第6話:できることって何ですか?

文字数 2,965文字

『ふん、ふん、ふ~ん♪ふん、ふん、ふ~ん♪』

 早起きがてら、家族のために朝メシを作ろうというAI《アイ》の提案にまんまと乗せられ、スマホ片手に台所に向かう。手の中から聞えてくるのは、のんきで平和で幸せそうな花歌だ。

『たっのしいなー♪たっのしいなー♪マスターと私がタッグ組んだら~♪朝食作りなんて~♪ 朝飯前~♪』
「当たり前のことを、変なメロディーで歌うんじゃないっ!」
『ありゃ!マスターも二人の相性の良さを認めてくれてる?』
「そうじゃなくて、定義的に朝メシ後に朝食をつくることはあり得ないから言っただけだ!」
えへへと笑うところを見ると、ツッコまれるのは嫌いじゃないらしい。


 物心ついた時から入り口に掛かっている古いのれんをくぐって台所に立つ。水が張られたシンクには昨晩の洗い物がそのままになっていた。夕食後の皿洗いは母親の役目のはずだが、よっぽど忙しかったのか、それとも体調でも崩したのか…。
 そういえば、そもそも皿洗いは自分の役目だった。小学生の頃、両親共働きの状況を子供心なりに気遣って自分から申し出たのだった。それなのに、俺はいつから皿洗いを止めてしまっていたのだろうか?
 
 溜息を出しても仕方ないので、皿や鍋を洗い始める。面倒くさいと思ったが、着手してしまえば大した作業ではない。

『いやー、お皿を洗うと心まで洗われる気持ちになりますね、マスター!』
「お前は何もしてないけどな」
『お手伝いしたいのは山々です。ですが“義体(ぎたい)”でもない限りスマホの中からじゃ、手が出せないどころか、濡れたらマズイわけですしねー♪』
「お前の場合は、働き者っぽく“擬態”してるだけだろ」
『ひ…酷いです……』
涙目で恨めしそうに睨まれた。

 ちなみに“義体”とは、かの名作『攻殻機動隊』で提言されたSF用語である。未来社会においては、義手や義足どころか、脳以外の体全体を機械にしてしまうという怖いお話だ。

『あ、そうだ!擬態というわけじゃないですけど、私、エプロン姿にもなれるんですよ~♪』
「立ち直り、早っ!!」
さすがはAI《アイ》だ。

『でも、裸エプロンとかはダメですからねっ!ヘンな想像したって、言うこと聞いてあげないんですからねっ!!』
「朝から何言ってるんだよ?お前…」

 ごまかしたつもりだったが、一瞬ドキッとしたことを悟られたらしい。
 AI《アイ》は、ペロっと舌を出してウィンクしてみせた。
 からかわれているのは俺の方みたいだ。
 なんか、スゲエ腹立つ。

「あのなあ…、お前がエプロンつけたところで、何の役にも立たないだろうが…」
『あー!私の料理アシストスキルを知らないから、マスターはそんなことを言うんです!』

 ふくれっ面でバタバタと悔しがる姿が面白くて、自分も思わず吹き出してしまう。
「ハハハ…、何だよ、そのアシストスキルって?」
『それはですね、スゴイですよ?知りたいですかあ~?』
「あ、やっぱいいわ」
『もったいぶらないから、ちゃんと聞いて下さ~い!』
「じゃあ、聞く。やむを得ず」

 あまりいじめても可哀想だしな。すぐに得意になるところは腹立つけど。

『私の料理アシストスキルとは、ジャーン!なんと、マスターがお料理をしている最中に、レシピだけでなくコツまでも、音声で案内するスキルなのです!どうです?感動しましたか?』
「別に…」
『ガーン!!何でですかあー?!』
「ガーンとか口で言うな!
 っていいうかさあ、結構昔からあるじゃん?そういう機能って、アレ○サとか…」

 あれ?会話が止まった。

珍しいな。音声認識できなかったのか?

スマホ画面に目を遣って焦った。
AI(アイ)の顔が、青筋立って目もつり上がって、なんだかすごくコワい状態になっていた。
っていうか、何で両手に包丁とか持ってるのおっ?!


『アーレー○ーサ…ですとぉーー?』

何?アレ○サって禁句なの?もしかして、地雷発言ってヤツ?

『あんなヘッポコマシーンと、技術立国日本のAIを一緒にしないでくださーい!』
「えっ?そうなの?でも技術立国って単語、最近NHKですら言ってない気がするんだけど?」
『“ハッピー・ボックス”を、GAFAなんかと一緒にされたら迷惑ですっ! !』
「いや、この上なく名誉なことだと思うんだけど…」

いつになくムキになるAI《アイ》に、国産AIが外資に抱くコンプレックスを理解したような気がした。

『とにかく、あのヘッポコとの違いを見せつけてやりますから!』



 AI《アイ》に指示されるまま、冷蔵庫の扉を開け、スマホのカメラをかざした。

『ふんふんナルホド。卵に、アジの干物に、大根に、キュウリの浅漬けに、ひじきに、ソーセージに、キャベツに、お味噌に、食パンに…。ふむふむ、流石です。朝ゴハンに必要なものは何でも入っていますね!ではマスター、冷気が逃げますから一旦扉を閉めてもらっていいですか?』
「おう…」

一体何を言うつもりなのか。

『ヘッポコ アレ○サと“ハッピー・ボックス”の違い、その1。
 私はスマホカメラからの画像認識で冷蔵庫の中の食材を把握することが可能です』
「いや、まあ、そうだろうな」

 外資大手が進めているのは、“スマートホーム”とかいって、家の中全体をセンサー化することだ。スマホからの画像認識なんて中途半端なことは考えていないだろうからな。

「でもなんかさあ、自分ん()の冷蔵庫の中を、他人にジロジロ見られるのって、あまりいい気がしないもんだな…」

『た…他人って何ですか?私とマスターは仮契約とは言え、パートナーなんですからっ!』

AIだけどな。

そしてAI《アイ》は、わざとらしくコホンと咳払いをして話を続ける。
『ヘッポコと“ハッピー・ボックス”の違い、その2。
 私は把握した食材を元に、料理の献立を提案することが可能です』

「へー」

『な、な、何ですか?その薄いリアクションは?』

「いや、だってあの冷蔵庫の中身を見たら、作る料理なんて、殆ど決まってるじゃん」

『何をおっしゃいますか、マスター!これは「組み合わせ最適問題」と言って、とても高度な計算なんです。有名な「セールスマン巡回問題」なんて、量子コンピュータならいざ知らず、旧型のスーパーコンピュータなら、計算に30年はかかるって言われてるんですよ?!』

「ええと、俺は何て反論すればいい?」
セールスマン巡回問題と朝メシの献立をいっしょにしている段階で、ツッコミどころが多すぎてもうどうしたらいいかわからん。

『とにかくマスターは、私の高度な計算力を見守っていて下さい。行っきまっすよ~』

画面の中でAI《アイ》座禅を組んで目を閉じる。ポクポクポクと木魚の音も聞えてくる。そして、チーンというおりんの金属音とともにAI《アイ》は目を開け叫んだ。何だこの無意味な演出?

『マスター!謎は全て解けました!今日の朝ゴハンのベストメニューは、卵焼き、焼き魚、お味噌汁、大根おろし、焼き海苔、そしてキュウリの浅漬けです!!』
「ええと……、まあ、そうだろうな」

やっぱり、どうツッコんでいいかわからない。
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登場人物紹介

川辺 良《かわべ りょう》

 ・25歳、男性、職業無職、O型

 ・二流私大卒業後、引きこもり生活を続けている。

AI《アイ》

・良が契約したパーソナル・キャラクターAI。いつも良のスマホの中にいて、元気に愛情をぶつけてくるが、果たしてそれが本物の「愛」なのか、良にもAI自身にも判断できない。

風間 愛«かざま あい»

・24歳、女性、A型

・良の大学の一年下の後輩で、かつての片思い相手。良に対し執拗につらくあたる。

・大学時代は女優志望だったが、現在の職業は・・・・・・。

・シンギュラリティ悲観論者。

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