第6話 リアラ
文字数 3,561文字
少女はユルの顔を見た。
「昨日はありがとうございました」
それを聞いて、顔をみて、ユルはやっと彼女が昨日占ったリアラという少女だと気が付いた。恋の占いをしてほしいと言った、あの少女だ。
「ああ、リアラさんですね。どうしました? わたしたちの宿がここだと分かったんですね」
「占い師さんはこの宿の前で占いしていたでしょう? それにこの宿に入っていくところが見えたから」
「見えた?」
「私の職場はこの宿の前にあるパン屋なんです。で、昨日の占いのお礼にパンを食べてもらおうと思ってもってきました」
リアラはそういうと、ユルにバスケットを渡した。
占いをして代金以外のお礼をもらったことなどなかったユルは、信じられない思いでそれを受け取った。
占いが何かの役にたったのだろうか。それともいいことがあったのだろうか。
どちらにしてもユルはとんでもなく嬉しかった。
それを横で見ていたメイファムがバスケットにかかっていたナフキンをそっとめくる。
そこにはつやつやとした茶色の光沢を放つ、香ばしい香りの美味しそうなパンが並んでいた。
「良かったなあ、ユル。昼飯代、浮くぜ」
リアラはメイファムを見て、少し遠慮気味に言う。
「たくさんありますから、みんなで食べてください」
その言葉と同時にレイサルが目を輝かす。
「え、僕も食べていいんですか?」
メイファムとレイサルがパンを見て喜んでいる。
ユルは感謝を込めてリアラに礼を言った。
「リアラ、ありがとうございます。わたしはユルといいます。ちょうどこの宿は泥棒に入られていて、いま、わたしたちはいろいろと大変だったんです。助かります」
誠実な態度で礼をつくしているのに、レイサルがくびを突っ込んでリアラに言った。
「ねえ、リアラさんっていうんですか? リアラさんはこの村にずっと住んでいるんでしょう? ほら、僕たち流れ者でしょう? 分からないことがあって、できれば聞きたいことがあるんです~」
何を言い出すんだ、とユルは思ったが、黙って聞いてみる。
「僕たち、牛レースに参加しようと思ってて、良い牛の見立てとか、村の人ならわかるかなって思って。仕事の合間でいいですから、少し教えてくれませんか~?」
いいことを聞いたとばかりにメイファムは腰に手をあてた。
「それ、いい案だな。牛レースの牛はもうお披露目されているからな。それを見てどれが早いか、そこのお嬢さんに見立ててもらうってのもアリだよな。俺はメイファム、よろしく、リアラ」
「僕はレイサルです」
握手をしあって話がまとまりそうになっているところを、ユルは制した。
「ちょっと、メイファムもレイサルも、そんなことを頼んだらリアラが困るじゃないですか!」
しかしリアラは喜色満面で返事をした。
「あの、それ、私やります! どの牛がいいとか大体わかるし!」
ユルの言葉はいつもだれも聞いてない。
翌日に牛置き場に牛を見に行く約束をして、ユルたちはリアラと別れた。
明日はリアラの仕事が休みなので、その日に牛置き場の牛を見学に行くのだ。
そのまま、また祭りの賑わいを見せるサマル村でユルは占いを、メイファムは歌を、レイサルは芸を見せ、各々仕事に精を出した。
メイファムはハープがない状態だが、歌だけで昨日の場所で稼ぐという。
ユルも昨日とおなじように宿の前で客待ちをしていると、公園から大きな歓声が聞こえてきた。
たぶん、メイファムが歌い終わったのだろうと見当がつく。
メイファムは本当になんでも出来る。
たとえ商売道具のハープが無くても今みたいに客を引き寄せる、カリスマのようなものを持っているのだ。
歌自体もうまく、物語を紡ぐ話術も優れている。
ユルは溜息をついて自分の周りを見てみる。道行く人は、急ぎ足で自分の前を通り過ぎていく。すこし自己嫌悪し、メイファムが羨ましいと思う。
そんなことを考えていたら、声をかけられた。
「ユルさん」
振り向くと、そこにはリアラが立っている。
「占いは好調ですか?」
無邪気にそう聞くリアラにユルは苦笑した。
「ぜんぜんダメです。少しは稼げましたけど、まだこれからです」
「大変ですね」
自分を気遣ってくれるリアラに好感を覚える。
朝にも占いのお礼だと言ってパンを持ってきてくれた。
それが何よりも嬉しかった。
メイファムばかり羨ましがっていた自分が少し恥ずかしくなった。
こうして自分を見てくれている人だっているのに。
「朝のパン、昼間に食べました。とってもおいしかったです」
「でしょう? 私がつくったんですもん。パン作りは得意ですから!」
胸をはってそういうリアラに、ユルはまた好感をもって微笑した。
明るくて、金の長い髪が似合う、本当に可愛い子だ、と思う。
リアラと話し込んでいると、人をかき分けてメイファムが宿へと帰ってきた。
祭りの夕方でひどい人混みだが、吟遊詩人の服装に着替えたメイファムは派手で、遠くからでもよく分かる。いや、吟遊詩人の服装も目立つが、メイファムそのものが他とは際立って目立つのだ。背の高さ、金髪碧眼に姿勢の良さが目を惹く要因かもしれない。
「ユル、こっちは終わった。また俺は部屋に戻ってるから」
一声かけたメイファムに隣でユルと話をしていたリアラの顔つきが変わった。
(え……?)
何か、さっきまでの雰囲気と違う。とても幸せそうにメイファムを見上げていた。
「メイファムさん、さっき近くでレイサルさんが辻芸をやってたんです。一緒に見に行きませんか」
メイファムは顎に手をあてて、考え込んだ。
「レイサルか……。そうだな、あいつがどう仕事してんのか、気になるな。朝はすごく落ち込んでたから」
「じゃあ、行きましょう!」
リアラに軽く腕を引っ張られ、メイファムは驚く。
「こら、待て」
「こっちです、メイファムさん」
二人は楽しそうにレイサルの辻芸を見に、ユルの元から去って行った。
ユルは何か所在なく椅子に座り直し、居心地の悪さと、そして、とても嫌な思いを感じた。
しかし、それが何か考えたくなかった。
それを考えることを、拒否した。
「あ、あそこです、レイサルさんの芸をやっている場所は!」
メイファムがリアラに連れられてきたところは、村にかかる小さな橋の脇だった。
そこにはすでにレイサルを囲んでいる老若男女、そして初日にくばったビラのおかげか、特に若い女性が多くいた。
レイサルはやはりトランプカードを買ったらしく、それでカードマジックをやっていた。
カードはレイサルの手の中で自在に操られて、バネのような躍動感を見るものに伝える。
「やるじゃねえか」
メイファムはレイサルの芸をみて、さすがだと思った。
伊達に一人で辻芸人として身を立てているわけじゃないと思う。
レイサルは派手な服装のメイファムがきたことに気が付き、その横のリアラにも気が付いた。
躍動するトランプの間から、小さな赤い花をぽんと出すと、それを前列の女性に手渡す。
そして、もう一本黄色の小さな花を出すと、それをリアラめがけて放り投げた。
花はすとんとリアラの手の中に納まった。
観客の、とくに女性陣は、「私にも」とレイサルの芸をせかし、その場はさらに盛り上がってきた。
「すごいですね、レイサルさん」
リアラがそう言うと、メイファムも同意した。
「そうだな。あいつ、あれでも芸に使う道具をほとんど盗まれているんだ。それであそこまで観客を楽しませることが出来るんだから、凄いな」
レイサルの玄人意識を見たメイファムだった。
レイサルは観客の希望どおりにまた花をだし、それにキスをして女性陣に配る。またきゃあ、と歓声があがった。
歓声を聞きながら、メイファムはリアラの手に納まっている花を彼女の髪にさした。
そして彼女の顔を見る。
リアラも突然髪に花をさしてくれたメイファムに驚き、彼を見上げた。
「いつも俺の歌、聞きに来てくれてるだろ?」
優しく聞かれ、リアラは頬を染めて頷いた。
そう、リアラはいつもメイファムの歌を聞きに行っていた。その後にユルの占いの店に立ち寄って話をしていたのだ。そうすれば、かならずメイファムと会って話ができるから。
「ありがとう。すごく嬉しい。パンも美味 かった」
「食べてくれたんですね……」
夕焼けの赤がまぶしい。二人はレイサルのことを忘れ、お互いの瞳を見つめあった。
「昨日はありがとうございました」
それを聞いて、顔をみて、ユルはやっと彼女が昨日占ったリアラという少女だと気が付いた。恋の占いをしてほしいと言った、あの少女だ。
「ああ、リアラさんですね。どうしました? わたしたちの宿がここだと分かったんですね」
「占い師さんはこの宿の前で占いしていたでしょう? それにこの宿に入っていくところが見えたから」
「見えた?」
「私の職場はこの宿の前にあるパン屋なんです。で、昨日の占いのお礼にパンを食べてもらおうと思ってもってきました」
リアラはそういうと、ユルにバスケットを渡した。
占いをして代金以外のお礼をもらったことなどなかったユルは、信じられない思いでそれを受け取った。
占いが何かの役にたったのだろうか。それともいいことがあったのだろうか。
どちらにしてもユルはとんでもなく嬉しかった。
それを横で見ていたメイファムがバスケットにかかっていたナフキンをそっとめくる。
そこにはつやつやとした茶色の光沢を放つ、香ばしい香りの美味しそうなパンが並んでいた。
「良かったなあ、ユル。昼飯代、浮くぜ」
リアラはメイファムを見て、少し遠慮気味に言う。
「たくさんありますから、みんなで食べてください」
その言葉と同時にレイサルが目を輝かす。
「え、僕も食べていいんですか?」
メイファムとレイサルがパンを見て喜んでいる。
ユルは感謝を込めてリアラに礼を言った。
「リアラ、ありがとうございます。わたしはユルといいます。ちょうどこの宿は泥棒に入られていて、いま、わたしたちはいろいろと大変だったんです。助かります」
誠実な態度で礼をつくしているのに、レイサルがくびを突っ込んでリアラに言った。
「ねえ、リアラさんっていうんですか? リアラさんはこの村にずっと住んでいるんでしょう? ほら、僕たち流れ者でしょう? 分からないことがあって、できれば聞きたいことがあるんです~」
何を言い出すんだ、とユルは思ったが、黙って聞いてみる。
「僕たち、牛レースに参加しようと思ってて、良い牛の見立てとか、村の人ならわかるかなって思って。仕事の合間でいいですから、少し教えてくれませんか~?」
いいことを聞いたとばかりにメイファムは腰に手をあてた。
「それ、いい案だな。牛レースの牛はもうお披露目されているからな。それを見てどれが早いか、そこのお嬢さんに見立ててもらうってのもアリだよな。俺はメイファム、よろしく、リアラ」
「僕はレイサルです」
握手をしあって話がまとまりそうになっているところを、ユルは制した。
「ちょっと、メイファムもレイサルも、そんなことを頼んだらリアラが困るじゃないですか!」
しかしリアラは喜色満面で返事をした。
「あの、それ、私やります! どの牛がいいとか大体わかるし!」
ユルの言葉はいつもだれも聞いてない。
翌日に牛置き場に牛を見に行く約束をして、ユルたちはリアラと別れた。
明日はリアラの仕事が休みなので、その日に牛置き場の牛を見学に行くのだ。
そのまま、また祭りの賑わいを見せるサマル村でユルは占いを、メイファムは歌を、レイサルは芸を見せ、各々仕事に精を出した。
メイファムはハープがない状態だが、歌だけで昨日の場所で稼ぐという。
ユルも昨日とおなじように宿の前で客待ちをしていると、公園から大きな歓声が聞こえてきた。
たぶん、メイファムが歌い終わったのだろうと見当がつく。
メイファムは本当になんでも出来る。
たとえ商売道具のハープが無くても今みたいに客を引き寄せる、カリスマのようなものを持っているのだ。
歌自体もうまく、物語を紡ぐ話術も優れている。
ユルは溜息をついて自分の周りを見てみる。道行く人は、急ぎ足で自分の前を通り過ぎていく。すこし自己嫌悪し、メイファムが羨ましいと思う。
そんなことを考えていたら、声をかけられた。
「ユルさん」
振り向くと、そこにはリアラが立っている。
「占いは好調ですか?」
無邪気にそう聞くリアラにユルは苦笑した。
「ぜんぜんダメです。少しは稼げましたけど、まだこれからです」
「大変ですね」
自分を気遣ってくれるリアラに好感を覚える。
朝にも占いのお礼だと言ってパンを持ってきてくれた。
それが何よりも嬉しかった。
メイファムばかり羨ましがっていた自分が少し恥ずかしくなった。
こうして自分を見てくれている人だっているのに。
「朝のパン、昼間に食べました。とってもおいしかったです」
「でしょう? 私がつくったんですもん。パン作りは得意ですから!」
胸をはってそういうリアラに、ユルはまた好感をもって微笑した。
明るくて、金の長い髪が似合う、本当に可愛い子だ、と思う。
リアラと話し込んでいると、人をかき分けてメイファムが宿へと帰ってきた。
祭りの夕方でひどい人混みだが、吟遊詩人の服装に着替えたメイファムは派手で、遠くからでもよく分かる。いや、吟遊詩人の服装も目立つが、メイファムそのものが他とは際立って目立つのだ。背の高さ、金髪碧眼に姿勢の良さが目を惹く要因かもしれない。
「ユル、こっちは終わった。また俺は部屋に戻ってるから」
一声かけたメイファムに隣でユルと話をしていたリアラの顔つきが変わった。
(え……?)
何か、さっきまでの雰囲気と違う。とても幸せそうにメイファムを見上げていた。
「メイファムさん、さっき近くでレイサルさんが辻芸をやってたんです。一緒に見に行きませんか」
メイファムは顎に手をあてて、考え込んだ。
「レイサルか……。そうだな、あいつがどう仕事してんのか、気になるな。朝はすごく落ち込んでたから」
「じゃあ、行きましょう!」
リアラに軽く腕を引っ張られ、メイファムは驚く。
「こら、待て」
「こっちです、メイファムさん」
二人は楽しそうにレイサルの辻芸を見に、ユルの元から去って行った。
ユルは何か所在なく椅子に座り直し、居心地の悪さと、そして、とても嫌な思いを感じた。
しかし、それが何か考えたくなかった。
それを考えることを、拒否した。
「あ、あそこです、レイサルさんの芸をやっている場所は!」
メイファムがリアラに連れられてきたところは、村にかかる小さな橋の脇だった。
そこにはすでにレイサルを囲んでいる老若男女、そして初日にくばったビラのおかげか、特に若い女性が多くいた。
レイサルはやはりトランプカードを買ったらしく、それでカードマジックをやっていた。
カードはレイサルの手の中で自在に操られて、バネのような躍動感を見るものに伝える。
「やるじゃねえか」
メイファムはレイサルの芸をみて、さすがだと思った。
伊達に一人で辻芸人として身を立てているわけじゃないと思う。
レイサルは派手な服装のメイファムがきたことに気が付き、その横のリアラにも気が付いた。
躍動するトランプの間から、小さな赤い花をぽんと出すと、それを前列の女性に手渡す。
そして、もう一本黄色の小さな花を出すと、それをリアラめがけて放り投げた。
花はすとんとリアラの手の中に納まった。
観客の、とくに女性陣は、「私にも」とレイサルの芸をせかし、その場はさらに盛り上がってきた。
「すごいですね、レイサルさん」
リアラがそう言うと、メイファムも同意した。
「そうだな。あいつ、あれでも芸に使う道具をほとんど盗まれているんだ。それであそこまで観客を楽しませることが出来るんだから、凄いな」
レイサルの玄人意識を見たメイファムだった。
レイサルは観客の希望どおりにまた花をだし、それにキスをして女性陣に配る。またきゃあ、と歓声があがった。
歓声を聞きながら、メイファムはリアラの手に納まっている花を彼女の髪にさした。
そして彼女の顔を見る。
リアラも突然髪に花をさしてくれたメイファムに驚き、彼を見上げた。
「いつも俺の歌、聞きに来てくれてるだろ?」
優しく聞かれ、リアラは頬を染めて頷いた。
そう、リアラはいつもメイファムの歌を聞きに行っていた。その後にユルの占いの店に立ち寄って話をしていたのだ。そうすれば、かならずメイファムと会って話ができるから。
「ありがとう。すごく嬉しい。パンも
「食べてくれたんですね……」
夕焼けの赤がまぶしい。二人はレイサルのことを忘れ、お互いの瞳を見つめあった。