三神楽 浮世囃子(ミカグラ ウキヨバヤシ) 弐
文字数 1,535文字
さっきまで賑わっていた会場とは打って変わって、雑木林の中はしんと静まり返っていた。まるでこの雑木林だけが切り取られた空間のような気がした。蘭子は補正された道を進んでいくと、風に揺れて雑木林が小さく囁く。また風が吹いて囁く。
ザァー ザァー
風が止むと今度はセミの大合唱が始まった。ジャワジャワ、カナカナ、ミンミンと種類が多く進むにつれて音が大きくなる。その音に急かされて蘭子の足も少しずつ早くなる。早くなるとセミの合唱は一層大きくなり蘭子の足をもっともっとと急かせる。
「もしかしたら……会えるの? 和喜……」
蘭子は目にうっすらと涙を浮かべながら呟く。会えるかもしれないという期待が更に蘭子の足を急かせる。
これ、似合うかな……? どう……和喜?
うん。似合うよ。じゃあ、僕も同じものを買おうかな
はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……
やだ。和喜ったら。もう少し待っててよ。つまみ食いはダメだって言ってるでしょ
だって、あまりにも美味しそうだからさ。我慢できなくって。
もう……仕方ないなぁ。一個だけよ。ほら、あーん。
はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……
かーずきー! おーきろーー! 朝だぞー!
……うーん。もう少し寝かせてくれないか。今日は休みだろ?
そうだけど……もう。しょうがないなぁ。もう少しだけだからね。
蘭子ももう少し寝ればいいじゃないか。
……じゃあ、ちょっとだけ。
はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……
ねぇ、和喜はあたしなんかといて楽しい……の?
なんでそんなことを聞くんだい?
え、だって……あたし、仕事人間だし、いつも和喜の約束守ってないのに……
蘭子が仕事人間でも、僕は蘭子のことが気になっているんだよ。一生懸命な君が大好き。
ちょっ! 和喜ったら……何言ってるのよ!
あはは。ごめんごめん。でも、大好きなところは本当だからね。
……っ!!!
はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……
涙と一緒に今まで和喜と過ごしてきた時間が次から次へとよみがえってくる。甘くて優しくて、だけど時々くすぐったい思い出が蘭子の胸をじわりと締め付ける。甘ければ甘いほど、優しければ優しいほど、くすぐったければくすぐったいほど、確実に蘭子の胸を締め付けていく。胸の苦しさが頂点になった時、蘭子は足を止め肩で呼吸をする。はぁはぁと荒れる呼吸を整えながら胸をぎゅっと抑える。
「和喜……苦しいよ……和喜……」
涙でぼやけた視界、鳴りやまないセミの合唱、締め付けられる胸。蘭子は転がっている石に腰を掛け耳を塞いだ。塞いでも隙間から聞こえるセミの合唱、自分の心が脈打つ音が結局何も塞いでいないということを告げる。
「もう……苦しいよ……苦しいよ……和喜」
袖で涙を拭うも、溢れる涙は止まらなかった。逆に拭えば拭った以上の涙で溢れてしまう。しまいには袖を瞳に押し付け泣きじゃくった。セミの合唱による焦燥感、思い出による胸絞感。二つが混じり合い恐怖に落ちいる蘭子に、小さな風がふわりと通り抜けた。浴衣の裾を動かすだけの小さな風だったが、蘭子をはっとさせるには十分すぎる風だった。
「……和喜……?」
その風は誰かとすれ違った時に生じるあの風に似ていた。誰もいない雑木林でそれを感じたのはもしかして……。蘭子は涙をきれいに拭い、風が抜けていった方向を追うように歩き始めた。
「もしかしたら……今のは……」
本当に本当に小さな望みかもしれない。本当はそこには誰もいないかもしれない。だけど、確認もしないでこのまま引き返すなんで嫌だ。蘭子の心に小さな灯が灯り、その灯火が消えないよう気を強く持ち、蘭子はセミの合唱の間を抜けていく。
ザァー ザァー
風が止むと今度はセミの大合唱が始まった。ジャワジャワ、カナカナ、ミンミンと種類が多く進むにつれて音が大きくなる。その音に急かされて蘭子の足も少しずつ早くなる。早くなるとセミの合唱は一層大きくなり蘭子の足をもっともっとと急かせる。
「もしかしたら……会えるの? 和喜……」
蘭子は目にうっすらと涙を浮かべながら呟く。会えるかもしれないという期待が更に蘭子の足を急かせる。
これ、似合うかな……? どう……和喜?
うん。似合うよ。じゃあ、僕も同じものを買おうかな
はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……
やだ。和喜ったら。もう少し待っててよ。つまみ食いはダメだって言ってるでしょ
だって、あまりにも美味しそうだからさ。我慢できなくって。
もう……仕方ないなぁ。一個だけよ。ほら、あーん。
はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……
かーずきー! おーきろーー! 朝だぞー!
……うーん。もう少し寝かせてくれないか。今日は休みだろ?
そうだけど……もう。しょうがないなぁ。もう少しだけだからね。
蘭子ももう少し寝ればいいじゃないか。
……じゃあ、ちょっとだけ。
はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……
ねぇ、和喜はあたしなんかといて楽しい……の?
なんでそんなことを聞くんだい?
え、だって……あたし、仕事人間だし、いつも和喜の約束守ってないのに……
蘭子が仕事人間でも、僕は蘭子のことが気になっているんだよ。一生懸命な君が大好き。
ちょっ! 和喜ったら……何言ってるのよ!
あはは。ごめんごめん。でも、大好きなところは本当だからね。
……っ!!!
はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……
涙と一緒に今まで和喜と過ごしてきた時間が次から次へとよみがえってくる。甘くて優しくて、だけど時々くすぐったい思い出が蘭子の胸をじわりと締め付ける。甘ければ甘いほど、優しければ優しいほど、くすぐったければくすぐったいほど、確実に蘭子の胸を締め付けていく。胸の苦しさが頂点になった時、蘭子は足を止め肩で呼吸をする。はぁはぁと荒れる呼吸を整えながら胸をぎゅっと抑える。
「和喜……苦しいよ……和喜……」
涙でぼやけた視界、鳴りやまないセミの合唱、締め付けられる胸。蘭子は転がっている石に腰を掛け耳を塞いだ。塞いでも隙間から聞こえるセミの合唱、自分の心が脈打つ音が結局何も塞いでいないということを告げる。
「もう……苦しいよ……苦しいよ……和喜」
袖で涙を拭うも、溢れる涙は止まらなかった。逆に拭えば拭った以上の涙で溢れてしまう。しまいには袖を瞳に押し付け泣きじゃくった。セミの合唱による焦燥感、思い出による胸絞感。二つが混じり合い恐怖に落ちいる蘭子に、小さな風がふわりと通り抜けた。浴衣の裾を動かすだけの小さな風だったが、蘭子をはっとさせるには十分すぎる風だった。
「……和喜……?」
その風は誰かとすれ違った時に生じるあの風に似ていた。誰もいない雑木林でそれを感じたのはもしかして……。蘭子は涙をきれいに拭い、風が抜けていった方向を追うように歩き始めた。
「もしかしたら……今のは……」
本当に本当に小さな望みかもしれない。本当はそこには誰もいないかもしれない。だけど、確認もしないでこのまま引き返すなんで嫌だ。蘭子の心に小さな灯が灯り、その灯火が消えないよう気を強く持ち、蘭子はセミの合唱の間を抜けていく。