第4話 うらない

文字数 3,991文字

 少しのあいだ仮眠して宿の食堂で簡単な軽食をとったユルは、もう陽も落ちて暗くなった宿の前に簡易机を出して、そこに座って客を待った。道行く人は楽しそうに話しながら迎夏祭を楽しんでいる。
 蝋燭を中に灯した小さな灯籠を机に置いて照明にし、小さな木片に書かれている「占い」の看板を机の前に出す。

 祭りは夜も盛況だ。
 この祭りのメインイベント『牛レース』が終わるまで、この大騒ぎは続く。
 サマル村の一年で一度の一大イベントなのだ。
 机に座ったままでユルは、紫色のローブの懐からカードを出した。
 ユルの商売道具で肌身離さず持っているものである。
 タロットカードは身に着けているほど自分との相性も良くなり、占いは当たるようになる。

 そもそもユルの占いは外れないのだ。
 必ず当たる。 

 それはユルが占い師として優秀なことの現れだったが、ユルとしてはあまり喜ばしいものでもなかった。
 占いは必ずしもいいものばかりではない。
 逃れられない運命というものもあるのだ。
 そういう場合はどうするのか。
 嘘をつくのだ。
 嘘をついて客を安心させてやる。
 それがユルには少し心苦しい。
 不幸な結末は、教えない方が本人の為。
 だけど、ユルだけが知っているからだ。
 


 ユルがしばらく机に座って客を待っていると、大通り沿いの公園からハープの音色が聞こえてきた。昼間言っていたとおり、メイファムが演奏を始めたのだろう。
 やがて風にのって、喧騒とともに微かな歌声も聞こえてきた。
 ユルのいる場所からでも、その歌声に興味を惹かれて公園に向かう人がいた。
 きっと今頃公園では、メイファムのハープと歌を聞きたがる人々でごった返しているのだと思う。
 初めて聞く人のこころまで捕らえてしまうメイファムの歌は、ユルも本当に素晴らしいと思う。
 旋律と声が風に乗って綺麗に溶け、その内容は心を震わせ、感情を掻き立て、心に直接訴えるかのように響く。

 聞こえてきたメイファムの声にユルは溜息をついた。
 メイファムの歌に引き換えて、自分はどうなのだろう。
 今夜も幾人かの人を占うくらいだろう。
 稼ぎは到底メイファムにはかなわない。
 それが最近特に自分を責めるのだ。

「あの……」

 ぼうっとそんなことを考えていたら、目の前に長い金髪の少女が立っていた。

「あ、はいっ」

 客だ。客がきていることにも気が付かないからメイファムにも追い着かないんだ、と反省する。

「占いですね。どういったことを占いましょうか?」
 
 気持ちを切りかえて笑顔で少女に接する。年の頃は十代半ば。ユルよりも年若く、背もきっと胸元くらいまでしかないだろう、可愛らしい少女だった。

「あの……恋愛運を見てほしくて」

 その少女は恥じ入った様子で下を向いて答えた。
 ユルは少女にほほ笑む。
 この年頃の少女のほとんどが、同じ占いを望むからだ。
 素直に可愛い、とユルは思う。

「分かりました。では占いましょうか。名前と誕生日を教えてください」
「名前はリアラです。誕生日は一の月の三十日」
「分かりました」

 カードを机にばらまいて、名前と誕生日にのっとった回数シャッフルする。
 最終的に七枚に並べたカードを左端からめくっていく。
 結果はまずまずだった。
 想いは届くだろうが、しかし決して結ばれない恋だった。
 それなりに相手と通じ合うことができるが、決して一緒になることはない。
 ユルは笑顔でその結果をリアラに告げた。

「貴女の想いは相手に届くでしょうし、同じ想いを相手も抱くでしょう。ですが、そこからは困難な道です。そこまでしか、今はわかりません」

 決して結ばれない、という部分を「今は分からない」と言い換えた。

「じゃあ、想いは通じるんですね」
「そういう事になりますね」

 ユルはタロットカードから視線を上げてリアラを見た。

「良かったですね」

 微笑を浮かべてそういうと、リアラははにかんだ。

「有難うございます」



 リアラの占いがちょうど終わったとき、メイファムが仕事が終わって宿に帰ってきた。

「おう、ユル。俺はこれで部屋に戻って例のものでも飲んでることにする。先帰ってるからな」

 宿の前で店を出していたユルに帰りがてら一声かけたメイファムだった。
 するとリアラがメイファムを見て目を見開いた。

「あの……私、さっき貴方の歌、聞いてたんです。なんて言ったらいいのか……すごく感動しました。明日も歌うんですか?」

 そう頬を染めて言うリアラにメイファムは言う。

「ああ、歌うぞ。たぶん、毎日祭りが終わるまでな。聞きに来てくれるのか?」
「はいっ。だってとってもいい歌だったから」

 褒められてメイファムは微笑した。
 そしてかしこまって礼をすると、リアラの手を取って、その甲にキスをする。
 金色の短髪がさらりと顔を縁取った。

「お気に召していただいて、何より」

 そしてその青い瞳でほほ笑みをたたえながら彼女を見る。
 リアラの頬がぽっと赤くなった。
 それを見てユルも微笑した。彼女がとても可愛らしかったからだ。



 ユルは机の上に置いてある灯籠の火を吹き消す。
 まだまだ夜も盛況のサマル村だった。向かいにあるパン屋はまだ営業を続けている。
 宿の部屋に戻り、扉を開けると、そこにはなんだか甘ったるい匂いが充満していた。
 毎度のことなのだが、メイファムは超甘党で、酒のようにフルーツミルクをがばがばと飲む。大の男が酒場などへ行って飲めない種類の飲み物だ。

「また、相変らず飲んでますね」
「悪いか?」

 呆れ半分でそう言ってもメイファムはどこ吹く風だ。

「別に」

 ユルは苦笑する。メイファムは身体に必要な糖分はすべてこのフルーツミルクで摂っているのではないかと思う。

「じゃあ、わたしはとりあえず食事をしてきますから」

 夕方に軽い軽食だけだったユルは、ちゃんとした食事をしに食堂へ行こうと思った。

「待て。俺も行く」
「メイファム……そんなに飲んでてまだ食べ物が入るんですか?」
 
 メイファムの前にはすでに空になったフルーツミルクの瓶が三本あった。

「これはこれ。メシはメシ」
「は、はあ」

 二人は食堂へと行くことにした。



 ユルが遅く帰ってきたこともあって、食堂は人影がまばらだった。
 窓際の四人掛けのテーブルに腰かけると、ウェイトレスに適当に注文を頼む。
 メイファムはあんなにフルーツミルクを飲んでいたにも関わらず、ユルと同じものを頼んでいた。その細い身体のどこにそんな量の飲み物や食べ物がおさまるのか、ユルは疑問に思う。

 二人は今日の疲れを感じて無言で料理を待っていた。
 すると……。

「あれ~。ユルさんじゃないですか~」
 
 聞き覚えのある人物の声がした。
 振り向くと、茶色の肩までのくせ毛を掻き上げてレイサルがにこにこ顔で立っていた。

「あ……」
「あ……」

 メイファムの顔が少しばかり青ざめたような気がする。ユルはそう思った。
 仕事上がりで疲れている今は、あの弾丸のようなおしゃべりは勘弁してほしい。
 レイサルは宿で風呂にでも入ったのか、妙に綺麗でさっぱりとしていた。

「奇遇ですね~。僕も相席してもいいですか~」

 のほほんと言うと、四人掛けのテーブルであるユルの隣へと腰を下ろした。

「偶然宿が一緒になったんですね~。これは縁がありますね~」
「そうですね。村の大通りで別れたきりだったので、もう会えないと思っていました。また会えて嬉しいです」
「僕も嬉しいです~。ところでユルさんの部屋はどの辺ですか~。僕は一階の一番奥なんですけど」

 レイサルはウェイトレスに料理を注文しながらユルに聞いた。

「私たちも一階の奥です」
「じゃあ、僕の部屋の前かな~。奇遇ですね~」

 にこにこと如才なくおしゃべりを続けるレイサルがこんっとせき込んだ。

「それにしてもここは煙草の匂いがすごいですね~」

 この食堂には壁やカーテンに染み付いた煙の匂い、まばらに入っている客が吸う煙草の匂いが充満していた。
 それに答えたのはメイファムだった。

「ああ、それは勘弁してほしい」
「メイファムさんの喉は商売道具ですもんね~」
「そうだな。極力気を付けているが、こればっかりはどうしようもできないな。酒場も食堂も大事な商売先だ」
「それは大変ですね~。あ、料理がきたみたいですよ~。食べましょうか!」

 サマル村について最初の夜は、とても平和だった。



 もう、皆が寝静まったと思える深夜。
 村からだいぶ離れた場所にある木の下で、馬が一頭とまっていた。
 そこには体格のいい、中年の男が誰かを待っている。
 村の方を凝視していると、そこから一人の人間が歩いてくるのが見えた。

「首尾は?」
「上々」
「祭りだからな。皆いい気なもんだぜ。どれくらい盗めた?」
「宝石はこれくらい……あとこれを」
「はあ、なんだ、これ。こんなもの馬に乗せられるか!」
「でもせっかく盗ってきたんだ。引き取ってくれ」
「駄目だ。大きすぎる。目立つことはできん。これは返す。いらん」
「頼む。上等なものだ。それに俺が持っていても足がつく」
「駄目だ! それはお前でなんとかしろ。金はここだ。確かめろ」

 その人物は革袋に詰められた金貨を確かめると、にやりと笑って袋の口を締めた。

「じゃあ、俺はもう行く」
「ああ、月の加護がありますように」 
「ああ、月の加護がありますように」

 その人物は決まり文句の挨拶をして、サマル村へと戻って行った。
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