カエリの書 其ノ参ノ参

文字数 1,816文字

 部室に祀られ封印されているカエリの書の話題を出すと、リラは驚きよりも怪訝な表情になった。
 「……なぜ、知っているのよ。」
 「顧問の先生に聞いた。」
 隠さず正直に答えた。リラは、真意を測りかねているのか不安な視線を向けていた。
 「リラは、見たことがあるの?」
 「まさか、ないよ。ヤバらしいし。」
 「ほかの部員は、どう?」
 「誰もないんじゃないかな。たぶんだけど。」
 「見てみたい。見せてもらってもいいかな。頼めるか。」
 「マジ言ってるわけ。」
 リラは、探るような視線を外さなかった。
 「部外者に、どうかな。とりあえず先生に聞いてもいい?」
 決断力のあるリラを知っているだけに迷い方が不自然にも思えた。
 「お前らしくないな。」
 「えっ、そう……。」
 リラは、一息置いた。伝えるのを躊躇っていた。
 「ここだけ話にしてくれる。」
 「もちろん。」
 「あの本、内容がゲキヤバらしいよ。」
 「ヤバイ?」
 「そぅ、一人一人の未来を言い当ててるの。」
 リラは、そこで少し声を落として周りを窺うように続けた。
 「それに、あの本を見ると、よくない事がおこるらしいし。」
 「ほんとうか。」
 「先輩から聞いたよ。読むと、寿命が縮むとか。」
 「まさか、嘘だろう。」
 「聞いておきながら、疑うし。」
 リラは、少し不機嫌になった。慌てて謝り機嫌をとった。
 「これから、先生のところに行ってくれるかな。」
 「先ずは、部長に話してから。筋通さないと、いいよね。」

 部長のナオは、突然の申し出に呆れたもののリラ程も不審がらなかった。
 「君、勇敢だね。」
 思いのほかあっさりと受け入れる部長に安堵した。それまでリラとの間でナオ部長が話題に上がっていたからだろう。初対面に思えなかった。長身で中性的な感じがクールに際立っていた。
 「もしかしなくても、リラのカレシ?」
 「えっ、いぇ、幼馴染の腐れ縁で。世話が焼ける弟みたいですか。」
 「ふーん。そっか。お似合いだとおもうけど。彼、神秘的な感じね。」
 ナオ部長が人物観察に明るいのを後で知った。

 顧問の先生に掛け合ってくれた。先日の先生との会話があったからなのか、幾つかの条件を呑むことで許可が下りた。見たことを他言しない約束は、内容を人に語って不幸な出来事があったからだった。独りで鑑賞するのは。不可解なことに何人かで読むと受け取る内容が個々で違うという話が伝わっていた。
 ナオ部長が、顧問が受け継いでいる金庫の鍵を預かって戻った。
 本棚の上に神棚が置かれ裏に金庫が隠されていた。部室に神棚があること自体が珍しく思えた。その視線に気付いたのだろう。リラは、少し声を落として囁いた。
 「一緒に何が祀られていると思うでしょうか?」
 「脅かすなよ。」
 「ふふふふっ、怖いよ。カエリ様の御影が収められているって。」
 リラが含ませる話し方に少し引いた。
 「ちゃんと、お祓いとかして下ろさなければならないらしいけど、今回は、まぁいいですか。はしょるよ。」
 護符が張られる耐火製の手提げ金庫に保管されていた。その仰々しさを目の前にして改めて畏まった。ナオ部長は、ダイヤルを回し鍵を使った。その工程を見ながらリラに耳打ちした。
 「厳重だな。」
 「それだけ、ヤバいって。」
 「二人とも、厳粛に。」
 ナオ部長は、たしなめた。手提げ金庫を開ける前にナオが確認した。
 「君、大丈夫なのね。」
 「覚悟できてます。」
 「いゃいゃ、そうじゃなくて。顔色、真っ青だよ。」
 ナオが、少しばかり複雑な表情を向けた。二人の女子学生の顔が遠く感じる。眩暈の予兆を感じたが、心配をかけないように笑って見せた。
 「もともと、色白男子ですから。」
 「そぅ、それならいいけど。」
 そう言ってナオは、改めて伝えた。
 「君が読んだ言葉は、他言厳禁。オーケー?」

 ナオ部長とリラとが少し離れた。B5版程の大きさで白いサラシに包まれていた。持ち上げた瞬間、何とも言えない重さを感じた。心の中で呟いた。
 『この感覚、ってなんだった……。』
 生き物を触っているような奇妙な感覚に囚われた。
 サラシを広げると、和綴じの製本だった。
 『古すぎだよ……。』
 無地和紙の表紙に眩暈のような感覚が再び押し寄せた。恐る恐る開くと、朱色の手形が押されていた。
 『女の子の手が……、なぜ』
 次の瞬間、眩暈が起こった。聞こえる悲鳴は、リラのものだった。意識が遠のき気を失う間際に在り得ない幻影を見た。
 
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