ」
みるくがかばってくれる。
ふむ、そうこなくっちゃな。
「確かに私とあずきの二人に手を出しているけど、全部合意の上だから」
おいおいおいおい。
手なんか出してないぞ。
「いつ僕が手を出した?」
「私に対しては今夜ね。あずきに遅れをとったのは悔しいけど」
みるく。
またゆでだこちゃんになってるぞ。
「いや、まだあずきにも手を出してないし」
「まだってことは、これから……」
言いかけた佐々木さんをあずきが制する。
「あたし、もう空のものだよ」
「あらあらあらあら」
佐々木さんがにやついた。
「どうやら羽田くんの嘘が露呈したみたいね」
「なっなっなっな」
みるくが過敏に反応する。
ああ、面倒くさい。
「いや、嘘なんてついてないし。あずきが勝手に……」
「羽田くん」
と佐々木さん。
「女の子に恥をかかせるのは良くないわ。そんなの、私の好きな羽田くんじゃない」
「「「はぁ?」」」
ついに僕とみるくとあずきの三人でシンクロだ。
「なっなっなっなっなっなっなっな」
みるくが口をわなわなさせ、僕に鋭い視線を向ける。
「むぅっ!」
あずきが僕の腕に絡みつき、その豊かな膨らみを押しつけてくる。
「あ、あのー……今何て」
「あら、聞こえなかった? 私、羽田くんのこと好きよ」
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
本日二回目の告白ですか?
てか、モテ期到来?
「……」
あまりのことにみるくの口が半開きだ。
ぼんやりと白いみるくが口から出てきてるのは……まずい、こいつ昇天しかけてるぞ。
「おい、みるく!」
呼びかける。
「しっかりしろ!」
「……は」
みるくの口の中に白いみるくが引っ込んだ。
「あ、危うく亡くなったおじいちゃんのところに行くところだった」
「あー倫吾(りんご)さんか。マジでやばかったな」
「お姉ちゃん、おじいちゃんに会えたんだ」
いいなあ、とぽつり。
いやいやいやいや。
あずき、ちっとも良くないぞ。
それにまだ会うところまでいってないし。
クスクスと佐々木さんが笑いだした。
え?
あれ?
「本当、三人とも面白いわぁ。からかいがいがあって、大好き」
佐々木さん……?
僕はたずねた。
「えっと、さっきの告白は嘘ですか」
つい口調も丁寧になってしまう。
佐々木さんが大きくうなずいた。
「もちろん! だって私、三股なんて嫌だし」
「……」
僕はジト目で彼女を見つめた。
そもそも二股なんてかけてないっつーの!