二ノ宝楽 夢招ノ祝詞(ニノホウガク ユメマネキノノリト) 弐

文字数 1,783文字

「それと、取材というお話を聞いていますが……どういった内容でしょうか」
「あ、すみません。お聞かせ願えますか」
 蘭子はバッグからメモ帳とペンを取り出し、早速仕事モードに切り替える。聞きたいことは予め決めてあるので、それに沿って話をしていけばいい。
「まず、お祭りというのは……」
「目黒様がいうお祭りとは、綾貸祭(あやかしまつり)のことですかな」
「あやかしまつり……? お祭りの中では少し変わっている現象があるとか」
「例えば?」
「聞いたお話ですが、屋台で販売している品物はお金ではなく、なにか思い出と交換と聞いておりますが」
「ええ。ここのお祭りに金銭の授受は一切ありません。その代わりにお客様の苦しかったことや辛かったことと交換させていただいています」
「具体的にはどのようにすればいいのですか?」
 すると村長はけらけらと笑いながら話した。
「簡単なことです。店主に話をすればいいだけです」
「話す……だけですか」
 思いもよらぬ返答に戸惑う蘭子を気にせず、村長は話を続ける。
「誰しもがそういった経験をお持ちです。お祭りでは少しでもお客様に楽しんでもらおうという試みでございます。もう間もなくお祭りが始まりますので、目黒様もどうぞ楽しんでいってください」
 お辞儀をして座敷から出ようとする村長を、蘭子はもう一つだけ聞かせてくださいと言い引き留める。
「あの、そのお祭りで行方不明になった方がいるというお話も聞いているのですが……」
 すると、終始穏やかな笑みを浮かべていた村長の表情が一変し、きりりと険しくなった。
「……欲深き人間の行く末でございます。ゆめゆめお忘れなきよう……」
 さっきまで優しそうだった村長が急に怖い顔になったということが、蘭子にとっての衝撃だった。お祭りって楽しむものなのに……なんでそうなっちゃうのかしら……蘭子は頭を抱えそうになった。と、そこへ一人の女性が蘭子の前に現れる。
「目黒様。お部屋へご案内いたします。どうぞこちらへ」
 これまた綺麗に着物を着た女性がきびきびと動き、蘭子を部屋まで案内する。部屋と言っても村長の家から少し離れた来客専用の家なのだろうか。靴を履いて女性の後をつけると、造りは変わらないが内装はどこにでもある洗面台と浴室が一緒になった形式の部屋だった。単純ではあるがとても機能的な部屋に蘭子は歓喜した。
「綾貸祭には、そちらの浴衣をご利用ください。それと、髪を結ってこのかんざしを必ずつけてください」
 女性から手渡されたのは、風鈴の飾りがついたかんざしだった。これも河崎部長が言っていたことと同じだった。試しに音が鳴るか振ってみたがうんともすんともいわなかった。すると女性がかんざしについて説明をしてくれた。
「そのかんざしは、目黒様をお守りするものでございます。決してお祭りの会場では外さないようお願いします。それと、一定時間になりますとかんざしから音が鳴ります。この音が鳴り終えるまでにこの村にお戻りください。よく覚えてくださいね」
 女性は客室の玄関にあった風鈴を鳴らした。
 
リィン リリィン リィィン

 とても澄んだ音色で背中が少しだけ涼しく感じた。この音が聞こえたら帰ってくる合図。そう自分に言い聞かせながら浴衣に手を伸ばす。手を伸ばしははいいけど……どうやって着ればいいんだっけ……。しばらく着物とにらめっこをしていると女性は優しく声を掛けた。
「お手伝いしましょうか」
「すみません……お願いできますか」
「畏まりました」
 女性に手伝ってもらいながらなんとか着付けることができた。夏を感じさせる紺の地に鮮やかなアサガオが描かれている。帯はクリーム色で全体にメリハリをつけている。
「お待たせしました。お腹周りはきつくないですか」
「はいっ! ありがとうございます!」
 仕事モードから切り替えた蘭子は、お祭りという雰囲気だけで気分がウキウキしていた。これから始まる綾貸祭とはどんなお祭りなのだろうと胸を躍らせていると、どこからともなくお囃子が聞こえてきた。
「目黒様。玄関を出てすぐ近くに鳥居がございます。その先が会場でございます。お気をつけていってらっしゃいませ」
「ありがとうございます! 行ってきます!」
 履きなれない下駄に苦戦しながら、蘭子は綾貸祭へと向かった。
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