第7話『Time Passed Me By』Part1

文字数 6,779文字

「待ちなさぁぁぁい。優介ぇぇぇ。今日こそわたしと下校するのよーっっっ」
「やーなこったぁ。お前と下校するくらいならゴリラと帰った方がマシだよーん」
 今日も今日とて飽きもせずルーチンワーク。
 逃げる優介。追うまりあである。梅雨時でじめつくのに廊下を走り回って鬱陶しいことこの上ない。
 スポーツの出来るほうのまりあではあるが、スカート姿で仮にも男子(?)の優介に走りで引けをとらないから大した物である。
 あるいはそれだけ優介に対する妄執が強いということか。

 駆け回る優介は「セーフティゾーン」へと飛び込む。
 女子の入れない男子トイレに。
 さすがのまりあもここには踏み込めない。
 いつもこのパターンで逃げ切られる。いくらなんでも男子トイレの前で延々と待つのは年頃の少女。それも学園のアイドルとまで言われた美少女にはきついものがある。
「うーっっっ」
 唇を尖らし、頬を膨らまして怒りを表現する学園のアイドル。
「またやってんの? あんたたち」
 男子トイレの隣には女子トイレ。そこから連れ立って出てきたなぎさ。詩穂理。美鈴である。
「こうなったらもう諦めた方がいいですよ」
「そうだよね。前にトイレの窓から逃げられた事もあったもんね」
 ちなみに二階である。
「……わかったわよ」
 不承不承まりあは三人の言葉に従いその場を離れる。
 実際に以前トイレの前で延々待ち続けて、窓から逃げられていた。
 その可能性も考えて諦めた。

 男子トイレから窺う巨漢。頭がつっかえそうだ。
「行ったぞ」
 気は優しくて力持ち。それを地で行く大地大樹である。
「おい。高嶺はもういないんだから離れろ」
 心底迷惑そうな表情と声音の裕生。
「うーん。ぼくとしてはこのままくっついていてもいいんだけどなぁ」
 冗談ではないような優介の言葉。
 彼は飛び込んだときに居合わせた風見裕生にそのまま勢いで抱きついたのだった。
「気持ち悪いことを言うな! 大地。コイツを高嶺に引き渡そう。そうすりゃもうこんな面倒は起きない」
「ああ。ちょっと待ってくれ。それは僕としては困る」
 抗議したのは優介ではなく金髪の「学園の貴公子」火野恭兵である。
 ブリーチした金髪だが、その「王子様キャラ」と相俟って女子人気は高かった。
 しかし彼の思い人はまりあ。同時に3年の栗原美百合に対しても淡い感情を抱いている。
 どうやら「お嬢様」が好みらしい。
 そのまりあと優介をくっつけられてはたまらないというわけだ。
「知るかよ。こうしょっちゅう引っ付かれたらたまったもんじゃねえ。大体お前。男に抱きついて嬉しいか?」
「その点は僕も聞きたいな。抱き合うのなら甘い香りのする女の子の方がいいだろう、なぁ。大地」
 残るひとりの巨漢に同意を求める学園の貴公子。だが返答は予想の斜め上を行くものであった。
「俺には双葉がいればいい」
「うわ。こっちもアブノーマルか!?」
 大地兄妹は極度のシスコンとブラコンだった。
 極端に寡黙な大樹は特に抗議もせず、一瞥して終わりであった。
 しかし迫力が違う。優しい目つきとはいえど、巨大な象に顔面を突きつけられたら確かに怖気づかないではいられない。
 雰囲気を変えるべく、本来の相手に話題を振りなおす。
「なぁ水木。君だって女の子にアプローチかけた方が建設的だと思うんだが」
 もちろんその「女の子」にまりあは入っていない。
 まりあの方が熱を上げているのだが、それを掻っ攫う自信がある。それゆえだ。
 それに冷静に見て「ノーマル」であれば他の女子も放って置かない「可愛らしさ」と判断した。
 まりあを冷たく突き放し続ける優介より、優しくアプローチを続ける自分に彼女がなびくと思ってだ。
「それこそ勘弁してほしいよ。女なんて最低の生き物だ……」
 男の前だが珍しく「はき捨てるような」表情をする優介。気分を害したのか、自分から抱きつきをやめた。逆に裕生のほうから声をかける。
「よし。ちょっと


「喜んでぇ」
 泣いたカラスがもう笑った。裕生の言葉に顔を輝かせて明るい声を上げる優介。にじり寄る。
「ちがっ。そういう意味じゃねぇ。お前がこんな風になった理由を知れば対策くらい出来るだろ」
「そうだね。それに……ここはくさいから早く出たいしね」
 忘れていたがトイレの中である。

 まりあたち四人の少女は家庭科室にいた。
 この日の放課後は部活がないため使われていない。安心して話ができる。
 喫茶店に行くくらいの小遣いはあるが、不特定多数相手に聞かれたくなかった。
 むしろこの場の方が安心だったのだ。
 四人は思い思いの飲み物を用意して、調理実習台の前に立っていた。
 まりあ対して詩穂理。なぎさ。美鈴が対面にいる。
 まるで記者会見だ。

 椅子に腰かけて話し始める。
「なぁ。いい加減に諦めなよ。なんてったって女が恋愛対象から外れてるんだし」
 うんざりというより同情気味になぎさが言う。
 2年の新クラスの初日。「自分はホモ」とカミングアウトした優介である。
 厳密には「同性」と同時に「異性」を愛する両刀使い(バイセクシャル)という存在もいるが、そこまでは知らない少女たちである。
「なぎささんは火野君がわたしを好きだからと諦められるの?」
「う……」
 それを言われると弱い。恭兵は優介の真逆で女の子が大好き。
 それだけならノーマルだが、その数は半端じゃない。
 言い寄ってくる相手を拒まないどころか、自分からアプローチをかけたりもする。
 それなのになぎさだけは小学校時代の因縁がたたり対象外なのだ。
 この時に言われた「大根足」の一言がトラウマで、彼女は生足を見せなくなった。
 普段はパンツルックオンリー。制服のときはパンストで素肌は見せない。
 陸上部の活動も真夏でさえ下半身はジャージであるから徹底している。
 それでもさすがに水着のときは隠せない。
 本人も名前のせいでもあるまいが泳ぐのが好きなため、その時だけはそれを楽しみにする心が勝り、貴重な生足を見せる。

「それにしても、本当に水木さんのことが好きなんですね」
 自分も恋をしているから優しい表情になる詩穂理。
「好きよ。もう子供のころから」
 とうとうと語り始めた。

 軽音楽部のスタジオ。完全防音である。ここに四人の少年たちはいた。
「密室で三人がかり……わかったよ。それが望みならかなえてあげる。でも……優しくしてね」
 言うとするりとジャケットを脱ぎ捨てる。流し目が無駄に色っぽい。
「だぁぁぁぁぁっ。変なことを口走るんじゃねぇっ」
 スリッパがあれば頭を叩きかねない裕生の絶叫。
「話しを聞くために来たんだよ。ここなら音が漏れないだろ」
「なぁんだ。まぁぼくとしてもはじめてが『輪姦される』というのはちょっときついと思っていたからいいけど」
「それだ! 何で君は男の方が好きなんだ?」
 いつまで経っても進展しないので話しを促す恭兵。
「……だって……女なんて最低の生き物じゃない。特にまりあ。幼稚園のころから……」
 こちらも語り始めた。

 17年前。六月一日。分娩室の前でウロウロしている水木大介。
 幼い二人の姉妹。三歳の優香(ゆか)。二歳の優奈(ゆうな)も今か今かと待ち構えている。
 やがて元気な泣き声がする。新しい命の証。
「やった。生まれたか?」
 立ち止まって思わず分娩室の扉を見つめるが、開こうとしない。
「パパ。ママは?」「赤ちゃんは?」
 幼い姉妹が尋ねてくる。
「ああ。もうちょっと待ってろ。そうだった。そうだった」
 緊張のあまり失念していたことを思い出した。

 もう一つの泣き声が響き渡る。ここでやっと扉が開く。
 搬出される母親と新しい子供「たち」。助産婦がにこやかに父に対して言う。
「おめでとうございます。男の子と女の子の双子さんですよ」
 事前に二卵性双生児とわかっていたのである。
 母子共に健康と告げられ、大介の目に涙が。

 男女の双子とは既に聞かされていた。だから名前も決めていた。
「この子が亜優。そしてこの子が優介だ」
 三人目の娘もさることながら、初めての男の子がかわいくてたまらない。
 かねてから宣していた通り自分の名から一字とって与えたくらいである。

 そしてそれは初めての「弟」を迎えた幼い姉妹も例外ではない。
 可愛い可愛いといじりまくる。

 そのころ、既に四月に誕生していたまりあは初めての女の子ということとと、その愛らしさで溺愛されていた。
 しかし溺愛が招く結果は概ね同じ。
 実家が金持ちというのも手伝い、わがままいっぱいになっていく。
 欲しがるものは何でも与え、手に入らないものはない。

 少したってからの幼年期の話。食事の時である。
「ぎゅうにゅうちょうだい」
 和食だったのでお冷だったが、まりあはミルクを要求した。
 慌てた使用人たちが厨房からミルクを持ってくる。
 それを一口飲んだら満足した。それならともかく
「じゅーすちょうだい」
 今度はジュースを要求して来た。
 そしてその子供の気まぐれをいちいちかなえる使用人たち。
 咎めない両親。
 当人にとって、世界は自分を中心に回っていた。
 愛されるのが当然で、逆に自分に注がれた愛情に気がつかなかった。

 また誕生直後に戻る。
 双子と言えば対等に扱うのが基本。しかし性別が違えばおのずと扱いも変わっていく。
 単純に産着からして優介は水色。亜優にはピンクのものを与えられていた。
 ところが優介が水色を嫌がる。
 確かに双子は同じものを与えるケースが多いが、それにしても男の子である。
 だがどうにも水色を嫌がり、ピンクを欲するので何度か与えてみた。
 そのたびに大人しくなるので、母としてはどうしても手間の掛からないほうに行き、いつの間にか二人ともピンクの産着が定番になっていく。
 それが祟ってか二人の姉(厳密には同時に生まれた亜優も姉ではあるのだが)は優介を『男の子』としては扱わなくなっていく。

 2年が過ぎ、双子も既に乳母車を卒業していた。もちろん産着のはずもない。
「赤ちゃん」から「子供」になっていた。
 このころの亜優は髪を長く伸ばしていた。顔の形のよさから天使のような愛らしさだ。
 そして優介も同様に伸ばしていた。まだ幼い優介である。そんなに『男っぽく』はなっていない。
 見た目は中性的な女の子。小学生で女の子に間違われる男の子も多い。それを思えば未就学児ではなおさら無理もない。
 それに拍車をかけるのが服装である。
 年上。そして同じ年の三人の姉たちと同じものを望み、スカート姿である。
 子供だからということで「まぁいいか」と。実際に可愛かったので通してしまっていた優介の母・優子。
 この日もデパートで買い物。子供四人を連れてだから大変である。
 とはいえど女の子三人。口数は多いがそれだけであり、逆に妹たちの面倒を見たがるので案外手が掛からない。
「ママ。おしっこ」
 しかしさすがにこれは子供には無理である。慌てて優介を連れて女子トイレに。
 個室に連れ込み(女子トイレには個室しかないが)パンツを脱がせる。スカートだから楽である。
 そして立小便の要領でやらせる。隣の個室でも同じことをしていた。つまり
「あら? もしかしてお子さん男の子ですか?」
「ええ。でも女の子に見えません?」
 優しそうなふんわりした印象の女性である。子供の方も本当に女の子に見える。
「終わった」
 その子供が言う。当然だが小さいだけに甲高い声だが、それまでどことなく女の子のように聞こえる。
「そう。それじゃみずきちゃん。おてて洗いましょうね」
「えっ?」
 優子が驚く。
「はい?」
 怪訝な表情の「お隣さん」
「今、みずきって」
「ええ。この子の名前です。もしかしてそちらのお子さんもですか?」
「いえいえ。水木というのは苗字なんです」
「あらあら。偶然ですねぇ」
 本当に浮世離れした女性である。
 その女性。赤星瑞枝とはそれっきりの水木優子だが、優介と瑞樹は成長してから出会うことに。
 そしてその瑞樹は本当に女の子になってしまうのだが、それは本当に別の話なのであった。

 現在。学校のスタジオ。遠い目をしている優介。
「いくら子供でもばかだったよなぁ。あんなかっこうさせられて何もいわないなんて」
 厳密には本人が希望したのだが、その辺りは記憶が改ざんされている。
「おかげで未だに女装させられるし」
(それでか)
 大樹は妙な納得をした。
 以前に身体測定で周囲の男子の半裸に興奮して鼻血を噴いた優介を、保健室まで運んだことがある。
 あまりに体毛が少ないので違和感を感じていたが、これまでの話しを聞く限り定期的に体毛の処理などもしているのだろうと推測した。

 家庭科室の少女たち。いくら調理の出来る場所とはいえど勝手に材料を使えるはずもないし、調達も出来ない。
 だから飲んでいるのはここに来る前に買ってきた飲料水であった。
 それで口を湿らせる。
「あんたのわがままは子供のころからの筋金入りだったんだ……」
 庶民派代表のなぎさが「理解した」といわんばかりの表情で見ている。
「そんなっ。ちっちゃな子供なんだからそのくらいあるでしょ?」
「それはそうかもしれませんが」
 自分たちはそんなではなかったなぁと思い返す詩穂理。
 次女、そして元々の性格もあってかおとなしいほうであった。
 一人っ子の美鈴もおとなしい性格ゆえに手のかからない子供だった。
 優介と反対に上が男ばかりのなぎさは、子供のころから男勝り。
 あまりにがさつなので心配した兄たちが女扱いを始めて、今では若干過保護になりつつある。
「でもお父さんたちはちょっと心配したみたいで」

「まりあのわがままもちょっと困ったものだな」
 実際は「ちょっと」などという可愛いレベルではない。
 そこは「親ばか」というものである。あるいは「親の欲目」か?
「幼稚園は庶民の行くところがいいかもしれないですね」
 これはまりあの母。翡翠(ひすい)の発言。
「きゃははは。走れ走れーっ」
 傍らではフットマンを四つんばいにさせ、馬上の人となった気分のまりあが騒いでいた。
 もちろん「お嬢様」に逆らえないので、いう通りにするフットマン。馬の鳴きまねまでして走って見せる。
 それを見てため息をつく父・礼嗣(れいじ)
「そうだな。すこし人間社会を学ばせよう。辛いがこれも親の務め」
 かくして超の着くお嬢様でありながらまりあは「庶民の学校」に行くことに。

 幼稚園に入園したまりあ。ところがアクシデントがあった。
「海老沢の……」
 入園式に立ち会うため激務を抜けてきたまりあの父。その場に何故かいた商売敵の男。
「これはこれは。海老沢さん。お子さんはこちらに」
「ええ。高嶺さんもですか?」
 表面上はにこやかな「大人の会話」だが、胸の内は正反対。
 だが衆人環視で衝突するわけにも行かない。
「ほら。まりあ。ご挨拶しなさい」
 傍目には幼子を親善大使にしている。本音は可愛い娘の自慢。
 それは相手も同じ。これまた自慢の娘を前に出す。
 じっと見詰め合う二人の幼子。やがてまりあが指を指して大声で「おでこ」と言った。
「こ……コラ。まりあ。失礼だぞ。人の気にしていることを言ってはいけないよ」
 咎めているが内心は噴出しそうな礼嗣。実際に第一印象は同じところが目に付いた。
「パパっ。あの子嫌いっ」
 海老沢瑠美奈。まりあとの因縁がスタートした瞬間だった。
 実家がライバルというのより、この時の遺恨がまさに起点であった。

 さすがにそれ以上は発展せず。そして時間になり新たなる園児が集められた。
「?」
 まりあの興味を引いたのは同じ顔をした二人。

 水木亜優。そして優介との運命の出会いだった。


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