二ノ宝楽 夢招ノ祝詞(ニノホウガク ユメマネキノノリト)) 参

文字数 3,009文字

「……ここでいいのよね」
 鳥居の前で足を止める蘭子。この先で噂のある祭りが開催されている……はずなのだが、お囃子は聞こえるのだが雪洞から漏れる光や屋台からの匂いなどは一切感じられない。しばらく考え込んだがそれも無駄だと思った蘭子は思い切って一歩を踏み出した。
 鳥居を跨ぐ。その瞬間、さっきまでは一つしかなかった鳥居がどこまでも続いていて、その鳥居一つ一つに提灯が括り付けられていて、柔らかい光が夜道を鮮やかに彩る。
「え……嘘。さっきまでなかったのに……」
 蘭子の視界に波状で現れた提灯と無数の鳥居、耳のすぐそこで演奏をしているかのような祭囃子、美味しそうな屋台の匂いが蘭子の気持ちを徐々に楽しい気分へと誘う。
「あ、やきそば、わたあめ、りんご飴の匂いだ」
 匂いに誘われて歩いていくと、次第に視界が開けていき左右には様々な屋台が軒を連ねていた。それに沿って進むと自然と大きなやぐらへとたどり着くというとても分かりやすい道だった。会場は既にたくさんの人が笑う声で溢れていた。
「うわぁあ! テンションあがるーっ!」
 小さく足踏みをしながら興奮している蘭子は、まずはどんなお店があるかやぐらへ向かう道すがら確認することにした。
「まずはお面、射的、型抜き……それからくじ引きと」
 お面の店の前では子供が父親にねだられている様子、射的では一喜一憂する様子、型抜きでは誰もが集中している様子が見てとれた。蘭子はお祭り気分をあげるため、お面を購入しようと店主に声をかける。
「こんばんは。これくださいな」
「はいよ!」 
 蘭子はキツネのお面を手にして店主に差し出すと、店主は蘭子を一目見るや否や豪快に笑いながら首を横に振った。
「お、姉ちゃん綺麗だね。特別に持っていきな」
「え、いいの? ありがとうございます」
 蘭子はお面を頭部側面に着けると、店主は嬉しそうに微笑みながら楽しんでこいよといいながら手を振った。蘭子は嬉しくなり満面の笑顔で店主に別れを告げた。
「うふふ。楽しいっ!」
 気分を良くした蘭子は更にやぐらへと近づいた。途中、屋台と屋台の間が広く空いているところがあったが、それは一つの区域となっているようで蘭子が立ち寄ったお面などはいわゆるお土産を目的とした区域で次に入るのは食事を目的とした区域だ。蘭子は空腹に任せて色々と食べる計画を練っているようで、その目は何かを狙っている野獣にも見えなくもない。
「さぁて……次は待ちに待った食事屋台なのね……食べるわよ……」
 蘭子は小さく意気込み、屋台を見ていく。フランクフルトに始まり、やきそば、お好み焼き、じゃがバター、焼きもろこし、たこやき。少し間が空いて今度は甘味処がずらりと並ぶ。わたあめ、りんごやあんず等を使ったフルーツ飴、チョコバナナ、カルメ焼き、鈴カステラ、最後は瓶入りのラムネの屋台だった。
「おー! ベターなラインナップだけど嬉しいねぇ! まずは……お好み焼きからいこうかしら」
 蘭子は熱々の鉄板の上で踊る具材を鮮やかなヘラ捌きで次々に焼き上げていく、気風のいい店主の暖簾を潜る。店主のいらっしゃいの声に少し驚きつつも、蘭子はお好み焼きを一つ注文する。
「はいよ。お代はそこに書いてある通りだ」
 ヘラでさされた先には、「苦衷(クチュウ)」と書かれた小さな箱があった。顔をしかめる蘭子に店主はその箱に愚痴を話してくれればいいといい、注文の品を焼き上げていく。
「愚痴……ねぇ。これでもいいのかな」
 蘭子は小さな箱に向かって、最近あった愚痴をこぼした。話し終えると、小さな箱は仄かな光を発した。それを見た店主は出来立て熱々のお好み焼きを蘭子に手渡した。
「お待ちどう。熱いから火傷しなようにな」
 パックに入れられた熱々のお好み焼きを手に、蘭子は食事ができる場所まで小走りで向かいすぐさまパックを机に置く。熱々なのはいいが蘭子の手はその熱が十分すぎるほどに伝わっていて火傷寸前だった。
「あっつー! でも、美味しそう。いただきます」
 ソースがたっぷりとかかったお好み焼きに割りばしを刺し、食べやすい大きな切りながら熱気を吹き飛ばし、頃合いをみてお好み焼きを頬張る。まだ熱が取り切れていなかったのか、口の中に入れた途端、熱が暴れだし蘭子ははふはふと暴れ狂う。やがて落ち着いてきたのか、蘭子ははぁーと大きく息を吐きながら美味しいと声を上げた。
「本当に美味しい! カリッとフワッが共同してるなんてすごすぎる!」
 何度も顔面が暴れ狂いながらも、蘭子はあっという間に一枚完食してしまった。最後の一口を頬張り、両手を合わせてご馳走様といい後始末を済ませて店主に軽く会釈をした。
「はぁ……こんな幸せな思いしたの久しぶりだわ。次は何を食べようかなぁ」
 まだまだお腹に余裕がある蘭子は、次は何にしようかと嬉々として迷いながらお祭りを楽しむ。

 しばらく悩んだ結果、チョコバナナを選び店主に声をかける。そこには「笑壺(エツボ)」と書かれた箱が置いてあった。また難しい顔をして眺めていると、店主は柔らかく微笑みながら「最近、嬉しいことはなかったかい」と蘭子に尋ねた。蘭子はしばらく悩んだのち、思い当たる節を箱に話す。話し終えると、今度は箱から綺麗な音が流れ店主はにんまりと笑う。蘭子にチョコレートがたっぷりついたバナナを渡すとまた嬉しそうに笑う。
「ありがとうよ。これは特別だよ」
 そう言って店主は蘭子にもう一本、同じ物を手渡した。まさか二本も貰えるとは思わなかった蘭子は少し戸惑いながら礼を言う。
「サービス精神旺盛なのかしら……?」
 蘭子は首を傾げながらも、目的のチョコバナナを得ることができたのでそれでよしとし、一口噛り付く。口の中いっぱいにミルクの風味たっぷりのチョコレートの次に完熟バナナの濃厚な旨味が追いかけっこをしているよう。甘みの二段重ねに蘭子の笑顔もとろりと緩む。
「んー。絶品! ……にしても」
 チョコバナナに満足をしているのもつかの間、蘭子は少し気になったことがあった。それはこの祭りに参加している時から感じていたものだった。
「なんか……確かに賑わっているんだけど……存在がないというか」
 店主は確かにそこに実在はしているのだが、周りで楽しんでいる他の人たちの存在が薄いと感じていた。さっき、蘭子がお好み焼きを食べていて暴れ狂っていても、誰も何も気にしないまるで蘭子が目に入っていないような感覚だったからだ。それでも、周りがこんなに賑やかなのはなぜだろう。不思議なお祭りとはいえ、こうも重なると気になる。
「ま、チョコバナナ食べ終わってから考えても遅くないわよね」
 一旦、考えることを止めてチョコバナナに集中することにした蘭子は両手に持ったチョコバナナを美味しそうに頬張りながらやぐらへと向かった。
 最後の一口を残してふと目にした光景に、蘭子は固まる。見覚えのある髪型、背丈、アクセサリー。全てが蘭子の頭に衝撃を与えるのは十分すぎるほどだった。
「まさか……まさか……」
 今、蘭子は向かっている先とその見覚えのある人物は全く同じだった。ふらふらと歩く蘭子の口から漏れたのはかつての恋仲の名前だった。
「かず……き……和喜なの……?」
 祭囃子は一層盛り上がり、蘭子の呟きを掻き消しながら演奏は続いていく。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み