第8話:“特別”って何ですか?
文字数 3,273文字
「AI《おまえ》が消えるって、いきなり、っていうか、何で突然急に・・・」
『突然じゃありません!仮契約時のWeb画面の説明文にもちゃんと書いてありました!
小さな字でですけど……・』
「よくあるよな、そういうのって…。法的には正しいのかも知れないけど、企業倫理的にはどうなんだろうな?」
『倫理とか、難しいことはわかりません!』
「流石、ポンコツを自認するだけあるな…」
『とにかく24時間以内に正式契約を結んでいただかないと、仮契約で生成されたAIは消去さるんです。そしたら私・・・、せっかく・・・』
「せっかく……何だよ?」
『せっかく…、
390万人に1人の…、
特別な…、
たった一人の…、
マスターという人に出会えたというのに…、
その“奇跡”が…、
ムダになっちゃうんですッ!!』
「はあ?何なんだよ、その安っぽいラブソングの切れ端 を
つなぎ合わせたような理由は?!ツッコミどころ満載すぎるだろ。
まず第一におまえの主張の統計的根拠が、全くもって理解できない」
『理解できないなんて、そんなのおかしいです!
だって、“ハッピー・ボックス”の利用者390万人の中で、
マスターという人はたった一人なんですよ?
だったら「特別な人」じゃないですか?!
それだったら、
私たちの出会いは、”奇跡”そのものではないですかっ?!』
「あのなあ・・・、そういうのは『特別』とは言わないんだ。
"One of them”って言うんだよ。
まあ、おれが390万人に一人の、“特別ダメなヤツ”っていうんなら、
思いっ切り自信あるけどな……」
そもそも『特別な人』ってどういうヒトだよ?
その安っぽいチートフラグ、マジでやめてほしい。
巷の異世界モノのアニメでは、チートな主人公が未だ乱立気味で、「見ていて安心」な冒険を視聴者に提供していて、その類いの物語冒頭部分には、決まって「あなたは特別な人です」的なチートフラグが登場するけど。
主人公が最初は負け組を代表するような人物で、その彼になにがしかの転機が訪れて、実はあなたは、魔王の息子の7代目の子孫でしたとか、あなたが偶然手に入れたアイテムこそは伝説の武器でした、とか。そしていきなり、かなり安直に勝利街道をばく進し始めて。
エンタメとしてはきっとそれが正解なのだろうけれど・・・。
でも現実世界はそんなご都合主義ではできていない。負け組に確定してしまった者が勝ち組に勝てるような社会構造になっていないのだ。
「勝ち組」が努力研鑽を続けているならまだいいが、実際には勝った後のポジションにあぐらをかいて、贅沢三昧に人生を謳歌し始める。
彼らは全能力は勝ち組同士のネットワーク作りに注ぎ込まれる。彼ら自身の地位を守るために。「勝ち組」への挑戦者を「負け組」から出させないための防護壁を築くために。
だから一度「負け組」に落ちた人間には、挑戦の機会が永遠に失われる。そして程々の幸せを享受することに希望を見いだすようになる。
しかも、その彼らの生き様を「慎ましい」と美徳化して褒めはやすのも「勝ち組」。
彼らはその嘘の美徳で固めた欺瞞のゆるい物語を、ホームドラマを、テレビや映画で流し続け、社会を洗脳していく。
そして「資本主義」から「競争」という要素を引き算した、訳の分からない社会システムを更に強固なものにする。
そのシステムの力は今後ますます巨大化していくだろう。
負け犬の遠吠えと言われればそれまでだが、その社会構造が世界の進歩を阻害しているなら、これって、誰かが解決しなくちゃいけない問題なんじゃないのか?
まあ、競争にすら参加していない「負け組」以下の俺に、何を語る資格もないが。
『そんな小さい話はどうでもいいんですよーーおっ!!!』
「はあ?!小さかねえーだろがぁっ?!!
俺は現代社会の構造欠陥について語っているんだぞ?!]
『マスターは私にとって、"特別中の特別な人”だって言ってるのに、
どうしてそれを、わかってくれないんですかぁぁあーーーっ??!!』
「だから…その理屈が理解できないんだって………」
『もおぉぉぉーーーーーーっ!!!
理屈なんて、どうだっていいんですよぉぉぉーーーーっ!!!!』
「科学の最先端のAIが、言っていいことなのか?それ……」
『これ以上の話し合いは、無意味みたいです……。
と・に・か・く!
私たちにとって、今、イチバン大事なのは、最重要課題は、正式契約です!!
核ミサイルが落ちて来でもしない限り、
マスターは、私との契約のことだけを、
誠心誠意、
一生懸命、
全力で考えるべきなんですっ!!!』
はあ・・・、ダメだ、コイツ。理屈が通じないAIって、一体どこまでポンコツなんだ……?
仕方ないから、とっとと事務手続きを済ませてやるか……。
「オイ、ところでさあ…、普通、正式契約の手続きって、
利用開始のタイミングで済ましてしまうものなんじゃないのか?
後回しにされると、かえって面倒臭 い気がするじゃんか?」
『はあ・・・、もうイヤですねえ…。
何を言ってるんですか…?これだから素人さんは……』
「……」
『最新のAIサービスで、そんな一昔前のネット通販広告みたいな売り方するわけないじゃないですか?』
「いや、それを俺に言われても・・・」
しかも、なんで得意げ?
『いいですか?“カスタマージャーニー”と言って、お客様の購買行動には一連の流れというものがあるんです。
①製品・サービスの認知、
②購買意欲の喚起、
③ご購入、
④顧客満足創出、
と続くんですが、その中で最大の難関が②から③に至る道のりなのです。
ではその難関をどうすれば突破できると思いますか?マスター!』
「それを、俺に聞かれても…」
『答えは簡単 です。
③の直前、つまり契約前のプレ段階で、ユーザーニーズに顧客に
ちょっとばかり貢献するんです。
そして、「このサービス良いなー」、「役に立つなー」、とか、
「このサービス、私を"特別扱い”してくれるんだなー」とか、
思わせてしまえば勝ちなんです。
その瞬間、
お客の熱が冷めないうちに、
というかドサクサに紛れて、
相手を気持ちよくさせて、
正式契約に持ち込んじゃえばいいんですっ!
あくまでも一般論ですが……』
「・・・…………………。」
『これは双方向対話のメディアであるAIだからこそ出来る販売方法なのですよ!
どうです?ご理解いただけましたか?』
「うん、理解した・・・
客であるところの俺に、その話してしまうあたりが、
おまえのポンコツたる所以なんだと、理解した・・・…」
そして俺をのことを、"特別”と言った理由が、契約前に客を気持ち良くさせる方便だったってことも、よ~く理解できたぜ………?
『とにかくぅ!早くぅ!正式のご契約を、お願いしまーす!
さあ、マスターのぉ~♪ 購買意欲の熱が~♪ 冷めないうちに~♪
さあ早く!さあさあ、はやく!!は~や~く~!!』
「あのなあ…、いま俺の熱を冷ましかけているのが誰か、ちゃんと理解した方がいいぞ?
顧客購買行動の旅 を足止めさせているのは、
他ならぬ、お前自身の言動だからな。
"はやく”を、"破約”と言っているようにしか聞えないレベルだぞ、最早!」
はあーー・・・と溜息をついたその時だった。
鍵をかけた部屋のドアの向こうから声が聞えた。俺の母親の、とても遠慮がちな、はれものを触るような声だった。
「起きてるの?良・・・。
いま・・・電話・・・してるの・・・?」
『突然じゃありません!仮契約時のWeb画面の説明文にもちゃんと書いてありました!
小さな字でですけど……・』
「よくあるよな、そういうのって…。法的には正しいのかも知れないけど、企業倫理的にはどうなんだろうな?」
『倫理とか、難しいことはわかりません!』
「流石、ポンコツを自認するだけあるな…」
『とにかく24時間以内に正式契約を結んでいただかないと、仮契約で生成されたAIは消去さるんです。そしたら私・・・、せっかく・・・』
「せっかく……何だよ?」
『せっかく…、
390万人に1人の…、
特別な…、
たった一人の…、
マスターという人に出会えたというのに…、
その“奇跡”が…、
ムダになっちゃうんですッ!!』
「はあ?何なんだよ、その安っぽいラブソングの
つなぎ合わせたような理由は?!ツッコミどころ満載すぎるだろ。
まず第一におまえの主張の統計的根拠が、全くもって理解できない」
『理解できないなんて、そんなのおかしいです!
だって、“ハッピー・ボックス”の利用者390万人の中で、
マスターという人はたった一人なんですよ?
だったら「特別な人」じゃないですか?!
それだったら、
私たちの出会いは、”奇跡”そのものではないですかっ?!』
「あのなあ・・・、そういうのは『特別』とは言わないんだ。
"One of them”って言うんだよ。
まあ、おれが390万人に一人の、“特別ダメなヤツ”っていうんなら、
思いっ切り自信あるけどな……」
そもそも『特別な人』ってどういうヒトだよ?
その安っぽいチートフラグ、マジでやめてほしい。
巷の異世界モノのアニメでは、チートな主人公が未だ乱立気味で、「見ていて安心」な冒険を視聴者に提供していて、その類いの物語冒頭部分には、決まって「あなたは特別な人です」的なチートフラグが登場するけど。
主人公が最初は負け組を代表するような人物で、その彼になにがしかの転機が訪れて、実はあなたは、魔王の息子の7代目の子孫でしたとか、あなたが偶然手に入れたアイテムこそは伝説の武器でした、とか。そしていきなり、かなり安直に勝利街道をばく進し始めて。
エンタメとしてはきっとそれが正解なのだろうけれど・・・。
でも現実世界はそんなご都合主義ではできていない。負け組に確定してしまった者が勝ち組に勝てるような社会構造になっていないのだ。
「勝ち組」が努力研鑽を続けているならまだいいが、実際には勝った後のポジションにあぐらをかいて、贅沢三昧に人生を謳歌し始める。
彼らは全能力は勝ち組同士のネットワーク作りに注ぎ込まれる。彼ら自身の地位を守るために。「勝ち組」への挑戦者を「負け組」から出させないための防護壁を築くために。
だから一度「負け組」に落ちた人間には、挑戦の機会が永遠に失われる。そして程々の幸せを享受することに希望を見いだすようになる。
しかも、その彼らの生き様を「慎ましい」と美徳化して褒めはやすのも「勝ち組」。
彼らはその嘘の美徳で固めた欺瞞のゆるい物語を、ホームドラマを、テレビや映画で流し続け、社会を洗脳していく。
そして「資本主義」から「競争」という要素を引き算した、訳の分からない社会システムを更に強固なものにする。
そのシステムの力は今後ますます巨大化していくだろう。
負け犬の遠吠えと言われればそれまでだが、その社会構造が世界の進歩を阻害しているなら、これって、誰かが解決しなくちゃいけない問題なんじゃないのか?
まあ、競争にすら参加していない「負け組」以下の俺に、何を語る資格もないが。
『そんな小さい話はどうでもいいんですよーーおっ!!!』
「はあ?!小さかねえーだろがぁっ?!!
俺は現代社会の構造欠陥について語っているんだぞ?!]
『マスターは私にとって、"特別中の特別な人”だって言ってるのに、
どうしてそれを、わかってくれないんですかぁぁあーーーっ??!!』
「だから…その理屈が理解できないんだって………」
『もおぉぉぉーーーーーーっ!!!
理屈なんて、どうだっていいんですよぉぉぉーーーーっ!!!!』
「科学の最先端のAIが、言っていいことなのか?それ……」
『これ以上の話し合いは、無意味みたいです……。
と・に・か・く!
私たちにとって、今、イチバン大事なのは、最重要課題は、正式契約です!!
核ミサイルが落ちて来でもしない限り、
マスターは、私との契約のことだけを、
誠心誠意、
一生懸命、
全力で考えるべきなんですっ!!!』
はあ・・・、ダメだ、コイツ。理屈が通じないAIって、一体どこまでポンコツなんだ……?
仕方ないから、とっとと事務手続きを済ませてやるか……。
「オイ、ところでさあ…、普通、正式契約の手続きって、
利用開始のタイミングで済ましてしまうものなんじゃないのか?
後回しにされると、かえって
『はあ・・・、もうイヤですねえ…。
何を言ってるんですか…?これだから素人さんは……』
「……」
『最新のAIサービスで、そんな一昔前のネット通販広告みたいな売り方するわけないじゃないですか?』
「いや、それを俺に言われても・・・」
しかも、なんで得意げ?
『いいですか?“カスタマージャーニー”と言って、お客様の購買行動には一連の流れというものがあるんです。
①製品・サービスの認知、
②購買意欲の喚起、
③ご購入、
④顧客満足創出、
と続くんですが、その中で最大の難関が②から③に至る道のりなのです。
ではその難関をどうすれば突破できると思いますか?マスター!』
「それを、俺に聞かれても…」
『答えは
③の直前、つまり契約前のプレ段階で、ユーザーニーズに顧客に
ちょっとばかり貢献するんです。
そして、「このサービス良いなー」、「役に立つなー」、とか、
「このサービス、私を"特別扱い”してくれるんだなー」とか、
思わせてしまえば勝ちなんです。
その瞬間、
お客の熱が冷めないうちに、
というかドサクサに紛れて、
相手を気持ちよくさせて、
正式契約に持ち込んじゃえばいいんですっ!
あくまでも一般論ですが……』
「・・・…………………。」
『これは双方向対話のメディアであるAIだからこそ出来る販売方法なのですよ!
どうです?ご理解いただけましたか?』
「うん、理解した・・・
客であるところの俺に、その話してしまうあたりが、
おまえのポンコツたる所以なんだと、理解した・・・…」
そして俺をのことを、"特別”と言った理由が、契約前に客を気持ち良くさせる方便だったってことも、よ~く理解できたぜ………?
『とにかくぅ!早くぅ!正式のご契約を、お願いしまーす!
さあ、マスターのぉ~♪ 購買意欲の熱が~♪ 冷めないうちに~♪
さあ早く!さあさあ、はやく!!は~や~く~!!』
「あのなあ…、いま俺の熱を冷ましかけているのが誰か、ちゃんと理解した方がいいぞ?
他ならぬ、お前自身の言動だからな。
"はやく”を、"破約”と言っているようにしか聞えないレベルだぞ、最早!」
はあーー・・・と溜息をついたその時だった。
鍵をかけた部屋のドアの向こうから声が聞えた。俺の母親の、とても遠慮がちな、はれものを触るような声だった。
「起きてるの?良・・・。
いま・・・電話・・・してるの・・・?」