第3話「大地の物語」Part1

文字数 7,343文字

 蒼空高校には女子の教科として「家庭科」があり、この日は調理実習の日だった。
「美鈴さん。わたしと一緒にいかが?」
「うん。まりあちゃん」
 二年生初日に介抱された縁から仲良くなっていたまりあと美鈴。
「詩穂理。一緒にどう?」
「綾瀬さん。私でよければぜひ」
 こちらは裕生が仲を取り持った形であろうか。詩穂理となぎさが一緒になる。ここまでは良い。
 女子が17名。4~5人で組めば4班できるが、既に三つのグループが出来ていた。
 こうなるとこの四人で組むしかない。

 実のところこれは他の女子の策謀もある。
 槙原詩穂理は風間裕生が好き。これはミエミエ。
 そしてその裕生が追いかけているのがなぎさである。
 この二人が一緒だとどんな修羅場になるかという悪趣味だった。
 そして高嶺まりあが好きだと宣言したホモ少年は、何故か美鈴にだけは普通に接する。
 これも修羅場が…と言う展開。

 「まさか」が二つ。
 既に詩穂理となぎさ。まりあと美鈴が仲良くなっていたこと。
 なぎさにしたら付きまとう裕生を詩穂理が引き受けてくれるならであり、詩穂理としてはなぎさは応援してくれる少女である。
 まりあにしてみたら優介が美鈴。そして里見恵子には普通に接しているのはむしろ希望の光なのである。
 完全に女を拒絶しているわけではないと。
 だから美鈴を妬むつもりはなかった。
 もちろん美鈴の人柄もある。

 そして二つめの「まさか」がこの四人の関係。
 なぎさが恭兵に思いを寄せているのは知られていない。
 恭兵は執拗にまりあにアプローチをかけている。
 まりあの思い人。優介は美鈴には優しい。その美鈴は大樹に思いを。
 だがこれも知られていないが大樹は詩穂理に好意を持っていた。
 その詩穂理は裕生を慕い、裕生はなぎさに付きまとう。
 8人の男女が物の見事にループしていたのだ。

 少女たちが彼女たちをひとまとめにしたのは別の意味もある。
 それも美鈴。なぎさを避けたものたちと、詩穂理。まりあを避けたもの達では正反対であった。
「それじゃ始めよっか。えーと……南野さん。あんたのこと『美鈴』って呼んでいい?」
 律儀に尋ねるポニーテールの少女。
「うん。いいよ。美鈴もあなたのことをなぎさちゃんって呼んでいいかな?」
「OK」
 ショートカットの小柄な少女の申し出を快諾するスポーツ少女。
「わたしたちもはじめましょう。委員長……それもなんですわね。詩穂理さんでよろしいですか?」
 育ちのよさを感じさせるまりあの尋ね方。
「はい。いいですよ。高嶺さん」
「…………わたしが親しみこめて名前で呼んでいるのに…」
「ご、ごめんなさい。苦手なんです。良ければ苗字にさん付けで呼ばせてください。これでも親愛の情は込めていますから」
「そういうことならいいわ。呼びやすいように呼んでちょうだい」
 「お嬢様」の割には意外にフランクなまりあである。

 制服の上着を取る。
 ブラウスの上にベストという状態になる。
 それでも目立つ詩穂理の大きな胸。
(いいなー。ここまでは望まないから美鈴ももうちょっと寂しい胸元を何とかしたい…)
 Aカップであった。
「あたしも自信あったけど詩穂理にはかなわないな」
 ポニーテールをさらにまとめながらなぎさが言う。彼女はスレンダーだがCカップ。
「そんな……」
 俯いてしまうメガネの少女。いつもはロングヘアを流しているが、調理実習と言うこともあり三つ編みにしていた。
「そろそろ始めるんじゃなかったの?」
 ウェービーロングを纏め上げるまりあ。美鈴は元々短いのでそのまま。
 髪の処理がすんだらエプロン着用。
 なぎさのはそっけないデザインの上に使い込まれて、はっきり行って「汚い」エプロンだった。
「これ? あたしがいつも使っているやつだよ」
(と、いうことは普段やっているということ?)
 心中でうなるまりあ。
 詩穂理のも割りと使い込まれている。しかしどう見ても調理用に見えない。
「あ。これですか。実は母が本屋を営んでいるのですが、そのお手伝いの時に使っているものなんです。洗っているから大丈夫と思います」
 意外に可愛らしい笑顔でまりあに言う。そして美鈴を見る。
 二人と違いフリル満載の白いエプロンだった。
「子供っぽいですか? でも美鈴のお気に入りなの」
 これも汚れが目立つ。
「……」
 観念してまりあは自分のエプロンを出した。
 鮮やかなピンク。ひらひらのフリル。とにかくファンシーなデザイン。
 そして特筆すべきは「まったく汚れていない」ということである。
「あんた、そのエプロン使ったことあるの?」
 つまり台所に立ったことがあるのかという意味である。
「いいでしょ。別に」
 図星と言うのを態度で示していた。

 調理実習である。だからご飯も炊く。
「わかっていると思うけどご飯を洗剤で洗ったりしないでよ。まりあ」
 こちらにはOKを取ってないのにいきなり呼び捨てである。
「失礼ね。ウチのメイドみたいなことをあなたにまで言われるとは思わなかったわ」
(自宅にメイドがいるんだ……)
 改めて「お嬢様」と思い知る三人。
 視線を気にせずまりあはなべに水を張り火にかける。
「いや…お米といでくれるんじゃないの?」
「だからこうしてぬるま湯を用意してますわ。四月といえどまだ水は冷たいですものね」
 真顔で言い放つまりあ。呆然とするなぎさ。
「なに? その表情は?」
「……まりあちゃん。お米はお湯でといじゃだめだよ」
「ええっ? そうなんですの? 美鈴さん」
「そうなんです。高嶺さん。いくらぬるま湯でも温めると半分煮えた状態になってしまい、好ましくないんです」
 理論派の詩穂理がきちんと説明する。
「その様子じゃメイドさんが何でもやってくれるんじゃないの?」
 恭兵が狙っている相手と言うこともあり、いきおい言葉がきつくなるなぎさ。
「バカにしないでちょうだい。わたしの友達には着替えを手伝わせている子がいるけど、わたしはそこまではいかないわ」
 毅然として言い放つまりあ。整った顔と可愛らしい声だと威張っているように見えない。
「それに台所に立ちたくてもウチのメイドに立ち入り禁止にされているからだめなのよ」
「つまり『余計な仕事を増やすな』ってことね」
「……………うん」
 急にしおらしくなるまりあ。しょげ返っているといってもいい。
 なぎさは恋敵に対するそれではなく妙な親しみを覚えた。
(うーん。確かに可愛いや。キョウくんが追っかけるのもわかる気がする)
 キョウくんこと火野恭兵はお嬢様好みだった。
 そのため高嶺まりあや3年の栗原美百合にアプローチをかけることもしばしば。
 ただし女の子がよってくればどんな容姿や性格であれ邪険にはしない。
 例外はひとりだけ。そう。なぎさである。
 あまりに長い付き合いで「飽き飽きしている」というのが言い分だ。
 そしてなぎさは「お嬢様」と程遠い性格でもある。
(あたしは逆立ちしたってまりあみたいにゃなれないよ)
 それもあってかいささかまりあに対する接し方はつっけんどんになる。

 まりあと詩穂理は呆然としていた。
 美鈴のあまりにも手際の良い仕事振りに。
 普段はどちらかというととろい部類に入る。
 学業は中の下くらい。スポーツは下の下。
(ちなみに詩穂理は下の下の下の下くらいと自分で発言)
 童顔と甲高い声のせいで子供のような姿も、何も出来ないような印象に拍車をかけていた。
 まるで一流の調理師のように手際よくてきぱきと進めていく。
「どうしたの? まりあちゃん。しほちゃん」
 詩穂理とはそんなに接していないが、いきなり「しほちゃん」呼ばわりである。
「す、凄いんですね。南野さん」
 相変わらず堅い詩穂理。しかしメガネの奥の目がまん丸に。
「そうですかぁ? 美鈴。いつもお家でやってますから慣れているだけですよぉ」
 言葉はのんびりだが動きはてきぱきしている。
 あっと言う間に料理が出来ていく。
「もしかして…お母様はお仕事でいらっしゃらないの?」
 そういうまりあも両親とは暮らしていない。
 別に不仲ではない。むしろ甘え気味。
 だが優介の側にいたい一心で水木家の隣家が空き家になったとたんに頼み込んで移り住んだので別居中である。
 半自立で兄の修一も。そして御目付け役を兼ねた三人のメイド。
 この優秀なメイドは家事を完璧にこなしてしまうおかげでまりあは家事能力ゼロ。

 話を美鈴に戻そう。彼女はにっこりと笑うと子供のような声で言う。
「いいえ。だっていつかはお嫁さんになるんですもん。花嫁修業は早い方がいいですし」
「ええっ? 信じられないわっ。今時そんな考えの女の子がいるなんて」
「そう? まりあちゃんも好きな人に手料理食べさせてあげたくない?」
「好きな人に手料理?」
 まりあ。トリップ突入。

「優介ぇー」
 制服姿のまりあが駆け寄ってくる。
「まりあ」
 さすがは妄想の中。優介が優しくまりあに微笑んでいる。
「あの……お弁当作ってきたの。良かったら食べてくれる?」
「ああ。もらうよ」
 そして平らげて
「うまい。なんて上手い弁当だ。初めて食べた。毎日でも食べたい」
「任せて! 毎日作ってきてあげる」

 美少女台無しの緩み顔。
「おーい。まりあ。現実って物を見てる?」
 思わず声をかけてしまうなぎさ。
 しかしそれは届いていない。
 やる気満々の表情になったまりあが精気溢れる声で尋ねる。
「美鈴さん。わたしは何をすればいいの?」
「それじゃお味噌汁に入れるお豆腐を切ってくれる?」

 数分後、白さ以外豆腐を思わせる要素のない物体がそこにあった。
「麻婆豆腐に入れるんだってここまでは崩さないよ」
「う、うるさいわね。ウチじゃこういうやり方なのよっ」
 自分でも無理があるとわかっているので赤面してしまうまりあ。
「でもどうしましょう?」
「うーん。それじゃタマゴを代わりの具にしましょうか?」
 ニラと一緒に入れるのだがこの場合は急場しのぎだから贅沢を言ってられない。
「ゆで卵のお味噌汁って始めて聞くわ…」
 まりあは本気で言っている。
「……美鈴も見たことありません…」
 もちろん溶き卵を使う。
(高嶺さん…見事に世間知らず。本当にお嬢様なんだ…)
 妙なところでまりあの「育ちのよさ」を実感する詩穂理だった。

 もちろん一年の時のクラスメイトはこれを知っていた。
 足を引っ張られるのはたまらないので敬遠されてしまったのだ。
 詩穂理も五十歩百歩だがそこまで世間知らずではないし、知識はある。
 ただ左利きが災いしてぶつかり合ったりするケースも多くやはり避けられていた。

 逆なのが美鈴となぎさ。
 二人とも料理の手際が抜群にいい。
 それと比較されてはたまらないというのがかつてのクラスメートの女子の本音だった。
 なぎさも実家が中華料理店で手伝いをしていた。
 もっぱらお運びだがたまに調理もする。
 客に文句を言わせないレベルの腕前である。
 もっとも客に文句を言わせない美貌もあるが。
「なぎさちゃん。炒め物できた?」
「あいよ。もうちょい」
 豪快にフライパンを動かしている。もっとも業務用の大口ではなく家庭用のコンロでは火力が弱く、思うようには行かないが。

 そして結果を見るべく食べる段階。
 盛り付けも美鈴。若干可愛らしすぎるが綺麗に盛り付けられていた。
 それぞれ口に。
「美味しい」
 珍しくストレートに感想を口にする詩穂理。
「そう? よかったぁ」
「本当です。南野さん。とても美味しいです」
「ありがとう。しほちゃん。美鈴お料理くらいしか取りえないから、それを褒めてもらえるととても嬉しいです」
「で、そっちの炒め物はいかが? 


 ややサディスティックになっているなぎさ。
「く、悔しいけど美味しいわ」
 成績優秀。スポーツ万能。容姿端麗のまりあだが、料理音痴は致命的な欠点だった。
 実力の差を思い知らされて「悔しい」思いをしていた。

 少女たちは大部分を残す。
 そして持参したタッパーに実習の成果を詰め込む。

 家庭科は三時間目。そろそろ生徒たちも空腹感を覚えるころ。
 その上、女子たちが調理実習していたとあっては期待する男子も出てくる。
「とは言えどなぁ…」
「高嶺の手料理は水木に行くんだろうし…」
 学園のアイドル。高嶺まりあ。
 その彼女に手料理をもらう。夢見る男子もいる。
 だが真逆の反応をしたのが当の優介。
「え? 調理実習があったの?」
 顔が青ざめている。そうかと思えば脱兎のごとく走り出すが出口を塞がれてる。
「おいおい。一人だけサボりなんてずるいぞ」
「サボりなんかじゃない。エスケープなんだよ」
 珍しく必死の形相の美少年。
「同じじゃん」
 こちらは冷静に突っ込みを入れる反町。
「ぼくはまだ死にたくないんだ。見逃して」
 この台詞で「まりあの手料理」から逃げようとしているとわかる。
「逃がしてあげなよ」
 意外な助け舟は恭兵。別に従う義理はないがブロックが甘くなったのは事実。
「恭兵君。ありがとう」
 いつもなら抱きつきかねない優介だが、この場は本当に一目散に逃げて行った。
「ちっ。邪魔な水木を逃がしたってわけか」
「それもある。でも半分は彼に対して同情したんだ」
 恭兵は一年のときはまりあと同じクラス。
 最初の調理実習の時に「手料理」を半ば強奪して食べた。だから同情した。
(あれは本当に意識が遠くなる味だった。けど水木。お前は逃げて、僕は真正面から受けとめる。アドバンテージをつけてやる)

 やがてまりあが戻ってきた。
「優介? 優介はどこ?」
 まりあに思いを抱く男子の夢を砕くその甲高い叫び。
「やつならいないよ」
 いつものように気障な恭兵。だがその表情に余裕がない。
「火野くん?」
 露骨に嫌な表情をするまりあ。
「実習? お味を」
「あっ?」
 優介に食べさせるためにふたを開けていたのがたたって、恭兵がつまんでしまった。
 「覚悟」を決めて食べた恭兵だが驚き、そしてしらけた表情になる。
「まりあ。これ作ったのはもしかしてなぎさ?」
「わ、わたしだって野菜の皮むきをしたのよっ」
 一口で見抜かれる辺りに……つまりまりあではありえない美味と言うそれに赤面する。
「なぁんだ」
 いきなり興味をなくす恭兵。
「え? もういいの」
 奪われていたのに促すのも妙な話だが。
「ああ。もういい。なぎさの手料理は


 既に背中を向けている。
(ふーん。なんだかんだいってなぎささんの手料理を飽きるほど食べてるんだ…いいなぁ。優介もこんな風に…はっ?)
「逃げたわね」
 これまた女の勘で逃亡した方向に正確に追跡を開始するまりあ。

 そしてそれを見ていて自分のタッパーを差し出せなくなったなぎさ。

「あの……ヒロ君。みんなで作ったの。どうかな?」
 午後には体育も控えていたのでまだ三つ編みのままの詩穂理。
「おう。サンキュー。シホ。腹減ってさ」
 あっと言う間に食べつくす。
(そんなにお腹すいてたら何を食べても美味しく感じるよね…)
 そう思うと感想は聞きづらい詩穂理だった。

「大ちゃん。実習で作ったの。食べる?」
 クラスで一番小さな少女と、一番大きな男の組み合わせ。
「貰おう」
 いつもどおりに寡黙。そして黙々と食べる。
「どうかな?」
「変わりはない」
 短くいいそれきり喋らない。
「そっか。よかったぁ」
 美鈴は満面の笑みを浮かべる。
「いつもどおり美味い」と言う意味なのだが、彼をよく知らないものにはただつっけんどんにしか見えない。
 だからこういわれて喜ぶ人間は美鈴。そして大樹の妹の双葉だけであった。

 放課後。クラブ活動の時間になる。
 そしてそろそろ一年生たちも所属を決めていた。
「はい。皆さん。新入部員の大地双葉さんです」
 家庭科部部長。栗原美百合が育ちのよさを感じさせるおっとりとしたイントネーションで紹介する。
 彼女は体の育ちも良かった。
 さすがにGカップの詩穂理にはかなわないが、長身と大きな胸がバランスよく美しいプロポーションを描いていた。
 ややウェーブの掛かった黒いロングヘアと優しげな口調。甘い声で三年生だけでなく下級生にもファンは多かった。
 双葉も同性でありながら見ほれていた。
(綺麗な先輩(ひと)。私もこの人みたいになりたい。そうしたらお兄ちゃんに相応しいかな?)
 頭の中には常に愛しい兄のことばかり。

 新入部員たちの自己紹介も終わり思い思いに散る。
「美鈴ちゃん」
 そこには南野美鈴がいた。
「双葉ちゃん。家庭科部へようこそ」
 美鈴は家庭科部所属だった。
「これからよろしくねぇ」
 一つ違い。幼なじみである。とても仲のよい二人であった。
「あらあら。お知り合いなの?」
 おっとりと美百合が話しかけたときだ。扉が開く。来訪者は…
「お兄ちゃん?」
「大ちゃん?」
 硬派が服を着て歩いているような男。大地大樹が家庭科部の思わぬ来客だった。

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