カエリの書 其ノ参ノ壱
文字数 1,851文字
リラが母に確かめた事柄は、納得できるものだった。それでも、釈然としない思いから抜け出せないで長い夜を迎えた。
翌日、寝不足のまま学校に向かった。職員室で演劇部顧問のユリナ先生を見つけた。
「体は、もういいの。」
ユリナ先生から尋ねられて曖昧な返事を返した。スカートの中で足を組み替える大人の仕草に目のやり場がなかった。昨日から続く鬱々とした思惑を払拭するつもりで確かめた。
「夏休み前のことですが。僕は、暫く休んでいたのですね。」
「そうだけど……。」
ユリナ先生は、そう受け答えながら生徒の状態を探り見極めていた。気持ちを奮い立たせて話を切り出した。
「あのぅ……、リラから聞いたのですが。」
文化祭の題目の詳細を確かめ台本の作者について尋ねた。
「カエリさんの家が知りたいの……。」
ユリナ先生は、困惑して言葉を濁した。
「個人のプライバシー保護から開示できないわ。」
「それを承知でお願いしたいのです。」
切実な想いが伝わったのだろう。ユリナ先生は、少しばかり躊躇してから尋ねた。
「わたしが、この高校の卒業生なのは知っているかな。」
初めて聞く話だった。二十歳半ばを過ぎた目鼻立ちの派手な顔を改めて眺めた。
「高校の時、演劇部だったのよ。」
ユリナ先生は、続けた。
「わたしが三年の時に、その台本を書いたカエリさんが一年だったの。」
「えっ……。」
一瞬、言葉が詰まった。混乱する気持ちを整えてユリナ先生に話の先を尋ねた。
「カエリさんは、どのような生徒だったのですか。」
「それがね。部活に来なかったの。」
「……どうしてですか。」
「入学して早々に体調を崩して入院したらしいの。伝え聞いた話だけど。」
ユリナ先生の言葉は、自信がなく曖昧に聞こえた。演劇部に入部届だけが送られて、その台本も郵送された話が続いた。
「先生は、一度も会っていないのですか。」
「そぅ、卒業まで。」
「カエリさんのことを、よく知っている生徒とかは、いたのでしょうか。」
「どうかしら。たぶん、いないと思うわ。先生が知る範囲の話だけど。」
話の流れは、困惑と不安を募られるばかりだった。
「それからね。これって、話していいかな……。カエリさんが、予言ような物語を書いているの。」
ユリナ先生の迷いが、話の重大さを物語っているように思えた。
「将来を言い当てる内容で、気味悪がったのかな。当時の顧問が封印したの。」
「封印? それって、今でもあるのですか。」
「部室の神棚に祀られていてるわ。」
神棚の説明に身構えてしまった。尋常でない事態が窺えた。
「でも君、どうしてカエリさんのことを聴くの。」
ユリナ先生に訊ねられて、どこまで話していいのか考えてしまった。夏休み前の摩訶不思議な体験を話せば、まともに取り合ってもらえないだろう。正常値を疑われかねなかった。
そこに、ユリナ先生を呼び出す放送があった。
「話の続きは、今度聞かせてね。」
演劇部を覘くと、稽古が続いていた。入口からリラの姿を探した。
「……リラちゃんを待ってるの。」
背後からの声は、レナだった。部活帰りで弓を入れたケースを背負っていた。幼馴染のリラと仲良しなのを知っているからレナの目が意味ありげに笑っていた。
「先日の尋ねられた話なんだけど。お祖母ちゃん、知ってるって。」
レナから家に誘われた。
「今から話を聞きに来ない?」
レナの家は、学校から近く平安時代から続く古道沿いにあった。初めて訪れる場所なのに、田舎の原風景が不思議と懐かしく落ち着けた。壁が囲い門を構える荘厳な屋敷は、江戸初期にまで遡れるものだった。広い敷地内の奥まった別棟の離れに通された。広縁に座るレナの祖母は、八十歳を過ぎていると聞かされていたが矍鑠として感じが良くレナに似ていた。目が合った瞬間、老婆は瞠目した。
「この前の話は、彼に尋ねられたの。聞かせてあげてくれるかな。わたし、冷たいものを用意するから。」
レナは、祖母に引き合わせてから奥に消えた。
改めて突然に訪問した非礼を詫びた。老婆は、最初の驚きから落ち着きを取り戻して優しい眼差しを向けた。若い頃の美貌が窺える気品のある顔立ちだった。
「……どちらから、いらっしゃいましたか。」
孫の同級生に丁重な敬語を使った。家の場所を訪ねられていると思い所在地を説明した。
「……いつから、此方においてでしょうか。」
老婆の問いが予想の先をいっているのに気付き返事に屈していると、レナが冷えた西瓜を切り分けて戻った。
翌日、寝不足のまま学校に向かった。職員室で演劇部顧問のユリナ先生を見つけた。
「体は、もういいの。」
ユリナ先生から尋ねられて曖昧な返事を返した。スカートの中で足を組み替える大人の仕草に目のやり場がなかった。昨日から続く鬱々とした思惑を払拭するつもりで確かめた。
「夏休み前のことですが。僕は、暫く休んでいたのですね。」
「そうだけど……。」
ユリナ先生は、そう受け答えながら生徒の状態を探り見極めていた。気持ちを奮い立たせて話を切り出した。
「あのぅ……、リラから聞いたのですが。」
文化祭の題目の詳細を確かめ台本の作者について尋ねた。
「カエリさんの家が知りたいの……。」
ユリナ先生は、困惑して言葉を濁した。
「個人のプライバシー保護から開示できないわ。」
「それを承知でお願いしたいのです。」
切実な想いが伝わったのだろう。ユリナ先生は、少しばかり躊躇してから尋ねた。
「わたしが、この高校の卒業生なのは知っているかな。」
初めて聞く話だった。二十歳半ばを過ぎた目鼻立ちの派手な顔を改めて眺めた。
「高校の時、演劇部だったのよ。」
ユリナ先生は、続けた。
「わたしが三年の時に、その台本を書いたカエリさんが一年だったの。」
「えっ……。」
一瞬、言葉が詰まった。混乱する気持ちを整えてユリナ先生に話の先を尋ねた。
「カエリさんは、どのような生徒だったのですか。」
「それがね。部活に来なかったの。」
「……どうしてですか。」
「入学して早々に体調を崩して入院したらしいの。伝え聞いた話だけど。」
ユリナ先生の言葉は、自信がなく曖昧に聞こえた。演劇部に入部届だけが送られて、その台本も郵送された話が続いた。
「先生は、一度も会っていないのですか。」
「そぅ、卒業まで。」
「カエリさんのことを、よく知っている生徒とかは、いたのでしょうか。」
「どうかしら。たぶん、いないと思うわ。先生が知る範囲の話だけど。」
話の流れは、困惑と不安を募られるばかりだった。
「それからね。これって、話していいかな……。カエリさんが、予言ような物語を書いているの。」
ユリナ先生の迷いが、話の重大さを物語っているように思えた。
「将来を言い当てる内容で、気味悪がったのかな。当時の顧問が封印したの。」
「封印? それって、今でもあるのですか。」
「部室の神棚に祀られていてるわ。」
神棚の説明に身構えてしまった。尋常でない事態が窺えた。
「でも君、どうしてカエリさんのことを聴くの。」
ユリナ先生に訊ねられて、どこまで話していいのか考えてしまった。夏休み前の摩訶不思議な体験を話せば、まともに取り合ってもらえないだろう。正常値を疑われかねなかった。
そこに、ユリナ先生を呼び出す放送があった。
「話の続きは、今度聞かせてね。」
演劇部を覘くと、稽古が続いていた。入口からリラの姿を探した。
「……リラちゃんを待ってるの。」
背後からの声は、レナだった。部活帰りで弓を入れたケースを背負っていた。幼馴染のリラと仲良しなのを知っているからレナの目が意味ありげに笑っていた。
「先日の尋ねられた話なんだけど。お祖母ちゃん、知ってるって。」
レナから家に誘われた。
「今から話を聞きに来ない?」
レナの家は、学校から近く平安時代から続く古道沿いにあった。初めて訪れる場所なのに、田舎の原風景が不思議と懐かしく落ち着けた。壁が囲い門を構える荘厳な屋敷は、江戸初期にまで遡れるものだった。広い敷地内の奥まった別棟の離れに通された。広縁に座るレナの祖母は、八十歳を過ぎていると聞かされていたが矍鑠として感じが良くレナに似ていた。目が合った瞬間、老婆は瞠目した。
「この前の話は、彼に尋ねられたの。聞かせてあげてくれるかな。わたし、冷たいものを用意するから。」
レナは、祖母に引き合わせてから奥に消えた。
改めて突然に訪問した非礼を詫びた。老婆は、最初の驚きから落ち着きを取り戻して優しい眼差しを向けた。若い頃の美貌が窺える気品のある顔立ちだった。
「……どちらから、いらっしゃいましたか。」
孫の同級生に丁重な敬語を使った。家の場所を訪ねられていると思い所在地を説明した。
「……いつから、此方においてでしょうか。」
老婆の問いが予想の先をいっているのに気付き返事に屈していると、レナが冷えた西瓜を切り分けて戻った。