四舞 言代ノ魂(シマイ コトシロノミタマ) 参

文字数 1,467文字

 翌朝。すっきりと目が覚めた蘭子は、軽く伸びをし窓を見た。外は綺麗に晴れているようで、木々の影が窓のあちこちに映り風が吹く度に小さく揺れる。身支度を済ませ荷物をまとめ、忘れ物がないかを確認し村長に挨拶をするため部屋を出た。たった一日ではあるが、数日間をこの村で過ごしていたような満足感に浸っていた蘭子は、うっかり村長の家を通り過ぎるところだった。小さく咳払いをし、村長の家の風鈴を鳴らす。
「はい。あぁ、目黒様。おはようございます。もう出発されるのですか」
「はい。お世話になりました」
「そうですか……もう少しゆっくりされても……」
「そうすると、あたしの場合はずーっと居座ってしまいそうなので……」
 くすくすと笑う村長はそうだと言って、家の中へと消えていった。村長がいない間、蘭子はぐるりと村を見渡した。快晴の空の下、村の人々は畑仕事に精を出していた。畑を耕している人、種を蒔く人などの顔はどれも今の空の状態と同じだった。最初は不思議なことではあったが、蘭子は一つの仮説を立ててみた。
 あのお祭りで嫌なことや苦しかったことを吐露することで、それがなくなりすっきりとした気分になるのではないか。事実、蘭子自身もこころなしか胸のつかえが取れた気分だった。ただ、調子にのってしまうと……その辺の判断を間違えなければこの村の人たちの生活が如何に恵まれているかがわかる。そして、それが昨日の料理にも表れている。うまくできているなぁと感心していると、いそいそと村長が戻ってきた。
「大変お待たせいたしました。こちらをどうぞお持ちください。村の特産品でございます」
 村長は籠一杯に入った村の野菜を持ってきてくれた。昨日の料理に使われていた大根や三つ葉、山菜などもあり蘭子はその量の多さに驚いた。
「ええっ! こ、こんなには……悪いですよ」
「いいえ。美味しくいただいていたようなので、このくらいはご用意させていただくのが普通かと……」
 このままじゃどちらも引かない状態になってしまうと思った蘭子は、いくつかの野菜を選んで持って帰ることにした。村長はそれでも満足そうに微笑むと深々と頭を下げた。
「この度は、このような小さな村に来ていただき、誠にありがとうございました」
「いえいえ。こちらもとても楽しませていただきましたし」
「それと、よければこちらもお持ち帰りください」
 そう言って手渡されたのは、昨日、蘭子が身に着けていた風鈴のかんざしだった。一瞬、ドキッとする蘭子だが村長はかんざしとして機能はする模造品だと説明した。このかんざしからは音は出ないので安心してくださいと付け加えると、そのかんざしが入っていた化粧箱を用意。蘭子は迷ったがせっかくなので受け取ることにした。
「ありがとうございます。大事にしますね」
「またいらしてください。入口まで送ります」
「ああ、お構いなく。ここまでで結構ですよ。本当にお世話になりました」
 蘭子は村長、それと遅れてやってきた仲居さんにお辞儀をして村長の門扉を閉じた。

村の出入り口まで歩き、振り返る。最初はこの村の記事を書こうと思ってやってきたのだが、今は止めようと思った。理由は村の様子を見ればなんとなくそう思ってしまうからだ。
「さてっと……局長に叱られに戻りますか」
 蘭子はここでのできごとは何もなかったものだとし、取材したメモなどはびりびりに破いて風の彼方に放った。優しくも力強い風はメモと蘭子の気持ちを爽やかに吹き飛ばしてくれた。大きく鼻息を一つ、蘭子は大きく一歩踏み出した。
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