第7話「Time Passed Me By」Part2

文字数 7,309文字

 家庭科室。昔のことを語るまりあはどこか遠くを見る目。
「もうね、あのときから優介の可愛さときたら半端じゃなかったわ」
「うん。まぁ……確かにいい男だとは思うけど」
 自分は恭兵に惚れているなぎさが、若干歯切れ悪そうに言う。
 恭兵が若様なら、優介は小姓。
 再放送の時代劇を見たりするなぎさはそんなイメージを抱いていた。

 幼稚園時代の話。
 英才教育を受けているまりあだが「双子」の存在は知識としてのみであった。
 それだけにほぼ同じ顔が二つ並んでる現象にビックリしていた。
 だが大人しくしている性格でないのはこのころから。
「かわいいーーーーっ」
 このころから既にトレードマークとなっているツインテールを揺らして二人に駆け寄る。
 怯えた様に後ずさる優介。本能的に逃げた。
 しかしこのころから華奢……というか貧弱だったため、まりあにあっさり捕まった。
 成長は女児の方が先行する。小学生くらいまでは男子より体格のいい娘も珍しくはない。
 ある程度まで育つと身長の伸びは止まり、今度は内側が変化し始める。
 全体的に脂肪がつき、体に丸みを帯びる。
 そのころから男子は逆に背が伸び大型になっていく。
 しかし幼稚園児ではそれもなく、むしろまりあのほうが優介より背が高かった。
「お名前は?」
「……みずき ゆうすけ……」
 回らない舌で自分の名前を言う様子は母性本能をくすぐるかもしれない。
「へんなのぉ。

?」
 要するにまりあは優介を初対面で完全に女の子と思っていたのだ。
 高校生の現在でさえ女顔で、服装によっては男にナンパされたりするのである。
 ちなみに男の上に「そっちの趣味」とわかると逆にナンパした男が逃げていくが。
 この当時ではなおさら区別がつきにくい。
 またこのころは双子はそろって髪を長く伸ばしていた。
 優介が亜優と同じようにしたがったからで、実際伸ばすと男の子なのに愛らしい顔立ちで女性の多い家庭では好評。
 そのまま入園にまで至ったのだ。
「おんなのこじゃないもん」
 さすがに多少は「男の自覚」が出てきはじめている。抵抗する。
 余談だが高校生の現在も別に女の子になりたいわけではない。
「???」
 まりあは混乱する。どう見ても女の子にしか見えない。
 当然このころでは声の高さも一様に高い。
 注意して聞けば男の子と女の子で若干違いはあるが、幼児にはその辺りの判別などつかない。
 まりあはもう一人を見る。おとなしそうな「女の子」だが、こちらも男の子なのだろうか?
「あたしはおんなのこだよ」
 おずおずと亜優が言う。空気を読んだらしい。
 まりあがもう少し年齢が高ければ「双子なのに性別が違う」という点に疑問を感じたかもしれない。さらに知識を得れば「二卵性双生児」に考えが至るが。
 しかし双子そのものを初めて見たまりあにはそこまで考えが至らなかった。
「おなまえは?」
 まだ自分から先に名乗ると言うことが出来ない。
「みずき あゆ」
「わたし、たかねまりあ」
 女の子相手で親愛の情を示すまりあ。
 このころだけに異性に対する「思い」より、同性相手の「仲間意識」のほうか強い。
「よろしくね」
「うん」
 にっこりと笑いあう二人。幼いながら友情が通った瞬間だった。

 優介の「本能」が告げていた。この女の子は危険だと。
 自分の姉たちと同タイプだと。
 まだ幼い為に逆に直感が鋭く、危機を察知していた。
 だが遅かった。まりあに捕まっていた。
「ゆうすけくんもなかよくしよ」


 即答だった。それがまりあの逆鱗に触れた。家では誰も逆らうものがないのである。
 わがまま娘の本領発揮。
「なかよくするの!」
「やだ!」
「なかよくするの。お馬さんになるの」
 家では使用人がそうやって遊んでくれていた。つまりまりあにとって仲のよい男性は「馬になる」のが当然だったのである。
「そんなのやだ」
 抵抗するがこのころは幼少時から華奢な優介である。加えて性格もありあっさりとまりあに組み敷かれる。
 そして「お馬さん」にされるのであった。

「ちょっ……おま、ひどい奴だな」
 家庭科室。ずばっと言い放つなぎさ。
「な、なんでよっ。ちっちゃい頃なのよっ。そのくらいやらない?」
 きっぱり否定されて面食らうまりあは同意を求める。
「さすがにそれは」
 苦笑する詩穂理。小さい頃だと裕生のヒーロー好きもそんなに目立ちはしない。
 友達とヒーローごっこに興じていた。
 まるでヒーローに興味のない詩穂理だったが、一緒にいたくてじっと見ていていつしか仲間に加わっていた。
 しかし運動神経の鈍さはこのころからで、役回りとしては戦う立場でなく人質役が主だった。
 もっとも最後に裕生に助けられるのでむしろ望みどおりだったのが。
「しないよねぇ」
 同意する美鈴だが大樹を馬にこそしないものの肩車はある。
 小さい頃から対格差が極端だったのだ。
 同世代でも頭一つ大きい大樹と、頭一つ小さい美鈴で。

 軽音楽室の部室。
「まりあも昔は随分とおてんばだったんだね」
 そこには男しかいないのに恭兵が気取った調子で言う。
 くしくも優介の「身の上話」も同じ展開をしていた。
 まりあと気が合わないのか合うのか……
「そんなかわいいもんじゃないよ」
 珍しく男相手に不機嫌に言う優介。
「毎日毎日。追いかけられて最後には


「念のために言うと四つんばいにされているんだよね」
「火野。それもけっこう響きがやばいぞ」
 幼稚園児のじゃれあいをどこまで危ない響きに捉えているのやら。
「しかしまぁ。ちょっとだけわかるかな。どちらかというとまりあに乗られるより乗りたいし」
 女子の前では決して口にしない類の言葉だが、さすがに男だけなので軽くシモネタを振る恭兵。
「俺の……」
「はいはい。大地。君の妹さんには手を出さない。神に誓うよ」
 恐い顔で大樹が迫ったので慌てて言いつくろう。
 もっとも実際に興味がないのも本当。
 女の子なら誰でもいいわけではない。
「幼稚園の先生に言ってもじゃれあいと思われて軽くしか言ってなかったみたいだし」

 その後もまりあはしつこく優介に付きまとう。そして優介は逃げ続ける。
 その理由は本人たちもわかっていない。

 小学校上がったある日のこと。風邪が流行り抵抗力のない子供たちも被害にあった。
 優介も例外ではなく何日も休むようになった。
 まりあは意外にも平気で毎日来ていたが、段々と不満を口にし始める。
「ねぇせんせぇ。ゆうすけはぁ?」
「優介君は今日も風邪でお休みなの」
「……つまんなぁい」
 そう表現していたがいつしか優介はいないと物足りない存在になっていたのである。

 そのころの優介。まりあから逃れるための仮病ではなく、本当に伏せっていた。
 それを看護する幼い姉たち。
 これだけなら幼いながらに母性を発揮して優しい女の子へと成長していると解釈できる。
 事実両親はそう思っていたし、本人たちも意識はしてないが愛情表現のつもりだった。
 しかし何と言っても幼い。つまりまともに出来るはずもない。
 小学生女児の非力さもあろうが、額を冷やす布を充分に絞れず濡れてしまうのは可愛いほう。
 子守唄と称して大声意で歌い安眠を妨害。
 添い寝でふとんにもぐりこみこれまた安眠妨害。
 風邪が長引くのも姉たちが小学校から帰るたびにこれをやるからである。
 またこの姉妹が近所で評判になるほどの美少女。甘やかされて少々天狗になっているところがある。すき放題にしていた。
 幼い優介にとって「美少女」は崇拝の対象ではなく、邪悪の象徴へとなっていたのである。
 何しろ家では姉たち。外ではまりあとまとわり着いてくるのは「美少女」たちで。

 では当の姉たち。三つ上の優香。二つ上の優奈に悪意があるかというとそうではない。
 むしろ美少年である弟が可愛くてたまらない。
 だから必要以上に構うが、年齢一ケタ台では加減というものがわかるはずもない。
 そして矛盾するが優介を『男の子』として認識していたか怪しいところがある。
 何しろ男の子の格好をしていても大抵の人が女の子と間違える。
 小学生ではまだまだ「性」の意識は低い。
 優介を女の子扱いしていたのかもしれない。それでやたらにくっついてくる。

 双子の姉の亜優にしてもおとなしい性格ゆえに半身とも言うべき存在にやや頼り勝ち。
 結局どこでも気が休まらない。

「何という羨ましい話だ」
 スタジオ。本音が口を突く恭兵である。
「どうして? 火野君って相手には困ってないんでしょ?」
 やや膨れたような表情……焼きもち焼きの女の子という感じの表情で優介が言う。
「3年の火野由美香。知ってるか?」
「ああ」
 短く肯定する大樹。名の通った存在らしい。
「お前の姉ちゃんだろ」
 こちらは同じ苗字から単純に考えた裕生。
「学校じゃ外面いいけど、うちに帰ると人を人とも思わず殴るしこき使う。それにくらべたら水木のお姉さん達はなんて優しい」
「鬱陶しくて迷惑なだけだよ」
 謙遜ではなく本気で言っている優介。
「自慢じゃないが女の子の好きな僕だけど、たとえ血が繋がってなくても姉貴だけは口説きたいとは思わないね」
 好みがまりあや美百合という「お嬢様」だけに、反対の由美香やなぎさというがさつなタイプは対象ではなかった。
 同級の男ばかりのせいかここでは「姉貴」である。
 もちろん当事者相手には「姉さん」と。年下というだけではすまない態度である。
「あ。火野先輩」
 軽い気持ちで口走った裕生。
 その言葉にまさに「脊髄反射」の恭兵は、裕生も真っ青になるほどのアクションを見せてスタジオの機材の影に飛び込んで隠れた。
「お前……そんなに姉ちゃんが恐いのか?」
「からかうな! 姉貴だけはダメだ。小さなころから色々と……あ!」
「ぼくの苦労。わかってくれた?」
 気持ちをわかってくれて嬉しいよ。そう物語る優介の表情だった。
「そんなにダメか?」
 不思議そうに大樹が尋ねる。
「はいはい。大地。君の妹さんラブはよくわかっているから」
 ギターアンプの陰から出てきながら格好着けても様にならないが。
「血の繋がりがなければ手を出しかねないな」
「……」
 無言の大樹。しかし否定的な表情ではない。
「話しを続けようか」
 恐くなった恭兵は先を促す。

 小学校へと進級した優介と亜優。そしてまりあ。
 家は離れていても学区が同じだけに同じ学校である。
 さらには神の悪戯か。まりあとはクラスまで同じである。性別が違うとはいえど双子である姉・亜優は別のクラスに。
 クラス替えは上級生である四年生になるときに行われる。
 つまり最低三年間はまりあと同じクラスで、優介は気が重くなった。

 当然ながらまりあは大喜び。
 実は本人がつよく同じ学校へ行くことを強く望んでいたのだ。
 もちろん前述の通り学区の関係もあり、そのエリアに住んでいる時点で同じ学校に行くのは確定していた。
 しかし幼い少女にそんなことがわかるはずもなく。
 それでも望んだというのだからこの時点で既にご執心だったと言うわけである。

 生けとし生けるものにはすべて「本能」がある。それは「女の子」も例外ではない。
 やはり可愛いもの。そしてまだ性に目覚めてなくても「ステキな異性」にときめく。
 だが「ときめかれ、付きまとわれる」優介にしたら苦痛でしかなかった。
 女とみまどうほどの美少年ぶりは成長するにつれてむしろ拍車が掛かり、この時点では華奢なのも手伝い小学生にして妖しい魅力をもたらしていた。
 そのせいで本来なら公平でなければならないはずの教師。この場合は女性に若干ひいきされていた。
 あろうことか抱き締める者もいた。これは女から男の子へということもあり「猥褻(わいせつ)行為」とはみなされず、ちょっと度の過ぎたスキンシップ程度に見られていたので放置されていた。
 これで増長する性格ならむしろ自身の「美貌」を鼻にかける少年になっただろうが、何しろ小さい頃からなので疎ましい。
 大人の女性の豊かな胸が苦しいだけ。

(あーあ。女の子嫌だな。何かとべたべたくっついてくるし)
 十歳を越えても優介の「女嫌い」はよくなるどころか悪化の一途を辿っていた。
 そしてその主因が
「ゆうすけぇぇぇぇ」
 休み時間になるたびに別のクラスからまりあが飛んでくる。
 クラス替えで離れたら逆にまりあは優介に対して余計にくっついてくるようになった。
 ちなみに亜優とは同じクラス。そのため、自然と仲がよくなり、高校生の現在も親友といえる関係である。
「優介。一緒にバレーボールやろっ」
「自分のクラスでやれよ」
 クールというより「うんざり」という態度の優介。
「えー。優介と一緒じゃなきゃつまんなぁい」
 欲しいものはなんとしても手に入れる。それは相手が人でも変わらない。
 しかしいつしか「優介がいないと寂しい」となっていた。
「なんで離れたクラスまで来るんだよ」
「だって優介好きなんだもん」
 あっけらかんと言い放つ。
 小学生である。こんな発言をするとたちまち冷やかされる。
 文字通り子供じみた行為を受けるが、あまりに堂々としているために逆にばかばかしくなりこの時点ではもう誰もそんなことはしない。
「ぼくはお前なんか嫌いだ」
 これもいつもの台詞。これで泣いて引き下がるならまりあも可愛げがあるが、筋金入りのわがまま娘。
「欲しいものが手に入る」まで絶対に引き下がらない。
 結局は流されてまりあに付き合わされるのだが、この日は助けが入った。
「水木。サッカーやろうぜ」
「うん。いくよ」
 渡に船。嫌。地獄に仏か。男児からの誘いに嬉々として乗る優介だった。
「わたしもサッカーやる」
「(キックの際にスカートがめくれて)パンツ見えるぞ」
 人の悪い笑みで指摘する優介。
「うーっっっ」
 スカート派のまりあはほとんどスカート姿である。この日もワンピース。
 そのためサッカーは下着の露出を考えるとやることはできない。
 下半身につける体操着を用いる手もあるが、スカートがまとわりつくのでやはりサッカーは無理。
 いっそ完全に体操着にでもなればいいのだが、さすがに五時間目が体育でもないのにそんな手間はかけていられない。
 悔しい思いをしつつも手を引くことに。

「助かったよ。あいつ、いつもしつこいんだ」
 女児相手には鬱陶しそうな表情の優介だが、助けてくれた男児には上等な笑顔を見せた。
 くどいようだが並みの女児よりはるかに綺麗な顔をしているのである。
 それが無防備かつ若干好意の混じった笑顔である。
「お、おう」
 ぶっきらぼうに答える誘った男児。
 実は彼にしてみればまりあに気があり、優介とくっつくのが面白くない。
 しかし露骨な焼きもちを焼くのはプライドが許さず、引き離すためにあえて優介をサッカーに誘ったにすぎない。
 だがこんな笑顔を返されてはたまらない。
 次からは優介自身を目的に誘われるようになった。

 優介にしたらとにかくありがたい存在だった。
 サッカーではまりあもまとわりついてこず、そして男児たちは女児のようにべたべたしない。
(あー。男っていいよなぁ。べたべたしないし。かっこいいし)
 小学校の高学年ともなれば多少は女の子に気が向いても「当然」である。
 しかし何しろ過剰なスキンシップを幼少時からされていた。
 それも美少女の誉れ高い姉たちやまりあから。
 つまり


 そして男同士のやり取りがむしろ新鮮に映り、男子相手の方が笑顔でいられる。
 男児たちも妖しい魅力に戸惑い、軽く距離を置いているがそれが逆に優介にとって心地よかったらしい。
 そしてそれが多大な勘違いの下地になる。

「ワンちゃんみたいだね」
 家庭科室。美鈴が率直な感想を述べる。
「ああ。追うと逃げると言うことですか?」
 同級生女子相手にも敬語の詩穂理。
「まりあが逃げて追っかけてくるならその通りなんだけどね」
 段々話の「落ち」が見えてきたなぎさが「地雷」を踏まないように注意して言葉を選ぶ。
「まぁ小学生じゃ同性同士でまとまること多いじゃない? 今にして思えばそんな感じだったのよね。でもそれも中学では変わってきて」
 頷く三人の少女。自分たちも身に覚えがある。

 成長して勉強して、色々と理解してきた優介たち。
 学区というものも理解して、今度はまりあと一緒なのを「覚悟」していたので同じでも驚かなかった。
 しかし戸惑う話が待っていた。
 男児から成長して児童から生徒と呼ばれるようになった少年たち。
 その目が女子生徒に向いていたことに。
(なんだよ。小学校の時はあんなに仲良くしてくれたのに。ちょっと背が伸びて胸が膨らんだ程度で目を奪われるなんて)
 男子生徒相手に「嫉妬」を自覚していた優介であった。

 つまり「目覚めつつ」あった。

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