四舞 言代ノ魂(シマイ コトシロノミタマ) 弐

文字数 1,555文字

 気が付くと目の前はあの賑やかな雰囲気ではなく、しっとりとした村だった。
「そっか……戻ってきたんだ」
 どうやら顔から滑り込んでしまっていたらしく、唇が少しひりひりと痛む。これくらいならと指で触れると、蘭子は用意してくれている部屋(一軒家)へと戻った。

「おかえりなさいませ。そろそろお戻りのころかと思っていました」
 玄関を開けると、深々とお辞儀をしている女性がいた。部屋を案内してくれたり、着付けを手伝ってくれた女性だった。ぎょっとする蘭子を後目に女性はすたすたと歩き、食事の準備は整っていると告げた。
「お時間もお時間なので、簡単なものをご用意致しました」
 なにかなと思い蘭子は机に置かれた扇型の盆を見た。小ぶりの茶碗半分のお粥、山菜の刺身、吸い物、香の物。簡単なものとはいえ、どれも手の込んだ料理に見えた蘭子は思わず小さく悲鳴を上げた。
「お休みになるようでしたら、玄関先にある風鈴でお呼びつけください。では、ごゆっくり」
 驚く蘭子を何食わぬ顔で素通りし、部屋を出ていく女性。蘭子だけになった部屋にそよ風が迷い込み、蘭子の髪を悪戯に揺らす。
「お好み焼き食べたけど……いけるかしら」
 蘭子は両手を合わせ、生産者に感謝の意を示してから箸を取る。最初に手を付けたのは吸い物だった。蓋を開けると、小さく切られた豆腐と三つ葉が浮かんでいた。澄んだ出汁は丁寧にとられた鰹節の味がした。どれもがどれの味を邪魔していない上品な味わいだった。次に蘭子は艶やかなお粥に手を伸ばす。村で収穫されたお米なのだろうか。米一粒がどれも主張していて輝いていた。程よく冷ましてから口に運ぶと、米の甘さに驚く。
「あっま……! こんなに甘いお米食べたの初めてかも……」
 驚きながら茶碗を置き、山菜が盛られた皿へと視線を移す。中々見ないものだけに、蘭子は少し緊張している。
「山菜の刺身って珍しいわよね」
 酢醤油に付けて口へと運ぶと、まろやかな酢とコクのある醤油が食材の旨味をグンと引き立たせる。灰汁の強いことで有名な食材もこれならいくらでも食べられそうだと蘭子は思った。
「この酢醤油……売ってないかしら。すごくまろやかで美味しいわ」
 すっかり酢醤油の虜になった蘭子は、箸休めに香の物に手を付けた。大根とその葉っぱ、きゅうり、なすが盛りつけられた小皿を眺めていると、蘭子は直感的に大根の漬物に箸を付けた。

 ポリポリ ポリポリ
 
とても歯ごたえがあり、食感といい音といいとても心地よかった。次はその葉っぱを口へと運ぶと、これまたシャキシャキと歯ざわりと音で楽しむことができた。蘭子はここで収穫されたものにとても感激していた。
「こんなにも美味しいなんて思ったこと……ないわよ」
 最初は全て食べられるか不安ではあったが、生産者の食材に対する愛情を感じた蘭子は完食することができた。いや、残してしまったら後悔をしてしまうかもという思いが勝ったのかもしれない。
「ごちそうさまでした」
 感謝の意を表し、席を立つと玄関口にある風鈴を鳴らした。鳴っている間、ほんの少しだけ思い出しそうではあったが、蘭子は小さく頭を振った。
「お待たせいたしました。では、お休みの準備が整うまでしばらくお待ちください」
 女性がやってきて、すぐに就寝の準備を進める。まず食器類を片してから、寝具を整える。ものの数秒で就寝の準備を終えた女性はまた深々と頭を下げて部屋を出ていった。
「なんというか……きびきびしてるわよね。あの人」
 綺麗に整えられている寝具に飛び込む前に、蘭子は入浴や歯磨きを手短に済ませた。全てが完了したことを確認した蘭子はふかふかの布団に飛び込んだ。洗い立ての匂いに包まれながら、蘭子はすぐに夢の世界へと落ちていった。
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