第5話 盗まれたもの

文字数 3,948文字

「ぎゃあああーーーー!!」

 大きな悲鳴でユルは目が覚めた。
 陽はすでに昇っている。
 何か、切羽詰まったような悲鳴にメイファムもベッドから起きだす。

「何があったんでしょう」

 怪訝な表情でユルはメイファムの顔を見た。

「さあな……。でもただ事じゃねえな」

 そう呟くと、扉へ向かい、部屋から出た。
 それに続いてユルも部屋から出る。
 さっきの悲鳴で周りの宿泊人たちも自分の部屋から顔を覗かせていた。

「おい、なんだ、いまの悲鳴は」
「何があったの? 誰か知らないの?」

 口々に宿に泊まっていた人々が言い出す。
 ユルたちの前の部屋からはレイサルが顔を出していた。

「メイファムさん、何があったんですか?」
「分からねえ」

 騒然とする中で一人の男が叫んだ。

「荷物がなくなってる!」

 それを聞いた宿泊人たちは、慌てて自分の荷物を確かめる。
 ユルたちも急いで自分の荷物を調べた。
 そして一番決定的なことに気が付いたのは、メイファムだった。

「ハープが無くなってる……」

 窓辺に置いてあった、片手で一抱えできるほどのハープが消えていた。
 ユルは寝るときに外したネックレスを盗まれていた。
 それは旅をするときに使う金として、いつでも町や村の質屋で換金できるような、手頃な宝石だった。

「メイファム……」
「くそっ。寝るときに外しておいた指輪もねえ!」

 乱暴に荷物を確認するメイファムは、あらかた確認し終わると、観念したようにベッドへと腰をかけた。

「お前は何を盗まれたんだ?」

 ユルのことを心配してメイファムは話を向ける。

「わたしはネックレスを……指輪とタロットカードは身につけていましたから無事でした」
「うそ……お前、寝るときもカードと寝てるのか?」
「はい。肌身離さず持っていることでカードとの相性も上がるんです。だから寝間着の内側にポケットがついているんです」
「だからって、寝るときまで……。汗で汚れたりしないのか?」
「布にくるんで仕舞っていますから。それよりもメイファムの方が大変じゃないですか」

 彼を気遣うユルにメイファムは自嘲した。

「ハープを盗まれたみたいだな。あと寝るときに外しておいた宝石のいくつか」

 そう言って諦めたようにごろんとベッドへと寝転んだ。

「そんな大事なものを盗まれて大丈夫なんですか?」
「宝石はともかく、ハープはな……。大丈夫でもないな」

 腕枕をしてベッドに寝転んでいるメイファムはなんだか大事なものを盗られたという緊張感がないように見える。

「そんな呑気にしてていいんですか?」

 そう聞くユルにメイファムは大きくため息をついた。

「騒いだって出てこねえしな。途方にくれてんの」

 宿の中ではしばらく人々の悲鳴が聞こえていた。
 他の人が何を盗まれたかは分からないが、旅をする者にとって持ち物は全財産と言っていい。それを盗られたのだからたまらない。
 ほどなくして、この宿の主人が出てきた。
 大きく手を叩いてみんなの注意を惹くと、話し始める。

「みなさん、お静かに! お静かに! 村の役所に窃盗の届け出を出す手配をしました。みなさんは犯人がつかまるまで宿を変えたり、極力宿の外に出たりしないでいただきたい」
 
 主人が言い終わると、それまで雑然としていた場が一瞬水を打ったように静まった。
 だが、ある旅人は眉を吊り上げる。

「なんで出られないんだ? まさか俺たちの中に犯人がいるとでも言いたいのか」
 
 低い、威嚇を込めた声で主人に告げる。
 それに主人は少し声を小さくした。

「いえ、用心のためです」
「ちょっと待てよ」
 
 今度はそれを受けてメイファムが主人に言い募る。

「俺たちは外で商売やってなんぼの芸人なんだ。外に出るなと言われても聞くことはできないな。宿の金だって払えなくなるぞ」

 そうだ、そうだ、と周りから同じような文句が出た。
 そこへ、役場から役人が数人来たが、この状況を見て宿泊人は犯人が見つかるまで宿を変えたり、村を出たりしないようにすることで意見がまとまった。
 犯人が見つからなかったら……その先はみな考えたくなかった。



 ユルとメイファムが食堂で遅い朝食を摂っていると、またもやレイサルがやってきた。
 朝からの短時間でかなりやつれた印象がある。

「レイサル、あなたは大丈夫でしたか」

 声をかけたユルに気がついたレイサルはまたユルの横に座った。

「レイサルも何かものを盗られたんですか」

 そうユルが聞くと、レイサルは青いのを通り越した白い顔で泣き出しそうに語りだした。

「僕の商売道具一式……」

 死にそうな顔でそういうレイサルが気の毒になったのか、メイファムは明るく言い放つ。

「道具なんてなくてもある程度はなんとかなるだろ。そこらの石でジャグリングしてもいいし、安いトランプを買ってそれでだってカードマジックくらいできるだろ」

 メイファムは、自分の前に置かれているパンの入った籠から、レイサルの皿に一つパンを取って盛る。
 そしてユルの横にあったバターを取ってレイサルの前に置いた。

「ほら、バター。食え」

 無造作に差し出されたそれをレイサルは溜息とともに見下ろす。

「……僕は…あんまり食欲なくて……」
「わたしも食欲がなかったですが、食べれば食べられますよ」

 ユルはレイサルを気遣ってパンを一口食べて見せた。
 メイファムは朝から豪快にがしがしと口にパンを頬張っていた。
 トマトのスープを飲みながら瞬く間に三個のパンを食べ、籠に無くなったパンを補充すべく、厨房から代わりをもらってきた。
 昨日の夜も飲んで食べたと思うのに、メイファムの胃はどうなっているんだとユルは不思議だ。

「ねえ、メイファムさん。道具なんてって……あなたはハープを盗られたって聞いたんですけど」
「ああ」
「それで稼げるんですか?」

 メイファムは口に持っていきかけた四個目のパンを皿に戻した。

「ああ、まあ、ハープは貴重だよ。音色に誘われて人が集まる。でも俺には『声』がある。歌えばいいんだ。それに俺は詩人だからな。教会で子供たちに物語を聞かせるとか、酒場で恋の話をするとか、色々と稼ぐ手はあるのさ」

「ハープがなくても大丈夫ってことですか?」

「なんとかなるってこと。ハープは買い戻すさ。でもあれくらいのハープとなると王都あたりにしか置いてないからな。ここで金を稼いだら。また王都に戻ってハープを買う。それでまた旅の再開だ」

 レイサルは感嘆の溜息をついた。

「メイファムさんってすごいです。本当に」

 レイサルが言った言葉を受けてユルも同意した。

「本当にタフですよね。わたしはタロットカードが無事でしたから稼ぎには支障なくて良かったです。メイファムの方もなんとかなりそうですね」
「まあな」

 メイファムはさっき食べかけたパンをまた口に持っていく。

「レイサルも頑張ってください」
「はい……」

 レイサルはメイファムからもらった先ほどのパンにバターをつけて一口たべた。

 そこで、メイファムはおもむろに首に下げていたネックレスと腕に飾られていた腕輪を外した。

「?」
「?」

 何をするのかと二人が見ていると、メイファムは不適な笑顔をたたえてとんでもないことを言い出した。

「さしあたってだな。急遽大金が必要なわけだ、俺は」
「は、はあ」

 ユルは間の抜けた声を出す。メイファムが何をしたいのか、分からない。

「だからこのネックレスと腕輪を質に入れて資金を作り、それを牛レースの元手とする」

『牛レース!!』

 ユルとレイサルは、おうむ返しに声をそろえた。
 ユルの頭が白くなっていく。

「メイファム! 今がそういう場合ですか! そんななけなしのお金で賭け事なんてしたら、元手にしたお金がすっかりなくなるかもしれないんですよ!」
「でも当たれば一級のハープが買える」
「今持ってるお金でもそこそこのハープは買えるでしょう」
「でも一級じゃないじゃないか」

 ユルの忠告など聞くメイファムではなかった。
 彼はやる気満々だ。
 レイサルは驚きと歓喜の混じった顔でメイファムに同意した。

「……そうか。この祭りのメインは牛レースでした。僕もそれに乗ります。元手はすくないけど当たれば一攫千金ですしね」
「レイサルまで何を言ってるんですか!」

 ユルが一人で熱を入れて反論しても、もはや二人は聞いていなかった。
 メイファムは意外そうな顔をしてユルに向く。

「なんだよ。そもそもお前だってサマル村に来た理由は牛レースが目的だろ? だったら問題ないじゃないか」
「状況ってもんがあるでしょうが!」

 なんでこの二人は金銭感覚が分からないんだと頭が痛くなるユルだ。
 そんな風に騒いでいると、宿の主人から声がかかった。
 うるさくしたことを注意されるかと思ったユルだったが、宿の主人は親指で宿の入口を指して言う。

「そこの人たち。お客さんが来てるよ」
「客?」

 流れ者の自分たちに客など、といぶかしく思いながらも三人が主人の指の先を見ると、ひとりの金髪の少女が大きなバスケットをもって立っている。

「だれの知り合いですか?」

 レイサルの言葉に不思議そうにメイファムが答えた。

「さあ……」

 でもどこかで見た少女だと思いつつ、ユルたちは食事を中断してその少女のもとへと行ってみた。
 すると少女はユルの顔をみてにっこりと笑った。
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