第3話 迎夏祭

文字数 2,357文字

 街道の道しるべには「サマル村」と王国語で書いてある。
 そこを通り過ぎて木でできた村の門を通ると、村の大通りであり、両脇に露店が立ち並んでいる。
 人で賑わい、肉や食べ物を焼く香りが露店から漂っていた。
 空を見上げれば、ロープにくくられた色とりどりの飾りが家々を渡って張られており、初夏に咲く花で家自体も飾られている。
 人々は笑いあい、食べ物を食べ、ちょっとした広場では軽快な音楽と共にダンスをしていた。 
 お祭り騒ぎだ。

 村に一歩入ると、その喧噪に、しらず顔に笑みが漏れる。
 賑やかな祭りは見ていて心が弾む。
 
 すると、その祭りの様子をうかがって、レイサルが後ろのリュックから何か紙の束を取り出した。

「レイサル? それはなんですか?」

 怪訝そうに聞いたユルにレイサルはにこりと笑みを向ける。

「こうするんです!」

 そう言うがいなや、その紙の束をばらばらと周囲にまき始めた。

「辻芸人のレイサルです! レイサルです! 炎のジャグリング、カードマジック、不思議なマリオネット、なんでもござれ! お見知りおきを!」

 村の喧騒に負けないくらいの大声を出して自分の宣伝を始めたのだ。
 その行動にユルとメイファムは驚き、同時にレイサルからまたもや離れたくなった。
 見知らぬ村で路地や裏道に入るのは賢明ではないし、比較的大きな通りの宿屋でないと物騒ということもあり、宿を探しながらレイサルのあとをついて行く。

 宣伝の紙とレイサルを見て、女の子がきゃあきゃあ、と騒ぎ出した。レイサルは行動言動にいろいろと問題はあるが、比較的美男子に入る部類なので村の女の子はそれだけでも色めき立つ。

「いつまで村にいられるんですか?」
「祭りが終わるまでです。綺麗なお姉さん、いちど僕の芸を見にきて下さいね」
 
 そう言い、投げキッスをする。
 その女の子の集団から、またきゃあ、と歓声があがった。

「どこでやるんだい?」

 中年の男性に聞かれれば、

「どこでもです! 場所があればやってますから!」

 片手に持った紙を配り歩いては人々の質問に答え、レイサルは進む。

 道が十字路に差し掛かったところでメイファムはユルの袖を引いてその輪から逃れた。
 レイサルはそのまま大通りへ、ユルたちは右の道にそれたのだ。

「まったく、なんていうか……すごいヤツだな、色々」
「本当ですね……」

 人の輪の中心で進んでいくレイサルを見送って、二人は感心ともつかぬ声をあげた。
 ある意味見習いたい積極性だ。

 それからその通りを進んでいくと、二階建ての木造建築の宿を見つけた。
 大きさは中程度の手頃な宿だ。
 値段を聞くと、それもわりと手頃である。なので二人は祭りの間の滞在先を、その宿に決めた。
 宿の部屋は二人一部屋の相部屋である。その方が、お金がかからないからだ。
 宿で荷を解いて、ひと時休むと、二人はすぐにまた部屋を出た。
 今日からの仕事をする場所を確保するためだ。



 今、サマル村では迎夏祭の真っ最中なので、占い師と吟遊詩人のユルとメイファムは、客が集まりやすい場所を仕事場にと考える。
 特にユルは占いをするための小さな机を置かなくてはいけないので、場所は重要だった。

「たくさんの人が来てますね」
「そりゃそうだろう。なんせ祭りなんだから」
「レイサルはあれからどうしたでしょう」
「さあな……」

 そっけなく言うと、メイファムはユルと部屋を出た。
 宿から出るために廊下を歩き出す。

「あなたはどこで歌うんですか?」
「大通り沿いに大きな公園があった。その辺で歌ってりゃ、誰かくるだろ。お前は?」
「わたしはこの宿の主人に宿の前に店をだしてもいいか掛け合ってきます」

 ユルは部屋を出た廊下の突き当りにある、宿の出入り口にあるカウンターを目で見る。
 受付の中年の女性がいた。何か必死で編み物をしていた。

「そうか。俺は公園を下見してくる」
「じゃ、またあとで」

 そう言うとメイファムは宿を出ていった。
 ユルは宿の受付にいる女性の前までくると、すみません、と声をかける。

「ああ、どういった用件なんだい」

 受付の女性はユルを見ると編み物をしていた手を止めた。

「わたしは占い師のユルというものです。先ほど泊まる手続きをしたんですが」
「ああ、覚えてるよ」
「それでですね、この宿の前で占いの店を出したいのです。場所代は売上の二割で。どうでしょうか?」

 女性は、あたしに言われてもねえ、と首をかしげる。

「旦那を呼んでくるからちょっと待ちな」

 そう言って女性はカウンターから立ち上がり、大柄なエプロン姿の男を連れてきた。
 ここの厨房の仕事も主人の仕事のようだ。
 
「なんだって? 占いの店をうちの宿の前に出したい?」

 怪訝そうに聞いた宿の主人にユルは笑みを返す。

「はい。場所代は二割で。お願いします」
「うーん、分かった、今は祭りだからな。好きに使っていけ」
「有難うございます!」

 今夜からの仕事の場所がすんなり取れて、ユルは相好を崩して礼を言う。
 メイファムはどうしただろうか、と思いながら部屋へと戻った。

 メイファムの歌は天下一品だ。
 どこで、どの村や街で歌ってもそれなりに客は集まるのだ。
 そしてそれなりの稼ぎになる。
 メイファムが歌うと、客は回りの出店なんて目もくれず、メイファムの元へ行き、歌に聞きほれ、メイファムの歌や話に金を払う。
 そんな才能が彼にはあった。

 ユルは、とりあえず仕事場所の心配はなくなったので、風呂にでも入って旅の垢を取り、ひと眠りしてから仕事をしようと考えた。
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