第4話「Fantastic Vision」Part2

文字数 7,274文字

 恭兵は徒歩での通学。まりあはバス通学であった。
「お嬢様」のまりあがバス通学なのは、優介と一緒にいたいが為。それだけ。
 中学の同級生。北条姫子には片時も離れないボディガードの風間十郎太と言う少年忍者がいたが、まりあは護衛を拒否した。
 言うまでもなく優介との一時の邪魔だからである。
 やむなく目だないようにしたSPが周囲にいる。

 バスの停留所は学校の前にあるのだが、幸いにして恭兵の自宅の方向にも同じ路線の停留所があった。
 そこまでの僅かな時間。どういう気まぐれかこの日は同行に応じた「プリンセス」を、恭兵はなんとかして自分に興味を持たせようと思っていた。話題を慎重に選んでいた。
(だが焦りは禁物。まずは無難に世間話からだ。学校の話題)
 何しろこれ以上に共通する話題もない。クラスも同じだがそれでは相手に尋ねるということが出来ない。
 だから部活を話題に選んだ。
「最近テニス部はどうだい?」
「試合形式が二年になったせいか増えてきたわね。言っておくけど実力よ」
 まりあはテニス部。恭兵はサッカー部といわば「体育会系」なのだが、およそそのイメージのない二人である。
 まりあが付け加えた「実力よ」は、財力によるものではないという意味である。
「僕だって人気じゃないよ」
 さり気なくもてることをアピールしている。
「……」
 まりあは無反応。どちらかというと不機嫌に見える。頬を膨らましても見える。
(しまった。これではやきもちを焼かせてしまう)
 まりあにご執心の恭兵は慌てる。実際はその軟派ぶりもまりあに嫌われていた。
 もっとも軟派と言う点ではビジュアル的には優介の方がはるかに女性的なのだが。
(次の話題。次の話題…学生らしく勉強で)
「今度のテスト。どうかな?」
 これまた共通する話題である。今度はテニスとサッカーと言う違いでもない。だが
「悪いけどその話は今度にしてくれる?」
 まるで興味がないらしく軽く……と言うより冷たくあしらわれる。
 まりあにしてみれば余裕でこなせるからかもしれない。
 ちなみに恭平は学業は中の上というところか。
(う……さすがに話題が硬かったか。それなら)
 砕けた話題に切り替えることにした。
「きのう見たテレビなんだけど……」
「ふぅん……」
 まるで気のない返事。好感度が低いのがあからさまにわかる。
(まずい。せっかく誘い出したのに白けて帰ってしまう。そうでなくても次のバス停がそろそろだし)
 タイムリミットが迫っている。こうなったら流れが不自然でも構わない。
 相手の好きな話題で興味をつなぎとめる。
「ああ……そうだな…そう。ピアノ。最近は何を弾いているの?」
 まりあは「お嬢様」だからでもないだろうが、ピアノが趣味である。
「ちょっと難しい曲があるのよ。それを練習中」
 それにかけた恭兵の狙いは的中。乗ってきた。
「へえ。まりあでも手こずる曲があるのか」
 ここぞとばかしに盛り上げに掛かる。
「どうしても低音(左手)の指が動かないのよね。でも、ちゃんと弾けるようになって見せるわ」
(よし。だがもうこれ以上はこの話題はしつこいかも。それじゃ文化つながりで)
「子供のころどんな本を読んでた?」
「絵本だったら白雪姫が好きだったわ。王子様のキスで目覚めるところがロマンチックよね」
 好きな話題だったのか珍しく恭兵相手に笑顔を見せる。
「そうなんだ。僕は『幸せな王子』かな。自分を飾る部分を全て人に与えてしまうところに気高さを感じてね」
「へぇ。ちょっと意外ね」
 ただの愛想笑いかもしれない笑顔だが、それが恭兵には好意的に見えた。
 もっと見ていたかったが突風が吹いた。それが砂埃を舞い上がらせる。
「うわっ」
「きゃっ」
 二人して悲鳴を上げる。
「やだ。目に砂が入ったみたい」
「くそっ。いいムードだったのに」
 つい本音が出た。
「何のこと?」
「い…いや…なんでも…」
 まりあの方を見て返答をしようとした恭平は絶句する。
 よりによってまりあは砂粒が入って涙の出た目で上目遣いで見上げている。
 彼女の方が背が低いから自動的に見上げる形になる。
 優介以外には絶対といっていいほど媚びない彼女。
 偶然の産物だが「レアな表情」を見せつけられてはたまらない。
 慌てて話題をそらしに掛かる。
「最近は南野と仲がいいみたいだね」
 さらりと言う。冷静に考えるとそんなところまで観察しているぞといっているようなものであるが、幸いまりあは世間話程度に受け取ったようだ。
 どうやら目のゴミのせいでそれどころでなかったらしい。それも治まってきた。
「美鈴さんって可愛いのよ。女の私が見てもそう思うわ」
 同じように届かない気持ちを抱く「同胞」に対しての思いもある。

 バス停が近くなってきた。恭兵は勝負に出た。
「ねぇ。お互い部活もないし、時間があるならそこの喫茶店でもうちょっと話をしていかない?」
「そうね。もともとわたしもあなたにお話があったのよ。いいわ」
 恭兵すら意外に感じたが、とにかくまりあは誘いに応じた。
(やった。下校デートだ)
 心中でガッツポーズ。だがそれは見せずあくまで王子様スマイル。
「それじゃ行こうか」

 落ち着いた雰囲気の店である。流れる音楽もクラシック。
 恭兵はブレンド。まりあはダージリンをオーダーした。
「良かったらケーキもどうだい?」
 女子に甘いお菓子は絶対とまでは言わなくとも、かなり心を弾ませる効果が期待できる。
「いいわ。それよりも聞きたいことがあったの」
「僕に?」
 甘い顔立ちの美少女の、甘みのないきりりと引き締まった表情。
「ふっ。まりあ。僕の君への気持ちなら前からアピールしているはずだよ」
 こちらは甘い口調で言う。相手によってはクラクラとなりそうな「男の色気」だった。
「わたしじゃないわ。なぎささん」
 肘鉄を食らわしたい気持ちをぐっとこらえる。しかしさすがに笑顔は出ないまりあ。
「なぎさ? 何でアイツのことを?」
 いきなり「王子様」から「そこらの兄ちゃん」の表情に。
「なぎささんが……」
 ストレートに言いかけて思いとどまる。
 本人が告白するのが筋というもの。他人がお節介でどうこうしていいものではない……と。
 だから言葉を変える。
「いいわ。それより私に対しての気持ちとか言いながら、いつもいっぱい女の子に囲まれているのはどういうことかしら?」
 一見するとまりあが焼きもちを焼いて(なじ)っているように見える。
 だがまりあの本心としてはそんな「取り巻き」より、あれだけ思いを寄せているなぎさとくっついたらいいのではないかと。
 もちろんこれもお節介。しかしどうしても自分となぎさがダブって仕方ないのである。
「あの子達。あちらも本気じゃないさ。ほら。


(よくもまぁ自分でぬけぬけと……)
 確かにそのままアイドルか俳優として通用する顔ではあるが、自分で言い切る人間も珍しい。
「彼女たちにしたら僕は『王子様』なんだよ。僕もそれに応えている。王子様と扱われるのはいい気分だしね」
(うわぁ……ナルシストって本当にいるのね……)
「言っただろ。僕は『王子』に憧れているのさ。そして彼女たちの中に僕だけの『プリンセス』がいるかもしれない」
「つまり……相手を探しているってこと?」
 これは若干意外だった。てっきり相手には不自由していないと決め付けていた。
「そうだよ。運命の赤い糸はどこに繋がっているのか。それが誰なのか」
(訂正。ナルシストではなくて「乙女」だわ)
 確かにこの夢見がちなところはまさにそう呼ぶに相応しい。
「お待たせしました。コーヒーのお客様は?」
 そっけない服装に機能性だけを追及したエプロンという姿のウェイトレスが運んできた。
 化粧っ気すらない。顔立ち自体は悪くない。客商売だしせめて愛想笑いがあればもう少し可愛く見えるのが惜しい。
「ああ。僕ですよ。マドモアゼル」
 恭兵はウェイトレスの手を取り、にこやかに微笑みかける。
「……!」
 芝居ッ気たっぷりだったが、それが逆に幻想的なイメージを与えたらしく彼女はいきなりその素肌を紅く染める。
「美しい手だ。そして肌も美しい。飾らなくてもあなたは充分僕を魅了する」
「あの…その…」
 どちらかと言うと「無愛想」に見えたウェイトレスはもじもじと可愛らしいリアクションを取る。
「ねぇ。紅茶はまだかしら?」
 穏やかに言うもののトゲのあるまりあの口調。あきらかに恭平のそれを止めるための一言だ。
「も、申し訳ありません」
 彼女は慌てて紅茶を置くとキャーキャー騒ぎながら奥へと引き下がる。
 まるで憧れのアイドルタレントとであったファンのように、見事にミーハーな少女へとなっていた。
「喫茶店のウェイトレスまでナンパするなんて……」
 呆れるのを通り越して感心してしまっていた。ここまで徹底されていたらむしろすがすがしい。
「運命の出会いはどこにあるかわからないんだよ。まりあ。でも僕は君が運命の人だと思っているんだが」
 寝言とみなしたまりあはそれをかわして、ストレートに切り出して見る。
「ねぇ……そんなに女の子が好きならなぎささんじゃだめなの?」
 その質問にうんざりしたような「王子様」
「またなぎさか。あいつはいいんだよ。間違っても『姫』になれるタイプじゃない。『姫』には上品さが必要なんだ」
「わたしだってそんなにおしとやかじゃないわよ」
 少なくとも中学の同級生の和服の少女。北条姫子に比べたら自分はとてもじゃないが「お姫様」とは言えない。そう思っていた。
「いいや。そんなことはないさ。君や栗原先輩には華がある。僕はそれに相応しい男になりたいのさ」
「外見だけ良くても女の子はなびかないわよ。わかってる?」
「だから中身も高めるよ。それから君も見ただろう。なぎさのこと。教室に出前を持ってこさせるあの無神経さ。とてもじゃないけどね……」
 深くため息をつく。まりあもだ。
(う……さすがにこれは庇いようがないかも……)
 だがやはりこの会談には意味があった。
 どうして恭兵がなぎさに冷たいかがおぼろげに見えた。
 それがわかれば対策だって立てようがある。

 そのころ、スポーツウェアの上下に身を包んだなぎさはひたすら走っていた。
 昔から彼女は気に入らないことがあると走って発散していた。
 すっかり春めいてこの日は暑いくらい。だが彼女はまるで減量中のボクサーのように体を覆い隠している。
 もちろんそのスレンダーボディにはダイエットの必要がないのは明白。別の理由だ。

 ひたすら走る。頭の中が空っぽになるまで走る。
 やがて疲れて公園のベンチに腰を下ろす。
 ポニーテールが激しく上下するほど荒い呼吸をする。
(あーもう。キョウ君のバカ! それに高嶺まりあも)
 彼女をひたすら走らせたのは二人が共に下校していたこと。しかし
(しょうがないよね……あたし告白なんてしてないし、誰と付き合っていても責めることなんて出来ないよね。それにキョウ君。あたしのことを嫌っているし)
 思い悩むなぎさは人が接近してきたことにも気がつかない。
 となりに座られても見もしなかった。
「なにかお悩みですか?」
 声をかけられて初めてそちらを見た。
 歳は行ってるように見える顔立ちだが、肌の艶は中年と言う感じでもない。
 がっしりした体躯。オールバックの髪型。知的な印象のメガネ。
「人生相談? あたしはいいから」
 この男が誰かも興味はなかった。
「ああ失礼。僕は榊原和彦。全ての女性の味方です」
 歯をきらりと輝かせるウソくさい笑顔。
「いや。誰だっていいから」
「そんなことを言わずに。悩みがあるなら話して見なさい。話すだけでも楽に」
「このバカがぁぁぁぁっ」
 突然甲高いハスキーボイスが響いたかと思うと、いきなり「ラリアット」で榊原という男の首を強打する闖入者。
 叩かれた榊原はごろごろと回転して衝撃を殺している。
「な……何なの?」
 さすがに悩んでなんていられる状況じゃない。
 それには構わず闖入者は追撃をする。
 背はなぎさと同程度。170くらいか。胸はなぎさも決して小さくはないが、こちらははちきれんばかしである。
 どうやらハーフらしく根本からの金髪でありながらも、どことなく日本的な顔立ちもしている。
 白い肌と大きな胸は外国の血によるもののようだ。
 チューブトップと短パンというほとんど裸のような格好。すらりと伸びた白い脚が美しい。
「てめぇ。アタイと言うものがありながら他の女にちょっかいかけるのか? しかも一緒に買い物をしたその二人きりのときに」
「待て。真理。俺は本当に親切心だけで」
「親切心に対してのお返しは体で払うのか?」
 真理と呼ばれた金髪の女は手をぼきぼきと鳴らしながら詰め寄る。
「うむ。特にジャージで隠れた脚線美が…あ」
「寝言は寝て言え」
 なんと真理は榊原の顔面を鷲づかみにすると、そのまま持ち上げた。
 絞首刑のように力なくブラーンとなる榊原。そのまま連れて行かれる。
 残されたなぎさは呆然とつぶやく。
「…………夫婦(めおと)ドツキ漫才?」
 落ち込んでいたのを忘れてしまったと言う点では、救いの手だったのかもしれない。

 そのころの蒼空学園。
 女子空手部も練習を終えてシャワーを浴びていた。
 その上のほうにある窓。なんとなくそれを見上げた一人の少女が、窓にへばりつく金色の影を見つけた。
「いやぁぁぁぁぁぁっ」
 胸を隠して彼女は肺の中のありったけの空気を叫び声に変えた。
 それはシャワールームをパニックに陥れるのに充分であった。
「どうしたっ?」
 まだ服を着たまま。黒いストレートロングを根本で縛った少女が飛び込んできた。
「ぶ、部長。痴漢です。裸を見られちゃいました」
「なんだと?」
 憤慨する「部長」。
 彼女の名は芦谷あすか。
 女子空手部の部長。2-Cの生徒だった。
「どこに行った?」
「あの窓からのぞいてました。でももういなくなって」
「くそっ」
 顔立ちだけならかなりの美人なのだが、いちいち態度が男っぽい。
「顔は?」
 追跡しても無駄なら探し出すまで。
「わかりません。でもガラス越しに金色のものが見えました」
「単純に考えれば金髪か…」
 このご時世である。金髪にしている日本人も珍しくはない。
 だがとんでもない女好きと言うキーワードが加わると、毎日たくさんの女子をはべらせている男が頭に浮かぶ。
「火野か?」
 あすかは恭兵と面識はないも同然であった。
 だが恭兵は女好きと言うことで有名だった。それが「硬派」の彼女には気に入らない。
 不気味に双眸が光る。

 翌朝。
 なぎさは憂鬱な気分で目を覚ます。
(キョウ君と顔合わせたくないな……)
 なんでだか女の子の取り巻きがいるときより、まりあと二人で下校というのがショックは大きかった。
 考えてみれば取り巻きがいる場合、互いに監視しあってぬけがけは不可能。
 せいぜいアピールをするくらいのものだ。
 しかしそれがまりあと「二人っきり」となると話がまるで変わってくる。
 一応はまりあは冷たい態度をとっているが、それだっていつまで持つかわからない。
 恭兵に夢中のなぎさの評価はそうだった。
 ましてや恭兵はかなり本気でまりあを気に入っているらしい。
 本気の思いに彼女が打たれたら……あの下校はその前兆か?
 そう考えると恭平を見るのが恐い。
 あえて時間をずらすべく遅く出た。

 蒼空学園。
 いつものように女の子をたくさん連れて登校してきた恭兵。
 校門を抜けるとどこからともなく空手着の一団が現れた。こちらも全員女子。
 それがぐるりと恭平たちを取り囲む。
「な…何よ? あんたたち」
 いくら武道であり無法者でないといえど「戦闘体勢」の整った一団に囲まれればいい気分はしない。
 取り巻きの女子の一人が虚勢を張るがごとくクレームをつける。
 口に対して手で応えた。空手着の少女たちは無言で取り巻きたちの肩をつかんでは引き剥がしていく。
 鍛え方がまるで違う。それ以前に目の勝負で負けている。女子たちが空手着の一団に追っ払われた。
「ふん」
 うるさい面々を追っ払い本来の目的である恭平へと迫る。
「火野恭平だな?」
 リーダーと思しきショートカットの少女が詰め寄る。
「おいおい。乱暴は女の子には似合わないな。その服もね。どちらかというとテニスウェアとかいいんじゃないかな?」
 もはやパブロフの犬である。目の前に女の子が来ると反射的に手を取って褒めちぎる。
「触るな! 変態」
 その女子は頬を染めつつも手を振り払う。
「変態? ひどいなぁ。まだ何もしていないのに」
 するとそのうち変態的行為をするつもりだったのか?
「うるさい。だまれ」
 半分はときめいてしまった自分を叱責。そして感情を押し殺したように
「道場まで来てもらおう」
それだけ言うと彼を「連行」していった。

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