第5話「Maria Club」Part4

文字数 6,931文字

 生活指導にこっぴどく叱られたので、普通に演説などで選挙活動をしているまりあたちと瑠美奈たち。
 だがあの「コスプレ演説合戦」の効果は一回で十分だった。
 さらにはいずれも大財閥の『お嬢様』で、その争いとなっては耳目を集める。
 遺恨戦というのがまた盛り上げに一役買っていた。
 いつしか学校全体を巻き込んだ一大イベントになっていた。
 もっとも、自分達のリーダーを決める選挙である。
 それを考えるとやはり学校全体が関連するくらいでないといけない。

 ある日の放課後。瑠美奈たちは当てもなく校内を歩いていた。一種のさんぽである。
 選挙戦もやれることをやって行き詰った。
 しかしまだ何かできるのではないか?
 そんな思いが胸を支配する。
 だがそれが何かは思いつかない。
 そこで校内をうろついて「探している」と同時に、気分転換のさんぽである。

「アピール合戦はこの前のでやりすぎだったからね」
 まりあへの対抗心と成り行きでやってしまったことを後悔していた。
 叱られたこともだが、それ以上に…
「えー。まだやり足らなかったですよ~~~~」
 奈緒美が揶揄ではなく、本気で残念そうに言う。
「あんな恥ずかしい服を着せてまだ足りないの!?」
 瑠美奈が後悔しているのはコスプレのほうだった。
「おまけになんだか写真まで撮られていたし。お嫁にいけなくなったらどうするのよ?」
「行くんですか?」
 土師がクールに突っ込む。
「なによっ。あたしだって女の子よ。結婚に憧れるわよ」
「いえ。結婚はともかく」
「てっきり婿養子をとるかと思ってたぜ」
「あたしってそんなに高慢ちきなイメージあるの?」
 そろって頷く腹心たち。
 実はひそかに気にしていた瑠美奈にしてみたら否定してほしかったのだが、それだけにこれはショックだった。
「ふ、ふん。まぁいいわ。それより選挙よ」
 気を取り直して、やっと本題に戻る。
「地味に演説を続けてきたけど、あくまで本番は総会での演説よ」
 会長選挙は生徒総会での演説が本番である。
 現在のはその予行にすぎない。
 総会ともなれば全校生徒にアピールできる。そしてそのまま投票に移行する。
「なにか決定的なものは…」
「ネガティブキャンペーンはどうでしょう?」
 平たく言えば敵陣営のイメージダウンである。
「それはこっちが悪役になりそうで嫌だわ」
 ただでさえ知れ渡っているまりあとの犬猿の仲。
 まりあ陣営にスキャンダルとなれば、疑われるのは自分たちである。
 むしろ首を締めかねない。

 決定打の見つからないままあちこちをさまよう。
 その耳に派手なロックの演奏が入ってくる。
「なぁに。この『騒音』は?」
 一時選挙を忘れてしまう瑠美奈。
 一言文句を言ってやろうと大本に出向く。うさばらし。八つ当たりというところ。

「ここね」
 当たり前に音楽室であった。ただクラシックなどでなく、ロックというのが違和感だったが。
 しかし深く考えず。瑠美奈は思い切り扉を開いて
「こらぁっ。うるさいじゃないのよ」
問答無用で怒鳴りつけた。
 しかし次の瞬間には目を奪われた。
 女とみまどう美形。
 しかしタンクトップ越しに見える平たい胸が、男であることの証になっている。
 その薄い胸がなんだかセクシーに見えた瑠美奈は不覚にもときめいてしまう。
 体全体も華奢で『男臭さ』がまったくない。
 処理しているのか、体質なのか無駄毛も極端に薄い。まるで女性のうぶげ並みである。
 化粧をしたら怪しい美を作り出しそうな少年。水木優介だった。

 きょとんとするバンドメンバー。
 いきなり怒鳴ったと思ったら、固まってしまった瑠美奈に対してである。
「瑠美奈さん?」
「はっ!?」
 奈緒美の呼びかけで我にかえる。
「土師。コイツどこかで見たことない?」
 腹心に尋ねる。
「高嶺陣営の水木優介ですね。目立つ風貌なので印象に残っていたのでしょう」
 一年生の土師だが、瑠美奈の手前「敵」の優介には敬称をつけない。
「そう」
 敵か。そんな思いが瑠美奈の心をよぎる。だが次には別の考えが。
(そうよ。向こうの陣営からこちらに寝返る人間が出ればまりあのショックは大きいわ。それに裏切られた形では人望のなさが露呈して投票に響くわ)
 そういう風に結論付ける瑠美奈。
「ちょっとあなた!」
 元々がお嬢様である。それも帝王学を叩き込まれている。
 だから呼びかけはいつも「上から」である。

 こんな風にいきなり上から呼びかけられれば不快感も抱く。
 それにしても優介の反応は予想の斜め上だった。

「なんか用? 



「なっ?」
 絶句する瑠美奈。
「すげえっ。オレでさえ思っても口にしなかった言葉を平然と言ってのけた」
 変なところで感心した辻である。
「ああ。鏡とまでは思いついても、ミラーボールまでは発想が及ばなかった」
「せいぜい曲がり角にある鏡(カーブミラー)ですよね~~~」
「あんたたち! まりあの味方なの!?」
 ヒステリックに騒ぐ瑠美奈。
 慣れている奈緒美たちは顔色を変えないが、大音響に慣れているはずのバンドのメンバーすら顔をしかめる甲高い声だった。
 優介は無表情。いや。わずかに顔が強張っている。
 どうやらかなり癇に障ったらしい。

「瑠美奈さん。それよりあの人。どうするんです?」
 奈緒美は瑠美奈がクレームをつけると思っている。他の二人もだ。
「そうだったわ」
 慌てて取り繕い、瑠美奈は笑顔を顔に貼り付ける。
 ますます優介の表情が歪む。今度は露骨な不快感だ。
「ねぇ。水木君と言ったかしら? あなた、まりあよりこっちの方がいいと思わない?」
 とりようによっては「引き抜き」というより、自分の方が女性として魅力的だとアピールしているようにも取れる。
「まりあもお前も嫌いだ。あっちに行け」
「!?」
 バンドメンバーが思わず苦笑するほど冷たい優介の態度である。
 彼らはもちろん優介が「ホモ」と知っている。
 だからと理解した。

 一方の瑠美奈。生粋のお嬢様で家族以外は平然とあごで使う人種。
 当然ながら血縁者以外にこんな態度をとられるケースは少ない。
 まりあは同姓ということもあり、対抗心が先に走るのだが一応は少年の優介だと……
「何よ。海老沢グループの時期当主にそんな口を利くの?」
 普段は心証が悪いので間違ってもこんな風に家を持ち出したりしない。
 だが冷静さを欠いていた。
「知らないよ。お嬢様だろうとお姫様だろうと、僕にとってはただの女だ」
 こともあろうに財閥の令嬢を「ただの女」扱いだ。

 そしてこれまた予想外の反応をする瑠美奈。
(なんてクールなのかしら。それにこの顔。とても美しいわ。ああ。ダメ…)
 へつらう男は数多かったが、こんな風に扱われたのは「新鮮」だった。
 ときめいていた。

「わかったらさっさと消えろ」
「ハイ」
 このリアクションには取り巻きの三人が驚いた。
 これだけ傍若無人に扱われて「切れる」どころか「はい」と従ってまで見せた。
 しかもその表情がむしろ嬉しそうに見えていた。
(あら~~~~瑠美奈さん。もしかして)
 さすがに同性。そして「女性」。
 ボーっとしていても最初に見抜いたのは奈緒美だった。

 翌日から瑠美奈の行動が変わった。
 なにかと2年D組に来るようになった。
 そのたびにまりあとけんかになりかけるのだが、むしろそちらに気が入っていない。
「なんなのよ? あいつ」
 ケンカ友達の腑抜けぶりにまりあも戸惑う。
「どうでもいいけどうるさいから、ぼくのいないところで喧嘩して」
 迷惑そうな優介だが、毎日昼になるとやってくる。

 それだけではない。
 一応は演説の際に何人かがつく。
 なぎさ。詩穂理。美鈴。そしてまりあの希望を聞いて、美鈴が説得したためついてくる優介。
 優介にしてもまりあを生徒会長にして、生徒会の仕事に忙殺させ自分から離れるようにしたいから、ここはついてきて活動に付き合う。
 その頃から瑠美奈たちも同じエリアで張り合うように。
 そしてたびたび意味ありげな視線を。
 気持ち悪く感じるまりあだが、その視線が別人に向けられているとは考えなかった。

 講堂での生徒総会。いよいよ本番の日である。
 壇上には議事進行の生徒。候補である瑠美奈とまりあだけである。
 それ以外は傍聴するほうに。
 両陣営のメンバーは最前列にいた。
 決着をいいところで見届けさせるという意味合いである。

 先に公示した形の瑠美奈から最終的な演説を行う。
 制限時間は10分。
 前方中央にある演台の前に立つ。
 そしてぺこりと頭を下げる。
 ごく普通の動作だが、高飛車な瑠美奈の性格を考えると、いくら公式の場といえどちょっと意外な印象があった。
「皆さん。こんにちわ。生徒会長に立候補した海老沢瑠美奈です」
 さすがに英才教育を受けて来ただけに、柔らかく、そして淀みなくしゃべる。
 もっとも意外な点としては高圧的な部分が消えたこと。どことなく「しおらしくなった」。

「おい。海老沢の奴」
「ああ。随分と猫かぶってねーか?」
 そんな風に言う男子もいれば。
「さすがに全校生徒の前ではおとなしいわね」
 冷静にそう評している女子もいる。
 事前の演説とは大違い。大半の生徒は意表をつかれた。
 そしてそれは決して悪感情ではなく、好印象へと繋がる。 

「普段が普段」とも言えるか……

(なによ。あのぶりっ子は。いつもみたいに馬鹿笑いして自滅かと思ったのに)
 壇上で控えていたまりあはそんなことを考える。
 さすがにそれは極論だが、それでもかつての「総統」のようにハイテンションにぶちまけるかと思っていた。
 予想というよりイメージである。
 しかしそれがどこでどうなったのか、恐ろしくしとやかに。
 「女性的」に演説をしていた。

 まりあは焦りを感じていた。
 これはある意味では敵をたたえているともいえる。

「これで私の演説はおしまいとさせていただきます。ご清聴ありがとうございました」
 きちんと時間通りに終わらせた。
 自然と生徒たちから拍手が沸き起こる。
 瑠美奈は頭を深々と下げて、椅子へと戻ろうとする。
 その際にちらりと生徒たちの最前列を見る。
 傍目には自分の陣営を見たように見えた。
 当事者たちもそう理解して土師は頷き、辻は「首尾は上々」という意味でサムズアップ。
 しかし奈緒美は気がついていた。
 その視線が水木優介に向けられていたと。
 音楽室の一件で一目ぼれしてしまったと理解した。
「好きな男」の前である。態度の豹変ももっともである。

 優介がホモ。つまり女性に興味がないと知っているまりあは、警戒の対象を女子より男子においていた。
 そしてまさか瑠美奈が優介に一目ぼれなどとは夢にも思わない。
 だから選挙用の態度と理解した。
(わたしもうまくやらないと。優介がああいってくれたんだもん)
 愚かと笑うことなかれ。恋する乙女にとって、愛する男の一言は、たまに神の一声にも値する。
 まして世間知らず。温室育ちのお嬢様。駆け引きなどは知る由もない。

 彼女は演台の前に立つ。
 そして風貌と違和感のない、愛らしい可愛い声で柔らかく発声する。
「皆さん。こんにちわ。高嶺まりあです」
 瑠美奈と違い、比較的愛想のいいまりあは得意の笑顔でまずは心を掴む。
 もっともその笑顔は最前列にいる優介に向けられているのが大きかったが。

 演説も中盤。待っている形の瑠美奈としては退屈である。
 普通なら「敵」の発言を聞き漏らさないようにするところだが、彼女の耳がまりあの声を捉える以前に、彼女の目が優介に釘付けになっていた。
(クールだわ。それに美形。それにとっても男らしくて)
 実際は女に対して冷たいのだが、それを普段他者から見下されたことのない瑠美奈は勘違いした。
 初めて接するタイプの男。しかも美少年に一発で陥落した。
 知らず知らずに目で追っていた。

(退屈だな)
 当事者はそんな気持ちを知らない。
 余談だが優介の両サイドは右に美鈴。さらに右に大機。
 左には詩穂理。さらに左に裕生である。
 まりあの心情を思うと優介の隣に男を置きたくないのと、自分の好きな相手が「ホモ少年」のとなりというのもいい気分でなかったので、自分たちが防波堤になったのである。
 普通の男なら巨乳美少女と、つるぺた美少女に挟まれて「両手に花」だが、彼にしてみれば何の意味もない。
 つまらなそうに、そしてけだるそうにしていた。

(ああ。あの退廃的な雰囲気がたまらないわ)
 勝手に解釈して瑠美奈は燃え上がる。

 そしてその「空気」がまりあにも感じ取れた。
(何? この変な感じ?)
 演説中だというのに思わず瑠美奈のほうに振り返る。
 あまりに大胆な行動にざわめく観客。
 当の瑠美奈は優介に夢中で気がつかない。顔が緩みきっている。
(アイツまさか!?)
 瑠美奈の視線の先には優介。
 一瞬で状況を理解した恋する乙女。頭の中が真っ白に。そして大失言に。

「ちょっと! 優介に手を出す気? この泥棒ネコ」

 それまでの柔らかい雰囲気はどこへやら。
 壇上で痴態を見せてしまった。
 我にかえり「失礼しました」と謝罪。
 そして続けるが後の祭り。

「あーあ」
「……まりあちゃん」
「終わりましたね……」
 まりあ陣営で敗戦を悟っていたなぎさ。美鈴。詩穂理であった。

 普段は高飛車な瑠美奈が見せた「柔らかさ」。
 普段愛想のいいまりあが見せた「痴態」。
 勝敗は明らかであった。

 こうして、海老沢瑠美奈新生徒会長が誕生した。

「おーっほっほ。やったわ。私が生徒会長よ。まりあの悔しがる顔が見られて嬉しいわ」
 優介がいない場所なので。思い切り地を出す瑠美奈。
 気持ちよさそうに高笑いをする。
「おめでとうございます。瑠美奈さん~~~」
「さぁみんな。祝福の胴上げだ」
「ちょっと? あたしスカートなのよ。胴上げなんて」
 しかし火が付いた勢いは止まらない。
 辻がまたも簡単に瑠美奈を担ぎ上げて、胴上げの「上」に。
 瑠美奈の支持者に5回6回と宙に。
「きゃーっっっっっ」
 スカートを押さえて胴上げされる瑠美奈であった。

 一方…
「くやしいーーーーーーーっっっっっっ。あんな女に負けるなんてーーーーーっ」
 思い切り悔しがるまりあであった。
 乗り気でなかったものやはりこれだけやってきたのにというわけである。
「あれは自滅です……」
 詩穂理の言葉に誰も反対しない。
 現在は八人で反省会。
「それより優介。あのオデコに変なことされてない?」
 生徒会より優介である。
「されてないよ。なんか生徒会に入れとか言ってきたけど」
「えっ? まさか」
「入るわけないじゃん。あの女も嫌いだ。偉そうで」
 それを聞いてほっとしたまりあであった。

 そして
「会長。この書類を明日まで」
「会長。承認願います」
「会長。経費が…」
「だぁぁぁぁぁーっっっっ。なんなのよ? この忙しさは」
 生徒会会長としての職務に忙殺されていた。
 特に今は引継ぎだけになおさらである。
「これじゃ水木君にあう暇もないわよ。まりあめ。絶対嫌がらせしてやる」
 八つ当たりもいいところである。

「結局、水木先輩にも断られましたしね」
 引き込むつもりだった優介には冷たく断られた。それなのに
「ああ。簡単に女になびかないクールさがたまらないわ。彼に罵られるとぞくぞくする」
 うっとりと夢見るように思い出していた瑠美奈である。
(瑠美奈さんって~~~)
(Mだったのか。データの更新がいるな)
(そんなにいじめられるのがスキならオレがいつでも)

 本人はひた隠しのつもりでも、周囲にはバレバレの恋であった。

次回予告

 留学生。アンナ・ホワイト。彼女が恋をした? それも相手は親友である双葉の兄。大樹かやはり親友である千尋の兄の裕生。
 妹としての立場と、親友としての立場の二人は。そしてアンナは恋に落ちたのか?
 次回。PLS第6話「Passenger」
 恋せよ乙女。愛せよ少年。

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