第3話「大地の物語」Part3

文字数 7,024文字

 いくら料理対決といえどならず者相手はごめんと言う者も家庭科部にいた。
 彼女たちは窓からその様子を眺めていたが丸く収まりほっとする。
 安全となり、余裕が出てくるとちょっと噴出する思いもある。
 ポニーテールの娘とショートカットの娘がきつい口調で会話を開始する。
「なに? あの娘。兄と妹でべたべたしすぎじゃない?」
「気もち悪いわね。まるで恋人同士よね」
「アニキのほうも満更じゃなさそうだし」
 どうやら一年生のようである。それにしては『先輩』である大樹に対して容赦なさ過ぎだが、確かに異様な二人である。
「案外血のつながりがなかったりして」
 他人のことなので無責任に話している。
「血の繋がらない妹。最高じゃないですか」
 いきなり一人の男子生徒が話しに割って入る。メガネをかけたどこにでもいそうな普通の男子。
「な…なんですか? いきなり」
 敬語なのは自分たち一年のような「子供のようなところ」がないからだ。上級生に見えた。
「桃生先輩」
 どうやらショートカットの方は知っているらしい。知り合い相手だからいきなり入るなどというまねも出来たのだ。
「女の子にはわかりにくいかもしれないけど一つ屋根の下。赤ん坊のころから知っていた妹。愛しい思いがあっても決して女として愛してはいけない存在。それが突然、血のつながりという戒めがないとわかるんですよ。そりゃ男だったらもえますよ」
「は……はぁ」
 熱く語るその様子に圧倒される女子二人。
「だから彼のことも悪く言えないですよ。ましてやあんな可愛い妹じゃ愛して当然。妹好きに悪人はいませんよ」
「そ…そりゃ家族を大切にするのはいいことだと思いますけど…」
「わかってくれたらいいんです」
 言いたいことをいい終えて満足した彼は立ち去る。元々通りすがりで本来の用事に戻ったというところ。
 その姿が見えなくなってからポツリとつぶやく。
「な…何なの。あの人?」
 ポニーテールの娘が尋ねる。
「三年の桃生さん。いろんなことを知っていて話が面白くてさらには『ブログの帝王』とまで言われているひと。基本的にはいい人だけど」
「ああ。あの大きな先輩と同類なのね」
 例え百メートル離れても一発でわかる巨漢が調理を続けていた。

 生徒だけならまだしも職員室で話題となるとちょっとことが大きい。
「しかし木上先生のところの大地。一年のときは図体のでかいだけの硬派かと思っていたら、妹に対しては半端じゃなく甘いですな」
 若干粘着質な中年男性の教師が語りかける。
「ええ。あの子、

、常識ハズレのシスコンなんです」
 ニコニコと優しげな笑みでしれっと言い放つ2-D担任。
「…………フォローになってませんよ……先生」
 おっとりとした笑みを見せながら言う木上に、その男性教師も毒気を抜かれた。
「でも気は優しくて力持ちという子ですよ。ただいくら男の子でももうちょっと口数があるとお話しやすいんですけど」
 大樹の無口は筋金入りである。
「性根が優しく、体力があり寡黙。確かに男としては魅力的ですが、妹のくっつき方はもう恋人のようですな」
「案外、恋心もあったりするのかもしれませんね」
「恐ろしいことを言わんでください。近親相姦ですよ」
「でもウチのクラス。男の子が好きという男の子もいますから、そのくらい許されそうな」
「そんなわけないでしょう」
 放っておくと果てしなくボケが蔓延しそうな職員室である。

 それほどまでに知れ渡る大地兄妹のべたべたぶり。
 基本的に無表情の大樹も、妹と接している時は心なしか優しい表情になっている。
 双葉に至っては幼子が親に甘える。いや…やはり恋人に甘える娘という方が適切な表情だ。

 そして二人に一番身近な美鈴はやはり気が気ではない。
(大丈夫よね。兄と妹なんだし。間違っても…キャーッッッ。美鈴ッたらなに考えてんのよ。二人をケダモノみたいに。ばかばか。美鈴のバカ)
 自問自答して自分の頭をぽかぽか叩く美鈴をクラスメイトが怪訝な表情で見ていた。
 ふと我に返り赤面する美鈴。その目の前にチケットが差し出される。
「水木君? これなに?」
「美鈴にやるよ。こんなの」
 映画のチケットだった。二枚ある。
「ウチの姉ちゃんが無駄な色気で新聞勧誘員からせしめたんだけど、そろいも揃ってデートの相手がこの恋愛映画を嫌がったからってくれたんだ。けど今度の日曜が期限いっぱいなのに風見君も火野くんも大地君も行かないって言うから」
 ちなみに
裕生「映画? 特撮? アクション?……なんだ。恋愛ものか。パス」
恭兵「冗談だろ。映画は女の子と行くものさ」
大樹「俺はいい」
と、言う風に断られた。
(あー…大ちゃん泣ける映画苦手だもんね…)
 人目もはばからず映画館で男泣きしてしまうのである。
「優介! わたしその映画見たい!」
 どこで聞き耳を立てていたのか名乗りをあげるまりあ。
 待ち合わせで人の多いところにいると必ずナンパされるという美少女だが、彼女には優介しか見えていない。
 しかし好きな少年の恋愛対象が男性ということで茨の道であった。
「いやだね。だから美鈴にあげちゃうもんね」
 「あっかんベー」をしかねない優介。
「ま、まさか…美鈴さん。あなた優介と」
 瞬間的に嫉妬する学園のアイドル。。
「バカ言うなよ。女と一緒に行けるか」
 反論は優介の方が早かった。
「女と一緒に映画に行ったところを見られてみろ。『あいつはノーマルだ』ってことになって、せっかくのカミングアウトが無駄になるじゃないか」
(普通、「ホモ説」のほうを打ち消しに掛からんか?)
 その場の誰もが抱いた疑問。
「あ…あの、美鈴はいいからまりあちゃんと行ったら?」
 実際渡されても困るので、無難な提案をする美鈴。
「男の子が相手じゃなきゃ行かない」
 優介の見た目かなり女性的なためちょっと倒錯的な気分になる「男の子」たち。
「優介が行かないならわたしもいいわ」
 チケットを残して二人とも去ってしまった。
(どうしよう…大ちゃんは断っていたくらいだし……そうだ!)

 日曜日。美鈴は隣家の前で人を待っていた。
 やがて目的の人物が出てきた。
「お待たせ」
 春らしいピンクのワンピースに身を包んだ双葉が出てきた。
 学校では流しているだけのセミロングだが、私服ということで大きなリボンで髪を飾っている。
 美鈴が誘ったのは大樹ではなく妹の双葉。
「それじゃ行きましょうか」
 美鈴のほうも大きく広がるスカートのワンピース。
 ところどころにフリルとレース。そしてリボンでまるでお姫様である。
 いや。「お人形さん」と言う方がその風貌にあっているか。
 よほどお気に入りらしく学校でもつけているカチューシャはそのままだ。
 余談だがまりあもワンピースは多い。だが彼女がツーピースを着る事もあるのに対して、美鈴はワンピースが多かった。
 理由はおなか。16歳の上に細い美鈴が「中年ぶとり」のはずはなく。
 「中年」どころか「幼児」なのである。
 ありえないほどに非力な美鈴。缶ジュースのふたを開けるのに道具を使うくらいだ。
 全体的に筋力不足。つまりそれでおなかがぽっこりでているのだ。そう。幼児体形だ。
 そのごまかしでウエストを強調しないようにしている。

 制服だと一応高校生と思われるが、私服になると一気に低めの年齢に見られる二人である。
 この二人。似ているのは服の趣味だけではない。
 甘いお菓子が大好きなところとか映画の趣味も似ている。
 まるでこちらの方が姉妹に見える。

 映画館から出てきた美鈴と双葉は目を真っ赤にしていた。
 他にもそんな女性がいるのでかなり泣ける映画のようだ。
「よかったね。映画」
 真っ赤な目をして美鈴が言う。
「うん。ありがとう美鈴ちゃん。誘ってくれて」
 双葉も目が赤い。かなり泣いたようだ。
「お礼なら水木君に言った方がいいかも」
 美鈴が誘ったのは双葉だった。
 映画のチケットの処理と同時に話し合いのきっかけを持ちたかった。
「ちょっとお茶飲んでいこうか?」
 映画の感想を話したいこともありそれに応じた双葉。
 近場にいくらでもあったが同様にしていたからかほとんど入れない。
「前に行ったお店。いい感じだったからいってみよう」
 二人はちょっと離れた喫茶店へと出向いた。

 「レッズ」と言う名の喫茶店。ガラスの扉を開くとカウベルがなる。
「いらっしゃませぇ」
 長い髪。愛らしい丸顔。ほんのりとメイク。そして可愛らしい衣装のウェイトレスが出迎えた。
 ニーソックスが足を細く見せていた。
 童顔に似合わず大迫力のバスト。D~Eは堅いだろう。
 思わず自分の胸元を見る二人。二人ともかなりの「発展途上」だった。
「あの…どうかいたしました」
 可愛い声。そして女性的な柔らかい口調。ウェイトレスが不思議そうに尋ねる。
「いえ…なんでも」
 まさかバストを見比べていたとはいえない。
「みずきちゃん。ご案内おねがいね」
「はーい。ママ」
 カウンターの中の品のいい中年女性の指示に従う。
(なんか…あの人、木上先生みたい…)
 ふわっとした雰囲気が似ているのだ。

 みずきと言う名のウェイトレスに案内されて二人はボックス席に。

 待つ間はやはり見てきたばかりの映画の話題。
「よかったね。禁断の愛。障害のある愛にかけた二人」
 うっとりとしたよう素で双葉が言う。まるで自分と兄を登場人物に投影しているかのようだ。
「そ、そうだね」
 映画の感想自体は同意だが、双葉が言うと兄相手の恋路に聞こえる。
「そう言えば美鈴ちゃんのクラスに同性愛の男の人いるって聞いたけど?」
「大ちゃんから?」
 クラスメートだけにもっともな発想。だが双葉は首を横に振る。
「千尋ちゃんのお兄さんも迫られていて、それを見ちゃったんだって」
「あははは。そういうことね」
 カミングアウトして以来、堂々と男子相手にアプローチをかけるようになった優介。
 その一幕を見たのであろう。
「水木君もあんなに綺麗な男の子なんだから、わざわざ男の子相手に迫らなくてもいいのにね。そうでなくてもまりあちゃんが恋人になりたがっているのに」
 美鈴としては世間話ののりである。しかしまるで重要な相談でもしていたかのように双葉は黙り込む。そしてやっと口を開くのだが
「私は…仕方ないと思うの」
「なにが?」
「好きになっちゃったら。それはもう止められないもの。その水木さんてたまたま好きな相手が男の人だっただけで。その人にとってはそれが普通のことなんだと思う」
 こういわれると反論も慎重にならざるを得ない。
 結果として再び沈黙に囚われる二人。

 それを救ったのはウェイトレス。注文の品を運んできたのだ。
「お待たせいたしました。ケーキセット。いちごショートのお客様は?」
「みす…私です」
 いつものクセで自分を名前で呼びかけて、見知らぬ相手ということで言い直す。
 ウエイトレスはもう片方のミルフィーユを双葉の前に置く。
 お茶は二人とも紅茶なのでそのまま置かれた。

 甘いケーキ。美味しい紅茶だが話がはずまない。
(話をしなくちゃ。そのために映画に誘ったんだし)
 美鈴は意を決した。普段と比べると圧倒的に重くなった口を開く。
「ねぇ。双葉ちゃん」
「なに? 美鈴ちゃん」
「大ちゃんのこと、

?」
「お兄ちゃんのこと?」
 美鈴にとってここでの双葉の反応は半ば予想していたものの、覚悟はまだ決まっていなかった。
 彼女は頬を赤らめて下を向いてしまった。それが美鈴の予想していた反応通り。
「…………好き」
 愛の告白のように紅くなる。しかし吐露してしまえば勢いがつく。
「好き! 大好き! お兄ちゃん以上の男の人なんて見たことない」
 甲高い声で危ない台詞を連発する双葉に美鈴は慌てる。
「ふ…双葉ちゃん。声が大きいよっ」
「あ。ごめん」
 冷静さをとりもどす。紅茶を一口飲んで落ち着く。
「本当に好きなんだね」
 美鈴としては精一杯平静を装う。大樹の妹でなければ最大のライバルである。
「でも双葉ちゃん。お兄さんとは恋人になれないよ」
「そんなの関係ないよ。好きなんだから仕方ないの」
 おとなしい娘が怒ったように言い放つ。
(うー。説得してあまりべたつかないようにしたかったけど、こんなに強い思いだなんて…)
 「兄妹」でなければ最大のライバルは間違いなかった。

「みずき」
 一人の少女がなれた様子で店内に。長い黒髪。こちらもかなり立派な胸元。
 ブラウスとジャンバースカート。サンダル履きだけに近所のようだ。
 若い物のどことなく家庭的な雰囲気を持っていた。
「おう。七瀬」
 ウェイトレスがいきなり男そのものの口調になる。声が可愛らしいだけにギャップが激しい。
「クッキー作ったの。みずきにもあげようと思って」
 にこやかに笑顔。親しい相手にしか見せないような無防備な笑顔。まるで恋人同士である。女の子二人なのに。
 七瀬と呼ばれた少女の持参したクッキーの香ばしい匂いが、美鈴たちのほうにも漂ってくる。
 ケーキセットを食べたのに空腹感を「思い出させる」ほどいい匂いだ。
「サンキュー。もらうぜ」
 いうなりみずきは一切れつまんで口の中に。味わっていた。そして「美味いぜ。腕を上げたな」と称える。
「やだ。照れるじゃない」
 褒められて照れる七瀬。その反応にみずきも照れてしまう。
 二人して赤くなって見詰め合う形に。
 完全に「二人の世界」を作っていた。
 美鈴と双葉以外にもいた客たちもこの怪しげな「カップル」に目が行く。
「美鈴ちゃん。美鈴ちゃん。見てみて。あの二人」
 小声だがテンションが上がっているのは間違いない双葉。
「ホント。いい雰囲気だね(でも女の子同士で?)」
 ロングヘアで立派な胸元の二人の少女。
 スカート姿なのも手伝い女性的な印象。しかしこの二人は「男の子と女の子」に見えた。
「どっちが男(役)でどちらが女(役)かな?」
 かなりぶしつけなことを喋っている。
「えっ。やっぱりそういう関係になっちゃうの? 女の子同士なのに」
「関係ないよ。好きな人がたまたま女の子だっただけなんだよ。きっと」
 さすがにこれだけ長いと声も耳に入る。
 「今更」だが客の存在を思い出した七瀬。慌てて離れる。
「ま、また来るね」
 真っ赤になって慌てて逃げるように店を出る。
 残されたみずきは突き刺さる好奇の視線に耐えながらウェイトレスをする羽目に。
「いいなぁ。性別の壁を乗り越えても貫く愛って」
 夢見るように言う双葉。それが突然涙をこぼす。
「どうして……私とお兄ちゃんは『兄と妹』なんだろ。そうじゃなけりゃ素直に愛せるのに…」
 ブラコンというにはあまりにも危険な独白。
 ここまでだともう説得どころではない。
 映画で連れ出してさり気なく説得するつもりだった美鈴の試みは潰えた。

「はぁ」
 なんとなく気まずくなり黙ったままそれぞれの家に帰宅。
 しかし事情を知らない母親から買い物を頼まれた。
 どちらかというと「いや」といえない性格。そして自室にこもっていても気分が良くならないので、引き受けて買い物に。

「あら。美鈴ちゃん」
 買い物先の商店街で声をかけてきたのは大地兄妹の母。睦美(むつみ)であった。
「おばさま。こんにちは」
 ぺこりと挨拶する美鈴。
「こんにちは。夕食の買い物?」
「はい」
 ありきたりな会話である。
「どう。双葉はちゃんとやっているかしら? 大樹に聞いてもあの子は口数が少ないから良くわからなくて」
 入学したての娘を案じていた。
「同じ家庭科部だからわかりますけど大丈夫と思いますよ。お友達も出来たみたいだし」
「あら。それなら良かったけど。あの娘おとなしいから大樹にばかりくっついているんじゃないかと思ったけど」
「あははは。相変わらず仲良しですよ」
 美鈴としては最大限にオブラートに包んだ言い回し。
「でもちょっとべたべたしているかも。実の兄妹なのに恋人同士みたいです」
 ちょっとだけ嫉妬心が入り、彼女に似つかわしくないきつい言い方に。
 しかしこれに対する言葉はあまりにも衝撃的であった。

「あら。あの子達、



「え?」

 美鈴は睦美の言葉を理解できなかった。いや、心が理解を拒否したという方が正解だろう。

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