第1話「Wild Heaven」Part3

文字数 7,293文字

 北海道。札幌。
 そのとある学校でも2年の始業式。そして新しいクラスメイトの紹介がなされていた。
 学生服とセーラー服の一団の中では異彩を放つ青いプリーツスカートと濃紺のブレザー姿。
 髪の毛は短い直毛。それをうなじの辺りで切り揃えていた。
 美少女と表現していい顔立ち。特にそのクールな表情が大人びていた。
「それじゃ挨拶してくれ」
 担任に言われて軽く頷いた彼女は、特に表情を変えることなく淡々と話し出す。
「博多から転校してきた澤矢理子(さわや りこ)です。

よろしくお願いします」
 ざわめく教室。それもそうだ。転校生自らが短期間のクラスメイトであることを告げたのだから。
「おいおい。澤矢君。転校の挨拶でそれはないだろう」
 さすがに窘める中年の教師。
「私はこれで四校目の高校なんです」
 さらにざわめく教室。いくらなんでも多すぎると。
「金沢。松山。博多。そして今度は札幌。このままずっとここにいられる希望なんて持てません」
 今度は黙り込む。恐らくは制服も間に合わないというより、「どうせ転校してしまうのだから」と作るのを避けているのだろう。それを察した。
「もし夏休みを過ぎてもここにいたら、そのときは友達になってください」
 それは悲しい宣言だった。それに似合いの悲しい笑顔だった。

 蒼空高校2-Dの自己紹介は続く。
 男子十番。大地大樹が前に出るとざわめきが。
 担任の木上も女性としては背が高いほうに入る。それがまるで子供のように見える巨漢。
 厳つい顔にリーゼント。黙っていても気の弱い人間なら道を譲り、ちょっと鼻っ柱が強いといらぬけんかを吹っかける。
 本人が望まなくても修羅の道を往かされる運命のようである。
「それじゃあ自己紹介してくれる?」
 さすがに担任はそんな差別はしない。
 彼はコクリと頷くと前を向いて一言。
「大地大樹だ」とだけ言い放つ。
 そして背を向けて自分の席に戻りかける。
「ちょっと。大地君。いくら無口でももう少しお願いできる? 抱負とか。所属クラブとか」
 言われて大地は少し思案するが元の位置に戻る。
「男たちに言わせてもらう。明日の入学式から『俺の妹』がこの学校に通うことになる」
「はぁ?」そんな表情の男子たち。この場でどういう関係が?
「妹と付き合いたくば、俺を倒してその屍を越えていけ」
 唖然とした一同。今度こそ大地は着席する。
(シスコンだ……)
(とんでもないほどのなッ)
(アイツの妹じゃゴリラみたいな女じゃないのか?)
 そんな失礼な思いが男子を中心に出ていたそのときだ。いきなり扉が開いた。
 そこには真新しい女子制服の少女が一人。肩口までのセミロング。てっぺんからアンテナのように毛が立っているのはご愛嬌。
 華奢な体躯。特に胸元は下着無用かもしれないほどだ。
 愛らしい顔立ちの美少女は感動したような面持ちだった。
「双葉。どうしてここに?」
 発言は今しがた自己紹介を完了した大地大樹。
「この一年。中学と高校で離れ離れで寂しかった。そしてまた一緒の学校に通えるようになった。その明日まで待ちきれなかったの。お兄ちゃん」
 ほんのりと頬を染めて言う。
(なんだってーッッッッッ? この男の妹があの娘?)
 あまりに違いすぎる。兄は男としても大きすぎ。妹は女子としても小さすぎ。しかも可愛い)

?)
 そんな想像をしてしまう生徒たち。
(あわわわ。まさか双葉ちゃんが今日ここにくるなんて)
 別の心配をしていたのが美鈴。二人と幼なじみの彼女にはわかることがある。
「それよりお兄ちゃん。さっき私のことでいろいろ言ってたよね?」
 なるほど。あの発言で思わず乱入か。男子生徒はそう解釈した。
(いくらシスコンでもあの台詞は痛すぎだしな)
「……嬉しい……


(何ですとぉーッッッッッ?)
 生徒たちが驚く中で、歓喜の涙まで浮かべて妹は兄に抱きつく。
 兄も厳つい顔つきながらも最大限優しい表情で受け止める。
「当たり前だろう。お前は可愛い妹なんだ」
「お兄ちゃん。私も大好きだよ」
 そこだけ異空間のようだった。
「ホームルームが終わったら一緒に帰ろう」
「うん。校門で待ってるね」
 名残惜しそうに出て行くブラコン妹。
 大樹単独の自己紹介より、こちらの方がインパクトを与えていた。
(相思相愛のシスコン兄とブラコン妹って……)

 2-B。そこではまりあと火花を散らした海老沢瑠美奈が自己紹介をしていた。
「おーっほっほっほ。私が海老沢瑠美奈よ。覚えておくといいわ」
 あまりに堂々としている。クラスメイトは突っ込む気力すら起きなかった。
「それじゃ海老沢さん。抱負等あったら語ってくれる?」
 ショートカットの美人教師。川隅亜彩子が促す。
「抱負? そうね。まずは2年になったし、生徒会長になることかしら?」
「あら。頼もしい」
 積極性の表れと担任は受け止めた。だが実はそんなものではない。
「そして権力を手にしたあかつきには、高嶺まりあにだけいい顔なんてさせないわ。見てらっしゃい。あの女。何かというと家の財力をちらつかせて。めざわりったらありゃしないわ」
 それはお前も同じだろう。その場の誰もがそう思う。
「海老沢さん。冗談はおでこだけにしてくれるかしら?」
「先生までおでこのことを!?」
 川隅亜彩子。可愛らしい顔や声とは裏腹に毒舌で知られていた女教師。

 そして2-Dではそのまりあの自己紹介の番になっていた。
「高嶺まりあです。クラブはテニス部です」
 まるで花が咲いたかのような可憐な笑顔。
 もともと顔立ちの整い方が半端ではない。そして子供から大人へと変わる時期。
 言い換えれば子供のような愛らしさと、大人の魅力の両方を兼ね備えていた。
「うおおおおーっっっ。マッリアちゃぁあああああんっっ」
 男子たちは完全に白旗である。
 性別は違えど同じ人間。そして同じ学校の一生徒同士。
 だが特別扱いをせずにはいられない可愛らしさであった。
 そう。まさにまりあはアイドルだったのだ。
「すっごぉーい」
 驚いてみせるまりあだが、素が70%で計算が30%というところか。
 正確に言うならつい相手の望みに合わせた態度がでるというべきであろう。

 見ていた女子も納得している。
 こんな扱いされたキャラクターが許容されるとしたら二つ。
 妬みようがないほど完璧か、何かとんでもない……そして愛すべき欠陥があるののどちらかだ。
 まりあは前者。ちなみに担任は後者の典型的。
 チョンボを冒せば冒すほど男子を中心に受けがよかった。

「はい。質問」
 そんな時間は設けてないが手が上がってしまった、
「それじゃひとつだけよ。はい。最初に手を挙げた……えーと……反町君?」
 出席番号9番。反町満が指名された。
「はい。好きな男性がいたら教えてください」
「優介」
「ええええーーーーーーッッッッ????」
 質問した反町としたら、答えにくい質問で身悶えする様を見たかっただけである。
 ところが意に反してまりあは、まるで自分の名前を尋ねられてそれに答えるように即答した。
 そして視線がまりあの視線の先。少女のような顔をした少年の元に集まる。
 当の本人はまりあからぷいっと視線をそらす。だがほんのりと赤面をする。その眼前には学校一のいい男。
(なんだ。僕があんまりいい男だから自分の顔に恥じ入ったのか?)
 芝居抜きでこういうことを本気で考える恭兵である。
(ふっ。君も決して低いレベルではない。安心したまえ。僕が美しすぎるだけなのさ)
 くどいようだが本気である。
「とにかく!」
 まりあは何故かいらついたように声を張り上げる。
 可愛らしい声なのだがトゲがある。
「優介はわたしのものなの。誰にも手を出させたりなんかしないわ」
 言うとけん制の目的かクラスを一瞥する。優介を除いた全員だ。
 男女交互に座っているので「女子」に宣戦布告するなら確かにこうなるが。

 学校からさほど遠くないマンションの一室。
 この建物をマンションと表現するのは日本人で、彼らならアパートと言うだろう。
 アメリカ人の一家がそこに入居していた。
「どうだい? アンナ。この町は」
 ジョン・ホワイト。ある企業の一員。大の親日家ということで日本駐在を打診されそれを受諾した。
「ステキ。とてもいいところ。半年とはいえど飛び級してまで四月入学にあわせてよかったわ。みて。桜の花びらが綺麗」
 父同様の金髪。母譲りの青い瞳。欧米の少女でありながらその細さは日本的な印象すらある。
「でもアンナ。アメリカンスクールもあったのよ。どうしてそっちにしなかったの?」
 母。リンダ・ホワイトが娘。アンナに尋ねる。
「Goに入ってはGoに従えよ。つまり……行くなら徹底して行けと言う意味なのね」
 住むところのルールに従えという意味なのだが、物の見事に勘違いしていた。

 アンナは髪をブラッシングして真ん中から二つに分ける。
 そしてそれをそれぞれ束ねてたらす。
 金髪のツインテール。碧眼。笑うと牙にも見える八重歯。つりあがった目。
 パーツだけ見るときつそうだが、まるで幼い子供のように無邪気に笑う。
 まだ少女ゆえか胸元も幼い。日本人ならともかく欧米では珍しい。
「パパ。ママ。似合う?」
「オー。アンナ。とても可愛いよ。だけどちょっと子供っぽくないかな?」
 大仰に両手を広げて見せるジョン。それに対して人差し指を左右に振ってみせるアンナ。
「リサーチ不足よ。パパ。これが日本じゃもてはやされる髪型みたい。それからパパ。もう日本に住むんだから日常会話も日本語にしましょう。お仕事でも通訳の人とべったりじゃ仕事にならないでしょ」
「あら。アンナ。ママのお仕事は通訳よ」
 だからか彼らは日本語に一応苦労はしていない。
「だから悪いんじゃない。オフィスでも夫婦でいちゃいちゃするつもり?」
 笑い声が上がる。

 2-Dの自己紹介は男子15番まで来ていた。
「火野恭兵です。女子の皆さん。よろしく」
 キザに笑う。気のせいか歯が光って見えた。
 女子から嬌声が上がる。まるでアイドルタレントを目の当たりにしたかのようだ。
 実際に彼は学園のアイドルであった。一年のときにも2年女子や3年女子が彼を見に一年のクラスにまで来ていたくらいだ。
 そのもてぶりが彼を見事に増長させた。
 ただ根は悪人ではないらしい。変形のスケベとしたら女の子に手が早いのも男子の立場では納得であった。
 それに対抗しようにも実際に恭兵は美男子だった。
 金髪はブリーチしたものであるが、ロングヘアと相俟ってロックスターのような印象を与える。
 細身の肉体だが決して貧弱なわけではない。むしろサッカーをやっているだけに下半身は鋼のように逞しい。
 身につけているピアスやイヤリングなどのシルバーアクセが校則違反なのは間違いないが、それが嫌味や違和感なくフィットする。
 とはいえど教師の立場としては注意しないわけには行かない。
「あの……火野くん。学校じゃアクセサリーはダメですよ」
 言われた恭兵の反応……むしろ「反射」は速かった。
 いきなり担任の腰に手を回して、そしてそのまま彼女の上半身を押す。
 まるでフラメンコの1シーンのように絵になっている。
「申し訳ありません。ですが貴女の美しさの前にどうしても我が身に自信が持てず、こうして飾り立ててしまいました。ああ。校則違反をさせるあなたの美貌はなんて罪な……」
 他の男子だとギャグにしかならないこんな台詞が、まるで映画スターのように決まる。
 事実「観客」である女子がキャーキャー騒ぎ出すほどだ。
「……火野くん……ごまかそうとしてもダメですよ」
 さすがは大人。高校生の「色気」に当てられるほどもろくはなかった。

(はぁ。キョウくんッたら……担任にまで手を出すなんて。どうしてあそこまで自信家なんだろう)
 嬌声を上げる女子たちの中で、なぎさだけは落ち込んでいた。
 彼女の好きな男は担任の教師まで口説きに掛かるプレイボーイ。
 そりゃあ頭痛の一つも起きるであろう。

 隣のクラス。2-Cでも自己紹介中。
 こちらは男女交互にしなかったために現在は女子の一番になっている。
「芦谷あすか。空手部所属。以上」
 ほどけば腰にまで達するであろう長い髪を、うなじの辺りでまとめた彼女の自己紹介は髪形同様にそっけなかった。
「オ……おいおい。もうちょっと愛想良く出来ないか?」
 巨漢の体育教師にして2-C担任の源田鉄将が思わず窘める。
「愛想? それは男に対して媚びろということですか?」
 視線だけで人を殺せそうだった。
「い……いや。そうは言わんが」
「ならこれで充分です。顔と名前は覚えてもらえたでしょう」
 たしかにこれだけの美貌がありながらこの冷徹さ。印象にも残る。

 まりあは祈る気持ちであった。
(優介……言ったら承知しないんだからね)
 前方中央にはまりあの思い人。水木優介が立っていた。
 女装させたら女の子にしか見えないであろう美男子。
 むしろ胸のない女の子が男装しているように見えるほど女性的だ。
 心なし髪の毛からもいい匂いが。
「水木優介。軽音楽部所属です」
「ああ」と言う声が上がる。
 一年の時の学園祭で話題になったバンドのギタリストはコイツだったかと。
 それはギターのテクニックでではない。そのビジュアルである。
 いわゆるビジュアル系バンドのそれではなく、優介だけは女性のようなメイクをしていたのである。
 それでいて胸元ははだけていたので男子とはわかっていたが、その倒錯した雰囲気に何人かの男子は熱が出そうだった程だ。
「皆さんとは仲良くしたいと思っています。あの……」
 ここで優介は頬を赤らめる。ますます少女のように見えてくる。
 恭兵の「ファン」でさえおもわず胸を締め付けられる。
「……募集中です……か……」
(なんだい。可愛い彼女がほしいのか? 俗物だな)
 自分を棚に挙げているのは言うまでもない恭兵の心中。
(はっきりしない奴だな)
 若干いらだっている裕生。
(言いたいことははっきりといわねばな)
 自分の無口をどう自己評価しているのか尋ねてみたい大樹の胸の内。
 さらに赤くなる。なるで女の子が告白するようなそんな状態の優介。
(優介ぇ~~~~~)
 凝視しているまりあ。しかしそれが逆に優介の背中を押した。
 ほんの一瞬だけ意地の悪い表情をする。まりあの望まないことをあえてやってやろうとする。
 彼は思い切って言葉を解き放つ。
「かっこいい

。募集中です!!」
「…………」
 凍てつく教室。そんな中で両手で顔を覆って照れている優介。
「あのう……水木くん。それを言うなら彼女じゃないですか?」
 やんわりと担任が訂正する。
「いいえ。女なんか要りません。彼がほしいんです」
 毅然として言い放つ。もはや何も怖くない状態の優介。
「特に火野くん。風見君。大地君と仲良くなりたいんです。ぼく、いつでもこの身を捧げる覚悟は出来てますから」
 背筋に寒いものが走るクラスメイトたち。
 反対にまりあは真っ赤になって怒っていた。
(ついに……ついにカミングアウトまで……)
「もしかして……水木くんって」
 恐る恐る尋ねる担任。それに対してすがすがしい表情で優介は返答する。
「はい。ぼくはホモです」
「えええええーーーーーーッッッッ????」
 とんでもない「自己紹介」に大パニックのクラス中。
「だからまりあ。残念だったな。ぼくにとっては『女』は恋愛対象じゃないんだよ」
 どうしてあれだけの美少女に慕われて振ることが出来るのか。それで納得がいく。
 ただしどうもまりあのことを嫌っている節もあるが。
(よ……よりによって高嶺まりあが好きな男はホモ?)
(まだコマシの火野相手の方が納得がいくぞ)
(女に興味のない相手を追っかけるくらいなら俺に振り向いてくれたって)
 様々な思惑の男子たち。
(ふっ。罪なのは僕のほうか。男さえも狂わせる)
 自分の身に危機が迫っているのを理解してないような気がするナルシス馬鹿の恭兵。
(あ。あいつ小さいから女役スーツアクターならいいかもな。それなら多少は女みたいな方がいいかも)
 どんな時でも特撮が基準の裕生。
(友情ならともかく……)
 もっともな反応の大樹。相変わらずの無表情。
「ゆ……優介。あなた……」
 怒りと興奮のあまりまりあが気分を悪くしてしまった。
「大変。保健委員。彼女を保健室に」
「先生。新しいクラスでまだ決まってません」
「ああ。そうだったわ。それじゃ一年のときにやってた人はいる?」
「は……ハイ」
 小柄な少女が手を挙げる。
「えーと……南野さん? お願いできるかしら?」
「わかりました。先生。美鈴が彼女を連れて行きます」
 今ひとつ頼りない「保健委員」だが、とりあえずは美鈴に委ねられた。

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