第9話「Just Like Paradise」Part1

文字数 7,625文字

 夏が来た。
 学校もついにプールの季節。
 しかしそれは女子にとって悲喜こもごも。
 体形を気にしない女子。いや、女性はいない。年は関係ない。いくつになっても女は美を追求する。
 学園のアイドルとまで言われるまりあも例外ではない。
 バスローブ姿で姿見の前でため息だった。
「どうなさいました。お嬢様。胸でしたら成長期ですからもっと膨らむと思いますよ」
 メイドの雪乃の言葉に驚くまりあ。
「雪乃さん。あなた超能力者なのっ?」
 物の見事に看破されたまりあは驚きを隠せない。
「それを言うならむしろ『名探偵』ですね。いえ。誰でもわかりますよ。それだけ胸元を見ていたら」
「あはは。やっぱ態度に出てた?」
 まりあには珍しいアルカイックスマイル。
「お嬢様。確かに大きいほうではありませんが、決して人に見劣りするサイズじゃありませんよ」
「うん。わかってるの。でもね。詩穂理さんはさすがに例外としても、栗原先輩は一つ年上でその分成長しているとしても、あのオデコ女に負けるのだけは嫌なのよねぇ」

 そのころ、その「オデコ女」は自宅の風呂場で高笑いしていた。
 自慢の胸は成長を続けている。パッド無しでDカップブラがフィットしていた。
「おーっほっほっー。今頃まりあは自分の絶壁ぶり風呂場の姿見で絶望しているころだわっ」
 恐るべき洞察力である。もっともまりあは絶壁といわれるような貧乳ではない。
 これに関してだけは年相応の普通さである。
 対立する海老沢瑠美奈の悪意がいわせた『絶壁』である。
「んっふっふー。この悩殺ボディで水木君をアイツから奪ってやるわ」
 ホモに女性性の強調は逆効果と思うが、ダメな意味でのポジティブシンキングの瑠美奈はそんなことを考えもしなかった。
 だが、上には上がいた。

「はぁ」
 全員で食事中の槙原家。大黒柱の父親(大学教授)以外は全員女性。しかも巨乳という一家だった。
「どうしたの詩穂理。そんなにため息ついて」
 母・碧が尋ねる。ちなみに44歳だが30代に見える若さ。
 若いころは高校生の時点で成人女性扱いされること数知れず。
 それが今では顔の印象の年齢を実年齢が追い越し、若く見られることが多い。
 胸元もさすがはこの三姉妹の母というかFカップだった。
 髪は短めで茶色にしてはあるものの、未来の詩穂理の姿かもしれない。
「ま、まさかお姉ちゃん。Gも通り越してHカップにっ?」
 肩口でそろえた黒髪のまだ幼さの残る中学生にしてDカップの理穂と
「くっ。わが妹ながら恐ろしい奴」
 金に近い茶髪のロング。大学生でEカップの美穂がおちょくる。
 帰宅してもう外出予定がないから既にメイクを落としている。それでも充分に派手な印象がある。
 三人ともやたらに男を誘うかのような顔立ちである。
「そんなんじゃありませんっ。胸は成長してないと思いますっ……たぶん」
 家族相手でも敬語の詩穂理。そしてもう胸の成長は止まって欲しいと切なる願いを抱いている。
 姉も妹も別にやっかみを起こしたりしない。両方とも「充分な」サイズである故だ。
「何よあんた。今更『泳げないこと』で悩んでんの?」
「……悪いですか?」
 詩穂理には珍しい言い回し。さすがの彼女も家族相手にはフランクになる。
「ああ。なんで水泳の授業なんてあるのかしら。人間は陸上で生きるものなんですよ。水中は魚とか水の生物に任せていればいいんです。すみわけをきちんとしないと」
「お姉ちゃん…もしもし?」
 おかしな理屈を展開する姉に不安になってきた理穂。
「放って置きなさい。この子の運動神経のなさは筋金入りだもんね」
「そっかぁ。お姉ちゃん運動苦手だもんね。裕生さんに教わったら?」
 言われた瞬間に顔から火が吹いた。
「そ、そんな、恥ずかしい。今年もなんて」
「大丈夫よ。あの子くらいスポーツ万能ならレベルが違いすぎて気にならないわよ。大学教授が幼稚園児に教えるようなもんよ。ねー。お父さん」
「いや。それは意外と難しいんだぞ」
 実際に大学教授の父が律儀に答える。
 詩穂理の堅物はこの父譲りのようだ。

「ごちそうさま」
 美鈴はご飯を半分以上残して食卓を立つ。
「ちょっと美鈴。具合でも悪いの」
「ううん。そんなことないよ」
「だってあなた。ほとんど食べてないじゃない」
 元々が少食の美鈴である。それがほとんどを残していた。
 ましてや彼女は食べ物を粗末にすることを嫌っていた。
 だから最初から食べられるだけしか運ばない。つまり食べきって正解なのである。
 それが大半を残せば親も心配する。
「なんでもないから」
 彼女は食器を洗うと自分の部屋に引き上げた。そして自分の腹部をさする。
「……なんでこんな小さな子供みたいなお腹してるんだろ」
 極端に非力な美鈴。つまり筋力が足りない。
 それは腹筋にも如実に現れていた。ぽっこりとおなかが出ているのである。
 肥満ではない。幼児体形なのである。それでもつい食事をセーブしてしまう。
 ちなみに17歳の平均よりはるかに数値は低かった。体重もである。
「ううっ。大ちゃんなんてお腹が引き締まっているのに」
 悩む少女がいれば……

「あーした天気になーれ」
 照る照る坊主を吊るすなぎさ。やたらに上機嫌だ。
「おいなぎさ。そんなことしなくても降水確率は0%だぞ」
 家でやっているラーメン屋を手伝う兄が言う。
「でもさ。やっぱり晴れてほしいじゃない」
 体育会系とはいえどやや異様な浮かれぶりである。
「あっと。これも」
 ずらっと吊るされた黒いストッキングを取り込む。毎日替えていた。
 さすがに汗ばむ季節ではその必要がある。
「お前もう暑いんだからそんなの穿かなくたっていいだろう」
「やだよ。これがないとスカート履けないもん」
「そこまで生足を晒すのを嫌がるくせに水着は平気ってんだからなぁ」
「うん。自分でも不思議」
 もう無敵状態。何を言われても笑顔である。

 詩穂理の呪詛が足りなかったのか? なぎさの照る照る坊主のせいか快晴を通り越して猛暑であった。
 朝から暑くなって生徒たちもグロッキー気味だ。

 だが担任は違っていた。元気である。

「皆さんこんにちは。木上以久子17歳でーす」
 恒例の朝の挨拶である。ちなみに朝にもかかわらず語呂のよさから「こんにちは」なのである。
 これでも国語教師の27歳だった。
「……おい おい」
 グロッキーしている生徒たちは突っ込む気力もない。声に勢いがない。
「あれあれぇ? 声が小さいぞ。もう一度」
「おい! おい!」
 やけくそで怒鳴る一同。
「はいみなさん。暑いからといってだらけてないで、気を引き締めましょう」
 半そでのブラウスにタイトスカート。
 教師である以上だらしない格好では生徒に示しがつかないのできちっとしているが、さすがに露出が高い。
 その薄着で存在がはっきりした胸元は男子を狂わせる破壊力ではあるが、普段から詩穂理を見ているのでそれほどは騒がれない。

 その詩穂理はこれほど暑くても髪を切ろうとはしない。
 切るととあるAV女優にそっくりになってしまう。
 できるだけ印象を遠ざけたいのでまとめようともしない。
 つまり背中は黒髪で覆われたまま。暑くてたまらない。
 思わず軽くどける。後ろの男子は目のやり場に困る。
 汗でブラウスが透けてブラジャーの背面部分がくっきりと見えている。
 暑くてそこまで頭が回らなかったのだ。
(おおおっ)
 さらに後方の男子は身を乗り出す。
 学園一といっても過言ではない巨乳娘のブラすけ。しかも狙っていない。釣られるのは男の悲しいサガか。
 しかし今度は髪をどかした先が暑くなったらしく、また背中に戻る。舌打ちをする男子たち。

 舌打ちを誘ったのはまりあもである。
 とにかく「見られる」ということには気を使う娘。
 きちんとベストを着けていた。
 それにそろそろ教室の冷房で体内にこもった熱も下がるころ。

 蒼空学園の夏服は男子はブレザーを脱いだだけであるが、女子はブレザーの代りにベストを着ける。
 これは冬場の合服に使用可能。むしろ推奨。
 一応校内では脱いでもいいことにはなっているが、登下校は着用が校則であった。
 女子の身だしなみとしての意味合いらしい。
 こういうものを無視しそうなまりあがきちんとつけて、こういうものを遵守しそうな詩穂理が無視しているのがおかしい。
 まりあは優介以外の男に肌を見せたくない思い。
 詩穂理は暑さに負けての話。校則違反ではないので遠慮なくしていた。

 こんな状況である。なぎさでなくても水泳の授業が待ち遠しい。
 そして待望の五時間目。
 おりしも気温が最高になったころに体育の授業。もちろん水泳。

 蒼空学園の体育は男女で分けない。
 あえて異性と一緒にすることで女子には慎ましさを身につけてもらいたいという理由でもある。
 男女の筋力の差はもちろん配慮してある。

 二年に進級して初の水泳。
 今まで体育は散々やってきたが水泳となると着替え方が違ってくる。
 普通のは下着までは替えない。場合によってはブラジャーを変えるかもしれないがそこまでである。
 しかし水着になるということは下着も脱ぐということである。
 いくら女子ばかりとはいえど全裸をさらすようなことはないが、それでも通常よりは露出が高くなる。
「きゃっ」
 可愛い悲鳴を上げたのは詩穂理。それで一同から視線を浴びせられる。
 まずスカートをはいたままショーツを脱ぎ、それから水着に足を通した。
 そしてスカートを脱ぎ、ブラウスを脱ぎ、キャミソールまでは脱いだがブラジャーを外した時に落としてしまった。
 汗で張り付いていたのを思わず一気に剥がしたのはいいが手を滑らせた。
「うわぁ」
 まりあが絶句する。彼女もBカップで決して小さくはないのだが、さすがにGカップの前では子供同然。
「重くない?」
 Cカップのなぎさが思わず尋ねる。
「重いですよっ。ストラップは肩に食い込むし。汗でブラは張り付いて気持ち悪いし、胸が大きくていいことなんて一つもありませんよっ」
 女同士とはいえどまじまじと裸の胸を見られて恥じらいが生じた。
 両手で胸を隠したのはいいが、それでは水着を完全に着ることは出来ない。
「……どーせ美鈴はAカップですよ…紐が肩に食い込むなんて経験したことないですよっ」
 どんよりとした空気を醸し出していた。
 水着になると幼児体形が浮き彫りである。むしろ貧乳よりそちらの方が悩ましい。
 さらには小柄な体躯と甲高い声のせいで小学生女児のようにすら見える。
「ほらほら。詩穂理も美鈴も早く着ちゃって。プールに行こうよ」
 体を動かすのが大好き。その中でも水泳は特に大好きななぎさ。
 入学時の部活選択も水泳部と陸上部で迷ったほどだ。
 結局温水プールではないため泳ぐのは夏季限定。
 後は地道なトレーニングに終始するため季節を問わない陸上部にしたという経緯もある。

 一方、男子更衣室。
「はぅ……」
 上気した頬の女顔美少年。優介がうっとりしたように着替えを見ていた。
 男子たちは不気味でしょうがない。
「ああ。ここはパラダイス? 男の子たちが生まれたままの姿になって……」
 もう少しで鼻血を噴きかねない。
(コイツはガチで男好きなのか? だとしたら俺らやばいんじゃ)
 男子たちは恐怖していた。

「おいおい。さっさと着替えようぜ」
 泳ぎも達者な裕生が先導する。
「そういうお前はまだじゃないか」
 確かにワイシャツとスラックスのままだ。
「ふっ。それじゃ」
 裕生はベルトのバックル部分に手をかけた。そして

「キャスト オフ」

 『脱ぎ捨てる』という意味である。ベルトを外すとズボンがすとんと落ちる。
 その腰には既に男子用の水着が。自宅からはいたままだった。
「小学生か。お前は」
「というかそれだとしょんべんしたりした状態のでプールに入るのか?」
「何のために消毒槽があると思ってんだよ?」
「それじゃあれは家から穿いて来たやつ用なのか?」
 唖然とする出席番号9番。反町だった。

「お前も早くしろ」
 逞しい巨躯の大地大樹が相変わらず短く言葉を紡ぐ。
 こちらは既に着替え済み。いつまでたっても着替えようともしない優介に言う。
「そうだね。それじゃ」
 ボタンを上から順に外していく。そのときの表情がまるで恥らう乙女。
 ワイシャツのはずなのにブラウスと錯覚する。
 ごくりと息を飲む男子生徒たち。男の脱衣をみているのにである。
「やだ…もう。そんなに見てたら恥ずかしいよ」
 赤くなって上目遣いで訴える。
 女の子にやられたら効果ありの表情だが、まさか男でも有効とは思いもしなかった。
「は、早く行かないと」
 何故か前かがみになって更衣室を出て行く面々であった。
「おいおい。男相手に何を考えてんだか」
 さすがは筋金入りの女好き。恭兵は優介の「色香」に迷ったりはしなかった。
「えへ。二人きりだね」
「え゛?」
 言われて見ると他に誰もいない。裕生や大樹まで出て行ってしまった。
「ねぇ。着替えるの手伝ってくれない?」
 半分目を閉じた状態で迫ってくる優介。
 背筋が凍てついた恭兵は慌てて着替えて逃げ出した。
「もう」
 優介はむくれて一人で着替え出す。

「ああ。えらい目にあった……おおおっ」
 反町は奇声を上げる。3番。江藤新太郎。11番。千葉一也も同様だ。
 女子の着替えは時間が掛かる。だから早く始めていたが出てくるのも早くなったようだ。
 既にそろっていた。
 ひときわ目立つのが詩穂理となぎさ。それで男子たちは声を上げた。
 まず詩穂理。制服を着ていても胸が大きいとは思っていたが、水着ではさらにそれが強調される。
 胸に対して腰は細い。そして安産体形。
 なるほど。これではAV女優に間違われるのも無理はない。とても高校生のプロポーションではない。
 身長がやや足りないものの、生唾ものだった。
 さらにはめがね。ふだんはフレーム付きのものを体育でも仮面のように着用していたが水泳では外す。
 そしてメガネを外すとかなりの美人とわかる。
 どちらかというと部屋で読書しているのを好む彼女。
 陽に当たらないせいかその肌はとても白かった。太陽光を受けて輝いていた。
 泳ぐとなると絡むので髪はふと編みに処理していた。

 そうかと思えばなぎさ。
 一年のときもD組だった面々は見たことはあるが、進級して初めて同じクラスになった面々はその生足を初めて見た。
 普段はストッキングで覆われた脚。むしろ神秘のヴェールというべきか。
 陸上部だけに太いかと思われていたが、これが予想外の細さ。そしてストッキングが日光をさえぎっていたのでこちらもまぶしいほどの白さ。

 詩穂理は胸。なぎさは足にコンプレックスがあり、それを男子に凝視されて恥らっていた。
 なぎさに至っては肌を露出している。
 それでも泳げる喜びが羞恥心に勝っている。

 この場ではすっかり形無しの「学園のアイドル」まりあ。
 顔は抜群に可愛いがスタイルはまだ子供。
 ただし傑出はしてないがバランスはいい。
 その可愛らしい顔とむしろよくあっている。
 トレードマークのツインテールはそのまま丸めてシニョンヘアのようになっている。

 三人の友人ゆえこの場にいたが、ひどく惨めな気分になる美鈴。
 身長も胸も脚の長さも足りない。だが……一部の男子が明らかに自分を見て息を荒げている。
「ひっ」
 いくら人のいい美鈴でも不気味になり逃げたくなる。それを大樹が救った。
「頭を冷やせ」
 リフトアップすると次々とプールに投げ込んだ。
 後ろめたいので抗議しない男子たち。
「あ、ありがとう」
 礼を言うが大樹は答えない。気のせいか頬が赤い。

 最初の水泳ということでとにかく泳いで見ることになった。
 まったく問題のないと思われた裕生だが、途中で痙攣したかのようなしぐさを。
「風見」
 体育教師の玄田が飛び込もうとするが
「うわぁーおぉぉぉ」
 裕生が雄たけびを上げた。度肝を抜かれる玄田。きょとんとしている裕生。
「あれ? 先生。なんすか?」
「おい。今……足を攣らなかったか?」
「ああ。あれはギルス覚醒の場面で……」
 ゲンコツで殴られた。

 大樹が泳ぐとその波しぶきで両隣のコースのスイマーが影響されていた。
 恭兵は宙返りして飛び込み「女子」にアピール。
「きゃーっ」
 アイドルに対するように黄色い声を上げる少女たち。
 優介の方は投げキッスをしながら飛び込み「男子」にアピールしていた。
「うわぁっ」
 それを受け止めたくない男子たちは避けるような仕草をした。

 続いて女子の番。
 まりあは問題なくクリア。なぎさは論外。
 もっともさすがに陸上ほどは早くない。それでもかなりのレベルだ。
 最初からビート版を使っている美鈴。
 ビート版でも泳げない詩穂理であった。

 一通り終わり自由遊泳となった。
 詩穂理はもちろんプールサイド。自己嫌悪していた。
(はぁ。どうして私こんなに運動が苦手なんだろ)
 わかっていても落ち込んでいた。
「おい。シホ。お前まだカナヅチなのか?」
 相変わらずデリカシーというものが欠落している裕生が近寄るなりずばっと言う。
 証明してしまっただけに詩穂理も一言もいえない。
「まったく。俺が教えてやっただろ。いいか。人の体は絶対に浮くんだからさ」
「ちょっとまって。風見君。詩穂理さんにコーチしたことあるの?」
 まりあが割って入るが気にも留めない裕生。
「ああ。毎年夏になるとな」
 筋金入りのカナヅチだった。
「ふうん。ねぇ。それなら今年は海でコーチしてあげない?」
 何か企んでいるのはその表情が物語っていた。

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