喧嘩

文字数 2,514文字

 仲違いするに至った経緯は、ライブの帰りに私が彼の新曲の感想を述べた時のことだ。私は友人とは違い、基本的に彼の曲をあまり褒めることをせず、どちらかと言うと批判的な意見を述べることが多かった。というのも、彼の曲は現在のヒットチャートなどに比べたら明らかに古臭い曲調であることが分かってきたからだ。私は音楽については素人だし、細かい理論や技術的な部分はまだまだわからないが、それでも彼の影響で音楽を聞き出してからは現在の流行ぐらいは肌感覚でだが分かるようになってきた。ただ批判しただけなら彼は反論してくることはあっても、そこまで露骨に不貞腐れたり機嫌を悪くしたりすることはなかった。だが、そのときの私は一向に新作のアイデアが出ないことへの焦りと引切り無しに催促してくる出版社への苛立ちからついいつもよりきつく当たってしまった。
「なあ、今日のは新曲だったんだが、どうだった?」
 その日も彼はいつもと変わらない調子で私と友人に曲の感想を求めてきた。
「今日のも良かったよ。特に大サビの前のギターの速弾きとか。」
「ああ、あそこは特に演奏で力を入れている部分なんだ。」
 いつものように彼を褒める友人に対して彼は上機嫌に返していた。それが余計に私を苛つかせた。
「ねぇ思ったんだけどさ、あなたの曲調って古くない?それにその速弾きっていうのはそんなに重要なテクニックなの?」
「曲調が今風でないのは認めるが、速弾きはハードロックやヘヴィメタルでは重要なテクニックの一つだ。例えばジューダス・プリーストのK・K・ダウニングは…」
「ダウニングはイギリス人でしょ。それもデビュー時期も今よりずっと前だし。」
 いつも通り彼が反論してきたのを遮るように言った。
「だったら何だよ。日本人でしかもダウニングと親子以上の歳の差がある俺は彼の真似をしちゃいけないとでも言うのか?」
 彼はいつもより少し興奮気味に言い返してきた。だが構わず私は批判を続けた。それも彼を説教するように。
「前々から思ってたんだけどさあ、あなた音楽で食べて行きたいって言う割には、今の流行りを取り入れようって気概がないわよね?それでいて『最近の音楽は』なんて流行りを理解できない年寄りじみた批判だけは一人前にするし。自分が思うように売れないのは客のせいだとでも思ってるの?」
 当然彼も反論してきた。
「そっちこそ音楽のことを全然知らないくせに良く言うぜ。売れっ子作家だか何だか知らねえが、一作こけたぐらいでスランプに陥るようなプロの風上にも置けない脆弱なメンタルの持ち主のあまちゃんがよお。前々から薄々感じてたんだがよ、あんた、自分はプロだからって俺のこと見下してねえか?プロを自称するんだったらそろそろ新作の一つでも書き上げたらどうだ?俺はどんなに遅くても一月に一曲は必ず新曲を作ってるぞ。」
 彼の挑発じみた発言にとうとう私の堪忍袋の緒が切れた。周囲の通行人が私たちのやり取りに注目しだしたのに目もくれず、私は怒りに任せてつい彼にきつく当たり過ぎてしまった。
「ええ私はプロよ。だから所詮素人のあんたと違って色々な重責がのしかかってくるの。まあメジャーデビューすらできていない、いつまで経っても遊び感覚でしか音楽に向き合うことができないあんたみたいなアマチュアにはわからないでしょうけどね。私に意見したかったら一曲でもヒット曲を出してからにしなさいよ!」
 そして我慢の限界を迎えていたのは彼も同じで、それは彼の反応ですぐに分かった。というのも、彼が本当に怒っているときは言葉数が極端に減るからだ。
「ああわかんねえよ。俺はあんたと違ってまだ土俵にすら立たせて貰ってないからな。」
 そう言い終えると、私たちの口喧嘩を遠くから見ていた野次馬を余所に彼は人だかりの向こうへ姿を消した。

「ねえ、いくら何でもさっきのは言い過ぎだったんじゃない?」
 彼と私たちとが分かれてから少しすると、普段はおっとりした口調の友人が珍しくきつめの口調で私を咎めてきた。
「良いのよ、ああいう夢想家はあれぐらい言ってやらないと目を醒まさないから。」
 本当は言い過ぎた自覚があったが、彼への怒りが勝り、私はつい強がった。それに対して友人は先程よりもさらに強い口調で私を問い詰めてきた。
「目が醒めるって何?それにさっきの彼に対する罵倒とも侮辱とも取れる物言い。まさか『音楽の才能がないからやめろ』とでも彼に言いたいの?音楽に大して精通していないあんたが?最近ちょっと噛った程度の付け焼き刃の知識で?」
「いや、別に私はそんなつもりじゃ…」
 私が咄嗟に言い逃れしようとするのに被せるように友人が言った。
「さっきまでの彼に対する発言を考えると、向こうにそう取られてもおかしくないって。少なくとも私はそう取ったよ。」
 冷静に考えれば彼女が言っていることはもっともなのだが、怒りが完全には収まっていなかった私は、やけに彼の肩を持つ友人にも喧嘩腰で物申してしまった。
「ていうかさあ、さっきからあんたやけにあいつの肩を持つけど、じゃああんたは今のままであいつが売れるとでも思ってるの。それとも何?あいつと付き合ってるの?」
 すると友人は呆れたように口を開いた。
「あのさあ、彼が今のスタイルで売れるかどうかなんて私にはわからないし、私は彼の恋人ではないけどさあ、あんたは明らかに言い過ぎだったって言ってるの。少なくとも音楽に対して遊び感覚では向き合ってないと思うよ彼は。」
 勿論そんなことは私だって分かっている。ただちょっと新作のアイデアがでないことで苛立っていたときに、そのことを彼に揶揄されたからつい言い過ぎただけだ。本心では彼には彼のやりたい音楽を貫いてほしいと思っている。だがそれではどうしても限界が来そうなため、流行りや新しい価値観はどんどん取り入れるべきだと私なりに助言をしたかっただけだ。かつての私がそうであったように。そんな私の心境を知ってか知らずか、友人はさらに続けた。
「ま、彼には一度菓子折りでも包んできちんと謝りに行っておきなよ。」
 そう言うと友人もT字路を私の家とは反対方向に進み、人通りの少ない道路に私一人が取り残された。
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