第10話 どろぼう

文字数 3,010文字

 パン、パン、と花火が打ちあがる音でユルは目が覚めた。
 窓から見える空は青、晴天だ。
 今日も暑くなるだろうと予測できる日だった。
 ぼんやりと窓を見ていると、隣のベッドから人間のものとは思えないような声が聞こえた。

「んあー」

 寝転がって大きくのびをしたのはメイファムだった。
 隣ですでに起きていたユルも寝ぼけまなこをこすって少し緊張気味に声をかける。

「おはようございます」
「はよっ」

 昨日のことがあるので気まずい雰囲気が漂った。

「昨日は……すみませんでした。八つ当たりでした……」

 ユルは小さな声で謝る。
 昨日酒場で考えていたことを実行した。

「直球だったな」
「……すみません」

 枕に肘をついて頭を支えて寝転がっているメイファムの口調は、いつもと変わりないものだった。
 また暫くの沈黙。
 それは急に開かれた扉で終わった。

「今日は牛レースの日ですよ~。早く会場へ行って牛券(ぎゅうけん)を買わなくちゃいけませんよ~」

 レイサルがユルたちの部屋へと入ってきたのだ。
 突然きたレイサルに二人は目をまくるして彼を見た。

「? どうしたんですか~」
「いや、なんでもない。行くか?」

 メイファムがユルに声をかけた。
 それが答えなのだろうと思い、ユルも頷く。

「行きましょうか」

 三人は牛券を買うために宿を出た。



 迎夏祭は祭りの間中、人でにぎわっているが、今日ほど人が出ている日も無いだろう。
 今日こそがこの祭りのメインイベントなのだから。
 レース会場へ続く大通りには、いつも以上に店が並んでいる。
 時刻は朝の時間帯だ。
 人々は朝飯を露店の食べ物屋で買い、それを食べながら牛券売り場へと急ぐ。

 レース会場の横にある建物、そこが牛券売り場だった。窓口はたくさんあるのに長い列ができていて、牛券を買うまでにも時間がかかりそうだ。
 売り場はがやがやと人の声であふれ、暑い中、みんな汗をかきながら牛券を買っていった。

「メイファムさんはやっぱりトールの券を買うんですか?」

 レイサルに言われ、メイファムは頷く。

「ああ、もちろん。トールの単勝と、あと連勝の券を何枚かな」

「ユルさんは? 一番人気のアウドラムですか?」
「うーん、そうですね……アウドラムとエリヴァ―ガルの連勝にします」

「エリ……? そんな牛いましたっけ? でもそうでですか~僕もアウドラムにします」

 汗だくになって牛券を買う。
 牛レースは単勝と一位と二位をつなげてあてる連勝がある。
 単勝よりも連勝の方が配当は高い。当たる確率が低いからだ。
 しかし、これだけの人数が賭けているので、単勝でもあたれば何倍にもなって金が帰ってくる。

「勝てばいいですね~」
「勝つさ。その為に大金をはたいたんだからな」
「メイファム……賭けの意味、分かってますよね……」

 牛券を買った三人は上機嫌で大通りの市へと繰り出した。
 レースは昼からだ。さらにユルたちが買った券は最終レースの券だった。
 最終レースが最も配当が高いレースだからだ。
 最終レースまでまだまだ時間があったので、また一稼ぎしてもいいと思い、三人はなるべく牛レース会場から離れなくて済む仕事場を探した。
 周りを見渡す。
 しかし、どこでも人であふれいて、三人が仕事をする隙間なんてなかった。
 仕方なく、いつもの場所で仕事をしようかと話がまとまった。

「牛レースのときに待ち合わせて会場へ行こうぜ」

 そうユルとレイサルにメイファムが言うが、ユルは市の一点を凝視していた。

「おい、ユル。どうした?」

 メイファムの声に呆然として顔を向ける。

「メイファム」
「なんだ?」
「あの……あの店に出ているハープ、あれ、貴方のハープじゃないですか?」

 ユルはそういいながら目線の先にあるハープを指さした。
 それをたどってメイファムが視線を向けると――。

 確かにそれはメイファムの盗まれたハープだった。

「……俺の…だ」

 メイファムの周りの空気の温度が一気に下がった、とユルは感じた。
 メイファムは大股でその露店の前まで歩いていき、展示してあった自分のハープをがっしりとつかんだ。
 その店の店主はにやにやと笑って「それはいいハープですよ、お客さん」とメイファムに声をかける。中年で小太り、禿頭の店主は揉み手をしていた。

「当たり前だ。これは俺のハープなんだから。返してもらう」

 左手にハープを抱いてきっぱりとそういい、きびすを返そうとしたメイファムの腕を、店主は強引にひき戻した。

「なんだか知らねえけど、金払ってからもってってくれないかね」

 にらみつけてくる店主に、メイファムも負けずににらみ返す。

「もう一度言う。これは俺の盗まれたハープだ。お前があの宿の泥棒か?」
「泥棒だと? 金を払わないでもってくお前が泥棒だろ!」

 そう店主は言うと、メイファムを指さして周りに向かって大声をだした。

「おい、こいつは泥棒だ! 店のものを持って帰ろうとしてやがる!」

 周りは一様にメイファムとユルに振り返った。

「ふざけんな!」

 メイファムはいきり立った店主の顔に拳を見舞う。
 がふっと店主が後ろへ倒れた。
 しかし、それでもすぐに起きてメイファムの腰に手を巻き付けて、捕まえようとする。
 腰にまきついた店主の腹に蹴りを二発入れ、メイファムも叫ぶ。

「きさまが泥棒だろうが! どこからこれを買った!」

 さっきの蹴りが強烈だったのか、店主はうめきをあげて地面にもんどりうつ。
 ハープを横に置き、動けない状態の店主の上にまたがり、胸倉をつかんで上へ引き上げた。

「どこからこれを買った? だれから仕入れた?」

 メイファムは店主に詰め寄った。
 低く響いたメイファムの声は、その店主を怯ませた。
 さっきの攻防で絶対に勝てない相手だと思い知ったのか、がたがたと震えている。

「なんだよ……お前らはグルじゃねえか」
「? 何を言っている。意味がわかんねえ!」

 メイファムの大声に店主の喉から小さな悲鳴が上がる。

「だ、だってさっき、このハープを俺に売ったやつと一緒に歩いてたじゃねえか。俺は見てたんだ。十代の茶色の癖毛のやつだ」

 震えながらそういう店主の言葉に、メイファムもユルも背筋に冷たいものを感じた。
 自分たちの周りを見る。

 さっきまで一緒にいたレイサルがいなくなっていた。

「レイサル?」
 
 ユルは半信半疑でレイサルの名を呼んだ。
 だが帰ってくる言葉はない。
 もともと人でごったがえしている大通りだ。はぐれた相手を見つけるなんて無理だった。

「うそでしょう……」

 自分たちと一緒に飯を食べ、一緒に行動していた相手が、自分たちの財産を売って平然としていたなんて。

「あの野郎!」

 メイファムはハープを抱きなおし、怒りの形相で大通りを人をかき分けて宿の方へと走り出した。
 今ならまだ宿にいるかもしれない。きっと金がそこにあるから。
 ユルもメイファムの後を追って走った。
 レイサルに聞きたい。本当のことを。
「何を言っているんですか~」と笑って否定してほしい。
 走って、走って、宿についた。
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