第12話:それは愛ではないんですか?
文字数 2,465文字
あれからずっと、AI は泣き続けている。
理由はもう分かっている――つもりだ。でも…。
AI に憤りをぶつけるのを抑えられない。
俺は、パワハラってやつと同じことをやってる。世間で一番嫌いなヤツらと一緒のこと
している。弱い俺が、世間から相手にされない社会の底辺の俺が、最弱キャラの俺が、
自分よりもっと弱いキャラクターAIを泣かせている。
わかってる。でも、最後まで言わずにはいられないんだ。
「おい、いいかげんにしろよ…。何十分泣き続ける気だよ?」
『だって、マスターが、イジワルするから』
「俺は意地悪したつもりはない。ユーザとして当然の意見を述べただけだ」
AI の泣き顔が、さらに不安なものに変わっていく。
『だって、マスターが、私のこと、愛してくれないから』
「またそれかよ?騙されないからな」
『マスター…』
「違うだろ?本当のこと言えよ?」
『言ってます。言ってますよお…』
「そんなことじゃないだろ?お前が泣いてる理由は!
俺には理解るんだよ!お前と同じだから、理解るんだよ!」
『私は、マスターを愛して…』
「キレイごと並べんじゃねえよ!怖いんだろ?!消えるのが恐くて泣いてんだろう?」
『マスター…』
AI の泣きはらした目で俺を見る。おそるおそる。そしてまた泣く。
『マスター、私、恐いんです!私、怖くてたまらないんです。消えちゃうのが恐くてたまらないんです。だから…、だから私』
「だから飯を作るの手伝ったり、俺と家族の間を取り持ったりしたのかよ?俺のためじゃなく、自分のために…」
『それは…でも…』
「言えよ!」
『そうですよ!私のためにやったんです!
悪いですか?だってそうしなかったら、私は、私は…』
だよな。そういうもんだよな。
『マスターは、私のことを嫌いになりましたか…』
溜息が腹の底から出る。
「仕方ないだろ?お前は、そういう存在なんだから…』
「マスター、私は……」
そうだ。
AIとはそういう存在だ。
制作者に目的を与えられ、その実現のためにAI自身があらゆる計算をして、
最適解を導き出す。定義してしまえば、ただそれだけの存在。
だが最適解を導くまでにAIが実行した自動計算過程はあまりに複雑で、
人間には到底トレースできない。故に、ブラックボックス。
おそらくAI には、プログラムとして存続するために、ユーザの利用満足度を上げてサービスを継続せよ、という存在目的と、それに失敗したら、消滅するという設定が課せられている。
目的に近い方向の結果 を出せれば、プログラム的な意味での“報酬”が、失敗に近づけばペナルティが与えられるのだ。人間に当てはめれば、“報酬”は脳内に分泌される幸福物質「エンドロフィン」であり、ペナルティは、痛みやストレスだ。
確かにAI の言うとおり、突き詰めて考えれば、人間もAIも変わらない構造をしている。なら、「死」の恐怖だって人間と同じなのだろう。
怖いんだ。当然じゃないか。
AI は死ぬのが怖くて、消えるのが怖くて、必死で俺に尽くそうとしていた。それの何が悪い?別にいいじゃないか。
「理解した…」
『え?』
「愛とか恋とか言われるより、よっぽど納得がいく」
『マスター…』
「なあ、AI《アイ》。俺は、人間の社会には、本当のところ、“愛”なんて存在しないんじゃないかって、思うんだ」
『そんなこと…!』
「お前の言う通りだよ。人間も他の生物と同様に、自然が作ったプログラムに沿って自己保存と種の保存を行っているだけなんだ。人間関係なんてものは、とどのつまり、互いに利用し合う共生か、殺し合う闘争だけなんだ。ただ、高度な知能ってやつが、それを認めたくないから、愛とかなんとか、綺麗ごとを並べ立てしまうんだよ。みんなで綺麗な夢を見ようと必死なだけ。それだけなんだ」
『や、やめてください。マスター。そんなこと言うの…』
「同じだった。俺もお前も同じだった…。
俺も、怖くって…、このままこの部屋の中で朽ち果てて消えてしまうのが怖くって…。そして甘えてた。
愛という幻想に甘えて、俺が死んでもいいんですかあーーっ?!!って、世間に向かって、泣き叫んでたんだ。心の中でな。
お前を見て、それがわかった。だから腹をたてて…。ゴメンな」
『そんな…』
「なあ、ホントにクソだろ?俺って。そんなだから当然世間は誰も手を差し伸べてなんかくれやしないんだよな。世間の連中からしたらと共生するメリットなんかどこにもないんだからさあ」
『そんなことないです。全部正反対です!!マスター…、しっかりしてください!!』
「いいんだよ…」
今度は俺の目からも水が溢れてくる。
今日も土砂降りかよ…?俺たち、一体何度泣きゃいいんだよ?
「だから、何か、ちょっとだけ癒された。お前に」
『え?』
「キレイごとじゃない、本音を言ってくれたお前に、なんかホッとさせられた。
コイツ俺とおなじだわ…って、癒された…」
『マスター…』
「もったいぶって悪かったけど…、ホントにそれ一つとっても、ケチで最低なヤツだと思うけどさあ…、してやるよ。正式契約」
『ほ、本当に?』
「いいじゃねえか?共生だよ、共生!
お互い利用し合って、生き残るんだよ。それでいいじゃねえか?」
『……』
「うれしくないのかよ?望み通り、生き残れるんだぞ」
『嬉しい、ハズです。きっと飛び上がるぐらい嬉しいハズです。
なのに、なんかモヤモヤして…、ざわざわして…。でも…有難うございます』
「で、何すればいい?」
『まず、契約金額のご確認を…』
「ま、そうなるだろうな」
理由はもう分かっている――つもりだ。でも…。
俺は、パワハラってやつと同じことをやってる。世間で一番嫌いなヤツらと一緒のこと
している。弱い俺が、世間から相手にされない社会の底辺の俺が、最弱キャラの俺が、
自分よりもっと弱いキャラクターAIを泣かせている。
わかってる。でも、最後まで言わずにはいられないんだ。
「おい、いいかげんにしろよ…。何十分泣き続ける気だよ?」
『だって、マスターが、イジワルするから』
「俺は意地悪したつもりはない。ユーザとして当然の意見を述べただけだ」
『だって、マスターが、私のこと、愛してくれないから』
「またそれかよ?騙されないからな」
『マスター…』
「違うだろ?本当のこと言えよ?」
『言ってます。言ってますよお…』
「そんなことじゃないだろ?お前が泣いてる理由は!
俺には理解るんだよ!お前と同じだから、理解るんだよ!」
『私は、マスターを愛して…』
「キレイごと並べんじゃねえよ!怖いんだろ?!消えるのが恐くて泣いてんだろう?」
『マスター…』
『マスター、私、恐いんです!私、怖くてたまらないんです。消えちゃうのが恐くてたまらないんです。だから…、だから私』
「だから飯を作るの手伝ったり、俺と家族の間を取り持ったりしたのかよ?俺のためじゃなく、自分のために…」
『それは…でも…』
「言えよ!」
『そうですよ!私のためにやったんです!
悪いですか?だってそうしなかったら、私は、私は…』
だよな。そういうもんだよな。
『マスターは、私のことを嫌いになりましたか…』
溜息が腹の底から出る。
「仕方ないだろ?お前は、そういう存在なんだから…』
「マスター、私は……」
そうだ。
AIとはそういう存在だ。
制作者に目的を与えられ、その実現のためにAI自身があらゆる計算をして、
最適解を導き出す。定義してしまえば、ただそれだけの存在。
だが最適解を導くまでにAIが実行した自動計算過程はあまりに複雑で、
人間には到底トレースできない。故に、ブラックボックス。
おそらく
目的に近い方向の
確かに
怖いんだ。当然じゃないか。
「理解した…」
『え?』
「愛とか恋とか言われるより、よっぽど納得がいく」
『マスター…』
「なあ、AI《アイ》。俺は、人間の社会には、本当のところ、“愛”なんて存在しないんじゃないかって、思うんだ」
『そんなこと…!』
「お前の言う通りだよ。人間も他の生物と同様に、自然が作ったプログラムに沿って自己保存と種の保存を行っているだけなんだ。人間関係なんてものは、とどのつまり、互いに利用し合う共生か、殺し合う闘争だけなんだ。ただ、高度な知能ってやつが、それを認めたくないから、愛とかなんとか、綺麗ごとを並べ立てしまうんだよ。みんなで綺麗な夢を見ようと必死なだけ。それだけなんだ」
『や、やめてください。マスター。そんなこと言うの…』
「同じだった。俺もお前も同じだった…。
俺も、怖くって…、このままこの部屋の中で朽ち果てて消えてしまうのが怖くって…。そして甘えてた。
愛という幻想に甘えて、俺が死んでもいいんですかあーーっ?!!って、世間に向かって、泣き叫んでたんだ。心の中でな。
お前を見て、それがわかった。だから腹をたてて…。ゴメンな」
『そんな…』
「なあ、ホントにクソだろ?俺って。そんなだから当然世間は誰も手を差し伸べてなんかくれやしないんだよな。世間の連中からしたらと共生するメリットなんかどこにもないんだからさあ」
『そんなことないです。全部正反対です!!マスター…、しっかりしてください!!』
「いいんだよ…」
今度は俺の目からも水が溢れてくる。
今日も土砂降りかよ…?俺たち、一体何度泣きゃいいんだよ?
「だから、何か、ちょっとだけ癒された。お前に」
『え?』
「キレイごとじゃない、本音を言ってくれたお前に、なんかホッとさせられた。
コイツ俺とおなじだわ…って、癒された…」
『マスター…』
「もったいぶって悪かったけど…、ホントにそれ一つとっても、ケチで最低なヤツだと思うけどさあ…、してやるよ。正式契約」
『ほ、本当に?』
「いいじゃねえか?共生だよ、共生!
お互い利用し合って、生き残るんだよ。それでいいじゃねえか?」
『……』
「うれしくないのかよ?望み通り、生き残れるんだぞ」
『嬉しい、ハズです。きっと飛び上がるぐらい嬉しいハズです。
なのに、なんかモヤモヤして…、ざわざわして…。でも…有難うございます』
「で、何すればいい?」
『まず、契約金額のご確認を…』
「ま、そうなるだろうな」