セカンドコンタクト 前編

文字数 1,519文字

 彼と出会ってから1週間後、相変わらずスランプを脱せられない私を気遣ってか仕事仲間でもある友人がライブに誘ってきた。ライブと言ってもメジャーデビューを夢見るインディーズバンドや一躍有名になろうと日夜切磋琢磨している無名のミュージシャンの集うライブハウスで行われるライブだ。正直なところ私は音楽というものにあまり興味がない。既にメジャーデビューを果たしている有名なミュージシャンのライブならともかく、何故アマチュアのはっきり言って大して上手くもない演奏といまいち心に響かない歌に耳を傾けなければならないのだろう。それを友人に問い質すと「新しい小説のネタになるかも知れないから」という答えが返ってきた。メジャーデビューを夢見る若きミュージシャン達の奮闘、なるほど確かにこれは小説には持って来いの題材だ。あまり気乗りはしなかったが、ネタのためならと私も参加することにした。

 平日にもかかわらずライブ会場には思いの外観客がいた。そんなに大きなライブハウスでもなかったとは言え、それでも客同士が押し合いへし合いしなければ収まり切れないほどには。それに、中にはどこかの事務所のプロデューサーのような人もいた。というのも、この日は今業界が大注目のインディーズバンドのライブがあったためだ。そのバンドの時だけ明らかに観客の声援の熱量が大きかった。そしてそのバンドがステージを降りると次第に観客が減っていった。出演予定者の最後の組の方では、手を左右に伸ばしても問題ないほどに人が疎らであった。私たちもそろそろ帰ろう、そう思っていた矢先に、ステージ上に180cmは越えてそうな長身で肩まで掛かる長い金髪の丹精な顔立ちの顔の男がエレキギターを携えて楽器を携えて堂々たる態度で上がってきた。これが彼との二度目の出会いであった。

 彼の曲はエレキギターを基調とした転調の激しいハードロックであり、その曲調は攻撃的で疾走感があり、聴いているだけで自然と脈拍が早くなり全身が熱を帯びたような錯覚に陥り、今にもリズムに合わせて身体が動き出しそうな、そういう意味ではさながらディスコーティングの様でもあった。その歌詞は現代社会に対して恐らく多くの人が抱いているであろう不満を歯に衣着せぬ物言いで大衆の心に訴えかけるように吐き散らしたものであり、それでいて単に思い思いに書き殴っわけではなく、韻の踏み方やワンフレーズにおける文字数などからきちんと文章が推敲されていることがわかる。その歌声は力強くも伸びがあり、いわゆるミックスボイスを多用していても不快感を感じさせず、転調が激しく全体的に攻撃的な彼の曲に合致していた。総括して、聞いていて彼の反骨精神が伝わってきて、聞き手の攻撃性や破壊衝動を刺激する、古き良きロックンロールを周到したような歌であった。
 と、ここまでが私の友人が述べた感想だ。先程も述べたが私は音楽に対して然程詳しくない。そのためか、私にはやかましくて下品な楽器の音に載せて下手な扇動者が如く社会に対する不平不満を垂れているだけにしか思えなかった。それにステージ上の男が先週の無頼漢だと分かったため、その時の怒りが蒸し返してきたこともあり、余計私は彼の歌に好印象を持てなかった。ステージ上に上がった彼を目にしてから頻りに友人に帰るよう促したが、まあせっかくだからと聞き入れてくれなかった。結局私も聴くに堪えない彼の歌を聴くことになり、そのことも彼の歌をこき下ろすに至らしめた一員となった。まあとにかく私は友人と違って彼の歌に対して好印象を持てなかった。言動が下品な奴は音楽まで下品なのか。ああ、一刻も早く家に帰りたい、それがそのときの私が一番望んでいたことだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み