第11話 もう教えちゃうんだ

文字数 3,037文字

 さて帰ろうというときになって明治さんが言った。

「私、、図書室に寄るからここでお別れね」
「え? 一緒に帰らないの?」

 みるくが目をぱちぱちさせた。

「同じマンションなんだし、もっといっぱいお話したかったのに」

 みるく、友だちというより懐いてる子供みたいだぞ。

「じゃあ、お姉ちゃんは明治さんと図書室に行ったら?」

 あずきが提案した。

 これみよがしに僕に密着して腕にその豊かな双丘を押しつけてくる。

「空とあたしは先に帰るから」

 ニヤリ。

 間近であずきが笑む。

 こいつ……二人きりになったら何をする気だ?

 身の危険を感じて僕は言った。

「明治さん、僕もついて行ってもいいかな?」

 ちっ。

 あずきの舌打ちが聞こえたが、つっこんでもとぼけるのはわかりきっていたのでスルーする。

「うーん」

 と、ちょっと困ったような顔をして。

「ま、いいわ。でも、図書室で騒がないでね」

 明治さん、僕はそんなにうるさいですか?

「けど、杏子ちゃん、図書室の場所をよく知ってたね」
「知らないわよ」
「へ?」

 またみるくが目をぱちぱちさせる。

「知らないのに図書室に行こうとしたの?」
「そうよ」

 当然といったふうに明治さんが答える。

「別にわからなければ人に聞けばいいだけなんだし、それに校内のどこかにはあるんだから探せなくはないでしょ」
「……」

 みるくが目を丸くしてしまう。

 うん。

 みるくの気持ち、わからなくはないぞ。

 てか、明治さんって行動力あるな。

「やっぱりそのくらい行動的でないと生きていけないのかな」

 あずきが意味不明なことを口にする。

「さすが仲居役を……」
「わーっ、わーっ、わーっ!」

 いきなり明治さんが大声を上げた。

 見えないふきだしを手で払うように中空を振り回す。

 きっ、とあずきを睨んだ。

 黒縁眼鏡の奥で目が怒ってる。

「お願いだからその話題はやめて!」
「あ、ごめんなさーい」

 あずきは全く悪びれる様子がない。

「今度からは気をつけるね」
「むぅ」

 低くうなって明治さんが僕も睨む。

「……」
「え? 何?」
「……案外鈍いのね」
「はい?」

 ぷいっと明治さんが顔を背ける。

 あずきがとても楽しそうに微笑んだ。

 みるくはみるくで苦笑している。

「……?」

 訳わからん。

 ★★★

 僕たちは明治さんを図書室に案内した。

 入ってすぐのカウンターに司書の先生と図書委員らしきゆるふわのおかっぱ頭の女子生徒が座っていた。

 カウンターの上にはパソコンとバーコードリーダーが置かれている。「募金箱」とシールの上に黒く書かれた三十センチほどのプラスチック製の半透明な箱もあったが、中身は四分の一程度しか貯まっていなかった。

 整然と並ぶたくさんの書架に囲まれ僕はちょっと落ち着かなくなる。ここでは大人しく静かにしなければならない。一人暮らしをしているから静寂には慣れているつもりだけど、自宅と図書室では環境が違いすぎた。

 こういうときみるくとあずきがいてくれるのがとてもありがたい。

 もちろん明治さんにも感謝だ。

 僕の微妙な変化に気づいたのかあずきがさらに身体を寄せてくる。何も言わないが彼女の優しさが伝わってくる気がした。

 あずきの愛は重いけど、彼女の良さは理解しているつもりだ。

 みるくも。

 何と言っても付き合いは長いのだ。

「じゃ、私、適当に探すから、みんなも自由にしててね」

 そう声をかけ明治さんがさっさと書架の一つへと向かってしまう。

 僕とみるくとあずきも本を物色した。

 国内外の純文学やミステリー、ノンフィクション、図鑑や歴史書、ラノベや受験用の過去問などなどいろんな種類の本がここにはある。本好きにはたまらない空間なのかもしれない。

 女生徒とくっついて歩いている僕は黙っていても迷惑な奴と見做されてしまうようで他の生徒からの視線が痛い。あずきのおかげで歩きにくい。それだけでなく明治さんが別行動をしてるからかみるくもひっついてきた。

 動きにくいことこの上ない。

 みるくが足を止め、僕とあずきも立ち止まった。

 というかこの状況だと勝手なことができない。

 一蓮托生だ。

 みるくが見つけたのは一冊の本だ。白いドレスにガラスの靴を履いた少女といかにもといった感じの王子が踊っている姿のイラストが描かれた表紙。

「シンデレラ」だ。

 そういえばみるくはこういうの好きだったな。

「借りるのか」
「うーん、借りてもいいんだけど」
「けど?」
「持って帰っても読めないかなぁーって。空もいるし」

 あ、今日も泊まるのか。

「読めばいいじゃないか、僕に遠慮することないぞ」
「でも……ね」

 みるくが一瞥したのはあずき。

 なるほど。

 さすがにわかった。

 つまり本を読んでいる間にあずきが何をするかわからないので警戒しているのだ。

 一方は読書タイム。

 もう一方はラブラブタイム。

 僕にその気は全くないがみるくにしてみれば気が気ではないのだろう。

 ため息をつき、みるくが本を元の位置に戻す。

「借りればいいのに」

 ぽそりとあずきがつぶやく。

 こいつは……とは思うがここで騒ぐのもアレなので我慢する。

 ★★★

 明治さんは特設コーナーにいた。

 図書委員の三年生が作ったと思しきポップがあり、そこには海外で活躍する日本人についての文言が並んでいる。主にスポーツ選手と芸能人のものが多いが、海外で働く人の書いた本もある。

 明治さんが手にしていたものも、現在ハリウッドで活躍している女優についての評論だった。

「へぇ、やっぱりそっち系のを読むんだ」

 あずきが面白そうに言う。

 慌てたように明治さんが本を閉じた。

「えーっ、何で閉じちゃうの? 別に隠すことないのに」
「べ、別に隠してなんかないわ」

 見ると表紙にある顔は女優の東鳩子(あずま・はとこ)だった。

 十年くらい前まで日本のテレビドラマにもたくさん出ていた人なので僕も何となく憶えている。亜麻色の髪をふわりとさせた彼女の顔はどことなく誰かに似ていた。

「そういえばその人も千葉県出身だよね」

 と、あずき。

 明治さんが唇を噛んだ。

「借りるの?」
「借りないっ!」

 僕の問いかけにそっけなく答え、素早く本を片づける。

「き、今日はやめておくわ」
「やめちゃうの? 東鳩子の本借りなくていいの?」

 あずきの質問に明治さんが深くため息をついた。

「あなた結構しつこいわよね」
「そう?」
「それに余計なおせっかいとか好きでしょ。けど、こういうの押しつけられるのは本当に迷惑だから」
「あたしは別に明治さんのためにしているんじゃないよ」
「じゃあ、何のために?」

 あずきがふっと笑った。

「あたしはね、空のためだけに動くの。空が大好きなものは守りたいし、それとなく空に気づいてもらえるようにしたい」

 うーん。

 あずきも明治さんも何の話をしているんだ?

「……わかった」

 明治さんが東鳩子の本を手に取った。

 少し逡巡したそぶりを見せ、やがて口を開く。

「この人……東鳩子は私のお母さん」
「はい?」

 僕は頓狂な声を発してしまった。

「あ、もう教えちゃうんだ」

 あずきがにやにやする。

 こいつ、僕のためにって言ってる割に自分の楽しみのためにも動いてるよな。

 みるくも何か知ってるようで、顔を赤らめながらおろおろしだした。

「……あ、えーと」

 僕は何をどう言ったものかと……。

「あれ? みんなして何をしてるの?」

 いきなり背後から声がした。

「小説の資料集めに来てみれば、みんなおそろいでどうしちゃったの?」

 現れたのは佐々木さん。

 うーん。

 またからかわれるのかな?
 
 
 
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