第13話 それはきらめく星

文字数 2,450文字

 牛レースも終わり、その夜はとても静かな夜だった。
 露店はなくなり、店ももう、遅くまでは営業していない。
 そんな中、宿の食堂、四人掛けのテーブルでユルとメイファムは一人の少女を待っていた。
 リアラだ。
 彼女のおかげで牛レースに勝つことができたので、そのお祝いに二人は彼女を食事に呼んだ。

「それにしてもメイファム、本当にわたしもいていいんですか? 彼女と二人で何か話すことはないんですか」

 ユルが遠慮がちに言うと、メイファムは少し目を伏せて腕を組んだ。

「俺じゃ、リアラは幸せになれない。俺は吟遊詩人以外の生き方はできないからな」
「……」
「お前だって、そうだろう? もっともここでお前がリアラの為に残るって言っても俺は止めないが」
「……わたしも占い師以外の生き方はできません」

 しばらく沈黙が落ちた。
 すると、ちょうどそのとき、リアラがやってきた。

「お待たせしました、メイファムさん、ユルさん」

 金の髪を結いあげて、薄化粧を施した彼女は、とても綺麗だ。
 にこりと笑顔を向けられて、ユルは少し固まった。
 ああ、やっぱり好きだな、と思う。

「じゃあ、料理を頼みましょうか?」

 ユルがメニューを差し出す。
 リアラがそれを見ながら、料理を決めた。

「私、ビーフシチューがいいわ」
「また牛か……」
 
 メイファムのぼやきに三人で笑った。

 あらかた料理を食べおえ、リアラはジュースを飲み終わると、真剣な顔でメイファムの顔を覗いた。 

「あの……メイファムさん……私……」

 彼女が何か言う前に、メイファムは彼女の目を見る。

「次はもっと北の町へ行こうかと思ってる。まだまだ暑くなるからな。そうしたらいろんな村を経由して今度は秋にむけて収穫祭をやっている街へと行くつもりだ」

 ここには残らない、と。暗にそう告げる。

「……そうですか……」

 リアラは精いっぱいの笑顔でメイファムの顔を見た。

「身体に気を付けて元気でいてくださいね」
「ああ。有難う」

 メイファムもリアラに笑顔を向けた。

「ユルさんも一緒に行くんですか?」
「わたしは王都に戻ります。牛レースも堪能できましたし、祭りも楽しめましたから」
「ユルさん、私、ユルさんに占ってもらって本当に良かったです。本当にすごいんですね」
「……そうですか?」

 何に対してすごいと言われているのだろうか、と考える。
 ユルの占いは、『相手もおなじ想いを抱くけれど、決して結ばれない恋』だった。
 決して結ばれないというところを「今は分からない」とリアラには言ったが。
 メイファムの心がリアラなりに分かっているのだろうと思う。
 少し、切ない。

「ユルさんの占いはこの村でも有名になってましたよ。よく当たるって」
「有難うございます」

 三人は、三人とも己のこころを打ち明けることなく、最後の晩を過ごした。
 それで良かったのだと。
 三人はそう思った。
 言ったところで、だれも幸せにはなれない。かえって感傷的な気持ちが募っていくだけだ。
 三人の気持ちは三人とも分かっているけれど、黙っていることで今の微妙な関係を保っている。
 そして、それはきっと思い出になる。



 翌日の朝。
 街道に出て、馬車を待つ。
 メイファムは北への馬車を。
 ユルは王都への馬車を。
 リアラが見送りに来てくれていた。
 初めに北への馬車が街道を通った。
 それは馬車を待っていた三人の前で止まる。

「見送りありがとう」

 簡潔に言って、メイファムはリアラの額にキスをした。

「さよなら、リアラ。ユルもな」

 ユルには握手を求め、ユルはその手を握り返した。

「いつか、またどこかで会えたらいいですね」
「そうだな。あ、最後にひとつ言い忘れてたことがある。お前、もっと自分の価値を知れ」
「は?」
「じゃあな!」

 メイファムは馬車に飛び乗った。
 少し涙目になったリアラがメイファムの後ろ姿を追っている。
 席についた彼を確認して御者は馬を走らせた。
 だんだん、遠くなっていく馬車を見て、ユルも寂しい気分になる。
 いろんな意味で強烈な存在だったメイファム。
 いろんなことを教えてくれた。
 今日からは彼がいなくなるのが、純粋に寂しい。
 
 いくらも待たないうちに、今度は王都行きの馬車がきた。
 ユルはリアラの瞳を見る。

「リアラ。お願いがあります」
「? なんですか?」

 不思議そうに聞く彼女にユルは言った。

「貴女の頬へキスをしてもいいですか?」

 真摯に言ったその願いは、リアラにも届いた。

「はい」

 ユルはそっと頬に手を添えて、反対側の頬にキスを送る。
 好きでしたよ――
 心の中だけでそう言って。



 馬車が王都へと向かっている。
 その中でユルは窓の外の平原を見ながらぼんやりと考えた。

 最後にメイファムが言った、自分の価値。
 それはもう、ユルの中で一つの答えが出ていた。
 リアラも言ってくれていた。

『ユルさんの占いはこの村でも有名になってましたよ。よく当たるって』

 メイファムも出会った当初、王都で言ってくれた。

『王都でちょっと噂になってだぞ。あの占い師は当たるって』

 自分は決して無駄な商売をしているわけじゃない。
 誰かの役にたっている。
 そう、二人は教えてくれた。

 馬車ががたがたと王都へ走る。
 
 レイサルもあんなことがなければ、最後に一緒に食事や酒でも飲んで楽しく別れられたのに、と思う。

 レイサルの気持ち。
 メイファムの気持ち。
 リアラの気持ち。
 そして自分自身の気持ち。

 人の心は複雑で、万華鏡のように色とりどりに(きらめ)いている。
 それは数多ある星のように。
 
 ユルは馬車の中で目をつむり、サマル村でのことを思い出しながら、そんなことを考えた。


 おわり
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