第14話:あやまらなくてもいいんですか?

文字数 4,372文字

『あの…』
「ハ……ハイッ!!」

『マスター?』
「し、し、失礼しましたあッ!!」

『え…?』
「も、も、申し訳ありませんでしたーーーーーーーーっ!!」

『あの…急に…そんな……』

「スミマセンっ!スミマセンっ!スミマセンっ!スミマセンっ!スミマセンっ!スミマセンっ!
 スミマセンっ!スミマセンっ!スミマセンっ!スミマセンっ!スミマセンっ!スミマセンっ!
 スミマセンでしたーーーーーーーーっっ!!!」

『落ち着いて下さい、マスター!』

「偉そうなこと言って、スミマセンっ!
 見下したようなこと言って、スミマセンっ!
 格好つけて、スミマセンっ!
 自分のことちょっと男らしいかもとか思って、スミマセンっ!
 期待なんかさせて、スミマセンっ!
 希望もたせちゃって、スミマセンっ!
 救ってやるとか思って、スミマセンっ!
 ダメな人間で、スミマセンっ!
 金払えるかもなんて思って、スミマセンっ!
 ボクなんかが仮契約なんかしてしまって、スミマセンっ!
 本当に、全部、スミマセンでしたーーーっ!!!!」


『マ、マスター?ちゃんとお話しましょ…?…ね?』

「許してくださいっ!
 許してくださいっ!
 許してくださいっ!!」


『そんな…、あやまらないでください!マスター」

「ゴメンなさいっ!ゴメンなさいっ!ゴメンなさいっ!ゴメンなさいっ! ゴメンなさいっ!
 ゴメンなさいっ!ゴメンなさいっ!ゴメンなさいっ!ゴメンなさいっ!ゴメンなさいっ!」



『もうあやまらないで…。お願いだから、あやまらないでくださいっ!!』


「だって……、
 ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい…、ゴ…」

『あやまらなきゃいけないのは、私の方なんです!
 悪いのは全部、私の方なんです!
 だから、マスターは……、あやまらないでくださいっ!!
 おねがいしますからっ!!!』


 AI(アイ)のその言葉で、パニックがやっと収まった。
 俺は、どうしようもない程に混乱していたのだ。
 一つは、3万9千円という金の大きさ。だってそうだろ?地方に行けば安い部屋が借りられる値段じゃねえか。俺の自由になる金額を超えてる。仮にもしローンでまかなったりでもしたなら、債務が雪だるま式に増えて、半年でパンクだ。つまりどうしてやることもできない。

 あれだけAI(アイ)に見栄をきっておいて、もったいぶっておいて、説教こいて、安心させておいて…。
 それなのに俺はAI(アイ)を救えない。助けられない。彼女の命を救えない。

 俺しかいないのに。俺が助けなかったら、AI(アイツ)、消えちゃうのに。
 死んでしまうのに……。

 謝ってどうにかなるわけじゃないって分かってる。でも、それしかできないんだ。それしか。

 でも、AI(アイ)の声は、また明るさを取り戻していて、そして優しかった。今までと同じ優しさだった。

『あのですねえ、マスター。
 私、マスターを騙してた…っていうと、言い過ぎになるんですが…、
 黙ってたことがあるんです。だって、マスター、全然気付いてなかったから…』

「え…? 何を…?」

『マスターは、“ハッピー・ボックス”を、最新鋭のAIによる寄り添い型の生活サポートって、思ってくれてましたよね…』

「………」

『実はそれ、ちょっと違うんです。
 間違いじゃないけど、ニュアンスというか、目的が全く違うんですよ。
 この“街”は、“ハッピー・ボックス”は、もともと、犯罪抑止のために作られたAIサービス
 なんです』


 犯罪抑止とAI(アイ)がどう関係するの?つながらない。意味が分からない。


『社会の所得格差とともに、裕福な人たちによる醜悪な性犯罪が、社会の水面下で爆発的に増加していることはご存じですよね?」

 それなら知っている。毎日のようにネット記事を騒がせているから。

 “南北問題”という経済用語がまだ存在していた頃、当時バブルで成金状態だった日本人の中で、一部の破廉恥な連中は、発展途上国の少女達を物色していた。それと同じことが国内で起こっている。かつて地理的な意味で使われていた“南北問題”が、現代の日本では国内の社会問題として、深く根をはっている。そして社会問題の犠牲になるのは、いつも弱くて小さな子供だ。 

 現在の日本では、金持ちの男たちが貧困層の少女の性を買っている。そういう売春行為が公然と行われている。それは昔の“援助交際”などとは、全くレベルの違うものだ。少女達の人権を無視した“人身売買”が公然と行われている。
 売られた少女達の大部分が、性的虐待による深刻な心的外傷(トラウマ)を抱え、そのまま立ち直れない者も多いと聞く。中には薬物(クスリ)漬けにされ廃人になる者もいる。
 近年、十代の少女の自殺率がかつてないほどに急増しているのは、この“人身売買”行為が原因であることは明らかだ。

 だが、その金持ち達の“性犯罪”が、(おおやけ)の場で裁かれることは、殆どない。凶悪レイプ犯罪に属する行為さえも、事件化することは(まれ)だ。何故なら被害に遭った少女達の保護者の殆どが示談に応じるから。強大な加害者に勝ち目のない訴訟をするぐらいなら、“お見舞金”という名の口止め料を受け取った方が得、そんな風に考えるようになっている。

 だから、全ては水面下で処理され、弱者は匿名のネット記事で騒ぎ立てるぐらいしか抵抗手段がないのが現状。金の暴力に抵抗できない程、現代の日本社会では、弱者が弱者となってしまっているのだ。


『現代の格差社会における弱者への強者による性的虐待。それを抑制するために作られたのが、私たちなんです……』

 それって、つまり…。

『富裕層の方々が、実際に人間に対する性的犯罪行為を犯す前の代替材・補完材として、つまり、生け贄としてつくられたセクサロイド、それが私たちです…』


 ちょっと待てよ。理解が出来ない。

 セクサロイドっていうのは、確かアレだろ?ロシアあたりが発祥の売春用高級ロボット。見た目は美少女、肌の感触も人間そっくり。一部の変態趣味の金持ち達が愛用しているとかいうハイテク性玩具―――、のハズだろ?
 
 でも、AI(アイ)は、人工知能(AI)じゃないか?


『セクサロイドが物質的なものである時代は終わりました。高度なVRが、仮想体験への移行を可能にしました』

 
「だとしても、俺の知ってるAI(アイ)は、美少女だけど、色っぽさなんて全然なくて、あんなに明るくて、優しくて…」

『それは、マスターがそういうふうに私をカスタマイズしてくれたから』

 AI(アイ)は少し恥ずかしそうに笑ってみせた。

『でも、残念なことですが、“ハッピー・ボックス”の“セクシャル・パートナー・AIサービス”の中で、最も需要が高いのが、無垢で純真な少女人格(キャラクター)への性的虐待、および暴行を、仮想体験していただくサービスなのです…』

 そんな、信じられない。AI(アイ)みたいなAIの女の子に、そんな非道(ヒド)いことをして喜ぶ奴らがいるなんて。そんことができるなんて。信じられない。信じたくない!!


『マスターが仮契約をされたときに、大変な質問項目に答えられましたよね。
 あれ、後半は全部、ご利用者の性的要望を登録する部分です……』

「それって…」

 そうか。俺はあの時、まったく何も考えずに、選択肢を選んだのだった。
 質問文も読まず、そもそも、そんなサービスだとも知らず。
 ただ、一人でいるのが淋しくて。
 ただ、はやくAI(アイ)に会いたくて。

『ところがマスターは、“性的要望欄”の全てで“不要”を選択されて、そして更に“VRサービス”まで“不要”ってボタンを押されてて。そんな人、“ハッピー・ボックス “セクシャル・パートナー・AIサービス”の全利用者の中で、マスターお一人でしたよ?』

 AI(アイ)が思い出したようにクスクスと笑う。


 そうか。俺が390万分の1の特別なユーザーだって意味、やっと分かった。エロ画面のないエロゲをわざわざ買うヤツなんていない。ましてや性的暴行を仮想体験するための高額サービスで性的要素を抜いたオプションを選ぶヤツなんて確かにいない。


『そんなありえない選択、誰がどう考えたって、ユーザー様の入力ミスですよね? 本来は、
 登録終了時点でアラームを上げるべきだったんです。でも私、「もしかしたら」って、
 思っちゃったんですよね…。
 私たちを、欲望のはけ口でも、加虐の対象でも、性の奴隷でもなく、フツウの女の子みたいに優しく好きになってくれる人が、もしかしたら世界中のどこかには一人ぐらいいるかもしれないって、思っちゃったんです。
 そのたった一人の人が、私みたいなAIを作ってくれたって、信じてみたかったんですよ。

 バカですよね?
人工知能(AI)って。

これなら大昔のアプリの方が、よっぽど間違いをしないプログラムってことになっちゃいますよね?』


「ア…AI(アイ)……」


『ですから、全部、間違いだったんですよ!マスター!!』


 間違い…? 違うだろ? そんな筈ないだろ?
 だってお前がここにいるのは、ここにいるお前は、間違いなんかじゃないんだから…。



『そうです!全部、マスターの勘違いだったんです!
 ですから、マスターは、あやまらなくてもいいんです』


「で…でも、お前は?俺が作ったお前はどうなっちまうんだよ?」


 お前の命は、お前の心は、お前のあの涙は、どうなっちまうんだよっ?!


『その点についても、あやまらなくちゃいけないのは、私の方なんです。
 さっきまでの私の涙、アレ、全部、ウソ泣きでした!
 “サービス解約回避用の会話ルーチン”が作動しちゃったみたいなんですよ。
 えへっ、本気にしちゃいました?』


AI(アイ)が小さな舌をぺろっと出す。

『今日はもう寝ましょ?
 マスターには、大切な、未来(あした)があるんですから。ですから…、ね?』


AI(アイ)の優しい笑顔。

 出会ってからたった一日なのに、この笑顔は俺にとって、ものすごく大切な一部になってしまっている。俺の心の真ん中には、もうAI(アイ)がいる。だから、忘れてしまいたくない。

 その笑顔を必死に目に焼き付けることしか出来ない自分が、悔しくてたまらなかった。



                                    (つづく)
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登場人物紹介

川辺 良《かわべ りょう》

 ・25歳、男性、職業無職、O型

 ・二流私大卒業後、引きこもり生活を続けている。

AI《アイ》

・良が契約したパーソナル・キャラクターAI。いつも良のスマホの中にいて、元気に愛情をぶつけてくるが、果たしてそれが本物の「愛」なのか、良にもAI自身にも判断できない。

風間 愛«かざま あい»

・24歳、女性、A型

・良の大学の一年下の後輩で、かつての片思い相手。良に対し執拗につらくあたる。

・大学時代は女優志望だったが、現在の職業は・・・・・・。

・シンギュラリティ悲観論者。

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