第8話「Fallin’ Angel」Part3

文字数 7,518文字

 土曜日の午後。私服姿でまりあの家に集合していた少女たち。
 半そでではあるがジャンバースカートは変わらない詩穂理。
 これは極端にメリハリの利いたボディを隠したい心理からの愛用だった。
 普通は逆であまりよくないプロポーションを隠す。
 まぁ「人に見せたくない」という心理では同じであるのだが。
 暑いのにもかかわらず髪は下ろしたままだ。

 ショートカットの美鈴はその点は問題ない。
 着ているのもノースリーブのブラウス。ミニスカートだった。
 その極端に幼い顔のせいでどうしても色気が足りない。
 露出が高めでも「健康的」に見える。「悩殺」とはならない。
 詩穂理とは真逆の悩みだった。

 こちらもツインテールゆえに髪が背中に掛からないまりあ。
 だが半そでとはいえどワンピースは変わらず。
 私服の大半はワンピースである。
 顔は学園のアイドルと言われるほど愛らしいが、プロポーションは未発達。
 それにあまり体形を浮き上がらせる服は「はしたない」イメージを持っていた。

 Tシャツにジーンズと『色気のない格好』のなぎさ。
 素っ気無いが逆に体形を浮き彫り。
 余裕のサイズのCカップだが、もっと大きいかのように見える。
 ここにいる少女の中では一番背が高い。
 しかしコンプレックスになるほどの高さではない。

 高くても低くてもメリハリが利いてなくても利いていてもダメ。
 少女たちは何かと難しい。
 いつでも何か悩んでいる。
 天真爛漫に見える美百合も例外ではない。

 なぎさと美鈴は両手で自分を抱き締めるようにしていた。
 この家は冷房をやたらに利かせていたのである。
「地球に優しくないよねぇ」
「そうだよね。自然な風が一番だよね」
 露出の高い美鈴となぎさは冷房で震えていた。
「なに言ってんの。文明の利器を使わないなんてもったいないわ」
 これを承知のまりあであった。
「私も暑いのは苦手だから助かるのが本音ですが」
 苦笑気味の詩穂理。やはりエコロジーに反するからだ。
「それはいいとしてもさ……なんでコイツまでいるのよっ?」
 なぎさが指差したのは五人目。里見恵子だった。
「にゃははは。コスプレときたらアタシの出番だニャ」
 伊達メガネはともかくネコミミカチューシャ。それでここまでやってきたつわものである。
 もっとも変は変だが顔の可愛さもあり溶け込んでいたためか遊園地帰りのように取られたらしく、それほど指を指されるような事態はなかった。

「これからいろんな服を着るんですもの。場合によっては重ね着もあるわ。それなら涼しい方がいいに決まっているじゃない」
 実質的な家の主であるまりあがいうのである。電気代をとやかく言う立場ではない。
 もっとも払うのは彼女の親だが。
「ねぇ。本気でやるの?」
 今更といわれそうだがなぎさは確認で尋ねる。
「もちろん。自分を変えたいんでしょ。とにかくイメージチェンジよ。なぎささんって陸上部の割りに脚が細いし。それなのにストッキングで隠してちゃもったいないわ。だからまずはそれを脱ぐ」
 まりあの言葉にぎょっとなるなぎさ。
「い、いいよ。あたしは自信ないんだ。生足」
 小学校の時に好きな相手に言われた「大根足」の一言が未だに尾を引いている。
「それならこっちから変えるんだニャ」
 いつの間にか背後に忍び寄っていた恵子が、素早くポニーテールをくくるリボンを取り払う。
「ちょっ!? いつのまに」
「もうおそいよーん」
 長い髪がふわっと舞い降りる。それだけで見ていた少女たちはため息をつく。
「うわっ。綺麗。綾瀬さんがいつもポニーテールなのは走るのに邪魔だからでしょうけど、体育や部活のないときはこのままの方がよいかもしれませんね」
 自分も黒髪をおろしたままの詩穂理が言う。
「あたしなんだか髪質は良いらしくって。結構褒められるんだ」
 満更でもない様子のなぎさ。こちらは足を晒すよりは抵抗がないらしい。
「でもやっぱり動きにくいよ。まとわりついて」
「それなら美鈴みたいに短くしたらどうかな?」
 ショートカットの小柄な少女が提案する。
「そ、それはその……確かに走りやすそうだけど」
 ごにょごにょと口ごもる。
 そちらの方が動きやすいのは理解できるが、綺麗な長い髪というのも女心。
 その折衷案がポニーテールだった。
「それだけ綺麗な髪ならお嬢様風もいけそうね」
 それで自分の衣類を出す辺りがまりあの性格。自分で自分を「お嬢様」と言っているようなものである。
「まずは


 ピンクの布地を花柄のワンピースである。
「そ、それを着るの? それで『おとなしい』の?」
 全員が頷いた。絶望的な気分になるなぎさ。
(まぁ女だけだし、いいか)
 観念して着替え始めた。

 着替えてぼさぼさになった髪を恵子がといていく。さらさらに流れる髪が確かに上品な印象を与える。
「うわぁ」
 見事な「化け方」にため息の詩穂理と美鈴。
 当の本人は羞恥心で赤らめている。
「もういいだろ。あたしにはこんなフリフリ似あわないよ」
「似合う似合わないを決めるのは本人じゃないわ。私たちが見て可愛いと思うんだから大丈夫よ」
「似合う似合わないはそうかもしれないけど、着たい服は自分の意思だろ」
「時には相手の男の子に合わせた方がいいんじゃない?」
「それでまりあ風なの?」
 着ているものがまさにまりあの衣類。普段はTシャツなど機能性重視。そう言えば聞こえはいいがそっけないものを好んでいるなぎさである。
 こんなタイプの服は未就学児のころに着ただけ。
 そもそも兄三人。同じように着たがった本人の希望もあり、元々男物は多かった。
「どうせならなりきるんだニャ」
「あんたほどにゃ無理だと思う」
 恵子の言葉にクールに反論するなぎさ。
 恵子本人はさして気にもせずなぎさの髪をいじりだす。
 ブラッシングしてから二つに分ける。
 それを左右の高い位置で根本から縛る。まりあばりのツインテールであった。
「どうかにゃ?」
 意見を求めるミケ。それに対して
「え、えーと」
「そうですねぇ」
「あのね…」
 歯切れの悪い三人。
 自分がどんな格好なのか猛烈に不安になったなぎさは鏡を覗き込む。
 しばらくはまじまじと見つめていたがふきだした。そして思い切りはじけるように笑い出す。
「あはははは。ありえなぁい。これがあたし? こんなの全然違うよ。やだもう。なにこのぶりっ子」
 自分の事なのに大笑いしている。
 むしろ他人事に見えるくらい現実離れしているのだ。
「むむ。それはレイヤーに対する挑戦と取っていいのかニャ?」
 こんなときでも語尾の「にゃ」を忘れていないあたり、確かにコスプレに対するこだわりは半端でない恵子。
 ちなみにレイヤーとはこの場合は「コスプレイヤー」の略である。
「それじゃ本気でいくんだニャ」
 メイクセットを取り出した。
「え?」
 なぎさは恐れおののいた。これ以上何をするつもりだ?

 エアコンの音が響く。それくらい静かに見守られていた。
 寒いと不満を漏らしていた美鈴も固唾を飲んで恵子のしていることを見守っている。
 椅子に座らされたなぎさの顔をいじっていた。
 いじられる側はたまらない。つい口に出してしまった。
「ねぇ。あたしメイクしたことないんだけど」
 確かに家業はラーメン屋。客商売である。
 だからそれなりに身だしなみとしてのメイクくらいはいるであろう。
 しかしなぎさの年齢ではそれも無用。むしろ素顔の方が愛らしい。
 それなのになんでこんなところでメイクを施されているのだろうとふと疑問に思った。
「黙ってて。アイメイクは難しいんだから」
 語尾に「にゃ」とつけられないほど余裕がないらしい。
 その口調に気圧されて黙り込む。
「わたしもあんまりしたことないわよ。七五三の時が始めてかな?」
 代りにまりあが口を挟む。メイクに緊迫感を感じてそれに耐えられなくなったらしい。
 そもそも十代の少女たちに延々黙り続けろというのは無理といってもいい。
「まりあちゃん可愛いのに」
 美鈴も口を開いた。
「今の年齢なら素顔の方がいいっていうじゃない。それに大人になればいやでも毎日するんだもの。せめて高校生の内はやりたくないわ」
「まりあちゃん。立派な考えかたしてるんだね」
 美鈴は感銘を受けている。

「失礼いたします」
 メイドの雪乃がお茶を持ってきた。
「どうぞ」
 人数分のお茶を出す。そして
「美鈴様。お嬢様はアバウトなのでメイクのような細かい作業が苦手なのです」
 ばらしてしまった。
「雪乃さんっ。また立ち聞きしていたの?」
 赤くなることで肯定した。
「もうしわけありません」
 怒鳴るお嬢様とそれを馬耳東風のメイド。どちらが主かわからない。
「ところで詩穂理様。あなたはメイク映えしそうですがなさらないのですか?」
 たしかに白い肌。つり目。そして翠なす黒髪。メイク映えしそうである。
「……私がやると、二十歳前に見えなくなっちゃうんです。水商売の、ヘタするとAV女優みたいになっちゃうんです」
 女の子である。過去に試したことはある。だがその時の様子にトラウマに近い感情を。
 そして元々が「無駄に色っぽい顔立ち」なのである。
 これがまだ重たい印象の黒髪とメガネでセーブしているが、メガネを外してメイクして、髪の毛を明るい色にでも変えたらたちまち優等生から風俗の従業員にはやがわりである。
「あたしは一通りできるんだニャ。レイヤーの嗜み」
 どうやら重要な部分は済んだらしい。軽口が復活する。
「美鈴がやると今でも七五三になっちゃうの……」
 今時の女子高生にもかかわらず4人娘はメイクの経験が乏しかった。

「はい。出来た。どう?」
 既に雪乃は退室している。評価するのはまりあ。詩穂理。美鈴だけ。
「うわぁ」「素材がいいとはいえど」「綺麗だよ。なぎさちゃん」
 手放しで褒め称える一同。
 恐る恐る鏡を見るなぎさ。その変貌振りに今度は言葉を失う。
「どうかニャ?」
 自信たっぷりの恵子。伊達にコスプレで人目に晒されてない。
 鍛えられたメイク術であった。
 だがなぎさはその『仮面』に戸惑う。
「確かに綺麗になったけど……やっぱりこれは違う。あたしじゃないよ。あたしはこんな女の子じゃないし……!!」

#_「だから人を羨ましがってもダメよ。あなたはあなたなんだから。私になんてなれないわ。私もあなたにはなれない」_#

 美百合の言葉がリフレインされる。
(そうか……確かにこりゃあたしの柄じゃないよな。まりあの真似したってまりあ本人にはかなわないし)
 思わずまりあの顔を見てしまう。
「どうかした? わたしの顔に何か?」
 明らかに態度が変わり尋ねてしまう。
「ううん。やっとわかった。誰かの真似をしてもだめだってことが」
「綾瀬さん……」
 詩穂理も運動神経が壊滅である。それゆえ時にはなぎさやまりあのような動ける少女たちをうらやむこともあり、その意味では気持ちを正確に理解できた。
「結局、あたしはあたし。あたし自身をキョウくんに好きになってもらわないと意味がないんだ」
「なぎささん」
「ありがと。まりあ。おかげで吹っ切れた。あたしは今までどおりにするよ」
 なぎさの悩みが一つ減った。そして代りに生じる疑問。
(でも、何で栗原先輩はあんな震えていたんだろう? 一体何を怯えていたんだろう)
 マイペースな言動からはうかがい知れなかったその深き悩み。

「そう。それならいいんだけど。でも残念だわ。せっかく色々用意したのに」
「え゛?」
 まりあがクローゼットを開けると様々なタイプの可愛い衣装が並んでいた。
 中にはアイドル歌手のステージ衣装にしか見えないものも。
(こ、こんなのを着せられるところだったの?)
「だ、だったらさ。せっかくだし詩穂理や美鈴に着せりゃいいよ」
「美鈴じゃぶかぶかです……」
「私だと胸がきつくて……」
「詩穂理さん? それじゃわたしの胸がないみたいじゃないの?」
「ご、ごめんなさい。でも」
 なんとなく本人ともども詩穂理の胸を見る。納得せざるを得ない迫力だった。

「変身はここまでね。今日はお開きで続きは明日にする?」
「あ。明日はダメ。あたし練習があるから」
 これは言い逃れではない。
「なぎさちゃんところは日曜も練習があるの?」
「あるんだよね。これが」
 陸上競技をこよなく愛するなぎさでも、日曜を潰されるのはあまり歓迎できなかった。
「わたしのところもあるわよ」
「高嶺さんのテニス部もですか。やはり体育会系は練習が大変ですね」
 図書クラブの詩穂理。家庭科部の美鈴は日曜はフリー。
 詩穂理にしてみれば裕生と一緒になりたいものの、裕生は日曜は撮影で多忙。
 美鈴の場合、大樹は同じ家庭科部故に休日は一致するが最大の「恋敵」である双葉も同じ。
 一つ屋根の下にする相手にはかなわない。しかも二人とも知らないが血は繋がっていない。
 気が気ではなかった。

 快晴の日曜日。
 なぎさが学校で部活に励んでいるころ。駅前で待ち合わせの恭兵である。
 陸上部がやっていることもあり、サッカー部の方は活動がなかった。
 恭兵はいつものようにシルバーアクセをジャラジャラと。ピアスもしている。
 そのモデル顔負けのビジュアルで嫌味でも滑稽でもなく決まっていた。
 その均整の取れた肉体をタンクトップの上からジャケットというスタイルで包んでいた。
(先輩。まだかな)
 女性関係にはまめな恭兵は早めに待ち合わせ場所についていた。九時半であった。

 九時四十五分。駅前の喫茶店をなんとなく眺めているとワンピース姿の美百合らしき人物を見た。
 まりあほどフリルは多用してない比較的落ち着いたデザインだが、十分に可愛らしい。
 特にふわっとスカートが広がる感じが。

(ひょっとして先輩か?)
 人違い覚悟ででむくとまさしくそれは美百合本人。
「あら。弟君。早いのね」
「火野恭兵です。栗原先輩。ここで何しているんです?」
「うん。早くつきすぎてしまったからここで待っていたの」
 ちなみにこの店は早めにオープンする。
「いや。確かに外は暑いからそれは正解だと思いますが」
 もう相手がいるのだから来てくれてもいいだろうに。そう思わずにはいられない恭兵だった。
(このマイペースもお嬢様らしいと言えばらしいが)
「ちょっと待ってね。お支払い済ませちゃうから」
「ええ。待ってますよ」

 ところが待てど暮らせど出てこない。
 たまらずまた中に入るとどうやらカードで支払いをしようとしているらしい。
「先輩。この店は使えないみたいですよ」
「あら。そうなの。困ったわね。今お財布の中を見たらほら」
 見事に外国の紙幣ばかりだった。
 ありえない天然ボケに頭がくらくらする恭兵。
(めげるな。栗原先輩と付き合うならこの程度のことは日常茶飯事。耐えられなくてどうする?)
 美百合もえらい言われようである。

「ごめんなさいね。払ってもらっちゃって」
「いえ。お茶代くらい男が出さないと」
 これは本当にそのつもりであった。
 もっともそれはあくまで二人で飲んだお茶の話であるが。
「それじゃ悪いわ。あら。ちょうどいいわ。あそこの銀行でおろしてくるわ」
「わかりました」

 銀行の中には恭兵は入らない。やはりATMの暗証番号とかは秘密ということで「覗き見」の疑惑を避けるため。
 だからATMの前。一人でいる美百合はキャッシュカードを手に思案顔。ポツリとつぶやく。
「どうしましょう。暗証番号忘れちゃった」
 とんでもないつぶやきにぎょっとなる他の客たち。それくらいならない話ではない。問題は対処法。
「そうだわ。お家に電話して聞いてみましょう」
 彼女は携帯電話を取り出した。
 呟きを聞いてない客が携帯をかける様子を見て仰天した。
 正義感の強い人物が飛んでくる。
「ちょっとちょっと。お嬢さん。ATMの前で携帯電話は禁止ですよ」
 ルールと銘打っているが暗に「振り込め詐欺」の常套手段である携帯での操作指示を防ぐ目的である。
(こんな若い子が引っかかるのか?)
 その男性は疑問に思う。もしかして勘違いだったかなと。
「あら? そうなんですか」
 怪訝な表情が上品さにマッチして愛らしい可愛さを醸し出している。
「困りましたわ。暗証番号がわからなくて…そうだわ」
 彼女は「1025」と打ち込んだ。機械が受け付けてくれた。
「やっぱり。お誕生日にしておいたから忘れても大丈夫だったわ」
「あ、ありえねー」
「はい?」
 あまりの浮世離れ振りに何もいえないその客。
 結局は美百合が出て行ってから我に帰った。

「遅かったですね」
「暗証番号忘れちゃってたの。でもお誕生日だと思い出して扱えたわ」
「……いや、それかなりやばいですから」
 果てしなく不安になる恭兵であった。

「ごめんなさいね。私ってばこんなで」
 駅へと歩きながら美百合がポツリと漏らす。
「え?」
 唐突に聞こえた。しかしむしろ隠していた思いが漏れた。
 恭兵はそう感じ取った。

 引っかかるものはあったがマイペースの美百合に振り回されていつしか忘れていた。
 いつの間にか目的地の遊園地についていた。
「さぁ。今日は受験のことも忘れて遊ぶわよ。エスコートしてくれる?」
 その柔らかい声と優しい口調。幾多の男がとろけたそれをストレートにぶつけてくる。
「喜んで」
 この場の恭兵はいつもの「王子様」らしい態度であった。

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