第2話 双子姉妹に愛され過ぎて困ってます

文字数 3,270文字

「空、どういうこと?」

 みるくの顔は真っ赤だ。

 それが怒りからか自分の発している言葉に恥ずかしがっているからか。

「私のこと愛してるのよね」
「あ、いや、えーと」

 面倒くさいなぁ。

「お姉ちゃん」

 と、あずき。

「空はあたしのこと愛してるんだよ」
「それは直接言われたの?」
「うん」
「いつ?」
「えっとね……」

 ちょっと間を置いて。

「中学のときには言われてたよ」
「……」

 みるくの視線が痛い。

「ふうん。でも、人の心って変わるのよ」
「なら、お姉ちゃんは空の愛人さんになるんだね」
「ならないわよ」
「ならないの? そらのこと好きじゃないの?」
「あずきが愛人になるのよ」
「えーっ!」

 がたんと椅子を鳴らしてあずきが僕に密着した。

 やたら柔らかい送球が押しつけられているけど、この状況ではあんまり感触を楽しんでもいられない。

「いくらお姉ちゃんでもそれは譲れないよ。あたしのほうがずっと愛されてるもん」

 あの、あずきさん。

 何故にそこまで自信たっぷりなんですか・

「あのね」

 みるくが深くため息をつく。

「私、さっき空に告白されたばかりなの。可哀想だけど空の気持ちは私に移っているわ」
「そんなことないもん」
「そんなことあるのよ。ねぇ、空」

 こらこらこらこら。

 僕に同意を求めるな。

「そうなの? お姉ちゃんに心変わりしたの?」

 あずきが目をうるうるさせながら見上げてくる。

 ちくしょう、こんなときでも可愛いのかよ。

 おまけに美少女の甘い匂いが……いや、食べ物のにおいも混じってるか。でもここはあずきの匂いがってことでいい匂いがってことにしよう。

「もうあたしのこと嫌い?」
「いや、嫌いじゃないぞ」
「なら、あたしのことまだ愛してる?」

 密着、というより絞めつけに近い。

 つーか、腕が痛くなってきた。

「あの……あずきさん、腕が痛いのですが」

 思わず口調が丁寧になってしまう。

「痛くしてないもん」

 いや、痛いよ。

 お前の愛が痛い。

「あずき、空が嫌がってるからやめて」
「嫌がってないもん」

 やばい。

 こいつ意地になってやがる。

「……」

 みるくが席を立った。

 回り込んで反対側から僕にくっついてくる。

 あずきとは違い、微妙なサイズの膨らみが押しつけられる。

「み、みるく?」
「べ、別にあずきに対抗してってわけじゃないんだからね」

 みるくの顔の赤みがすごい。

 こいつ顔から熱線でも放出できるんじゃないか?

 などと思うもこのままでは埒があかない。

「あのな、お前ら」

 はあーっと息をついて僕は言った。

「僕に拒否権はないのか?」
「「ないよ」」

 ないのかい。

 ★★★

 状況が膠着していたので、僕は「ちゃんと選ぶから時間をくれ」とこの場を乗り切った。

 双子姉妹は不満そうではあったが学校もあるしこれ以上迫っても効果がないとあきらめたようだ。

 あずきにいたってはみるくより僕といられる時間があると踏んだのだろう。

 その表情には余裕があった。

 食事と後片づけを終えたころには二人とも表面的にはおとなしくなっていた。

 僕らは家を出て登校する。

 済んでいるマンションを後にして最寄りのバス停から「風見の台」行きの市営バスに乗る。

 両サイドには双子姉妹。

 あずきは僕にくっついてくるし、みるくも負けじとささやかな柔らかさを僕に提供する。おとなしくなったといってもこの程度のことはしてくるのだ。

 むろん美少女二人にサンドされた僕に嫉妬と羨望の眼差しが注がれるが気にしないことにする。

 男子生徒だけでなく女子生徒からもというのが何とも居心地が悪い。

 気にしないつもりでも少しは気になるのだ。

 風見大学附属高等学校そばのバス停にて下車。

 異様に歩きにくいのを除けば概ねいつも通りに学校に着く。

 普通科のある校舎まではとにかく視線が痛かった。いやまあ、僕たち以外の誰かがいる限りは人の目があるのは仕方ないのだけど、一様に「両手に花かよこん畜生」といった無言の批難を込めるのはやめてほしい。

 昇降口をくぐり下駄箱へ。

 ここでみるくが離れる。双子は同じクラスになれないのがこの学校の規則なので森永姉妹もそれぞれ違うクラスになる。

 みるくが普通科二年一組。

 あずきと僕は普通科二年二組。

 あずきとは一年の時も同じクラスだ。みるくがちょくちょく僕たちのクラスに遊びに来るけど、こいつ大丈夫かって心配になる。

 クラスで浮いてるとかじゃあないだろうな。

 靴から上履きに履き替えようとして、上履きの上に手紙があると気づいた。

 僕が手にしようとするより早くあずきが取り上げる。

「あっ、こら」
「空にはこんなものいらないよね」
「いらないよねじゃないだろ。僕宛ての……」
「きっといたずらだよ」
「そんなの読んでみないとわからないだろ」
「わかるもん。絶対にこれは誰かのいたずら」

 あずきが手紙を後ろ手に隠す。

「そんなもの空に読ませられない」
「いいから、とりあえず返せ」
「い・や」

 あずきが首を振る。

「だから見なかったことにして」

 無茶苦茶だ。

 そんなやりとりをしている間に上履きをはいたみるくが戻ってくる。

「どうしたの?」
「みるく、あずきが僕宛ての手紙を返してくれないんだ」
「へぇ」

 何だ、その反応は。

「それ、本当に空宛ての手紙なの?」
「僕の上履きの上にあったんだから、僕のに決まってるだろ」
「そう? もしかしたら間違えて空のところに入れちゃったかもしれないわよ」

 あずきがうんうんとうなずく。

「これ、空のじゃないよ」
「いや、お前らなぁ」

 そろってこれか。

「なら、読んでみれば誰宛てかわかるだろ」

 あずきに手を伸ばす。

「ほら、返せよ」

 あずきがまた首を振る。。

「空が読む必要ないもん」
「必要って……読まないとわからないだろ」

 これじゃどうしようもない。

 みるくがあずきの後ろにまわってひょいと手紙を取り上げた。

「「あっ」」

 僕とあずきの声がハモる。

「私が確かめてあげるわよ」

 びりびりと封を破って中身を取り出す。便箋が一枚入っていた。

「どれどれ……」

 数秒、目を通して。

 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにくしゃっと丸めた。

「……いたずらね。それに空宛てじゃなかったわ」
「ほら、あたしの言った通りでしょ」
「……」

 怪しい。

 僕はじいっとみるくを見つめる。

 みるくの顔が赤くなった。

「な、何よ。そんなに見ないでよ」
「……みるく」

 僕は言った。

「正直に話してくれたら、今夜僕を好きにできる権利をあげなくもない」
「なっ」

 さらに赤くなった。

「どうする? 僕の気が変わらないうちに決めたほうがいいぞ」
「なっなっなっなっ」

 うん。

 動揺しまくりのみるくの姿に確信する。

 僕宛てだ。

「ほら、どうする?」
「……」

 みるくが考え込む。

 そんな態度がかえって自分の嘘を証明しているときづかないのだろうか。

 少なくとも僕宛のものだったとこちらは把握できたのでみるくたちがごまかそうとしても対応はできる。

 さあ、どうするみるく。

 上目遣いでみるくがこっちを見る。

「本当に私の好きにできるの?」
「命に関わることでなければな」
「本当に?」
「僕が嘘をついたことがあるか」
「ある」

 そうでした。

 けど、もう一押しな気がする。

「みるく」
「……何?」
「正直な娘は好感度がたかいぞ」
「なっ」
「僕は正直なみるくでいてほしいな」
「なっなっなっ」

 みるくの紅潮はこれ以上ないくらいになっている。

 ふっ、ちょろい奴。

 あずきが「むうっ」と低くうなる。だが、手紙の内容を読んでいないあずきと交渉するつもりはさらさらない。あずきには悪いが……いや、悪いとは微塵も感じないぞ。

「……」

 みるくが丸めたものをそっと差し出す。

 勝った。

 内心ほくそ笑みつつも、僕は涼しい顔を装う。

 歩み寄り受け取ろうとした。

「空」
「ん?」

 あずきが横から口を挟んだ。

「嘘ついてるよね」
「は?」
「空が嘘つくとほんのちょっとだけ耳が動くの」

 マジか?

 僕はつい手で耳に触れてしまう。

「嘘だろ、耳なんか動いてないぞ」
「うん、嘘だよ。でも、空も嘘ついてるよね」

 はっ。

 次の瞬間、みるくの怒りの蹴り技が僕にヒットした!
 
 
 
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