導き 其ノ弐ノ壱

文字数 1,878文字

 隔絶された隠れ家のような印象を受けた館と、そこに住む不思議な女子学生は、思い起こしても困惑するだけの不可解な体験となって残った。二度と逢ってはいけない思いに脅迫される数日が過ぎて一学期の終業式が終わった。

 夏休みの最初の日、夕日の射し込む校舎の廊下の端から近付く見覚えのある姿に足が竦み止まった。鼓動が危急を知らせるように激しく打った。
 落日に朱く照らされた姿が近くに来ると、幼馴染のリラであるのが分かった。
 「何? ……幽霊でも見たような顔をして。」
 リラは、怪訝そうな声で咎めた。
 「探したよ。屋上に居るって言ったでしょ。」
 「……お前か。」
 安堵感から溜息が混じった。
 「誰と間違えたの。」
 リラの声は、何かを含ませていた。
 「最近……、変だよ。」
 「そうか。」
 遠目に見えた姿は、間違いなくカエリだった。屋上で微睡んでいたのがいけなかったのか。気持ちを建て直すように少し声を明るくして尋ねた。
 「その、ウイッグ何だよ。」
 長い髪形が、遠目に錯覚させた根本だった。リラは、ウイッグを外して短髪にもどった。
 「これ? 今度の舞台で使うから。」
 「何か相談あるって、言っていたか。」
 演劇の部活が終わってから話があると、待たされていた。リラが、逆に当惑したような気遣う表情で見返した。
 「そうだけど……。まぁ、話しながら帰ろうよ。」

 自転車を押しながらコンビニに立ち寄った。
 「奢れる?」
 リラの好物は、幼い頃から同じだった。梨味のキャンディを美味しそうに食べる姿が可愛かった。ベンチからあの館が眺望できた。
 「演劇部の先輩に、一人幽霊部員がいるんだけど。」
 リラは、話し出した。
 「その先輩が一年生の時に書いた台本を秋の文化祭で準備しているの。」
 「どんな話なんだ。」
 「うーん。怪奇モノかな? たぶん……。」
 一言で説明しずらい話なのかリラは困った。
 「台本のコピーあるよ。見たい?」
 「何で。」
 「台本の感想、聞きたいの。それから、少しのアイデアを。」
 「何だよ。それが相談か。」
 「そういうこと。……それより、どうして屋上にいたの。」
 そう聞かれて、理由が思い浮かばないのに気付き言葉を失った。苦し紛れに答えた。
 「昼寝かな。」
 「……屋上で?」
 「たぶん、そう。」
 幼馴染の返事にリラが困惑した表情を向けた。リラは、少し心配そうな声で言い残した。
 「しばらく、無理しないほうがいいよ。」

 翌日、リラは部活に行く途中に立ち寄った。母親が、リラをお茶に誘った。昔からリラと母親は、相性がいいのか気楽に語り合える仲だった。リラは、幼い頃に母親を亡くしていた。
 「嬉しい。小母さまのケーキ美味しいから、ご馳走になります。」
 母親は、お茶の用意をして買い物に出掛けた。
 「これ、コピーだから預けるよ。」
 台本は、綺麗に印字されたていた。表紙に記載された作者のタマエ・カエリの姓名は、その夏に齎される最初の衝撃だった。台本を手にしたまま暫く言葉を失っていた。
 気持ちを落ち着かせながら尋ねた。
 「……これ、何時書かれたんだ。一年の時に書いたって言っていたか?」
 「最後を見なさいよ。七年前の日付があるでしょ。」
 慌ててコピーを潜った。七年前なら、二人共に小学四年生だった。
 「二個上の先輩が書いたなんて。時代が変だろう。」
 混乱する気持ちを宥めて呟いた。
 「今が、三年生で、七年前に書いたなんて……。」
 「その先輩、三年生になってから病気で休学していると聞いたけど。」
 「それなら、あれだ。じゃ、今は何歳だ。その先輩。」
 「なに、ムキになってるのよ。」
 リラが、幼馴染の慌てようを見て訝しい視線を向けた。
 「もしかしなくても、知っている人。かな。」
 「えっ……、いゃ、少し冷静になろう。」
 動転する気持ちを宥めて、ゆっくり考えを巡らせた。
 「僕らより七年前に書いた台本だ。休学? 留年している? ……そんなに高校は、在籍できるのか?」
 「知らないし。」
 リラは、半ば呆れていた。
 「それより、名前を知った瞬間の慌てよう。正直に白状しなさいよ。知り合いね。」
 「……まてよ、そうだ。同姓同名ってこともあるな。」
 「はぁ……、知っている人ね。」
 リラは、後に引かずに追及を緩めそうになかった。
 「少し待ってくれ。」
 そう頼んでも疑い探るような視線を逸らさなかった。幼い頃からリラは、そのような時に後に引かなかった。
 「必ず、話すから。」
 「……分かった。でも、約束よ。」
 リラは、珍しくそれ以上絡まずに念を押しただけだった。
 「それより、台本に目を通して。」
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