第11話 本性

文字数 3,914文字

「レイサル!」

 レイサルの部屋のノブを回す。
 がちゃりと勢いよく扉をあけて中に入ると、レイサルが窓辺に立っていた。
 逆光で身体全体が黒く影になっていて、表情が良く見えない。
 レイサルの後ろからの光が強くユルとメイファムの目を射た。

「もう、逃げられないですね」

 あきらめきったような口調でレイサルは呟く。

「本当はこんなヘマ、するとは思わなかったんですけど……」

 レイサルの前には辻芸をするための道具があった。

「道具を盗られたっていうのも嘘か……」

 メイファムが苦虫を噛み潰したような顔で言った。
 つかつかとレイサルに近づくと、がっと胸倉を締めあげる。
 レイサルは何も言わない。
 まるで殴られるのを待っているかのように。

「言い訳はないのかよ」
「……」
「何で……何も言わないんだよ!」

 ばきっと頬に拳を見舞った。
 レイサルはそれだけで全身の力が抜けたように、だらんと座りこむ。
 レイサルの無表情な頬に一筋、涙が流れた。

「なんで……泣いてるんだよ! 泣きたいのはこっちだ!」

 相手に戦意のかけらもないことを知ると、メイファムはまたレイサルの胸倉をつかんで自分の方に顔を向けた。
 しかしレイサルはメイファムの顔を決して見ようとしない。

「何もかもにだんまりで、それで逃げる気か!」

 怒りをあらわにしてレイサルに言い募る。
 すると呆然としていたレイサルの目に少し光が宿った。

は……。俺は、本当はこういう職業なんですよ。でもこんなヘマをしたのは始めてだ。ははは……」

 自嘲気味の乾いた笑いが哀れだった。

「初めは、もっと盗んでやろうと思ってました。だから一度盗んだ後もサマル村へ帰ってきたんです。いつもはそれでもヘマしないのに。でもメイファムさん、貴方のせいですよ。貴方のハープ、本当に高価そうだったから盗んだのに、大きすぎるからって金にできなかった。だから市の商人に高く売りつけてやった。この村では売るなって商人には言っておいたのに……。やっぱりそこから足がつきましたね」

「きさま……!」

 言っていることはこっちが泣きたくなるほどの真実なのに、レイサルはまだ泣いていた。

「お前……! 俺たちのハープや宝石を盗んでおいて、それで俺たちと一緒に行動していたのか! さぞ俺たちが滑稽に見えただろうな! 馬鹿にしやがって! ちょっとはできるヤツだと思ってたのに!」
 
 胸倉をつかんでる手が白くなるほど、メイファムは手に力をこめる。
 
「違う!」

 するとさっきまで力なく泣いていたレイサルの顔が、その声と同時にメイファムに向けられた。

「馬鹿になんてしていません。俺は……あなたたちといるのが、なんだか楽しかったんです。何でもいいあえる、親友の貴方たちといるのが。それにメイファムさん、言ってくれましたよね。『お前のことも尊敬している』って。だから……俺は貴方たちの前では本物の辻芸人になれた。一人の人間として恥じない生き方をした人間になれた。それが……なんだかとても気持ちが良かったんです!」

 そう言い切ってレイサルは目を伏せた。また一粒、涙がぽたりと床におちた。

「俺は泥棒としてそれなりにやってました。でも、貴方たちを見てて、今まで気づかなかったことに気づかされた……」

 メイファムはレイサルから手を放す。
 床にぺたんと座り込んだレイサルは本当に小さく見えた。

「貴方は……ユルさんに同情なんてしないって言ってましたよね。一生懸命生きているユルさんに対してかわいそうだと思うのは失礼だって」
「……ああ、言ったな」
「……とても、羨ましかった。貴方もユルさんも……俺の生き方とはまったく違う、貴方たちが……とても(まぶ)しかった……」
 
 そう言って顔を覆ってレイサルは泣いた。

 レイサルの部屋の入口で一部始終をみていたユルは、後ろから声をかけられた。

「この村の役人なんだが、窃盗犯を取り押さえに来た」

 宿の主人が手配したのだろう、数人の役人が手に縄をもってレイサルの元へと近づいてくる。
 メイファムはレイサルから手を放し、一歩下がった。
 うなだれたレイサルは役人に立たされて後ろ手に縄で締め上げられる。

「金はどうした」

 役人に聞かれ、レイサルは辻芸の袋を目で示した。

「あの中のジャグリング用スティックの中です」

 素直に答える。役人がそれを確認すると、スティックの中から金貨がじゃらりと出てきた。
 役人が金貨を確かめているうちに、レイサルはユルに声をかけた。

「ねえ、ユルさん」
「なんですか……」

 きっともう会う事もないだろうレイサル。最後の言葉とばかりに悲し気にユルは彼を見た。

「メイファムさんね……貴方のことをとても尊敬しているんです。昨日の晩、何があったか俺にはわかりませんけど、それだけはユルさんに伝えておこうと思って」

 そう言い残して、レイサルは役人に連れていかれた。

「俺は……一時だけでも貴方たちの仲間で、幸せだったな……」

 小さく呟いた独り言は、誰も聞いてはいなかった。



 レイサルが役人に連れていかれてからは、部屋の前に集まっていた人々も散っていった。
 宿の主人は窃盗犯がつかまった喜びで、食堂で酒をただでふるまうという豪快なところを見せた。

「俺は少し飲んでくるけど、お前はどうする?」
「わたしはいいです。酒のいい肴にされそうですから」
「そっか。じゃあな」

 メイファムは酒場へ向かう。
 もう彼はこの村で歌う気はないのだろう、とユルは思った。
 酒は喉に悪い。だからメイファムはいままでフルーツミルクで我慢していた。
 しかし、祭りも今日で終わり。
 最後に自分への褒美に彼は酒を飲むのだろう。

 メイファムは酒場へ向かい、ユルは自分の部屋へと戻った。

 

 ベッドへと腰かけて、さっきレイサルが言っていたことをユルは考えていた。

『貴方のことをとても尊敬している』

 そうメイファムが言ったと。
 それはどんな所をだろう。
 ユルには分からない。
 しかし、自分で気が付いていない所が、きっとメイファムには見えているのだ。
 それを尊敬してくれている。
 だから――
 あのとき、とても傷ついた顔をしたのだ。
 そう思っている相手に『羨ましい』『憎い』と言われたから。

『俺にどうしてほしいんだよ』 
 
 そう言ったメイファムは本当に自分に何を求められているか分からなかったのだろう。
 それはどうしようもない、ユルの嫉妬だったから。
 レイサルも。
 レイサルはユルのことが羨ましいと言っていた。
 たぶん、すべてがそういうことなのだ。
 メイファムが羨ましかった自分も。
 相手のいいところばかりが目に入っていた。
 自分は自分なのだということを失念していた。
 そもそも、メイファムと自分では、仕事の畑が全くちがうではないか。
 メイファムという強烈な存在に、感じなくてもいい劣等感をユルは感じてしまったのだ。

 メイファムにも、もしかしたらこういう感情はあるかもしれない。
 なりたい自分、というものがあるかもしれない。
 でもどうしても「それ」になることができない。
 そんなことを考えることもあるかもしれない。

 メイファムはユルの気が付かなかった長所に気が付き、それを評価してくれていた。それにユルは気が付かなかった。

「わたしって小さいですね……」

 そこまで考えて、ベッドへ寝転がり、そのうちに寝入ってしまっていた。



 ほろ酔い気分で部屋に帰ってきたメイファムは、ベッドに寝ているユルを見て、少し苦笑した。

「なんて呑気な……」

 そして自分のベッドへと腰かける。
 いろいろとあった。酒の力もあって、なんだか感傷的になる。
 レイサルに関しては、レイサル自身に思うことは全部言った。

 王都をでたときは、ハープを盗られるとは思ってもみなかったし、ユルにあんな風に思われるなんて思ってなかった。
 そもそも、メイファムはユルが『優秀な占い師』だと王都で噂になっていたから声をかけたのだ。そこらのただの人間ではなかったから。
 そして、ユルは『レースに占いは使わない』と、仕事に対しての断固とした意志ももっていた。
 もし自分がユルのようによく当たる占い師であったら、神を怒らせてでも迷うことなくレース結果を占って賭けるだろう。
 そんな俗な考えに染まらないところも気に入っていた。  
 きっかけはリアラのことだとしても、ユルにはきっと自分にたいして前からくすぶっていたものがあったのだろう。だからあんな風に感情を爆発してしまったのだろう。
 そう思うと、すこし悲しくもあるが、なんだか猛烈に腹がたってきた。

 こいつはまったく自分の価値が分かってない!

「おらあ! 起きろ!」

 メイファムは力いっぱいユルの掛布団を引きはがしてやった。

「うっは?」

 寝ぼけまなこで起きたユルは驚いてメイファムを見る。

「何するんですか!」
「昨日の仕返しだ! おら、行くぞ!」
「行く? ってどこにですか」
「牛レースだよ! 俺たち賭けてるんだぜ! ここまできてレースを見ないでどうするんだ!」

 メイファムはニヤリと笑った。

「そうでしたね……。ここに来たのはそれが目的でした。行きましょう!」

 二人は意気揚々と牛レース会場へと向かっていった。
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