ファーストコンタクト

文字数 2,031文字

 私が彼と初めて出会ったのはうだる様な猛暑が続く8月上旬、丁度私が小説を書けなくなっていたときのことだ。このとき私はいわゆるスランプに陥っていた。小説のアイデアが浮かばないとき、いつもの私は散歩がてら行きつけの喫茶店にでも入るところだが、この頃はそれが連日続いていた。そして、彼と出会った日も例の喫茶店に足を運んでみたのだが、その日に限っては臨時休業で店が閉まっており、仕方なく客がごった返していたファミレスで妥協した。満席とのことで店員から相席しても良いかを聞かれ、流れで肯定してしまった。その時相席することになった長身で顔こそ丹精ながらも肩まで掛かる金髪の見るからにガラの悪そうな若い男、それこそが彼であった。

 この時彼に抱いた印象ははっきり言って最悪だった。それは見た目もさることながら、彼の態度の悪さのためだ。このとき、彼は見るからに硬そうなステーキを肴にウイスキーを飲んでいた。まだ日も暮れていないにも関わらずである。思えばその様子をまじまじと見ていた私にも落ち度はあったのだが、私の視線に気づいたのか睨むように私に視線を向けて「何か用かよ」と威嚇のように聞いてきた。「い、いえ」と咄嗟に回答すると「ならじろじろ見るなよ気色悪い」とステーキを切りながら悪態を突いてきた。珈琲でも飲んで早く出ようと感じ始めたところ、彼はウイスキーを飲み干した。と同時に店員を呼び止め、酒の追加オーダーをした。ああ、これは長くなりそうだ。半分も減ってなさそうなステーキを見て私はそう確信した。それから私は無言で珈琲とサンドイッチを摂りつつ、目の前の荒くれ者と目を合わせないように小説のネタが書いてあるメモ帳と睨めっこをしていた。その間も大して量も無いうえにすっかり冷めたであろう肉を肴に彼は酒を飲んでいた。その様子を時折搔い摘むように伺っていると、またしても彼に因縁を付けられた。
「なぁあんた、さっきから俺のことをチラチラ見てるが、本当は何か言いたいことがあるんじゃねぇか?文句があるってならはっきり言えよ。」
「い、いえ、決してそのようなことは...」
 私が言い終えるより先に彼は続けた。
「またそれかよ。文句はないってなら何だ?俺の顔に何か珍しいものでも付いてるのか?別に俺は顔にタトゥーを彫ったり耳や鼻に馬鹿みたいにでかいピアスをつけたりした覚えはないんだが、もしそれらが見えるって言うんならこんな掃き溜めはさっさと出て今すぐ眼科を受診するか、もしくはお祓いにでも行くことを勧めるよ。」
 ”こんな掃き溜め”をさっさと出たいのは私としても同意なのだが、初対面の相手にここまで毒づかれると私とて流石に憤りを感じたので、つい言い返してしまった。
「いえ、こんな真っ昼間からお酒を飲むなんて、あなた随分お酒が好きなのかなと思いまして。でもお酒は控えた方が良いですよ?何しろ私が貴方のことを頻りに見てる幻覚を見てるそうですから。それにお身体にも悪くてよ?貴方こそ消化器内科でも受診して肝臓を診てもらったらどうかしら?」
 幻覚の下りは噓で、確かに頻りに見てはいたが、ともかく私が言い終えると彼は再び悪態をつくように口を開いた。
「なんだそんなことかよ。好きじゃねぇよ別に。」
「だったらどうして昼間からそんなにお酒を?」
 今度は仕返しではなく疑問に思い尋ねた。
「昼間から酒を飲んでたら悪いかよ。チャーチルなんか朝からウイスキーを飲んでたが、そんな飲んだくれでもイギリスの首相を勤めていたぐらいだ。それもナチス・ドイツの魔の手が迫っている最中にな。それに比べたら国の重要な役職に就いてる訳でもない俺が昼間から酒を飲んだところで一体全体何の不利益があるって言うんだ。」
「いや、そうじゃなくて、何で好きでもないないのにお酒を飲んでるんですか?」
「ああ?そんなもん酔わなきゃやってられないからだよ。この店に来る前にムカつくことがあってな、これで満足か?まぁ来たら来たで喫煙席は満席で、しかも相席を頼まれて、挙句に相席してきたやつに因縁つけられるという別のムカつくことがあったがよ。」
「それは貴方が先に…」
 私が抗議の意志を示したのを感じたのか、彼は私の言葉を遮りつつ続けた。
「まぁあんたの言わんとすることはわかるよ。ただでさえ混んでるファミレスで、しかも相席したやつが飲んだくれの糞野郎だから早く出て行ってほしい、とでも思ってるんだろ?お望み通りそうしてやるよ。あんたに見られながらだと苦い酒とボロ雑巾みたいな肉が益々不味くなるんでね。」
 酷く耳障りな捨て台詞を吐くと彼は急いで苦い酒を飲み干し、残りのボロ雑巾を口へと運び、伝票と奥にあった黒いギターケースのようなものを持って席を立った。勿論色々と言い返してやりたいことはあったが、たぶん二度と合わない相手だとこの時は思っていたから気にしないことにして、私は珈琲を追加注文した。さあ、少しだけ静かになった店内で1人優雅なコーヒータイムの始まりだ。
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