第9話:どうして伝わらないんですか?
文字数 3,620文字
「良、良…?」
遠慮がちな声が、鍵の掛かった薄いドアの向こうから聞えてくる。だが、俺が引きこもるようになってから、父親も母親もこのドアを決して開けようとはしない。俺も開けさせない。
それがこの家のルールになっていた。
「電話中なの?良…」
「ち、違うよ、ウルセーなっ!」
『いやいや…、どっちかと言うと、朝っぱらからウルサイのは、
マスターの方だと思いますけどねえ…』
「それを言うなら、AI もだろうが……」
「ごめんね、電話中……。
良が…、良が朝ごはん、作ってくれたんか…?」
ドギマギする。
こうなることは分かっていたのに、
なんだかすごく落ち着かない気持ちになる。
「あ、ああ。一応な…。迷惑だったか?」
「そんな、迷惑だなんて」
「不味かったら、別に、食べんでもいいから……」
なぜだろう?
親と喋った途端、急に自分が恥ずかしくなってくる。
自身を含めた全てが、赦せなくなってしまう。
「不味いなんて……そんなことあるわけないじゃない……」
母ちゃんが、涙ぐんで話しているのがわかる。
なんだよ?あれだけのことが、そんなに嬉しかったのかよ?
こんな、親孝行の真似事にもならないことで、そんなに嬉しがってもらえたのかよ?
「ありがとね、良。お父ちゃんも喜んでるよ・・・。
さあ、一階 で一緒に食べよ」
なんだよ、父ちゃんもかよ・・・。バカだなあ、朝飯くらいで喜ぶなよ?
こんなんで親孝行になるなら、お安い御用だよ。毎日だってやってやるよ。
だから、母 ……。
「か、勝手に食えばいいだろっ!」
喉から出てきたのは、愛情の欠片もない、人間のモノとは思えないような、自分でも呆れる程の
ヒドい叫び声だった――。
「そんなことで、一々話しかけてくるんじゃねえよっ!!」
畜生、最悪だ!
こんなことになるなら、朝メシなんて、作らなけりゃよかった。
あのAI にそそのかされたせいで、こんな変なことになっちまった!
「俺はまだ眠いんだよっ!起こすんじゃねえよっ!」
え?更に何言ってるんだ?俺。
眠くなんかないのに、意味がわからねえこと言ってんじゃねえよ。
でも、もう、どうしようもねえよ!
「良…、でも、せっかく…」
「うるせえな! いいからサッサと食って、サッサと仕事に行っちまえよっ!!」
母ちゃんが意気消沈しているのがドアのこちら側にまで伝わってくる。
マジで、何で俺、こんなことを言ってんだよ?
何でこうなんだよ?!
こんなことで母ちゃんを悲しませたら、意味ねえじゃねえかよ…。
なんで!いつから俺は!こんなになっちまったんだよ?!
畜生、何なんだよ、俺は…!!
『マスター…』
AI がスマホ画面の中から、不安そうに、じっとこちらを見ている。
そして気付いてしまった―――。
「何で俺は」…だと?
バカか?
そんなの、俺自身が一番分かってるじゃねえか・・・。
ずっと親不孝してきた俺が、たかだか朝メシを作って、
そんでもって、親にへらへらと笑顔をみせられるワケなんてないだろうが!
今までの親不孝を、そんなことで精算 にできるはずないだろうが!
何年?
何十ヶ月?
何千日?
何十万時間?
その間、ずっと、両親に嫌な思いをさせ続けたきた俺が、
どうして、たかだか数十分の手作業を鼻にかけることができる?
いい年をした大の男 が、仕事もせずに、ママゴトみたいに、
朝飯を作ってさあ、それで得意になってるのかよ?
バカかよ?
恥を知れよ!恥を!
涙が出てくるじゃん……。
情けねえし、恥ずかしいし、惨めすぎるし……、
もう嫌だ―――。
俺の全部が死ぬほど嫌だ―――。
だったら、もう死ねよ……。
いいから俺なんか、もう死んじまえよ!
いなくなっちまえよ!この世界から、この宇宙から、もういなくなっちまえよ、俺!
頭を抱えて布団に倒れ込んだ。階段を下りる母親の足音が小さく消えていくのがわかった。
もう寝よう。そう思った。
その時――、
『待ってください!お母さまっ!待ってくださぁぁぁーーいっ!!!』
え…?なに?
AI の絶叫が、スマホのスピーカー音量MAX状態で、家中に響き渡ったのだ!
『お母さま!マスターの話を、聞いてあげてくださいっ!!』
ちょっと待て・・・。
『横から口出ししてすみませんっ!でも、お願いします!お母さまーーーっ!!」
「お、おい…、黙れ……」
「良…、あなた…、何をやってるの…?」
「う、うるさい!」
動揺とも、怯えともとれる母ちゃんの声。
どう考えてもマズイだろ?この状況。
ひきこもりの社会失格者が、無関係の年端のいかない少女を誘拐し、部屋に監禁するような事件が相次いでいる昨今だ。俺の部屋から少女の叫び声が聞こえてきたら、母親が腰を抜かすのは当たり前だ。
「良…あなた、まさか…?本当に・・・」
『お母さま、話を聞いて下さい!お母さまーーーぁ!!!』
「う、うるさい!うるさいって言ってるだろ!」
慌ててスマホの電源offボタンを押す。
なのに、あり得ないだろ。シャットダウンできない。
それどころか、勝手にスピーカーの音量が上がっていく。
MAX状態のはずなのに、音量がさらにどんどんデカくなっていく。
スマホの筐体が自らの振動で破壊させるかと思うほどに――。
『お母さまっ、お母さまっ、お母さまっ、行かないでくださあーーーーーーーっい!!』
「だ、黙れ!勝手に叫ぶな!スマホごとぶっ壊すぞ!!」
「お、お父さん!大変よ!良がっ!良がっ!!」
母ちゃんは転がり落ちるように階段を駆け下りて、父ちゃんを呼びに行ってしまった。
ダメだ。事態は悪化する一方だ。
「どうしてくれるんだよ?お前はっ?!」
今さらとは思いながらもAI に怒りをぶつけてみるが、
このバカは、ただただ、キョトンとするだけだった。
『え?なぜですか?私はただ、マスターの優しさをちゃんとお母さまにお伝えしなきゃって・・・』
「そういう問題じゃねえだろ?世の中の常識考えろってっ!」
『ええと…、マスターに「常識」とか…、言われましても・・・…?』
「このヤロー…」などと思っているうちに、父親が凄い勢いで駆け上がってきた。
「鍵を開けなさい、開けるんだ! 良!」
父親の剣幕というより、立てこもった銀行強盗を説得する刑事みたいな言い方だった。
「う、うるせえな!早く仕事に行けよ!」
『あのぉー、マスター。まだ6時になったばかりですよ?
朝ゴハンを食べる時間ぐらい、十分あると思うのですが……』
「まさか、良……。本当に女の子を監禁してるのか…?
オイ! 早くこのドアを開けるんだ!良っ!!」
もう収集がつかない……。
ホントにもう、なんなんだよ?この展開は。
『あのお、マスター・・・。なんか、すみませんです。これってもしかして、私のせいですか?』
「その通りだよ!っていうか、もうおまえは黙ってろよ!」
今の怒鳴り声を聞いて、俺がヤケになって、連れ込んだ少女に暴行を加えようとしていると
誤解したらしい。父ちゃんがまた凄い勢いで階段を駆け下りていく。
そりゃ誤解するわな?普通。
でもヤバいだろ?もうアウト寸前だろ?
だってこれって、両親が警察に通報するパターンだよな?
それでこの部屋に警察が踏み込んで来て・・・。
それこそ恥じゃん?!
羞恥刑そのものじゃん?!
誤報だって分かったって、逮捕されることはなくたって、
他人とかご近所って絶対そうは思わないじゃん?
「オイ、ちょっと、待てってばっ!父ちゃんっ!!」
気が付くと俺は、部家の鍵を開け、廊下に飛び出していた。
何ヶ月ぶり、いや何年ぶりだろうか。
親子3人が顔を見合わせていた。そして石のように完全に無言で凝固していた。
その重すぎる沈黙の中で、胸ポケットのスマホ画面から、
AI の能天気で明るい声だけが聞えてくる。
『お父様、お母さま、
はじめまして!!AI と申しまーす!』
「・・・・・・・・・・・・」
瞬間――、俺たち親子3人の沈黙は、さらに重く、そして深刻 なものへと、
変容を遂げていた。
『マスターのぉ・・・じゃなくてぇ・・・、川辺 良さんのぉ、ええとぉ・・・、
パーソナル・ライフサポート・キャラクターエージェントというのを
やらせていただいておりまーす。どうぞよろしく、お願いいたしまーすっ!!』
遠慮がちな声が、鍵の掛かった薄いドアの向こうから聞えてくる。だが、俺が引きこもるようになってから、父親も母親もこのドアを決して開けようとはしない。俺も開けさせない。
それがこの家のルールになっていた。
「電話中なの?良…」
「ち、違うよ、ウルセーなっ!」
『いやいや…、どっちかと言うと、朝っぱらからウルサイのは、
マスターの方だと思いますけどねえ…』
「それを言うなら、
「ごめんね、電話中……。
良が…、良が朝ごはん、作ってくれたんか…?」
ドギマギする。
こうなることは分かっていたのに、
なんだかすごく落ち着かない気持ちになる。
「あ、ああ。一応な…。迷惑だったか?」
「そんな、迷惑だなんて」
「不味かったら、別に、食べんでもいいから……」
なぜだろう?
親と喋った途端、急に自分が恥ずかしくなってくる。
自身を含めた全てが、赦せなくなってしまう。
「不味いなんて……そんなことあるわけないじゃない……」
母ちゃんが、涙ぐんで話しているのがわかる。
なんだよ?あれだけのことが、そんなに嬉しかったのかよ?
こんな、親孝行の真似事にもならないことで、そんなに嬉しがってもらえたのかよ?
「ありがとね、良。お父ちゃんも喜んでるよ・・・。
さあ、
なんだよ、父ちゃんもかよ・・・。バカだなあ、朝飯くらいで喜ぶなよ?
こんなんで親孝行になるなら、お安い御用だよ。毎日だってやってやるよ。
だから、
「か、勝手に食えばいいだろっ!」
喉から出てきたのは、愛情の欠片もない、人間のモノとは思えないような、自分でも呆れる程の
ヒドい叫び声だった――。
「そんなことで、一々話しかけてくるんじゃねえよっ!!」
畜生、最悪だ!
こんなことになるなら、朝メシなんて、作らなけりゃよかった。
あの
「俺はまだ眠いんだよっ!起こすんじゃねえよっ!」
え?更に何言ってるんだ?俺。
眠くなんかないのに、意味がわからねえこと言ってんじゃねえよ。
でも、もう、どうしようもねえよ!
「良…、でも、せっかく…」
「うるせえな! いいからサッサと食って、サッサと仕事に行っちまえよっ!!」
母ちゃんが意気消沈しているのがドアのこちら側にまで伝わってくる。
マジで、何で俺、こんなことを言ってんだよ?
何でこうなんだよ?!
こんなことで母ちゃんを悲しませたら、意味ねえじゃねえかよ…。
なんで!いつから俺は!こんなになっちまったんだよ?!
畜生、何なんだよ、俺は…!!
『マスター…』
そして気付いてしまった―――。
「何で俺は」…だと?
バカか?
そんなの、俺自身が一番分かってるじゃねえか・・・。
ずっと親不孝してきた俺が、たかだか朝メシを作って、
そんでもって、親にへらへらと笑顔をみせられるワケなんてないだろうが!
今までの親不孝を、そんなことで
何年?
何十ヶ月?
何千日?
何十万時間?
その間、ずっと、両親に嫌な思いをさせ続けたきた俺が、
どうして、たかだか数十分の手作業を鼻にかけることができる?
いい年をした
朝飯を作ってさあ、それで得意になってるのかよ?
バカかよ?
恥を知れよ!恥を!
涙が出てくるじゃん……。
情けねえし、恥ずかしいし、惨めすぎるし……、
もう嫌だ―――。
俺の全部が死ぬほど嫌だ―――。
だったら、もう死ねよ……。
いいから俺なんか、もう死んじまえよ!
いなくなっちまえよ!この世界から、この宇宙から、もういなくなっちまえよ、俺!
頭を抱えて布団に倒れ込んだ。階段を下りる母親の足音が小さく消えていくのがわかった。
もう寝よう。そう思った。
その時――、
『待ってください!お母さまっ!待ってくださぁぁぁーーいっ!!!』
え…?なに?
『お母さま!マスターの話を、聞いてあげてくださいっ!!』
ちょっと待て・・・。
『横から口出ししてすみませんっ!でも、お願いします!お母さまーーーっ!!」
「お、おい…、黙れ……」
「良…、あなた…、何をやってるの…?」
「う、うるさい!」
動揺とも、怯えともとれる母ちゃんの声。
どう考えてもマズイだろ?この状況。
ひきこもりの社会失格者が、無関係の年端のいかない少女を誘拐し、部屋に監禁するような事件が相次いでいる昨今だ。俺の部屋から少女の叫び声が聞こえてきたら、母親が腰を抜かすのは当たり前だ。
「良…あなた、まさか…?本当に・・・」
『お母さま、話を聞いて下さい!お母さまーーーぁ!!!』
「う、うるさい!うるさいって言ってるだろ!」
慌ててスマホの電源offボタンを押す。
なのに、あり得ないだろ。シャットダウンできない。
それどころか、勝手にスピーカーの音量が上がっていく。
MAX状態のはずなのに、音量がさらにどんどんデカくなっていく。
スマホの筐体が自らの振動で破壊させるかと思うほどに――。
『お母さまっ、お母さまっ、お母さまっ、行かないでくださあーーーーーーーっい!!』
「だ、黙れ!勝手に叫ぶな!スマホごとぶっ壊すぞ!!」
「お、お父さん!大変よ!良がっ!良がっ!!」
母ちゃんは転がり落ちるように階段を駆け下りて、父ちゃんを呼びに行ってしまった。
ダメだ。事態は悪化する一方だ。
「どうしてくれるんだよ?お前はっ?!」
今さらとは思いながらも
このバカは、ただただ、キョトンとするだけだった。
『え?なぜですか?私はただ、マスターの優しさをちゃんとお母さまにお伝えしなきゃって・・・』
「そういう問題じゃねえだろ?世の中の常識考えろってっ!」
『ええと…、マスターに「常識」とか…、言われましても・・・…?』
「このヤロー…」などと思っているうちに、父親が凄い勢いで駆け上がってきた。
「鍵を開けなさい、開けるんだ! 良!」
父親の剣幕というより、立てこもった銀行強盗を説得する刑事みたいな言い方だった。
「う、うるせえな!早く仕事に行けよ!」
『あのぉー、マスター。まだ6時になったばかりですよ?
朝ゴハンを食べる時間ぐらい、十分あると思うのですが……』
「まさか、良……。本当に女の子を監禁してるのか…?
オイ! 早くこのドアを開けるんだ!良っ!!」
もう収集がつかない……。
ホントにもう、なんなんだよ?この展開は。
『あのお、マスター・・・。なんか、すみませんです。これってもしかして、私のせいですか?』
「その通りだよ!っていうか、もうおまえは黙ってろよ!」
今の怒鳴り声を聞いて、俺がヤケになって、連れ込んだ少女に暴行を加えようとしていると
誤解したらしい。父ちゃんがまた凄い勢いで階段を駆け下りていく。
そりゃ誤解するわな?普通。
でもヤバいだろ?もうアウト寸前だろ?
だってこれって、両親が警察に通報するパターンだよな?
それでこの部屋に警察が踏み込んで来て・・・。
それこそ恥じゃん?!
羞恥刑そのものじゃん?!
誤報だって分かったって、逮捕されることはなくたって、
他人とかご近所って絶対そうは思わないじゃん?
「オイ、ちょっと、待てってばっ!父ちゃんっ!!」
気が付くと俺は、部家の鍵を開け、廊下に飛び出していた。
何ヶ月ぶり、いや何年ぶりだろうか。
親子3人が顔を見合わせていた。そして石のように完全に無言で凝固していた。
その重すぎる沈黙の中で、胸ポケットのスマホ画面から、
『お父様、お母さま、
はじめまして!!
「・・・・・・・・・・・・」
瞬間――、俺たち親子3人の沈黙は、さらに重く、そして
変容を遂げていた。
『マスターのぉ・・・じゃなくてぇ・・・、川辺 良さんのぉ、ええとぉ・・・、
パーソナル・ライフサポート・キャラクターエージェントというのを
やらせていただいておりまーす。どうぞよろしく、お願いいたしまーすっ!!』