四舞 言代ノ魂(シマイ コトシロノミタマ) 壱

文字数 1,383文字

 雑木林の中はセミがこれでもかと言わんばかりに鳴いていた。それはまるで、蘭子のかんざしから聞こえる命綱を掻き消すよう。蘭子は溢れる涙と嗚咽を堪えながらただがむしゃらに足を動かした。和喜の言っていた通りにただ真っすぐに足を動かし、もう少しで雑木林を抜けようとしたとき、何かが切れる音がした。
「え……あ、鼻緒が切れちゃった」
 どうやら右足の鼻緒が切れてしまったようだ。仕方ないと思い、蘭子は下駄を片手にぶら下げながら足を動かすことに。下駄を履いていて気が付かなかったが、小さな砂利があちこちに転がっていて、時々蘭子の足の裏に突き刺さる。痛いと思いつつも、蘭子はかんざしから聞こえてくる音色が消えてしまう前にここから出ないとという気持ちに駆られ、表情を痛みに歪ませながら出口へと向かう。
 まだ音が聞こえているということを確認し、蘭子はさっき子供たちと踊った盆踊り会場を通り過ぎ、デザート系の屋台を通り過ぎ、食事系の屋台を通り過ぎた。お好み焼きを買ったお店の店主が蘭子を見て嬉しそうに手を振っていたのだが、蘭子はそれに気が付くことなく走り去ってしまった。それでも店主は蘭子の姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。完全に蘭子の姿が見えなくなり、店主は現金の代わりに話してくれた話をラジカセ代わりに少しずつ店じまいを始めた。いろんな人が話してくれたのだが、蘭子の話は店主にとってお気に入りだったのか、何度も同じところで笑う程楽しませてくれた。
「……はぁ。嬢ちゃん。面白い話をありがとよ」
 店じまいをしている店主が小さく呟くと、作業をしている手から光の粒が生まれ、それは次第に数を増して店主も店も包み込み、光が消えたあとは何も残っていなかった。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……もう少しよね」
 息切れしながらも蘭子は尚も走る。もうここまでくれば戻れることは確実だと確信した蘭子は連なる鳥居の途中で呼吸を整えた。ここまで少し無理をして走ったからか、蘭子は胸に少し圧迫感を覚えた。大丈夫だと自分に言い聞かせながら呼吸を合わせ、落ち着いた蘭子はあのことを思い出してしまった。
「……和喜」
 最後にあそこで和喜に抱き着きたいという気持ちをぐっと堪えここまで走ってきた蘭子に、寂しさが襲う。蘭子の呼吸はまた不規則なものになり両手で自分を抱くようにうずくまる。
「……う……うぅ……和喜……かずきぃ……」
 我慢ができなくなった蘭子はその場で泣き崩れた。大好きな人に会えたのに、短時間だけだなんて。もっともっとお話したかったのに、言いたいことが中々言えないなんて。
「和喜……痛っ!」
 じわりと痛む胸にはっとした蘭子。だめよ。こんなところで弱音吐いたら。和喜はきっとがっかりしちゃう。ごしごしと袖で涙を拭い、はぁと大き目に息を吐いた。
「和喜。本当はまだたくさん話したいことがあったんだけど……また今度……ね」
 背中にはきっと和喜がいて、あたしの言ったこと聞いているんだと思い蘭子は鳥居を駆け抜けた。鳥居の最後が見えたとき、そこには小さな光の玉が浮かんでいて、時々脈打つように動く。蘭子は迷わずその光の玉に向かって飛び込んだ。光の玉の中は真っ白な世界が広がっていて、自分の手も確認できないくらいだった。不思議な感覚に弄ばれながら蘭子の意識は次第に遠のいていった。
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