伯母vs日和雨(2)

文字数 3,573文字

 誕生日翌日、私こと大塚 麻由美の前で娘の歩美は目を真ん丸に見開いた。

「時雨さんがお見合い!? しかも雫さんの子とって……あの人、子供いたの!?

 そうよね、私達もめいっぱい驚いたわ。なにせ時雨さんですら知らなかったって言うんだもの。あの会場には時雨さんの育てのお母さん、つまり鏡矢の分家に嫁いだ奥様も来てらしたけど、やっぱり全く知らされていなかったそうで動揺してたわ。せっかくの誕生日だし友達に囲まれていたから、歩美にはあの場では伝えなかったんだけど。
 それに雫さんの息子だっていう例の子も、あの後すぐに会場から立ち去ってしまったし。あの場には私達へのお祝いの言葉を述べるためと、時雨さんとの顔合わせのためにやって来ただけらしい。
「えっ、それって、どんな人だったの?」
「どんなって……まだ、かなり若かったわよね」
「子供だったな」
「それと肌の色が濃かったから外国の血が入ってるのかも」
「顔立ち自体は雫殿、それにお前や時雨殿と似ていた」
 その説明だけで歩美は一つ納得する。
「じゃあ、本当に鏡矢の……」
「うむ」
「そういうことでしょうね」
 私達もすぐにそういうことだと気付いた。前から何度も聞いているし実例も三人知っているもの。鏡矢の血を引く人間は極めて近しい容貌になることが多いのよ。
「でも、なんで時雨さん達まで知らなかったんだろ?」
「そこは詳しく教えてもらえなかったのよね」
「私生児だから、複雑な事情があるのだろう」
「お父さんがわからないか、言えない人ってことかな」
「そうねえ、多分……」
 あれ? 南米といえば美樹ちゃんと友也さんが調査した遺跡があったような……まさか、あの二人も関わってたり? いや、流石に無いか。
「まあ、何はともあれ結果は間も無くわかるだろう」
 夫はそう言いながらカバンを持つ。
「えっ、お見合いって、そんなにすぐなの?」
 タイを結びながら訊ねる娘。
「今日の午後だそうだ」
「早すぎない!?
「ともかく、そろそろ出かけないと遅刻よ」
「俺も今日は早い。先に行くぞ」
「あっ、ちょっと待って、もうちょっと詳しく聞かせてよ父さん!」
 成人しても騒がしい。娘は夫の後を追いかけバタバタと登校して行った。
 私の方はと言えば、柔と正道の朝食を作りつつ改めて首を傾げる。
「結局あの子、どういう子なのかしらね」
 そのへんも後で教えてもらえるのかしら。気になるわ。



「どういうことですか!?
 カガミヤ本社の社長室。時雨の奴にしつこく問い詰められた私は、渋々白状することにした。
「種明かしは本番まで取っておくつもりだったのに」
「わけのわからない相手とお見合いさせられる身にもなってください!」
「人の息子をUMA扱いするんじゃない」
 たしかにお前にとっては未知の怪物か何かに見えただろうが、あれはれっきとした私の子なんだぞ。普通の出産とは違ったがな。

 ──遡ること十年前。つまり夏ノ日夫妻に調査を依頼した例の遺跡の発見直後の出来事だった。
 雨道の死後に始まった月の異変と雨道に何か関係があるのではと考えた私は、世界中の伝承や遺物に解明のヒントが隠されている可能性に賭け、あちこちに調査隊を送り出していた。
 そして南米大陸で既知のどんな伝承にも出て来ない謎の神を信仰していたらしい文明の痕跡が見つかったと知らされ、直接その遺跡を見に行った。
 するとまあ、なんだ、多分私の“重力”が引き寄せてしまったのだろうな。むしろ呼び覚ましてしまったというべきか。一人の時に遺跡の中に潜んでいたものと遭遇した。

「あいつは“トラロック”と名乗った」
「とら……なんです?」
「アステカ神話の神だ。雨と雷の神。あの遺跡自体は知ってのとおり“始原七柱”を信仰する人々の建てた物だったが、それゆえ強い神性と魔力を宿していた。大昔の神々同士の争いで弱ったあいつは、その中で眠ることにより力を回復させようと思ったわけだ」
 ところが数百年眠っても肉体は回復するどころか余計に朽ちてしまっていた。どうやら遺跡の中に満ちた力が強すぎたらしい。とんだ誤算だと嘆き悲しんだ。
「……で?」
「せめて子を残したいから、私の胎を貸してくれと頼まれた」
「引き受けたんですか!?
「いやいや、無理矢理手籠めにされかけたんだ。もちろん、ふざけるなと思いっ切り股間を蹴り上げてやったのだが、それがトドメになってしまってな……」

 神を殺してしまった。

「うちの一族は、つくづくそういう家系なんだろうな。でまあ、流石の私も責任を感じたので、やっぱり協力してやろうと言ったら塵になって消え行くあいつの最後の残滓みたいなものが体の中へ吸い込まれてな。そこからどんどん腹が大きくなったかと思うと三日後には出産する羽目になった」
「三日!?
「同行してたニッカの奴に取り上げてもらった。いやはや、あんなに痛い思いをしたのは人生で初だったぞ。かくして私は処女なのに一児の母になった」

 ちなみに今まで存在を秘匿していたのは父の意見があったからだ。あの人は弟達と闘争を繰り広げ、その結果浮草夫妻やその子供達を傷付けてしまったことを酷く悔やんでいたのだ。そして被害者の一人である時雨がまだ立ち直れていない以上、再び火種となり得る子がいることを伝えるべきではないと私を諭した。
 私としては正直に明かしてもいいのではないかと思ったのだが、今こうしてこいつらを驚かせることができた。うむ、たまには親の言うことを聞くのもいいものだ。

「はっはっはっ」
「ま、麻由美さんと歩美に許してもらった後も、私を驚かせるためだけにあの子を隠していたということですか!?
「そうなる」
「そうなるじゃなくてっ!!
 ふふん、お前の言いたいことはわかっているぞ。穀雨(ぬう)に同情しているのだろう?
「安心しろ、お前が知らんだけであいつとは割と普通に親子をしてきた。何のためにあれこれ口実を付けてお前を出張させ続けて来たと思っている?」
「まさか、あの子に会う時間を作るため!?
「このビルの一角に住まわせてるからな。お前の目さえ無ければすぐに会える」
「ここに住んでるんですか!?
「我が家だと流石に見つかってしまうだろう。こういう時は灯台下暗しが一番」
「くっ……今まで全く気が付けなかったから反論できない……!」

 まあ、とりあえず私から説明できるのはこんなところだ。

「あいつは十歳だが、見た目通り肉体的にはもっと大きい。戸籍も金の力でいじってあるので結婚には何の支障も無い」
「あの子に無くても、私の方にありますよ!」
「何が問題だ? よく知らないというだけで拒否するつもりなら怒るぞ。互いを知るためにこそ見合いをさせるのだ」
「いや、たった今、ご自分で仰ったでしょう……十歳児ですよ……それに人間かどうかもよくわからないじゃないですか……」
「医者に調べさせた限り、肉体は人間のそれと変わりない。ちょっとだけ成長が早かった以外はな」
「ですが……!」
「わかっている。お前と同じで、いや、お前以上に私は“鏡矢”だぞ?」
 我が息子ながら穀雨の中身は人間とは全くの別物。魔力も精神構造も大きくかけ離れた存在。いつも私達が対峙している魔の者達に近い。
「とはいえ、あれは人好きで温厚な性格だ。人間に害を及ぼすことだけは無いよ。母親としてそれだけは保証する」
「……」
 口を閉ざし、じっと見つめて来る時雨。
 やがて諦めたように嘆息する。
「……雫さんは“当主”ですしね。貴女が言うなら信じてみます」
「見合いをしてくれるのか?」
「私、今年で四十ですよ? これでも一応、結婚願望はあるんです。かといってこの歳で簡単に良い相手を見つけられるとも思えませんし、仕方ありません」
 私にというより、自分自身に言い聞かせるように語る時雨。
 別に年齢は問題にならんと思うがな。私達鏡矢一族は老化も遅い。私とて四十三なのに二十代と間違われる。ようやく老いを感じ始めるのは六十代からと言われる一族だ。この顔だから言い寄って来る男にも事欠かん。
 ゆえに今なのだ。普通の人より青春時代の長い我等にとって、今こそが結婚適齢期だと言えよう。
「ならば頼むぞ」
「はい。もしも彼に気に入られたなら、この身を賭して人類の盾となります」

 ん?

「待て、お前、何か勘違いしてないか?」
「いえ、雫さんの真意は伝わりました。鏡矢の一員として彼という潜在的な脅威を間近で監視する役割を担えということでしょう。精一杯頑張ってみせます」
 いかん、やはり誤解している。私は単に我が子とお前の幸せを願ってだな。
 あ、でも待てよ? 別にそれでも構わんのか。ようは、こいつがうちの子とくっつけば良いのだから。
 私は余計な口出しをしないことにした。
「はっはっはっ、まあ、なるようになるだろう」
「お任せください!」
 うむ、この馬鹿がクソ真面目で良かった。
 快哉快哉。
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