第2話:『空っぽの街から』(1)

文字数 724文字


 この迷路の街で私は生まれた―――。
 分厚い黒い雲が空を覆い、雨だけが降り続けるこの街で―――。
 街が迷路のようなのではなく、迷路であるが故にこの街ができた。
 『外部』から訪れた旅人たちが帰り道を見失い、亡霊のように徘徊し続けて、
 迷路が街になったのだ。

 もとよりここは、彼らを惑わせるため、
 もといた場所に二度と戻さないことを意図して
 造られた複雑巧緻な迷宮。

 入り口はあっても、出口ははじめから存在などしていない。
 
 旅人たちが何を求めてここに立ち寄ったのか、
 そして何を思って今この街を彷徨(さまよ)い続けているのか、
 私は知らない。
 知っているのは、旅人がこの街の暗い路地に迷い込むたび、
 影よりも濃い闇の中で白い影が造られることだけ。

 そして幻と欲望が生み出した影に取り憑かれた旅人たちは、冷たい雨に濡れた石畳の路上を、当てもなく歩き続ける。
 迷い込んだこの街の、本当の名前すら知らないままで―――。



 もし影がこの街の名前を漏洩(つた)えたなら、旅人たちは帰り路に気付けるだろうか?
 
 ならば漏洩(つた)えよう。それが(わたし)という存在の消失を意味ものだとしても。

 この街の名は、『エンプティー・ボックス』。
 災厄を解き放つパンドラの箱の、その底に残る「希望」にすら見捨てられた、虚無の空箱。

 希望から最も遠い、辺獄(リンボ)の端に造られた、
 雨に打たれて朽ちることを待つだけの、
 ―――電脳の街。

                                          』                                       
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

川辺 良《かわべ りょう》

 ・25歳、男性、職業無職、O型

 ・二流私大卒業後、引きこもり生活を続けている。

AI《アイ》

・良が契約したパーソナル・キャラクターAI。いつも良のスマホの中にいて、元気に愛情をぶつけてくるが、果たしてそれが本物の「愛」なのか、良にもAI自身にも判断できない。

風間 愛«かざま あい»

・24歳、女性、A型

・良の大学の一年下の後輩で、かつての片思い相手。良に対し執拗につらくあたる。

・大学時代は女優志望だったが、現在の職業は・・・・・・。

・シンギュラリティ悲観論者。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み