導き 其ノ弐ノ弐

文字数 1,860文字

 短い台本だった。読み進むうちに血の気が引いていくのが分かった。
 カエリとの出逢いに寸分の違いもなかった。先週のあの暑い午後の記憶が蘇り台本の文章に重なった。堪らず声に出していた。
 「……本当に、これは七年前に書かれた台本なのか。」
 「部室の本棚に収蔵されている編纂された台本集の中にあるよ。」
 リラの説明は、受け入れがたかった。先週のカエリとの会話の遣り取りがそのまま書いていた。先週の出来事を書き起こしたと考えれば納得できたが。台本の話が進むうちに、戦慄と絶望が追いかけてきた。トンネルの会話に続いて、最後の方だけが違っていた。トンネルの出口で夢から覚める展開になっていた。主人公の男子高校生が、真夜中を過ぎた自分の寝具で目覚める。油汗にまみれ台本を手にして。
 『昔に書かれた台本が、どうして、先週と同じなんだ。こんなこと、偶然で済まされない。』
 思い悩むと胸が苦しくなった。
 その台本の末尾は、主人公が真夜中に館に忍び込み、居間で独り座る女子学生との対話に続いていた。
 ──君は、誰だ?
 ──わたしは、わたしだけど。わたしでもない。

 その後の台本は、空白だった。
 急いで目を通したものの深い沈黙の後に溜息をつきながら尋ねた。
 「……どうして、これを今年やることになったんだ。」
 「それを書いた先輩の指示らしいけど。」
 リラも、詳しく聞かされていない様子だった。
 「三年生の最後の舞台だから、毎年、三年生が決めるらしいよ。」
 「その先輩、学校に来ていないのだろう。」
 「そうらしい。先輩の話では、不登校状態とか。」
 「どうして。そんな先輩の意見が通るんだ。」
 「わたしが、知るわけないし。」
 リラは、機嫌を損ねた。
 「リラは、この先輩に会ったことがないだろう。」
 「うん。一度もない。……なによ。」
 「会いたい。」
 「ええっ……。」
 リラの驚きが、少しばかり落ち着きと冷静さを取り戻せた。
 「その先輩の家、誰か知っていないか。」
 「えっ、えっ? ……ナオ先輩に聞けば分かるかもしれないけど。どうしてよ?」
 「頼めるか。」
 「ちょっと、どうしたの。変だよ。」
 リラは、困惑を通り越し心配していた。
 「それより、台本の最後が空白だけど。どうしてなんだ。」
 「自由に創作してほしいって。」
 「……それで、どう話を終わらせるんだ。」
 「そのアイデアを皆で持ち寄ることになっているの。」
 リラは、言った。
 「だから、参考までに聞こうと思ったわけ。どう展開させて終わらせるか。君って、昔から誰も思いつかない話の展開と結末が得意だったじゃないの。」
 「……。」
 答えられなかった。まるで自分の未来を尋ねられているようで。少し考えたふりをした後、逆に尋ねた。
 「お前は、どう考えた。」
 「そうね……。バーンと、華々しく殺すなんてどうかな?」
 蒼褪める顔の変化に気付いたリラは、怪訝そうに労った。
 「やっぱ、まだ体調悪いでしょう。」
 そう言い残してリラは、部活に向かった。

 迷ったが、行動せずにいられなかった。自転車を飛ばしてカエリの館に向かった。焦っていたからだろうか。トンネルに向かう枝道が探せなかった。古い柵も見つけられずに疲れ果てコンビニまで辿り着いた。山の中腹に桜の大木に隠れる館が見えた。気持ちを切り替えて持ち直して先週のように徒歩で向かった。細い路地の階段を上っていくが、どこでどう間違えるのか迷路のような露地の階段を巡った後、何度も同じ場所に戻った。斜面に立ち並ぶ民家に隠れて館は見えなかったが、桜の枝の先端だけが遠くに見えた。
 迷い疲れてコンビニに引き返した。冷たい飲み物を買い求めて外のベンチに座った。桜の巨木に隠れるように館が見えた。疲れが覆い被さるように圧し掛かったからだろう。肉体よりも気持ちが先に折れていく感覚にあがなえなかった。意識が朦朧とする狭間で不思議な声を聞いた。断片的な残像と共に。

 長い時間を放心状態でいたのだろうか。呼ばれる声に我に返った。
 「……こんなところで、居眠り?」
 同じクラスのレナだった。部活帰りで弓を背負っていた。
 「眠っていた……?」
 「死んだように眠っていたわよ。」
 レナが、優しい笑顔で答えた。それまで余り話したこともなかった。
 「何時から、ここにいたの。」
 「ついさっきかな。」
 時計を見ると、一時間が過ぎていた。戸惑い直上の強い日差しを見上げた。
 「こんな日向で転寝すると、熱中症になるよ。」
 レナは、親身になって心配してくれた。彼女の綺麗な表情を見て少し落ち着けた。
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