第12話 牛レース

文字数 1,875文字

 第十レースが終わり、席から人がたっていく。 
 それと入れ替わりに最終レースに賭けた大勢の人々が、その空いた席を埋めるように座っていった。
 ユルとメイファムもそうして席を見つけ、木でできた簡易ベンチに座り込む。
 立ち見でレース会場を見ている人々も大勢いた。
 拡声器で実況中継をする男の声が聞こえる。

「みなさん、いまこそ、この祭りのメインレース、最終レースが始まります!」

 うおおーと歓声と拍手があがった。
 十本の土の直線コース200メル(メートル)の周りには、人々がひしめいている。

「第一コース! オーディン!」

 牛の名前を読み上げる男の声が、会場に響く。わーと歓声があがる。

「……第三コース、アウヴァグ! 第四コース、アウドラム!」

 ユルは自分の牛券を見る。
 ユルの券はアウドラムとエリヴァーガルの連勝だ。アウドラムは一番人気の牛であり、一位を取る確率は高い。そして二位に自分が気に入ったエリヴァーガルが来れば、ユルは勝つ。

「第五コース、トール!」

「よし、トール、いけー」

 まだ始まってもないのにメイファムは、席をたって歓声をあげた。
 メイファムはこの闘神の名前をしたトールという牛にほとんどの金を賭けている。

「第六コース、エリヴァーガル! 第七コース……」

 人々の歓声に驚いた牛が、モーモーと大きな鳴き声をあげていた。
 それをなだめる騎手。
 長閑である。

「発砲と同時にレース開始です! みんな、用意はいいかー」

 実況の男の声が拡声器でひびく。
 その声のすぐあとに、カウントダウンが始まった。

「それでは……5、4、3、2、1、」

 パーン、と破裂音が鳴り響く。
 それと同時に牛たちが走りだした。
 
 一番に頭を出したのはエリヴァーガルだった。
 しかし、なぜか半分まで走ったところで逆走を始める。

 観客から笑いと失笑と怒りの声があがった。
 次に頭を出したトール、ゴールへ突進していくと思いきや、途中で曲がってコース外へと出て行ってしまう。

「トール、何やってんだ!」

 メイファムの絶望的な声がユルに聞こえた。

 それにつられたのか、エリヴァーガルもトールについて行った。

「だめです! エリヴァーガル! 戻ってきてください!」

 ユルも大声をあげて、エリヴァーガルに祈った。
 その祈りが通じたのか、エリヴァーガルはまた前を向いて走り出す。

 以前、リアラが牛たちは直線を走るのも大変、騎手の命令をあまり聞かない、と言っていた意味が分かった。

 一番人気のアウドラムはいったん止まってモーモー鳴いていたが、また走りだした。
 そのアウドラムの前を第三コースのアウヴァグが、横切り、トールにくっついてコース外へと出ていく。
 コースから出た牛二頭は、そこで草を食べていた。

「あーー!! 草食ってる場合じゃねえんだよ!」

 メイファムは頭を抱えて唸りにも似た声を発した。

 そして、最初にゴールについたのは――。

 ものすごい歓声が、サマル村に響いた。
 空が割れるような、人々の声。

 一番目の牛がゴールを切る。
 それは途中から突進してきた一番人気のアウドラムだった。
 そして二番目が、エリヴァーガル。
 
 ユルのたった一枚だけ買った牛券が当たったのだ。

「メイファム! メイファム! わたし当たりました!」

 ユルはメイファムの脱力した腕を取って、歓喜した。

「ああ、そう……良かったな……」
「メイファムは全滅ですか?」
「まあ、似たようなもんだ……」
「やっぱり普段の行いがでるんですねえ」
「どういう意味だ!」

 暗くなっているメイファムに笑顔をふりまき、ユルは席をたった。

「じゃ、わたしは換金してきます。また宿で会いましょう」

 ふふふん、と鼻歌でも聞こえてきそうなくらいに上機嫌でユルは牛券の換金に行く。

「くっ」

 メイファムは悔しすぎて外れた牛券をちぎってばらまいた。
 他の人もそうしているため、観客席は紙吹雪の嵐だ。

「ふっふふっふ」

 メイファムはそれでも残った牛券を見る。
 
「俺が一番人気のアウドラムの券を買ってないわけがないじゃないか……」

 そう、メイファムはアウドラムの単勝の券を何枚か買っていた。
 ユルほどの配当は無いだろうが、それでも元は取れたのではないだろうか。

「牛レース! ばんざい!」

 メイファムも牛券を換金するために、意気揚々と席をたった。
  
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