第7話 牛のみたて
文字数 2,614文字
翌日の朝。
ユルたち三人は、リアラと宿の前で待ち合わせて牛置き場へと足を向けた。
牛置き場は牛レースをする会場の横にあり、大きな厩舎がたっている。
そこには、祭りの最後を飾る牛レースに出場する牛たちがつながれていた。
牛レースは迎夏祭のメインであるから、この牛置き場も人であふれていた。
ユルたちはリアラに連れられて、牛レース会場を横目に見ながら厩舎へと向かう。
レース会場を垣間見たメイファムは少し疑問に思った。
そのコースは直線の200メル(メートル)のものだった。
「リアラ、この牛レースって直線を走るのか」
メイファムが聞くと、リアラはにっこりと笑って答えた。
「そうですよ。牛はあまり曲がる命令を聞かないんですよ。だからコースも直線なんです」
「そうか」
「牛は直線を走るのも大変なんですよ。騎手のいうことを聞かない子が結構いるんです」
説明を受けながら、ユルたちはリアラのあとをついて行く。
「騎手? 牛に騎手が乗って走るんですか!?」
レイサルが驚いて聞く。
「少し違いますね。牛の後ろに車をつけて、その上の台に乗るんです。そして牛を追い立てて走るんですよ」
思っていたよりも壮絶なレースらしいとユルは感じた。
もっと長閑 だと思っていた。
レース会場の脇の道にある露店から、肉や野菜を焼くよい香りが漂っていて、道行く人は店に立ち寄って色々なものを食べていた。
「こっちですよ、牛置き場は」
しかし、リアラの指し示す方向から、なにやら独特の匂いが漂ってきていた。
人混みの中に、その厩舎はたっている。
……牛臭い……
三人は一様に鼻を押さえた。
しかしリアラは何も気にならない様子で中に入っていく。
それを見たメイファムが鼻を押さえる手を取り、大きく息を吸って吐くと、意を決してリアラについていた。
うしろからレイサルが鼻をつまんで入ってくる。
「うっは。臭いですね~」
「だまってろ」
あまりの臭気に耐えられずにレイサルが一言もらすと、メイファムが余計な事はいうなとたしなめた。
木造でできた大きな厩舎の中も人であふれている。
そこには牛が十頭以上いた。
「ところで、ユル」
「はい」
突然メイファムに名前を呼ばれて何事かとユルは返事をする。
「お前、賭けないんじゃなかったっけ」
「あー、えー、あのですね」
ユルは口ごもった。そして咳払いを一つして言う。
「わたしは泥棒に盗られたのがネックレス一つだけだったので……あまり被害はなかったし、一枚だけ牛券 を買うことにしたんです」
それを聞いたメイファムが大声を出す。
「はあ!? 一枚!? 賭けを舐めてんのか。一枚で当たるわけないだろう! 当たってもいくらにもならんだろ」
「そんなことないですよ。一枚でも楽しめます」
リアラとレイサルは先でもう牛を見て回っていた。
メイファムはそのあとをついていく。
「よし、俺もいい牛を見ないとな! 大金がかかってるんだ、真剣に選ぼうぜ」
リアラの足が一頭の牛の前で止まった。
そして、黒い大きな体格の牛を見て、これが一番人気だと説明を始める。
「名前は『アウドラム』。氷河から生まれた牛の名前です。今のところ、この牛が一番人気ですね。きっと一等を取ると思いますよ」
ユルたち三人は関心を込めてその牛を値踏みした。
モー、とアウドラムは間抜けな声をあげる。
「一番人気ねえ……」
何かピンとこないものがあるのか、メイファムは腕を組んで思考中だ。
「一番人気に賭けるのが、一番無難ですよね」
ユルの方はまんざらでもない。
リアラはメイファムの腕をかるくとって、次の牛へと案内する。
「ねえ、メイファムさん、他の牛も見ますよね。じゃあ、こっち」
メイファムが案内されたのは、はす向かいに入っていた牛だった。茶色の牛でやはり筋肉がすごい。どういう育て方をしたのだろうと思う。
「こっちの牛も人気ですよ。『アウヴァグ』太陽の軌道を走る馬という意味です。どうですか、メイファムさん」
「うーん、そうだな……」
メイファムは何か煮え切らない様子でアウヴァグを眺めていた。
「いい牛じゃないですか~。悩みますね」
レイサルは悩みながらも目がらんらんとしていた。
「でもなあ……」
煮え切らないメイファムにリアラが聞く。
「何か気になることでもあります?」
「うーん、そう、何か、こうびしっとくる直感がないんだよ。勝つっていう直感が!」
「直感……」
メイファムは真剣に悩んでいた。だが悩みの種類は高等とは言えなかった。
それにしても……とユルは思う。
リアラはさっきからメイファムばかりにくっついていた。
そして、その二人の仲睦まじい様子を見て、いくらそういうことに鈍そうなユルでも、どういうことなのか、分かった。
そう思うと、何か黒いものが胸をふさいで息苦しくなる。
最初にリアラを占ったとき。
リアラは好きな人がいると言っていた。
それが数日でメイファムに心変わりしたと考えるよりも、最初のあの日にメイファムに一目ぼれしたのかもしれないと予想する。
リアラの好きな相手とは、メイファムだったのだと。
そうすると、するすると分からなくてもいいことが分かってしまうのだ。
それは考えてはいけない。
考えれば――自分がみじめなだけなのだ。
ぼんやりとそんなことを考えながらユルは一番人気のアウドラムを観察していた。他にもエリヴァーガルという牛を見たりしていたら、突然、メイファムが大声をあげた。
「おおお!」
その声に驚いてユルとレイサルはメイファムとリアラに向いた。
メイファムはアウヴァグの正面の柵に入れられた牛を喜色満面で見ていた。
「どうしたんです、メイファム」
さっきの暗い思考を打ち消して、ユルはメイファムに聞いた。
「俺の直感がひらめいた。これだ、この牛!」
メイファムが決断した牛をみんなで見る。
競走用に選ばれた牛なので、それなりに体つきのいい牛だったが、人気は六番だった。
「……どこが気に入ったんですか」
「この牛の名前、見てみろよ。『トール』。闘神の名だ。気に入った!」
ユルたち三人は、リアラと宿の前で待ち合わせて牛置き場へと足を向けた。
牛置き場は牛レースをする会場の横にあり、大きな厩舎がたっている。
そこには、祭りの最後を飾る牛レースに出場する牛たちがつながれていた。
牛レースは迎夏祭のメインであるから、この牛置き場も人であふれていた。
ユルたちはリアラに連れられて、牛レース会場を横目に見ながら厩舎へと向かう。
レース会場を垣間見たメイファムは少し疑問に思った。
そのコースは直線の200メル(メートル)のものだった。
「リアラ、この牛レースって直線を走るのか」
メイファムが聞くと、リアラはにっこりと笑って答えた。
「そうですよ。牛はあまり曲がる命令を聞かないんですよ。だからコースも直線なんです」
「そうか」
「牛は直線を走るのも大変なんですよ。騎手のいうことを聞かない子が結構いるんです」
説明を受けながら、ユルたちはリアラのあとをついて行く。
「騎手? 牛に騎手が乗って走るんですか!?」
レイサルが驚いて聞く。
「少し違いますね。牛の後ろに車をつけて、その上の台に乗るんです。そして牛を追い立てて走るんですよ」
思っていたよりも壮絶なレースらしいとユルは感じた。
もっと
レース会場の脇の道にある露店から、肉や野菜を焼くよい香りが漂っていて、道行く人は店に立ち寄って色々なものを食べていた。
「こっちですよ、牛置き場は」
しかし、リアラの指し示す方向から、なにやら独特の匂いが漂ってきていた。
人混みの中に、その厩舎はたっている。
……牛臭い……
三人は一様に鼻を押さえた。
しかしリアラは何も気にならない様子で中に入っていく。
それを見たメイファムが鼻を押さえる手を取り、大きく息を吸って吐くと、意を決してリアラについていた。
うしろからレイサルが鼻をつまんで入ってくる。
「うっは。臭いですね~」
「だまってろ」
あまりの臭気に耐えられずにレイサルが一言もらすと、メイファムが余計な事はいうなとたしなめた。
木造でできた大きな厩舎の中も人であふれている。
そこには牛が十頭以上いた。
「ところで、ユル」
「はい」
突然メイファムに名前を呼ばれて何事かとユルは返事をする。
「お前、賭けないんじゃなかったっけ」
「あー、えー、あのですね」
ユルは口ごもった。そして咳払いを一つして言う。
「わたしは泥棒に盗られたのがネックレス一つだけだったので……あまり被害はなかったし、一枚だけ
それを聞いたメイファムが大声を出す。
「はあ!? 一枚!? 賭けを舐めてんのか。一枚で当たるわけないだろう! 当たってもいくらにもならんだろ」
「そんなことないですよ。一枚でも楽しめます」
リアラとレイサルは先でもう牛を見て回っていた。
メイファムはそのあとをついていく。
「よし、俺もいい牛を見ないとな! 大金がかかってるんだ、真剣に選ぼうぜ」
リアラの足が一頭の牛の前で止まった。
そして、黒い大きな体格の牛を見て、これが一番人気だと説明を始める。
「名前は『アウドラム』。氷河から生まれた牛の名前です。今のところ、この牛が一番人気ですね。きっと一等を取ると思いますよ」
ユルたち三人は関心を込めてその牛を値踏みした。
モー、とアウドラムは間抜けな声をあげる。
「一番人気ねえ……」
何かピンとこないものがあるのか、メイファムは腕を組んで思考中だ。
「一番人気に賭けるのが、一番無難ですよね」
ユルの方はまんざらでもない。
リアラはメイファムの腕をかるくとって、次の牛へと案内する。
「ねえ、メイファムさん、他の牛も見ますよね。じゃあ、こっち」
メイファムが案内されたのは、はす向かいに入っていた牛だった。茶色の牛でやはり筋肉がすごい。どういう育て方をしたのだろうと思う。
「こっちの牛も人気ですよ。『アウヴァグ』太陽の軌道を走る馬という意味です。どうですか、メイファムさん」
「うーん、そうだな……」
メイファムは何か煮え切らない様子でアウヴァグを眺めていた。
「いい牛じゃないですか~。悩みますね」
レイサルは悩みながらも目がらんらんとしていた。
「でもなあ……」
煮え切らないメイファムにリアラが聞く。
「何か気になることでもあります?」
「うーん、そう、何か、こうびしっとくる直感がないんだよ。勝つっていう直感が!」
「直感……」
メイファムは真剣に悩んでいた。だが悩みの種類は高等とは言えなかった。
それにしても……とユルは思う。
リアラはさっきからメイファムばかりにくっついていた。
そして、その二人の仲睦まじい様子を見て、いくらそういうことに鈍そうなユルでも、どういうことなのか、分かった。
そう思うと、何か黒いものが胸をふさいで息苦しくなる。
最初にリアラを占ったとき。
リアラは好きな人がいると言っていた。
それが数日でメイファムに心変わりしたと考えるよりも、最初のあの日にメイファムに一目ぼれしたのかもしれないと予想する。
リアラの好きな相手とは、メイファムだったのだと。
そうすると、するすると分からなくてもいいことが分かってしまうのだ。
それは考えてはいけない。
考えれば――自分がみじめなだけなのだ。
ぼんやりとそんなことを考えながらユルは一番人気のアウドラムを観察していた。他にもエリヴァーガルという牛を見たりしていたら、突然、メイファムが大声をあげた。
「おおお!」
その声に驚いてユルとレイサルはメイファムとリアラに向いた。
メイファムはアウヴァグの正面の柵に入れられた牛を喜色満面で見ていた。
「どうしたんです、メイファム」
さっきの暗い思考を打ち消して、ユルはメイファムに聞いた。
「俺の直感がひらめいた。これだ、この牛!」
メイファムが決断した牛をみんなで見る。
競走用に選ばれた牛なので、それなりに体つきのいい牛だったが、人気は六番だった。
「……どこが気に入ったんですか」
「この牛の名前、見てみろよ。『トール』。闘神の名だ。気に入った!」