BEAUTIFUL DREAMER

文字数 2,880文字

 そしてオーディション当日が来た。会場には今日のために全てをかけて曲を披露しに来たもの、そんな彼らを応援しに来たもの、新たな逸材を発掘するためにスカウトにきたもの、単に興味本位で来たものなど様々な人種がいた。ちなみにこの日は私と友人以外にマスターも来ていた。真夏の太陽の暑さにも負けない人々の熱気の中、一組目の演奏が始まった。そして一組、また一組と徐々に参加ミュージシャンがステージ上に上がっては消えていき、出演者も少なくなってきた頃、背の高い金髪の見慣れた男がエレキギターを抱えて堂々たる姿勢でステージ上に上がった。勿論彼だ。
 彼は彼自身が最高傑作だと評する自信作を全力で披露した。彼に音楽の才能があったのかどうかは今となっては分からない。それでも持ちうる限りの技術をこの日のために研ぎ澄ませてきたのは間違いない。これは私と友人、そしてマスターの感想だが、歌唱力、演奏技術、作詞作曲の能力、そのいずれもが他のミュージシャン達と比べても決して劣らないものに感じた。そして―

 奇跡は起きなかった。

 オーディションが終わったあと、出口で彼を待っていた私たちの元に彼が無言で歩み寄ってきた。私が彼に「また次があるよ」と声をかけても、彼は「ああ」と一言発しただけですぐに私たちの元を通り過ぎて行き、私達も彼を追うことが出来なかった。この後、彼の家やライブハウスを何度か訪れてみたが、彼と会うことはなかったし、電話をしても彼の携帯電話に繋がることはなく、結局この時のやり取りが後述のものを除くと私と彼の最後のものとなった。

 それから一ヶ月ほど経った後、私が何となく足を運ぶのを敬遠していた喫茶店へ行くと、マスターから「渡したいものがある」と言われて、ギターケースと一枚の紙を渡された。それは紛れもない彼から私への手紙であり、そこには次のことが書かれていた。以下手紙の内容を引用する。



拝啓
 この手紙を初めて読むのがあんたであることを切に願っている。そして急なことですまないが、俺はこの街を出ようと思う。というのも俺は今回のオーディションに落ちたらミュージシャンの夢はきっぱり諦めようと思っていたんだ。これは上京した時から決めていたことだ。30歳までにデビューできなければ地に足の着いた堅実な生き方をしよう、ってな。
 そしてこのことをあんたに言わなかった理由だが、あんたはたぶん止めると思ったんだ。それにあんたといたらこっちの決意も揺らいでしまいそうになるからな。いつだったか「音楽だけは絶対に辞めない」とか言ったよな?あれはあんたの前で格好付けたかったから言った強がりだ。男っていう生き物は女の前では雄弁かつ噓吐きになるもんなんだよ。
 あんたと過ごした期間は1年ちょっとと決して長くはなかったが、色々なことを教わった。例えば読書は楽しいってことや、才能ある人間も苦労はしているってことをな。一ファンとして言わせてもらいたいが、あんたは間違いなく物書きの才能がある。だから周りの何も知らない奴らからの評判なんて気にせず、筆を執り続けてくれ。まあ音楽を辞めた俺が偉そうなことを言えた立場じゃないけどよ。
 そうそう、俺の愛用していたエレキギターだけど、あんたにやるよ。未練たらしいのは嫌いでよ、一度辞めると決めたことはきっぱり辞めたいんだ。だからそいつとも別れようと思う。いらないなら売ってくれ。
 ちなみにこの後だが、どこか遠くの街で喫茶店でも開こうかと思っている。前にあんたが俺の淹れた珈琲を褒めてしてくれたことがあっただろ?実は珈琲の淹れ方には結構自身があるんだよ。もっとも店長には最後までダメ出しされっぱなしだったけどな。ま、今に店長を越えてみせるよ。
 なんにしてもあんたと初日に喧嘩したこと、本のことで意気投合したこと、その後も本や音楽について議論を繰り返したこと、その際に熱が入りすぎてつい言い過ぎてしまったこと、お互いにお互いを励まし合ったこと、そのどれもが俺にとっては最高の宝物だ。だからこの街を去る前にあんたと出会えて本当に良かったと思う。
 最後に一つだけお願いがあるんだが良いかな?本当に勝手な要望だとは思うが、俺の伝記を書いてほしい。勿論あんたが分かる範囲で構わない。何と言うか、俺という人間がいたということを世の中の奴らに知らせたいんだ。自分の実力を過信したうえ、到底叶わないであろう夢に向かって走り続けて、結局夢破れた馬鹿な男がいた、ってな。タイトルはそうだな、「夢想家」なんてどうだ?実現できそうにないことばかりを考えるやつって意味では、この上なく俺の伝記にぴったりだろ?じゃ、そういうことだから、あんたが書いた俺の伝記を楽しみにしてるぜ。
                      敬具

追伸
 これは俺のただの強がりだから適当に読み流してくれて構わないが、ロックンローラーってのは社会批判や弱者・敗者の味方をするもんだ。そういう意味では、夢破れた俺の方が本当の意味で彼らの味方をできる、真のロックンローラーなんじゃないか?なんて強がっても敗者が言うとただの負け犬の遠吠えにしかならないがよ。勘違いしてほしくないんだが、俺は夢を見て走り続けてきた10年間を決して後悔はしてない。寧ろ俺にとっては一生ものの思い出だ。何よりあんたと出会えたからな。
 何にせよ俺はこれからは地に足を着けて堅実に生きていくつもりだ。だからまずは髪を切って、黒く染め直す。格好付けで吸っていただけで、別に好きでもなかった煙草もやめる。酒は多少飲むことはあるかも知れないが。とにかく、今の生活や身の振る舞いを全て変えるつもりだ。次にもしあんたと出会っても、あんたが俺だと気付かないようにな。



 私は手紙を読み終えるとすぐさま彼の自宅を尋ねた。だがそこは既に空き部屋だった。次に友人に彼の行方を尋ねたが、彼女は彼がこの街から出ていったことさえ知らなかった。再び喫茶店を訪れた際にマスターに尋ねても、彼がこの街を出ていくことは以前から手紙とギターを預かったときに聞いたが、その行方までは知らないとのことだった。その後も彼が居そうな所を隈なく探したが、結局彼と会うことはなかった。
 だから私の今の趣味は喫茶店巡りだ。いつの日にか、彼とまた巡り会う日を夢見て。そしてもう一つの趣味がギターを弾くことだ。彼と会った時に、彼に上達したギターの腕を見せつけてやるために。

 以上を持って、名も無きロックンローラーの夢に生きた半生に関する記述を終了とさせていただく。誰よりも夢について熱く語り、誰よりも夢に対して真摯に向き合い、そして誰よりも夢に向かって一心不乱に走り続け、それにも拘わらず誰よりも夢から裏切られ続け、それでも夢見ていた日々を良き思い出だと豪語してみせた男、そんな美しき夢追い人は確かに実在したのだ。
-fin-
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